第147話「結果はっぴょー。うう、夏が行ってしまうんですけどー……」
「皆様、ご苦労でしたわ!」
事態がようやく落ち着いた王城の前庭で、兵士達を前にして伏せの姿勢のドラゴンの頭の上からドヤ顔のマリエッタがなぜか王族を代表して皆をねぎらっていたけれども、妙に威厳があるので不満の声は上がらなかった。
「いや、なぜお前が偉そうにしているんだ」「まったくだ……」
訂正、父親である国王と当のドラゴンが不満をもらしていた。
しかも国王はドラゴンの足元にいるので圧倒的にマリエッタの頭が高い状態なのだ。どうにもしまらない状況ながら国王はとりあえず場の収集を行う事にした。
「あー、皆ご苦労であった、まずは怪我人の治療を優先だ。
王城の破壊された部分は順次修復、また、王都に被害が出ていないかの調査を優先せよ」
王の側にロザリアの父の宰相とリュドヴィックが駆け寄り、今後の手配を話し合おうとしていたその時だった。
「ちょっと!猫コンテストはどうなりましたの!」
前庭に響き渡るサクヤの声にそういえばこの場はそういう名目だった、と皆が気づくが、出場していた人も猫も皆避難したり逃げてしまっており、どう考えてもそういう状態ではないだろう。
が、そんな空気を読むサクヤではない。
『ウチも忘れてたよ、こういう所はさすがサクヤさんよね』
「あー、うむ、そうであったな、だがこんな状態だ。後日改めて」
「あ!猫といえばお父様!この子飼っても良いですか?」
「マリエッタ!?飼うって、そのドラゴンをか!?」
「おい、我を何だと思っている」
国王がひとこと言って場を収めようとしたが、マリエッタがまるで犬か猫を飼っていいかのように言うのでリュドヴィックが慌て、飼い竜にされようとしているオラジュフィーユも呆れたような声を出す。
「無視すんな、お前らも俺を何だと思ってるんだよ。一応国王だぞ俺」
国王は完全に放置された。
「良いではありませんの、気が向いたら人の姿でも何でも城に来ると良いですわ。
丸一日ドラゴンとしていられても困ります」
「なんだそれで良いのか、安心した。ではお前の力を認め、我の主とする。約束だからな」
「ふふん、どんなものだですわ」
「あー、いや、マリエッタ?認められた?のか?オラジュフィーユ殿に?」
猫カフェでのマリエッタとオラジュフィーユのやり取りを知っているリュドヴィックは状況を察しかねていた。ドローレムを追っている間に何があったのか。
「いや待ちなさいマリエッタ。ドラゴンなぞ拾って来るものではない。
お父さん許しませんよ、返してきなさい」
「おい、我は拾われてきたわけではないぞ」
「という事は、猫コンテストで選ばれたのは私という事になりますわね!」
「どうしてそうなりますの。この子は竜であって猫ではありませんわ」
「お前ら人の話聞けよ」
さすがに家でドラゴンを飼う、などと言われては止めざるをえない国王だったが、ぬか喜びするサクヤやそれに突っ込むマリエッタにまたも発言を無視され、思わず悲しげな表情になる。
サクヤが出場させたのはたしかに猫に化けたオラジュフィーユだったものの、
あの白猫とドラゴンが同一の存在というのを知るものは限られている上、何故そんな物騒な猫を出場させたのか追求されたら困るのではないか、とサクヤは説得されてしまったが、まだ納得行っていないようだ。
「えー、でも肝心の飼う猫はどうするんですの」
「決まってますわ、私の飼い猫はこの子です。良いですわね?お父様」
マリエッタが屈み、足元でオラジュフィーユにじゃれていたらしいものを抱き上げると、胸には例の黒猫がいた。もちろん傷はクレアが一瞬で治癒させたのでどこにも残っていない。
「あー!その子私の!」
「あら?何ですの?ロザリアお義姉様?」
「お、おね……」
ロザリアが叫ぶが、マリエッタがわざとらしく義姉と自分の名を呼ぶので、
そういえばこの場にはローズとして来ていたのだっけと思い出し口をつぐんだ。
「いやその黒猫はいったいどうしたんだ、出場していた猫なのか?」
「さぁ?存じ上げませんわ。会場が猫だらけでしたから迷い込んできたのではありませんの?
それよりもこの子は先程私の命を救ってくれたのです、これ以上の決め手は無いのではありませんか?」
「いやしかし、こういうものを催しておいて、その辺にいた猫に決まりました、では……」
「大丈夫ですわお父様。多分この子はどこからも自分の猫だ、とは言ってきませんから」
マリエッタは黒猫の治療時にロザリアがローズとして出場させていた猫だ、とクレアから聞いていたので確実にわかっていて言っている。
「む……、いや、お前がそう決めたなら仕方ないが」
結局、誰も選ばれず猫だけが決まったという事に関しては、決まった経緯が王女の生命を救ったから、というのと、元々お祭り好きの国民性だからあまり問題にならないだろうと判断された。
今回の姫猫祭で出た利益分は減税で国民を納得させ、商品になるはずだった家は別途何か国民への還元を考える事で決着した。
「結局何だったんだこの騒ぎは」
「策を弄し過ぎなんですよ陛下は」
大騒ぎしたわりによくわからない結末になった事に対し国王が不満を言うが、宰相のマティアスが苦笑しながらなだめるように言うのだった。
「さて、儂らも帰るとするか。お主も良かったの、主と認める者が見つかって」
「だいぶん変則的だけどね。今の世の中じゃそうそう強者も出てこない。あの子で良しとするさ」
「えー、私、結局何をしに来たんですのー」
「お主は元々なにか起こった時の為じゃろがい、本気でフィーを選ばせるつもりだったんか」
「そういえば。ギー、あの王家が”外なる神々”に繋がりがあると知っていたのか?」
「王女ちゃんの”力”というのはそれか。話だけは聞いておったがな、だが儂は詳しいことは知らん。1000年前の大襲来の時も森に引きこもっておったゆえにな」
ウェンディエンドギアスのその言葉は大襲来の際にグランロッシュ王家が重要な役割を果たした、というのを知っているも同然だったが、
先程彼女の弟のフレムバインディエンドルクが”大襲来の最中、闇に堕ちて一族の多くを惨殺した”という事を知った今では違った意味を持つ。
彼女はエンシェントエルフの長老とされているが、それは自分以外の者たちが殺されてしまったがゆえに、やむなくその立場にいるのではないかとオラジュフィーユとサクヤは空気を読んでその事については詮索しない事にした。
よって、サクヤの『外なる神々って何ですの?』という疑問は先送りされた。
「えーと、とりあえずの問題は解決したのよね?」
「国内の獄炎病患者は大幅に治療できたとは思いますし、上々だとは思いますが、王城の被害が少々大きいですね。
死傷者も少なからず出たようですし」
「まぁ、お城の方は王女様がやらかしたわけっスからねー」
ロザリア達も馬車でローゼンフェルドのタウンハウスに戻る途中である。
ロザリアは自分が連れていた猫が選ばれたのではあったが、特に賞金や家が欲しかったわけではなかったので、むしろ本来の目的である獄炎病対策の方が気になっていた。
その過程で集めた闇の魔力からドローレムが誕生してしまったが、オラジュフィーユによって倒されたと言うのを聞いて一応安堵はしている。
「ああー、何だかんだで夏休みほとんど潰れちゃったじゃないの」
「もうすぐ新学期ですよねぇ。すぐ文化祭やらの季節ですし……。ああ、夏が行ってしまう」
「喜ばしい事です。お嬢様もクレア様も学生なのですから勉学には励んでいただかないと」
「えー、折角の学生生活、色々楽しみたいのにー」
思えばこの夏は夏休みそっちのけで王城でメイドとして働いたり、獄炎病の治療薬を作った為に起こった誘拐騒動。ほんの少しローゼンフェルド領で休暇を取ったと思ったらこの猫騒動である。
内容が濃いにも程があるものではあったが、夏休みらしさは皆無だった。
「乙女ゲームでも夏は本来イベントだらけですもんねぇ、もったいない」
「……乙女ゲーム?」
「いやお姉さま、色々横道に逸れまくってますけど、ここって本来乙女ゲーム世界ですよ?」
「あ」
「あ、ってもしかして忘れてました!?」
ロザリアの嘆く言葉にクレアが何となくつぶやいた一言で思い出したように声を上げるが、自分が悪役令嬢という事をすっかり忘れていたようだ。
「いやでもでもだって、ここ最近山ほどいろんな事起こるし変な病気やら攻めて来るやつとかさー」
「それはまぁ、私もゲームでは闇の魔力やら獄炎病なんて体験してませんけどー。
一応お姉さまって悪役令嬢ですからね!?」
「えーと?悪役令嬢っていったい何をしたらいいの?」
「お嬢様、わざわざそれらしくなろうとしないで下さい」
アデルが呆れた声でいつもの調子の2人をたしなめ、馬車はゴトゴトと帰路を進むのだった。
さて、新学期になった魔法学園でロザリアを待ち受けていたのは、わりと容赦のない現実だった。ロザリアは生徒会執行部室に呼び出され、にこやかに笑いながら厳しい顔という器用な事をするリュドヴィックと向かいあっていた。
「さて、ロゼ、魔学祭はどうするの?」
「どうするの、と言われましても……?」
「成績は申し分無いんだ。科目でも実技でも、むしろトップクラスと言って良い。
でもね、正直言うとそれ以外が褒められたものじゃないんだよ」
リュドヴィックの説明によるとロザリアは入学してから学園外をメインとして好き放題していた為にクラスでかなり浮いた存在になってしまっていた。
授業はさておいても、実技ではほぼクレアと2人の自習状態で、クラブ活動のような課外活動はしていないので他の生徒との交流がほぼ無かったのだ。
いや、シモンのような平民の生徒との交流も一応あるにはあるのだが、夏季休暇の為にそれも途絶えてしまっていた。
おまけに、悪役令嬢としてクレアを始めとする平民の生徒を従えているという誤解も解けていない。
というか、どうでも良いと事と思って放置してしまっていた。
「ええーっと、リュドヴィック様、それ、やっぱり何とかしないといけませんか?」
「魔法学園は将来国の為に貢献する為の人材を育成するという建前だからね……、
今みたいに表向きの協調性が皆無というのはまずいんだよ」
「え、ええーと?どうすれば?」
「魔学祭は魔技祭とは違って参加には何の問題も無いからね?
これを機会にぜひクラスの皆と親交を深めて欲しい。というか深めてもらわないと困る」
そう言って、リュドヴィックはロザリアに書類を渡す。
そこにはロザリア・ローゼンフェルドの名前と共に クラス代表補佐という役職名が書かれていた。
つまり、クラス代表の補佐として強引にでもクラス活動の輪に入れという事である。
「ええー……」
次回、新章突入、
第12章「悪役令嬢と魔学祭と猫メイド喫茶」
第149話「魔学祭って、要は文化祭?アゲていこー!」
読んでいただいてありがとうございました。
また、ブックマークをありがとうございました。
だいたい季節を合わせて書いていくつもりが、
作品内は夏の終わりだというのに外は大雪……。皆様どうぞお気をつけてください。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。