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第159話「いただきます、ごちそうさまはとっても大事」


ひとまずの休憩時間をもらったロザリアは、学祭を見て回る事にした。

格好は男装のままではあるが、周囲は普段と違う格好の生徒だらけなので特に目立ちはしなかった。

だが、その凛とした姿は学園内でも人目を惹き、目で追う女生徒やついて来てしまう女生徒が続出していた。

「お、お兄さま、後ろ後ろ、ついて来てる人が多いんですけど……」

「んー? 気にする事は無いんじゃないかな?」

と、ロザリアは後ろを振り返り、ひらひらと手を降ってにっこり笑うサービスを見せ、顔を赤くする女生徒に、

「僕は1年2組のカフェにいるからねー! よろしくー!」

とカフェを宣伝する余裕を見せていた。

先程のリュドヴィック接客時の雰囲気に比べればかなり生ぬるいものだったからだ。

尚、運良くロザリアのクラスと店を知る事のできた生徒は運が良い方で、中には後日学園内を「また会えないか」と探し回る生徒がいたとかいないとか。


せっかくなので同級生で別のクラスでは唯一の知り合いと言っていいサクヤとシルフィーリエルのクラスに行ってみようという事になり、クラスに向かうと、

教室の前で平安貴族のような格好をしたエンシェントエルフのシルフィーリエルが客引きをしていた。

女性のはずだが元々中性的な見た目の為に男性貴族の格好が妙に似合っている。

「おや、ロザリアさん久しぶりだね。それに珍しい格好だ」

「お互い様でしょう? それってヒノモト国の?」

「そうらしいね、今年はクラスにおひいさま(サクヤ)がいたから面白がって皆で再現したんだよ」

衣装はよくよく見ると生地も和物ではなく、あくまでそれらしく作られたものではあったが十分に雰囲気は出ている。

「本当はヒノモトの本格的なドレスを見てみたかったんだけどね。何でも12枚着ないといけないとか」

「あー、十二単衣(ひとえ)って、いうのですか? 実現したら凄かったでしょうね」

「おや、詳しいんだね? 私はそれなりに長く生きてても知らなかったんだけど」

「お、王太子妃教育の中で異国のドレスには興味があったんですよ」


尚、十二単衣(ひとえ)の十二は、「十二分に」が数が足りる以上に多い、の言い回しであるように、

多く重ね着している程度の意味なので別に12枚を重ね着すると決まっているわけでもなく、

実際は肌着+8枚の9枚程度だとか。

よく伝え聞かれる笑い話としては、とある女性が衣の色合いやグラデーションを凝りに凝って20枚を着てしまい身動きがとれなくなったという話がある。

美にかける執念はいつの時代も洋の東西を問わないようだ。


店となっているクラスの部屋に入ると内装も一応和風を装っていた。

魔法学園の建屋は元々石造りや漆喰(しっくい)壁なので、それを隠すように白い布やそれらしい帯をたれ下げていた。

あえて窓を薄い布で覆い、室内をやや薄暗くした部屋にした上で、紙で作った和風のランプシェードを被せた魔石灯のスタンドがあちこちに立ててあり、即席にしてはなかなか玄妙な雰囲気を出している。

部屋の中は布による衝立(ついたて)で敷居で個室がいくつも設けられていた。

机や椅子はさすがに元のままではあったが真っ白なテーブルクロスがかけられている。


「いらっしゃいませですわ」

迎えてくれたサクヤの格好はというと、店内で給仕をする事を考えたのか和洋混在ドレスとでもいうものだった。

普通の無地のドレスの上に和風の着物を羽織っており、重ね着でそれらしく見せている。

髪型も黒髪を後ろにまとめている程度で、いわゆる雛人形のようにはなっていなかった。

「おお、異国情緒があって良いねそれ」

「ロザリアさんも、ずいぶんなりきってらっしゃるようですわね。

 わたくしはもっとこだわりたかったのですけれど、予算の兼ね合いとか手間暇もありましたので」

他にも生徒が店員として立っていたが、見ると他の皆は認識阻害の魔石具を使用しているのか皆茶目黒髪等になっていた。顔立ちは洋風のままなので少々違和感はあるけれども、やや暗い店内では馴染んでいる。


「雰囲気作りが最優先でしたので、食事は大したものは出せないのですけど。いかがかしら?」

案内されて席について出されたメニューを見ると、

料理はヒノモト定食というものが1種類、分量のみの差で大中小というものだった。

さっそく3人で定食の小を頼んだ。

最初に出されたのは緑茶で、こちらも前世で日本人だったロザリアとクレアにとっては懐かしいものだった。

「緑色のお茶、ですか。変わっておりますね。風味は言われてみるとお茶ですが」

普段侍女として紅茶を扱っているアデルが匂いをかぎながら不思議そうな顔をしていた。

尚、緑茶も紅茶も製法が異なるだけで、元になる茶の葉は同じ種のものであったりする。


「どんな料理なんでしょうか?」

「うーん?平安時代的な料理?」

ロザリアはクレアの質問に答えながら時代は違えどサクヤやシルフィーリエルの格好、このお茶、と前世の日本を思い出させるものが多いなと店内を見回していた。

「これがヒノモト風だとすると不思議な空間ですね? 石壁に囲まれているのとは全く違う感じがいたします」

「私が知っているものと同じだとしたら、ヒノモト国の建物は木で建てられて、壁は土でできているはずだよ」

「そうそう、床には畳と言って、草を編み込んだ硬いマットレスみたいなのが敷き詰められてるんです」

アデルが思わずつぶやいていた言葉にロザリアとクレアが答えるが、文化が違い過ぎる為かどうも想像しきれないらしく、嘘ではなかろうなという表情を向けられてしまった。

『本当なのに……』


「お待たせいたしましたわ」

出されてきた食事は普段の食事からするとごく少なく、一品ずつの量も少ない。

お茶碗に盛られたご白い飯、味噌らしきもので焼いた魚、肉じゃが、小さめの豆腐、何かの野菜のお浸し、漬物らしきもの、そしてお椀の味噌汁だった。

何故か箸とは別にナイフとフォーク・スプーンまで並べられたが、箸が使えない生徒に配慮しての事だろう。

「ヒノモト国の食事をそれなりに再現しましたわぁ。あ、お箸は使えなくてもかまいませんのよ……、え?」

ロザリアとクレアは、サクヤの説明が耳に入らないかのようにしばらく料理をじっと見つめていた。そして、そっと箸に手を伸ばす。この世界では15年ぶりに持つ事になるものだ。


「まぁ、ロザリアさんもクレアさんも箸をとても綺麗に持てますのね。って、どうして泣いていらっしゃるんですの?」

「いえ、その……、はい」

「ごめんなさい、ちょっと、ごめん」

不意打ちだった。2人にとって前世で当たり前のように食べていたものが今目の前にあるのだから。何かを察したサクヤは、自然な仕草で近くの布の衝立を移動させてロザリアとクレアを周囲から隠した。

そして、クレアの耳元で「遮音の結界、クレアさんなら張れますわよね?何だかわかりませんがごゆっくり」

と一言残して引き下がった。サクヤは普段の行動が自由であるがゆえに、そういった空気は読める女子だった。

クレアは遠慮なく風魔法による遮音結界を周囲に張った、これでよほどの事が無い限りは周囲に音は漏れない。

その瞬間、ロザリアもクレアも泣き崩れた。


「マジごめん、この不意打ちはヤバい、ウチ泣く」

「私もっス、ああ、日本食だぁ……」

この世界ではそれなりに前世でも馴染みのある食材が流通していた。米も何とかすれば手に入らない事もなかった。神王の森で似たような料理をレイハにふるまってもらえた事もある。

だがロザリアは侯爵家という貴族の家に生まれ育った為、クレアは王都から遠く離れた山村に住んでいた為、それらに触れる機会はほぼ無かった。

断片的にカレーらしきものや、ラーメンっぽいもの、サンドイッチのようなものは食べてはいたが、目の前のようなシンプルでストレートな日本食を目にする事は今の今まで無かったのだ。


震える箸でご飯を口に入れ、そっと噛み締めるように味わう。

「ああ、ご飯だぁ……」

「本当っスよね。ちょっと食感も、もちもち感も違いますけど、ご飯っス」

口にしたご飯は前世のそれとは少々異なってやや固めで細長く、歯先にポキポキ折るような食感が口に残るのでもちもち感も少ないものではあったが、口に残る風味はまぎれもなく白米そのものだった。


「あ、この味噌汁、白味噌が強いみたいで、お正月に食べたのと同じっス」

「そうそう、ちょっと甘いこの感じ、あ、サトイモっぽいのが入ってる」

「肉じゃがってこんな味だった! あー懐かしい」

「昔のウチ、ほうれん草のお浸しとか嫌いだったけどさー、もっと食べておくんだったなぁ」

ロザリアとクレアは、まるで子供に戻ったかのように、料理を口にしていた。

多少の差異はあれど、十分に懐かしい料理の数々に涙が止まらなかった。

2人のあまりの様子に、アデルは少々マナーが悪いのではないかという指摘も忘れて自分も食べてみる事にした。

箸を使えないのでナイフやフォークで食べてみた、確かに普段食べているものとは違う風味ではあったが、郷愁を誘われるようなものではなかった。


「お二人にとっての、故郷の味、なのですか?」

「んんー、ちょっと違うかなー?故郷の味とか言うなら、ローゼンフェルドの家で食べるものとかが私にとっての故郷の味とか家庭の味だもの」

「そうっスね、私の生まれ育った山村でも、きちんとその郷土の料理がありました、でもこれは、それとも違うものなんです」

そう語るロザリアとクレアの顔はどこか遠い目をしている。

言うなれば、生まれる前の記憶、今の2人を形作る魂のルーツのようなものだったからだ。


きちんとご飯粒1つ残さず食べ、前世らしく両手を合わせて「「ごちそうさまでした」」と言った瞬間、

「あ、ヤバ、『いただきます』って言うの忘れてたー!マジウケる!」

「そういえば!あれ言わないと!元日本人失格!」

と泣きながら笑い合うのだった。アデルは正直何が何だかわからなかったが黙って見守っている。

「お二人とも、涙で凄い事になっていますよ、あとでお化粧直ししますからね」

「んー、ごめんねアデル、お願ーい。でも、何だか安心するねこの食事。

 ちゃんと日本とつながってるんだ、って気がして」

「そうっスね。私も、何だか遠い所に来てしまってたとずっと思ってたような気がします」

食べ終えた後のお茶碗をじっと見つめながらしみじみと語るロザリアとクレア、

その様子からは特に悲壮なものは感じなかったのでアデルは安心した。


「少々安心いたしました。前世の世界に還りたいとか言い出すのではないかと」

「えー? うーん、それは無いかな? 前世では事故で死んでしまってるし。

 もし還ったとしても30才になっちゃうのよー?」

「私も病死ですしねぇ、思い残すことが全く無いとは言いませんけど。

 でもでもお姉さま、このお味噌とお醤油くらいは何とかならないっスか?」

「あーね、取り寄せてもらって、料理に使ってもらう事を考えようかな?」

折角だから家庭の味にでも取り込もうと嬉々として話し合う2人に、

そういえば自分の故郷の味は何だろうか、とアデルは思い返してみるが何も思い出せなかった。


「故郷の味、ですか、私も故郷に帰ればそんな気持ちになるんでしょうか?」

「きっとなるわよ、アデルの故郷ってどこなの?」

「わかりません、私は色々あって”里”に引き取られたとの事ですので」

「あ……、ごめんね」

「かまいません、お二人にとっての前世のように、それはもうどうしようも無いものなのです。

 ですから、お二人の気持ちは、ほんの少し判るつもりです」

無表情でいつもの口調ではあるが、アデルの言葉にはどこか寂しさのようなものが含まれていた。

その言葉にロザリアは何かを感じたのか、アデルの手を握ってそっと頭を撫でる。

クレアはというと、そっとアデルに抱き着いてその頭を撫で撫でする。

2人がかりでこれでは、寂しさなど感じる暇もないなぁ、とアデルは思うのだった。


次回、第160話「ドローン」

読んでいただいてありがとうございました。

基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。

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