第154話「私はツァラトゥストラ」
「おいギムルガ、ちょっと予想外すぎるなこれは」
「そうだのぅ、今のワシらよりも高度な技術が使われておるし、明らかに大襲来以前の遺跡だ」
ロザリア達が開けた穴はドワーフ遺跡よりもやや高いところにあったので遺跡のほぼ全体を見下ろす事ができた。
空洞はちょっとした学校の敷地くらいあり、天井がかなり高いいびつな半球状だった。
中央の大きく重要そうなドーム状の施設を取り囲むようにいくつもの建物が立ち並んでおり、
街というには生活感が薄く、どう見ても何かの施設の跡だった。
その画一性から少しずつ発展したというより明らかに何らかの目的を持って一斉に建てられたものだというのが見て取れる。
建物は継ぎ目の無い濃い黒っぽい素材でできており、外壁の一部は金属のような光沢を放っていた。
その建物の表面を何本もの太い配管が這い回っており、全体の印象は何かの臓器のような生物感さえ感じる。
「ちょっと待ってろ、下まで行って安全を確認してくる」
ギムオルが背嚢からハンマーを取り出し、穴から出て下へ降りていく。
穴の下はやや急な崖になっているので降りられなくもなかった。
そこをギムオルは途中の岩を割り砕いたり、土属性魔法なのか岩を粘土のように変形させていっている。
やや角度が急ではあるものの即席の階段ができたのでロザリア達は安全に下に降りる事ができた。
施設らしきものは空洞内部の一面にあり、柵のようなもので囲われている所は無かったので全体が1つの目的の為の施設かもしれない、とはギムルガの分析だった。
ロザリア達は中央の巨大な施設に向かう大きな道を歩いて行くが、道端には何も転がっておらず生活感の欠片もなかった。
一部の建物は扉が開いていたが中はがらんとしていて何も残っていないか、朽ち果てたものが小さな山となっていた。
だが、残っている部分は今造られたかのように真新しくも見え、ホコリを払うと表面は光沢を保っている。
「お嬢様、この感じ、見たことありますね?」
「アデルもそう思う?」
「え? 何ですか?アデルさん」
「ほら、魔法学園の地下の御柱の所に行く途中の施設、クレアさんがしばらく入っていた所よ」
「ああー? そんな感じも? ごめんなさい、あの時は色々いっぱいいっぱいで覚えて無いっス」
「いや、御柱の周辺と同じ技術が使われているように見えるな、私も見覚えがある」
アデル達の言葉にリュドヴィックが同意するが、ロザリアにはこの近代的な施設と、高い技術力を持ってはいるが鍛冶や職人的なドワーフとどうもイメージが一致しない。
「あのー、ここって本当にドワーフの遺跡なんですか?
ちょっと今のギムオルさん達とイメージが違うっていうか」
「いや間違いない。入り口とか見てみたらわかるだろ? どの建物も人間が使うにしては少々小さい」
「あ、確かに」
「ここは住んでいたというより、何かの実験施設っぽいのぅ」
「おいギムルガどうする? 戻ってさっさと入り口を埋めてしまうか?」
一通り施設の外周の建物を確認した所で突然ギムルガがそんな事を言いだしたので一同は驚く。
ドワーフは技術的な事には貪欲で、様々な事を吸収すべく日夜物作りに励んでいるというイメージがあったからだ。
「ええ!?ドワーフさん達ってこういうの、興味無いんですか?」
「いやまぁ興味が無くは無いが、ワシらの手に余る技術を手に入れても仕方なかろ?」
「ワシらは職人じゃからな。技術や技能は師匠から受け継ぎ、自分たちの手で磨いてこそ、なんだ。
確かにワシらの先祖は遠い昔、高い文明か技術力を持っていたかも知れん。
だがそれはもう失われた過去のものだ」
「さよう、ここはもうワシらの領域でなくなった。そういう事だよ」
2人して腕組みで向かい合ってうんうんと頷き合うギムオルとギムルガに、
リュドヴィックは逆にここまできたのだから、と思い始めた。人とはだいたいそういうものである。
「いやお二方、とはいえ、ここが何の為の施設かくらいは調べておいた方が良いのではないか?
王都近くに危険なものがあるのはあまり好ましくない」
「1000年以上もこのままだったろうし、魔力流さなければずっと眠ったままだろうがなぁ。どうする? ギムルガ」
「まぁこの坊っちゃんの言う事も一理ある。調べておくか?軍事用では無いと思いたいが……。
一応、ロザリアちゃんとクレアちゃんはちょっと魔力を抑えてくれるか?
何が反応するかわからんし、ワシらが先頭を歩いて危険は無いか確認するでの」
ギムルガがそう言いながら自分も背嚢からハンマーを取り出し、ギムオルと共に先頭を歩き始めた。
ロザリアやクレアは言われた通りにブレスレットやネックレスを操作して魔力を抑えた。
魔力が弱まった以上戦闘力は落ちざるを得ないのでリュドヴィックとアデルが2人をかばうように周囲を警戒しつつ進む。
周辺の建物を調べたくらいでは何も出てこないと、一同は施設中央の巨大な建物を調べる事にした。
その建物は半球状で、表面には窓があまり無い代わりに様々な配管が這い回り、地面や隣の建物にまで伸びていた。
「妙だの? この建物だけ一番上部分が壊れておる。
何かが突き抜けたような感じがあるな、その上の天井にまで影響が及んでおる」
ギムルガが言うように確かにその半球状の建物は頂点部分が壊れているが、
その上部の岩壁を見てもロザリア達には他の所との区別がつかなかった。
建物の正面には巨大な金属製の扉があるが、
それは開きそうになかったので近くの小さな扉を蹴破って施設内に入る。
施設内部は真っ暗かと思ったが、施設上部が壊れて光が入るせいか薄暗くはあるがなんとか前は見えた。
ギムオル達は迷いなく建物の中心を目指すがロザリアには適当に歩いているようにしか見えない。
が、1つの扉を開くとそこは施設の中心部のようで光が差し込んでいた。
広い円状の部屋になっており、その中央にもまた巨大な半球状の設備が鎮座している。
その上の天井が破れ、それが外にまで通じているようだ。
「どうやらここは魔核炉の実験施設のようだな」
「まかく・・・ろ?」
「要は個人の魔法力に頼らず、大地から直接膨大な魔力を引き出す設備だよ。
恐らくこの建物の中枢部にそれがあるはずだ」
『核……? 原発とか原爆とかいうあれ!?
ちょ! やばくね!? ホウシャノーとかなんかそんなヤバいあれ!?』
ロザリアがおバカな事を想像していたが、それを言うなら原子力発電所だ。爆発させてどうする。
『あーうるさい! ウチは前世ただのJKだしー! そんなの見分けつくわけないんですけどー!?』
「あ、あのー、それって大丈夫なの? ここって身体に悪いものが出てたりしませんか?」
「いや身体に悪いものも何も、お前さんが持ってて普段周囲に撒き散らしておる魔力と同じだよ。
ここはそれを大地から直接取り出そうとしておったんだ。
人から出る魔力も、大地から取り出した魔力も違いは無かろ?」
「ええー? そういう、もの、なの?」
ロザリアが前世の原発に対する勝手なイメージから、この場は危険ではないかと心配したが、
ギムルガにあっさりと説明されてもどうも納得はできない。
「とはいえ、内部ももう朽ちておるだろ、ろくに動かんと思うぞ?」
「案の定だの、しかしこんな所で膨大な魔力を取り出して何をするつもりだったんかの?」
たしかに周辺の機材の大半は朽ち果てており、土かホコリの山のようになっていた。
ギムルガの説明によると、古代のドワーフは土魔法で生成した石版に、
魔石から抽出した物質を血管か木の根のように張り巡らせて焼き込み、
集積回路のようなものを作って様々な処理をさせたのだそうだ。
しかしいくら石版でも永久に保つ物ではないので整備や部品を入れ替えずに放置すると、
風化して土に還ってしまうのだという。
「一部は上空に向けて施設外に放出された形跡がある。この施設が壊れたのはこれが原因か。
この山に魔石が鉱脈として埋まっているのはそういう事かも知れんな」
ギムオルはそう言いながら朽ち果てた装置らしき土の山に、
背嚢から取り出したスコップを取り出して掘り返し始めた。
「あの、何をしてるんですか?」
「ん?本来の目的だよ。要るんだろ?ドワーフ鉄」
「あ、そういえば」
「ほれ、1本目。その辺に置いて集めろ、ワシらもちょっと使うでな」
「あ、あのー。ここ貴重な遺跡なんですよね?保存とかしなくて良いんですか?」
てっきり遺跡の調査をするかと思っていたロザリアはギムルガ達の行動に戸惑っていた。
それに構わずギムルガ達はどんどん土の山を崩していく。
「そうは言ってもここはもう朽ちた土の山だし有難がって拝む物でもないだろう。
ましてここは鉱山の底も底だぞ?観光地にした所で誰も見に来んよ」
「あー、そういうものですか……」
「痛てっ」
「あ、ケガしちゃいましたか。
すいませーん!ギムオルさーん!ギムルガさーん!
ちょっと魔力抑制解除して、治癒魔法使って良いですかー?」
マルセルがドワーフ鉄を集めている時に角か何かで切ってしまったらしい。
わりと深い傷だったので放置できないとクレアが声を上げた。
「ああ言っておるがどうする?」
「かまわんだろ、この設備はどうせ死んでおる。多少の魔力があった所で何も起こらん」
「そうか、良いぞー!」
「はい、治りましたよ」
「ありがとうございます、噂には聞いていましたけど凄いですね」
《聖女の反応を確認、起動します。対象の転送を開始》
「おーいマルセルだったか?ちょっとこの大きさで良いか見てもらえるかー?」
「あ、はい。あれ? クレアさん? どこに?」
――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――
《ようこそ聖女、私はツァラトゥストラ。救星機構のメインカーネルインターフェースです。
都合が良かったので最寄りだった魔核炉研究所管理システムに呼び寄せさせていただきました》
「どうして私を呼んだ。まだ選択の時は来ていないはずだ」
《いえ、既にルーチンはかなり進んでおります。
また、進行度の割に因果素子の消費が激しく既に限界が迫っております》
「そんなはずは無い。まだしばらく時間はあったはずだ。あとどれくらい維持できる?」
《概算ではあと5年、しかしそれは何も無くてもの話です。
このままの消費速度ではあと1年も時間はありません》
「私は一度も選択をしていない筈だ、どうしてそのような状態になった。
私はそんな状態を望まない」
《いえ、貴女は一度選択をしています。記憶領域から削除されたか、
事象そのものを書き換えてしまったかでその記憶が無いだけです》
「どのような選択をしたのか判るか?」
《不明です。私には観測ができません。故に判断しかねますので回答ができません》
「いずれにしても、それは私の意図した所ではない。私はこのままが良い」
《このまま、という定義が曖昧ですので判断の確度が落ちますが、現状の維持は不可能です》
「ならば私はどうすればいい?」
《選択肢はあまり残されてはおりません、このままでは因果律の衝突が起こり、世界は対消滅します》
「それは私の望む所ではない。避ける為にはどうすれば良い?」
《衝突を避ける為に救星機構の発動を承認しますか?》
「拒否する。それでは今の生活が消えてしまう」
《今のところ残された選択肢は多くはありません》
「私は、どれも選択できない」
《わかりました。選択を保留扱いといたします。
ですが時間切れとなった時、救星機構は自動的に起動しますのでご了承ください》
「私はそれを望まない」
《対話が回帰的となった為、状況回避の為に救星機構の一部起動とドローンを放出します。
これは一切の命令を受け付けません》
「待て!」
――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――・――
「あれ?クレアさんいつの間にここに?」
「……?いえ?ちょっとあっち見てただけっス。特に変わったものは無かったですけど」
次回、第155話「地の神王獣の魔晶石」
読んでいただいてありがとうございました。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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