第167話「後夜祭」
「フレデリック様!いらっしゃいませ!」
「あねうえ! ……ぇぇ?」
魔学祭2日目は一般公開日だった。
とはいえ無制限に公開すると魔法学園の機密にも関わるので生徒の家族と招待客に限られている。
1日目が生徒相手のプレオープンみたいなもので、一応の本番はこちらだった。
今は王都に住んでいるロザリアの弟も両親に連れられて来たが、姉の男装を見て思い切り戸惑っていた。
「あね……うえはあにうえだった?」
「おいおい、フレデリックが混乱してるじゃないか。どうした事だその格好は。アデルまで……」
父のマティアス・ローゼンフェルド侯爵まで娘の姿を見て驚いている。
「いやー、受けを狙って男女逆転喫茶をやってるんだけどね、なんだか癖になってしまいそうだよ」
「お坊ちゃまのやらかす事に今更いちいち驚いていては身がもちませんから」
ロザリアは執事服のような衣装で髪も後ろで纏めており、
アデルはフレデリックと同じような貴族服だった。
主従性別逆転喫茶店は物珍しいようで、特にロザリアの男装姿は男性女性問わず人気を博している。
館の主という設定になっているアデル既に諦め顔だ。
各クラスの催し物の内容はサプライズの意味もあって非公開ではあったが、侯爵家にとってはサプライズどころではなかったようだ。
ちなみに怪しげ過ぎるのはやはり一般公開するわけにはいかんと、結局仮面は取って営業している。
ともあれ、フレデリックにとっては猫カフェどころか、カフェすら初体験だったのだが、
男子生徒はメイドのようなお仕着せ服だし、女子生徒も執事服で全員仮面を付けているのは普通のカフェとはいえないだろう。
大丈夫なのかこれは……?とロザリアの父は思いながら席についた。
注文を受けてお茶と軽食が運ばれてきたが、
本来礼儀作法がちゃんとしているはずの貴族のお坊ちゃんが、慣れない環境で緊張しているのと、
ロザリアに給仕されて「ありがとうございます、あね、にぅ……うえ」
と、噛みながら礼を言っている様子を皆は微笑ましく見守っていた。
「それにしてもジュエ以外の猫をこんなたくさん近くで見るのは初めてです。
屋敷の庭とかにはいっぱい猫が入り込んでたけど」
「そういえば、リックはジュエと仲良くしてるのかい?」
「はい! 僕が勉強とかしていると、よく『遊べ』って感じで机の上に乗ってきたりします!」
そういうフレデリックの机にも、料理をねだろうと猫が乗っていた。
テーブルの上で鳴きながら尻尾を立ててアピールしている。
この喫茶店で出すメニューも猫カフェ仕様なので問題なく食べさせる事ができるのだった。
「ロザリアが街でこういう店を経営しているのは知っていたが……、何もここまで様々な事を混ぜなくても良かったんじゃないか?」
「あら、私は面白いと思うわよ? 良いじゃないの、皆可愛らしいわ。礼儀作法だって綺麗だもの」
フレデリックが猫に自分の分の食事を与えるのを見ながら、ロザリアの父は呆れたように言うが、
母の方はむしろ楽しそうな笑顔を浮かべている。
ロザリアは何だかんだ家族に楽しんでもらえたようで何よりとご満悦ではあるが、
アデルはその隣で「やはり何としても止めるべきだったか……?」と首を傾げていた。
ともあれ文化祭は滞り無く終わり、最終日の夜は後夜祭となっていた。
とはいえ有志が集まって行うもので公式なものではない。
さっさと片づけて寮に戻るクラスもあれば、
食材やアクセサリー等の販売物を処分する量を減らす為に無料開放したり、
余った材料を使い切るために空には多数の花火が打ち上げられたりして、
統一感は無いものの祭の終わりを感じさせない熱気がまだ残っていた。
花火の間を縫って、光の尾を引きながら夜空を飛ぶのはどこかのクラスが自作した飛行魔石具だった。
昼間は地味な展示だったのに、逆に夜の為に用意したイルミネーションを今から嬉々として設置していくクラスや、
今の時間帯から生き生きとしてステージ上でダンスを披露するクラスに至っては、
「お前らそのやる気を昼間に向けろよ」と教師から呆れられていた。
多くの生徒達は校庭や開放されている屋上で飲食物を持ち込み、それを見物している。
その校庭や屋上にはどこかのクラスがこの時間帯のみ限定の屋台を出したりしてしっかりと商売を続けたりもしていた。
この時間は成績の評価にはつながらないが、
だからこそ自由度が高いこの時間を狙ってパフォーマンスをする者も多く、
毎年様々な趣向が凝らされていた。
「凄い活気ですね。もう魔学祭が終わりだなんて信じられない」
「そうだな、色々あったがまぁ無事に終えられそうで良かった」
ロザリアとリュドヴィックは屋上で皆と少々離れた所で校庭や学園内を見下ろしている。
リュドヴィックは制服だがロザリアはドレスを着ていた。
なお、今は放課後という扱いなので皆思い思いの格好をしている。
「ようやく、ロゼに戻ってくれたな?」
「あら、私はいつだって私ですよ?」
リュドヴィックは皮肉交じりだったがロザリアにあっさり返されて苦笑いする。
彼女の言う通りだ、いつだって彼女は全力だった。
男装していようとそれは……、いや、正直今のドレスの方が良い。
などと思っていると、どこからか音楽が流れてきた。
気を利かせた誰かがダンス用の曲を流したのだろう。
リュドヴィックはそっと手をロザリアに差し出した。
「踊っていただけますか?麗しきご令嬢」
「喜んで」
ロザリアがその手を取ると、二人はゆっくりと踊り始めた。
周囲も同様に曲に合わせて踊る者、ただ見つめ合うだけの者もいた。
屋上はちょっとした夜会のような雰囲気に包まれる。
「おーい、何だこの黒い砂利は? 誰かが踏んだら滑って危険だろう。この辺には人も来るんだぞ」
「ああ、建物修復の際に魔力を受け付けなかったんですよそれ、仕方ないからそこにまとめてるんです」
そんな頃でも、真面目に片付けをしている教師や生徒はいるもので、
イーラが姿を消した広場の隅で小さな山となって積まれている黒い砂利について
教師と近くにいた生徒会の腕章を付けている生徒が話し合っていた。
「いったいどういう事だ? 元々ここにあったものではないという事か?」
「さぁ、知りませんけど、むしろこっちが質問したいくらいですよ。
結構な魔法が飛び交ってましたし、それで変質したんでしょうか?」
「聞いた事が無いな。誰かが召喚した岩か何かかもしれないが……、
ともあれ危険だから撤去する。私は台車か何か取ってくるから、
君はこいつの分の影響で建物の石に欠損が無いか、手分けしてその辺の建物を見て回ってくれ」
「はーい」
だが、教師がごろごろと台車を押して戻ってきた時、
その黒い砂利の山は一欠片も残っておらず、周辺の建物にも欠けた石や岩は無いとの事だった。
「おかしいな……? いくら何でも砂粒の1つくらいは残っていそうなんだが」
周辺の生徒や教師に聞いても突然地面に染み込んだかのように量が減ってゆき、
消えていったという回答しか帰ってこなかった。
その上空―――。
「ふむ、王都の城に続いて順調なようですね。
我々が来てはやられ、来てはやられ、と思われているであろう事に少々思う所はありますが」
先程の戦闘の直前に空間転移で姿を消したフレムバインディエンドルクがそこにいた。背後にはイーラとドローレムもいる。
戦闘から退避した後はここで下の様子を伺っていたのだ。
先程姿を消した黒い石は粘液のように溶けて地中深く深く染み込んでいた、そしてとある一点を目指す。
本来の主の元へ。
「本来であれば直接御柱まで迎えに行く予定だったんですがねぇ。
量もかなり減らされてしまったのが残念。
まぁ仲間も増えた事で良しとしましょう、多少時間はかかりますが結果は同じ事です。
他もありますし行きますよ、イーラ、ドローレム」
「イーラ」
「……」もぐもぐ
コクリとうなずくドローレムは言葉を発しないのではなく串焼きを食べていた。
もう片方の手には小さな果物をいくつも団子状に串に刺して飴をかけたものらしいお菓子を持っている。
下で行われている祭りで配られていたものをもらってきたらしい。
「いえ何なのですかドローレム、それは」
「食べる?」
「いただけるのですか?」
「あげない」
フレムバインディエンドルクは甘味が嫌いではなかったので、菓子を貰おうとしたが断られてしまい少し悲しい。
イーラに何故かぽんぽんと肩を慰めるように叩かれ、3人の姿はそこから消えた。
次回、新章突入
第13章「悪役令嬢と聖女の叙勲式」
第168話「男子達のわるだくみ」
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