第156話「あ、改めて準備頑張るわよー……。」
さて、魔学祭が近くなった頃でも皆への特訓は続いていた。
何しろカフェを開くともなると覚える事が多すぎる。ロザリア達のクラスは空いている教室を借りて今日も練習していた。
「きゃっ!もう邪魔しないでよ!」
お茶を入れていた生徒のテーブルに猫が飛び乗ってきてお茶を入れている手にじゃれてきたのだ。それでなくても足元では猫達がすりすりと頭を脚にすりつけてきて気が散ることこの上ない。
「こらこら、大きな声を出すものじゃないよ、猫ちゃん達が怖がっているじゃないか」
「でもロザリア様、ああごめんね~? 怒ったわけじゃないからね~」
悲鳴で怒られたと思ったのか、テーブル上でちょっと身をすくめるように後ずさった猫に女生徒があわててご機嫌を取る。
だが猫の方は身を低くして完全に警戒していた。
「ほらほら、それだと怖がるからむやみに猫ちゃんの目を見つめてはいけないよ。
ゆっくり瞬きして、そっと目を逸らしてあげて欲しいな。
それが猫ちゃんに対する愛情表現だから」
「え、ええと、人間相手とは全然違いますのね? 難しいわ」
ロザリアの言う通りにゆっくりと瞬きしながら目線を外してあげると、安心したかのようにまた寄って来る。手にまた猫がすり寄ってきたので女生徒は手を差し出して優しく撫でながら目を細めていた。
使用人相手とは違い相手が猫であっては言葉も通じないので仕方ない、と皆だんだんと丸くなってきた。何より貴族らしく凛としていると猫が寄ってこないのだ、猫に嫌われたり避けられるのは誰でも堪える。
尚、その練習風景を教室の窓から見物していた他のクラスの女子生徒が、全員男装で猫を愛でるロザリア達を見て尊い……と悶えていた。ついでに男子生徒も。
「いやー、みなさんずいぶん丸くなりましたねー。最初の頃とは別人ですよー」
「貴女もまぁ、かなり所作が洗練されてきたと思うわ」
平民出身のクレア達も様々な所作を叩き込まれて仕草が洗練されてきており、貴族出身の生徒からは好評だった。
誰でも相手とのマナーのズレは気になるもので、人間関係のトラブルはそういう所から始まる事もわりと多い。
「さすがですわねロザリア様、このような形でクラスをまとめるなんて」
「本当ですわ、突然クラス代表補佐を任されるだけありますわ」
「そ、そそそそうだね?僕も頑張った甲斐があったよ?」
はからずもマナーが平均化されてきたのでクラスの一体感は明らかに上がっていた。
『なんとなく面白そうだからノリでやってみただけ、とは言えないんですけどー……』
また、お茶一つ入れるのにも技能が必要な事や、今回は料理も作らなければいけなかったので、
料理ナイフ以外は何1つ使った事の無い貴族の生徒たちは大騒ぎだった。
皆悪戦苦闘しながらなんとかして料理をしようとすればするほど上手くいかない。
「ああーお嬢様、いえ坊ちゃま。ナイフはもっと垂直にしないとダメなのです」
「お皿をこんな風に持ってはなりません、割ってしまいますよ」
「この料理は火の通り方が難しいのです、もう少し弱めの火力にして下さいませ」
と、いつもは頭ごなしに命令していた侍女達に指摘されまくって凹む令嬢が続出した。
侍女達も男装しているので、美少年に対しては令嬢達もどうも強く出られない。
おまけにそんな子達に対して今まで理不尽な事を要求していた事に対しても罪悪感が芽生えてくるのだった。
「はぁ、自分が情けない、料理ってこんな大変なのね。夜遅くにあれ作れとか命じたり思えばずいぶん傲慢だったわ。これからはできるだけ改めるわね」
「あ、ありがとうございますお嬢様」「こらこら、今は坊ちゃまだろう?」
などと人間関係の改善があちこちで見られ、練習を見学に来ていた担任も感心していた。
「何でもやらせてみるものだな……、ロザリア嬢にいきなり補佐をさせろと言われて最初はどうなる事かと思ったが」
「よくわからない所から効果が出たので、私達も正直困惑しているのです」
「ロザリア様は趣味に走ってるだけのように見えるのですが、色々と誤解していたのかもしれません……?」
担任も委員長・副委員長も首を傾げてロザリアを見つめているが、ロザリアは表面上は素知らぬ顔だ。
『マジごめん! 単に趣味に走ってるだけなので! あんまウチを評価しないで! その優しさが痛い!』
練習を終え、着替え終わったロザリアはクレアと共に学校を回っていた。
放課後の校内のあちこちでは魔学祭への準備に向けて、さまざまなものが作られたり練習が行われている。
その中でもひときわ目を引いていたのが、2年3組の身体機能拡張型魔石動力甲冑だった。
「おおー、人の倍って聞いててそんな大きくないのかなー、と思ってたけれど、迫力あるわねー」
運動場の隅で横たえられて組み上げられつつある身の丈4m近いサイズのそれは、十分に迫力があると言えた。
生徒は巨大な骨組みを着込むようにして装着し、その手足の動きを読み取って身体機能を拡大・拡張する、というものらしい。
体の各所にはそれぞれ魔石による増幅装置が仕込まれているので搭乗者の属性に応じて拡張される機能が変わるのだという。
通りがかったロザリアにマルセルがお礼を言いながらそんな事を説明してくれた。
「あ、ロザリア様、ありがとうございました。おかげで良い感じに製作が進んでますよ」
「これだけのものを作ってしまうなんて凄いわね。加工するだけでも大変だったでしょう?」
「いえ、土属性の魔法を使える生徒なら魔法で金属を加工できるんですよ。
けど無から有は作り出せませんからね、まずドワーフ鉄が無いと始まらなかったので本当に助かりました」
「2年生ともなると凄いのを作るのね……」
「いやいや、このクラスはここ最近ではかなり優秀と言われてるからね? あまり比較材料にはならないと思うよ」
ロザリアは自分達のクラスがやっている事とは次元が違うものを見せつけられて溜息をつくが、
近くにいる教師は肩をすくめながらそう教えてくれた。
「でもマルセルさん、今は骨組みだけみたいだけどこれのガワはどうするの?」
「これを着て実際に戦うわけじゃないからね、このままでも良いかなと思ってるよ。完成したらこれを使って魔学祭の準備を手伝っても良いし」
骨組みには一応登場者を守る筋交いやロールバーのようなパイプが張り巡らされており、それだけでも十分に強そうだった。眼の前では上半身を起こした状態で動作をチェック中だったが、
手の指まで人の手を模しており、搭乗者の動きをそのままトレースして動かしている。
『うー、こういうの見るとむっちゃアガるんですけどー。ウチの中の男子の心キュンキュンするー!」』だから女子の心どこ行った。
「こういうのを見ると、魔法学園だなぁ、って気がしますよね」
「そうね、普通の学校じゃまず見られない光景だものね」
他にもバイクからタイヤを取り除いたような形の飛行魔道具を様々に飾り付け、光らせたりしている組もあった。
放課後の夕方の空に光の軌跡を残しながら飛ぶその姿は中々の見ものだった。
「おおー、ゲーミング飛行魔道具。全く意味無さそうだけど無駄に格好良いっスね」
『ゲーミング、かぁ。大昔はデコトラを真似して光らせるデコチャリなんてものがあったらしいけど、今もあんの?ゲーミング自転車とかー?』
尚、デコトラとは貨物用トラックを電飾や絵画で過剰に装飾したもので、ミニバンを過剰に改造したバニングカーと共に現在は見る機会が減ってしまっている。
『え、あの羽が生えたような四角い車ってウチが前世で生きてた頃結構見た気がするけど、もう見ないの?』
現在は法改正が進んだり、維持費・社会情勢の変化と共に存在が難しくなっている。イベント用に過剰に装飾したものと業務用の装飾を抑えたものに2極化しておりイベントでないと見る機会は少ない。
『えー、あれなんかカッコ可愛い感じしてて良きー、って思ってたのに』
などと校内を見て回っていると、リュドヴィックが同じように見て回っていた。
「やぁロゼ、練習は終わったのか?」
「あ、リュドヴィック様、生徒会の方でも何かしているんですか?」
「いや学祭当日だけじゃなくて、準備期間中も結構危険な事をしてる場合があるからね。先生達と共同で見回りだよ」
「でも生徒会の皆さんって、他にも色々と書類作ったりで大変なんじゃないですか?」
「いや、そういうわけにもいかなくてね」
ロザリアがどういう事か、とリュドヴィックに聞こうとすると、 少し離れた所で騒ぎがあった。
「あ! やっと見つけた! 神様聖女様財務省様ー! もう少し予算をー!」
「だから! 貴方達は! 事前に学園生ギルドの依頼をこなして資金貯めておきなさいって言ったでしょう!? 予算は無限じゃないのよ!」
「そこを何とかー! お慈悲をー!」
「知るか! 今からでも依頼こなして来いや!」
ロザリア達の視線の先では生徒会執行部会計のアネットが生徒から拝み倒されていた。
どうやら追加予算をお願いされているようだ、そんな要求が通る筈もないのだが、生徒は諦めきれず、アネットにすがりついていた。
「執行部室に籠もっているとね、あんな感じで捕まってしまうんだよね」
「はぁ……」
リュドヴィックは苦笑しつつ仲裁の為にそちらへ歩いてゆき、アネットの横に並んで生徒に言い聞かせるように説得を始めるのだった。
次回、157話「猫カフェ、魔法学園臨時出張店舗の開店~!」
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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