第15.5話「リュドヴィック殿下のこと:sideクリストフ」
タイトルの通り、15話と16話の間のお話です。
リュドヴィックとクリストフの心情に関するお話ですので、説明されてしまうと興ざめだ、という方はお控え下さい。
私はクリストフ・アルドワン、グランロッシュ王国の王太子 リュドヴィック殿下の側仕えだ。
弟が殿下の乳兄弟という事もあり、幼い頃から親しくさせていただいている。
リュドヴィック様は長男ゆえ兄がおらず、男性王族の中でも歳の近いものはごくわずかな上、交流も薄いので、恐れ多い事ではあるが私が殿下の兄代わりのようなものだった。
殿下はとにかく人の好き嫌いが激しい。一度身内と認めると、正直鬱陶しいくらい面倒見が良いのだが、敵意を向けられたり、こいつは敵と判断してしまうと、無関心なのはまだ良い方で、場合によっては真向から潰そうとする。
幼くして母親を亡くし、その後の政治的なゴタゴタで利用されすぎたので、仕方ない面もあるのだが……。
権謀術数渦巻く宮廷で生きていくには、多少そういう要素を持っていてもいいのだが、それにしてもあの年でああでは困ると、国王陛下からも相談されるが、なかなか矯正できずに今に至っている。
その殿下の様子がちょっとおかしい、いや、かなりおかしい、正直に言おう、率直に言おう、色ボケた。
王太子といえども色々な執務をこなさなくてはならない、様々な決裁や、自分の公務に関する同意書にサインや押捺など。それなりの書類作成業務がある。
これまではただ淡々と公務をこなしているだけだったのが、今日はよく手を止めている。表情はいつもの怜悧なままだが、たまに手をペンから離し、こう、ワキワキと何かを抱き寄せるようなしぐさをする。
何もない空間に思い浮かべているのは、聞くまでも無い、ロザリア嬢だ。
あれは次に会った時、どんな感じに抱き寄せようかと脳内で模擬戦をしているな、とわかる、わかるのだが、正直気持ち悪いのでやめて欲しい。見た目のわりに中身は残念なんだよなこの人。
はい駄目、そこ触っちゃ駄目、そこ触ったらいくら相手が寛容な女性でも怒られるから。そこ触ろうとするくらいならキスを狙え、まずは指先のキスからだぞ。
そろそろ妄想の軌道修正が必要だ、いい加減声をかけないと、……いやどうしてこうなった。
きっかけは判っている。つい昨日、数年ぶりにまともにロザリア嬢に、しかもローゼンフェルド邸へ会いに行った時だ。
『ロザリアが変わった? あの傲岸不遜な侯爵令嬢がか!? 何の冗談だ』
『いや殿下……、自分の婚約者にちょっとそれは無いんじゃないですか?もうすこしこう、女性に寛容さをですね』
人間嫌い、主に女性嫌いなのはわかってるけど、この言動はどうにかならないものだろうか、外面は良いから誰も知らないだろうけどさ、皆は私の苦労を知っているんだろうか。
『あの女が昔、私に何をしたか知っているだろう?』
『いやあの女って、初めて会った時の話ですか? 10年近くも前の話でしょうに、多分びっくりしただけだと思いますよ? 話だけ聞いてると、ごく普通の貴族令嬢の反応と変わりませんし』
見かけは天使のようなのだが、その見かけに反して人間不信が強すぎる、ちょっとは自分の目で判断したらどうなのかと思う。
『だがあの女の性格は、順調に悪化している、と聞いているぞ? 使用人に当たり散らしたり、わがまま放題という話を聞いているが?』
『だからあの女って……、まぁそうなんですがね、ここ2年くらいの話でしょう? お母様も病がちなのもあるでしょうし、あの年頃の女性にはよくある事ですよ? 殿下だって似たような事あったでしょうに』
『私のどこに問題がある?私は人に文句を付けられるような事は何もしていないぞ?』
どの口でそういう事を言うのかこの人は、と思うが、ここで口論したら泥沼だ。
『とにかく、一度自分の目で確かめてみたらどうです?いい加減一度くらい、ローゼンフェルド家を訪れて侯爵夫妻に挨拶しないと。っていうか侯爵って宰相ですからね? この国の超重要人物だからね?』
『……ちょっと信じられん、せめて1月くらいその改心とやらが続けば、考える』
『はい言質取った! 聞きましたからね!』
とまぁ、色々あって1月ほどロザリア様の改心が続いたので、それでも渋る殿下を、『おやぁ~国民の規範となるべき王太子様が、約束を破るんですか~?』と煽って煽って煽り倒し、
最近留学から帰って来た魔法医師見習いを侯爵家に紹介してはどうか、今まであまり接点薄かったお詫びにもなるでしょ、と押し通したのだが。その結果まさかああなるとは思わなかった。
最初の面通しでは印象が最悪だったろう、あの無関心さを丸出しでは見抜かれるのも当たり前だ、ロザリア嬢だって固まっていたし。
多分あれだな、殿下は数年ぶりに、至近距離では10年ぶりに会ったロザリア嬢が、絶世の美少女に成長していて、内心は凄い緊張したから無関心を装ったな。
さらにはあの状況でロザリア嬢が挨拶を噛む、という妙に可愛い事をやらかしたので、己の本心を見せまいと取り繕ったな、無駄にこういう事だけは手慣れてるんだ、この人。
その後、せっかく2人きりで庭園を散策する、という絶好の機会があったのにも関わらず、正直あれは無い、無さ過ぎる。
殿下は何もしゃべらんわ、ロザリア嬢も何を話して良いかわからず困っているわで、無言のまま歩くだけになっていた。
よく考えたら、女性慣れしていない殿下を、深窓の令嬢の極致ともいえる侯爵令嬢に会わせたらこうなるのも当たり前だった、自分の失敗だ、それは認めよう、だがしかし2人とも、あれは無いだろう!?
こいつら本当にめんどくせぇな!! と思いつつ、このままではいかん、とフェリクス様にお願いして殿下を呼んでもらい、一旦2人を引き離した。
その間に、殿下をちょっとシメた、この童貞にまかせてたら結婚までろくに関係が進まん! この状態で結婚初夜を迎える気かおのれら!!
……失礼、まぁそれで気を取り直して、改めてロザリア嬢に会いに行こうとしたのだが、その途中の廊下で、信じられないものを目撃した。
『わ~んアデルが冷たい~! 私わりと頑張ったよ~!? いい子いい子して~やさしくして~なぐさめて~』
あのいかにも気位の高そうな見た目の侯爵令嬢が、侍女に抱き着くようにして甘えていたのだ、まるで歳の近い町娘か姉妹のように自然に、
相手をする侍女も特に困惑している様子はなかった、恐らく2人はいつもあんな感じなのだろう、そこには噂に聞いたような、使用人や侍女に我儘を言いたい放題しているような侯爵令嬢は存在していなかった。
思えばこの屋敷も極めて良い雰囲気だった、それは屋敷を見るだけでわかる、いくら豪華な建屋であっても、中に入る人々の心が荒んでいれば様々な粗が見えるものだ。
なおもわちゃわちゃとじゃれ合ってる2人、正直尊い、ずっと見ていたい。
だがそれを邪魔する無粋な大バカ野郎がいた。失礼、お方がいらっしゃった。
『へえ?普段はそんな感じなんだ?』
おいこら待て、あの尊い2人の間に割って入る気か貴様。と言いそうになったが、珍しく女性に興味を持った殿下に驚いてしまい、止めるのが遅れた。
そして、令嬢と侍女の2人の会話を、じっと見ている殿下の顔に見覚えがあった、あれは、どうしても欲しいものを見つけた時の表情だ。
この人が所有欲を持つ、なんて本当に珍しい、元々恵まれた環境というのもあるが、全てを諦めきった所があり、今まで何かを欲しがる、大切にする、という欲がとにかく薄い、薄かった。
ああ、そうか、この人は、あんな感じに、ロザリア嬢と侍女のように、気安く語り合える人が欲しかったのか、それもできるだけ対等の立場で。王太子の身では手に入れる事は絶対無理と言わざるを得ない人を。
だがあのロザリア様なら、もしかしたら。
「殿下、ご機嫌もよろしい様で、誠に喜ばしい限りです」
「何の話だ、単に仕事をしていただけだぞ?」
はい、それならさっさとペンを持って仕事しましょうね。手つきがかなりヤバい事になっていたので。
「いえいえ、今日の殿下はご公務も熱心なので非常に助かります、この分ですと、ロザリア様には明日にでも会えますよ?」
「な! 何故そこでロザリア嬢の名前が出る」
今まで今日の分の仕事しか終わらせなかった人が、突然明日や明後日の仕事も持ってこい、とか言われたらわかりますがな。だが、それを口にしてしまうほど私はヤボではない。
「おや、さっそく明日、ローゼンフェルド家を訪れても良いか、と問い合わせておいたのに、余計な事でしたか? せっかく了承を取ったのに。あまり日を離すと、あっちも準備が大変ですよ?」
「いや、行く」
チョロいな。
次回 第16話「侯爵令嬢ロザリアの毎日」①