第165話「祭りは終わらない」
イーラが暴れまわったのは時間にしてほんの数十分の事ではあったが、
周辺の建物や生徒にはそれなりに被害が出ていた。
負傷者は治癒魔法が使えるクレアを始めとした生徒や教師のエレナが治して回っている。
また、破壊された石壁等は土属性魔法で元の位置に戻されて行き、修復がどんどん進んでいく。
「リュドヴィック様、ひとまず怪我人は全員治療できそうです。
また、建物もじきに修復が終わるかと」
「あとは、この魔学祭を継続するかどうか、だな……」
クリストフの報告に、リュドヴィックが思案気に呟く。
結果的に魔法学園側に損害はほとんど出ていないのだが、
フォボス一派の襲撃があった以上王宮に報告しないわけにもいかない。
おまけにこの学園は国営なので、呑気に再開すると後々政敵にどんな難癖をつけられるか分かったものではない。
しかし先程のアネットではないが、皆この魔学祭のために準備をしてきたのだ。
「理事長もそこは少々頭を悩ませている所でしょうね」
「よし決めた、学祭は継続するぞ。
表向きは動力甲冑の事故という事にする。マルセルを呼べ」
「よろしいのですか? お父上は……怒らなさそうですね」
クリストフはてっきりリュドヴィックがもう少し悩むかと思っていたのだが、
即断したのを受けて気持ちを切り替え、さて国王がそれを聞いたらどう思うかを想像したが、
不敵に笑って流す様子しか思い浮かばなかった。
「そういう事だ、魔法学園はある程度の自治が認められているからな。
あのようなものはさっさと国がこの世から排除しろと逆に学園から苦情を申し立ててやる」
「おやおや、自分で焚き付けておいて自分で引き受ける気ですか?」
「そういう事もこなさないと王太子なんてやってられないさ」
父である国王と似た不敵な笑いを浮かべるリュドヴィックに、
やはり親子なのだなとクリストフは思うのだった。
マルセルは呼び出しに応じてすぐ生徒会実行部室にやってきた。
肝心の身体機能拡張型魔石動力甲冑がイーラとなって持っていかれてしまったので、
クラスの催し物を再開するどころの話ではなく、教室で待機していたとの事だ。
そのマルセルは入室してリュドヴィックと向かい合うなり深々と頭を下げた。
「リュドヴィック生徒会長。いえ、王太子殿下、この度は誠に申し訳ありませんでした。」
「何を謝る。お前はむしろ被害者だろう。
せっかく作ったものを乗っ取られて持っていかれたのだぞ」
リュドヴィックはこの件でマルセルを責めるつもりは無かった。
たしかに学園の被害の原因の一旦ではあったが、
いくら何でも乗っ取られてイーラの出現まで予測しろというのは酷だろう。
「いいえ。私は、いえ、我々クラスはとても危険な物を作ってしまったんです。
どうせ誰も乗りこなせないから作ってしまえ、と面白半分で作ってしまったわけですから。
もしも悪意を持ったものが使ったら、しかもその者が4属性全てを使いこなしていたら、
という想像力が無かった。
その事についてお詫びをいたしたく。
それにこんな事件が起こってしまっては学祭どころではないでしょう?」
「いや、事件ではないな、事故だ。
あの甲冑はとある事故で暴走し、建物が少々壊れて生徒が怪我をした事にする。
魔法事故くらいならこの学園では珍しくもないので学祭は引き続き継続する。
明日もあるからな」
マルセルの真摯な謝罪を聞いて、リュドヴィックは彼に対する処置をもう少し変えようと思った。
彼に限らずあのクラスの才能をここで躓かせるのは惜しすぎる。
「いやいやいや、被害の復旧を急ぐ必要があったのでね。
慌てていたもので生徒は皆綺麗さっぱり治療させてしまったし、
建物は残らず修復させたものでね、何一つ証拠が残っていないんだ。
無くなったのは君のクラスのあの甲冑くらいでなー、いやー困った困った。
さぁどうしようとここで頭を悩ませていたんだよー」
「というわけでだ、君にとっては不本意で不名誉な事かも知れないが、
表向きはこういった事情だった、という事にしてもらえないか?」
リュドヴィックの少々やりすぎなくらいわざとらしい演技に、
横で聞いていたクリストフが苦笑しながら補足した。
「……お気遣いいただきありがとうございます。
僕はそれで不満はありませんし、戻ったらクラスの皆もそれで納得させます。」
マルセルはリュドヴィックの意図を理解して応じてくれた。
これで今回の一件は終わりだ。あとは学園側の判断でどうにでもできる。
「さしあたってはクレア嬢の魔力に反応した、という事にでもするか?
4種の魔石増幅器を搭載していた為にそれに反応してしまったわけだが、
マルセル達はクレア嬢の魔法属性が4つ全てで、しかも高ランクなのを知らなかった、という事で」
「国の機密に属する事なので大っぴらにできない事を利用するわけですか?悪いお方だ」
「まぁというわけでだ、誰も悪くないという所に落とし込むつもりだ。
ところで、その代わりと言っては何だがドワーフ工房に興味は無いか?
ギムオル以外にもあの甲冑を面白いという親方がいてな」
「あります!もちろんです!」
食い気味に答えるマルセルに、本当はそういう話は無いのだがギムオルが興味を持っていたのは事実ではあるし、
コネでも何でも活用して工房を見つけなければな、とリュドヴィックは思うのだった。
マルセルが退室した所で、リュドヴィックはクリストフを伴い魔学祭の復旧に戻る事にした。
「さて、ではクレア嬢を知らぬ間に事故の原因としてしまっている事を謝罪しに行くか」
「お気を付けて行ってらっしゃいませ。私は校内に再開の通達をして参ります。
魔力事故につきましては適当に噂を流しておいてごまかしておきますので」
「何だ?ついてこないのか?」
「こういう時は邪魔ものがいない方が良いでしょう?
先程のような事がいつ起こるとも知れません。
残り少ないロザリア様との学園でのお時間、どうか大切になされませ」
クリストフに見送られて生徒会実行部室の外に出たリュドヴィックは、
「残り少ない、か。そういえば卒業までもう後5ヶ月程しか無いのだな」と呟いた。
魔法学園に入学すればお互いの生活もあるのだし、会う時間は少なくなるかと思っていたが予想以上だった。
自分は生徒会長なんてやっていると学校に拘束される時間が多すぎるうえに、
ロザリアはロザリアで学園外の店舗経営に熱中していたり。
おまけに学園外の揉め事も山盛りと来ている。どうなっているんだこの国は。
ああ、こんな事になる前にもっと早くロザリアと心通わせておくんだった。
世間の噂なぞに振り回されず彼女を知ろうとすればよかった。
だが、まぁ今からの時間はこれ以上無駄にするわけにはいかない。
リュドヴィックが向かった先のロザリアのクラスの店も既に再開していた。
ちなみにイーラとの戦いの際の男装ロザリアの勇姿を目撃した女生徒がかなり多く、既に満員状態だ。
ロザリアは一年生だがそんな事はおかまいなしで上級生の女子も押し寄せている。
人の波をかき分けて教室に入ると ロザリアは丁度接客をしている。
リュドヴィックの姿を認めた客達が騒ぎ出したので、ロザリアもすぐにこちらに気付いた。
「やぁロゼ、又来させてもらったよ」
「王太子様!午後の公演ですか?」
「公演……?何のことだ?」
午前中の事を噂で聞いたのか、近くにいた女生徒が聞いてきたが、
当然リュドヴィックには何の事かよくわからない。
慌ててロザリアが人をかきわけてリュドヴィックの所にやってくる。
「いえ!いや!何も無いんだよリュドヴィック様。何も無いんだ」
「何の事だかよくわからんが、私はロゼを誘いに来たのだが?今からでも学祭を回りに行かないか?」
眼の前で堂々とリュドヴィックが婚約者を連れ出そうとするのに周囲から黄色い声が上がる。
が、ロザリアは接客中という事もあり皆の手前それを断るしかない。
「あのーお客様。当家では店外は禁止となっておりまして」
店外とは特定の種類のお店で働く店員が馴染みの客と店の外で会う事で、
特別感を感じさせて客を繋ぎ止める手段ではあるが、
断るにしても元女子高生がどこでそんな言葉を覚えた。
『うっさい!ホストとか出てくる漫画とかあったし!』
「テンガイというのはよくわからないが、あいにくと同意は求めていない。
今日だけは生徒会長のだろうと王太子のだろうと、権力を濫用させてもらう」
そう言うとリュドヴィックはロザリアを横抱きに抱き上げた、男装の。
「ひゃっ!?」
「では行こうか、麗しの我が君」
その光景に周囲はもはや黄色い悲鳴すら起こらない。
まるで一枚の絵画でも見ているかのような状況に呆気に取られてしまい、
皆、口を開けたまま固まってしまっていた。
そのままリュドヴィックはロザリアを横抱きにしたままで教室を出ていく。
尚、至近距離で見てしまった女子生徒が、
『仰げば尊死』という意味の良くわからない言葉を受信して気を失ったのは1人だけではあるまい。
次回、第166話「学祭デートは良いとして、どっちも男装なんですけどー!?」
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