第161話「黒魔鋼の機械人形」
ステージの上では女子学生がマルセルに勝負の名乗りを上げていた。
どう見ても1年生のような見た目に何かの冗談かと困惑している。
「えーと、それでは力比べという事ですが、くれぐれも注意して下さいね?」
コクリとうなずくのは短い銀髪に青白い肌、白目と黒目が反転した目、疑似魔界人のドローレムだった。
服装は魔法学園の制服に擬態しており、あちこちに鋲や鎖が垂れ下がっているが、
魔学祭という事で変わった格好をした生徒が多いのはいつもの事なので異常に気づいていない。
「お姉さま! あれってドローレムとかいう!」
「生きてたの!? オラジュフィーユさんが斃したとかいってたのに!」
「お嬢様、逃げ……るわけもありませんか、とはいえこれでは近づくのも難しいですが」
ロザリア達の前にはまだ多数の生徒がおり、ステージには近づくに近づけなかった。
そこへ、リュドヴィックが血相を変えてステージに駆け寄ってきた。
カイルがこの場にいるだけあって近くにいたらしい。
「カイル! そいつを取り押さえろ!急げ!」
「おいおい、どうしたよリュドヴィック、小さな子じゃないか」
「違う!そいつは敵だ!」
だがその乱入は遅かった、既にドローレムは甲冑の手に触れており、
その手には黒い触手が血管か木の根のように這い回り、蛇のようにうねっていた。
黒い触手は甲冑の制御部まで侵食してゆき甲冑の機能を乗っ取っていく。
「邪魔」
うわっという声とともに生徒が甲冑からはじき出された。
「まずい! 制御を奪われた!?」
リュドヴィックが焦るように、そこにドローレムが乗り込むかと思われたが彼女は手を離し、むしろ甲冑から離れた。
「さてさてさて、この甲冑はドワーフ鉄でできているようですね。
という事はこいつと非常に相性が良い。混ぜるとどうなるかなぁ?」
「次から次へと! 今度はフレムバインディエンドルクか!」
突如上空からフレムバインディエンドルクが舞い降りてきた、白衣のような外套を羽のようにふわりと広げて。
手には何かの球体らしきものを持っている。先程のドローンだ、クレアの監視の為に浮遊していたのを捕縛されたらしい。
『クレアさんの監視!? 誰が!? いったい何のために?』
ロザリアは側のクレアを見るが、彼女は驚きの目をその場を見ており、何かを企んでいるようにも見えない。
「皆下がれ! この場から逃げろ! 走れ!」
「それが賢明だ、何しろ私の実験はこれからが本場なのだからな」
リュドヴィックが生徒たちに呼びかけるが、状況がわからない観客たちは戸惑っている。
その間にフレムバインディエンドルクが透明の球体に黒い結晶を差し込むと、
光学的な偽装が溶けたのか金属の球体に見えるようになった。
そして、それを巨大甲冑の生徒が搭乗していた所に無造作に放り投げる。
球体は甲冑の座席のようになったところにべちゃっと粘液のようにへばりつき、
やがて意思を持ったスライムのように、周辺に広がって染み込もうとする。
骨格にもそれは及び、搭乗部が粘菌に侵食されたようになった。
「おや、やはり相性が極めて良いようですね! ではドローレム!」
フレムバインディエンドルクが芝居がかった仕草でドローレムに命じると、
既に巨大甲冑内に侵食していた黒い触手のようなものが粘液状になり、爆発的に増殖する。
その勢いで甲冑の外皮は弾け飛び、金属製の骨格がむき出しになった。
黒い粘液はさらに膨れ上がって骨組みを筋肉のように覆い、搭乗部までそれは広がっていった。
すると、銀色の粘液状の部分と黒い粘液の部分がせめぎ合っていくが、
黒いそれの方が量が多いために、ついに銀色の粘液部も黒い血管のように侵食されていった。
巨大甲冑の身体中を覆った黒い粘液はやがて体表で鎧のような形状に固化して形を成していくのだった。
「ふむふむ、いい出来です。ではあなたはイーラ(怒り)とでも名乗ってもらいましょうか?」
「ギギ……、ワレ、イーラ……」
「意思があるのか!?」
「ええそうですよ、王太子様。今やドローレムと同じく我らの同胞ですがね。
闇魔力で動く自動人形に仕立てさせていただきました。さて戦闘力はどのようなものでしょうか?」
「リュドヴィック! 下がれ!」
「くっ、生徒会執行部を招集しろ! 早く!」
カイルがステージから飛び降りてリュドヴィックを守るように立ち塞がる。
ステージ上ではイーラが既に動き出しており、力を持て余すように巨大な拳を振り上げている。
会場から悲鳴が上がる中、そろりとクレアがステージの背後に回ろうとしていた。
「(よーし、今なら無防備っスね……)」
「おっと、お嬢さん、私も学習するのですよ? 無駄に長く生きているわけではありませんので。
行きますよ、ドローレム」
「ちっ、逃げられた」
フレムバインディエンドルクはドローレムに指示を出すと、素早くステージ上から離脱した。
上空で一旦停止すると、転移でもしたのか姿を消す。
放置された形のイーラではあったが、まだ身体の変化は続いていた。
身体をすっぽりと黒い装甲が覆い終わると、ベコンベコンと内に向けて身体が凹んでゆき、身体の大きさが小さくなっていった。
どうやら骨組みだけだったので内部が隙間だらけだったのがどんどん圧縮されていっているようだ。
だが、それは骨格も構造も圧縮されてより強固になったと言える。
4mの大きさがあったものが、変化が終わった時は約2.5m程の黒い鎧を着た大男といった感じになった。
「ほほぅ? 良い感じになったじゃねぇか?」
先程の力比べで”手加減されていた”と言われてたのがひっかかっていたのか、
副会長のカイル・オーセントが前に出た。
既に両腕には魔杖篭手を装着済みで、ガシガシを両の拳を打ち合わせ、火花ならぬ小さな炎がそこから舞っている。
対峙するイーラの顔は鎧の兜そのもので、目に当たる部分は黒いスリットが入っているが目らしきものが無いので何を考えているか良くわからない。
「正体がわからない以上、全力で行くぜ!」
次回、第162話「最初から手加減無しだ!いくぜおらぁ!」
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