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第15話「幼き日の出会いと別れ、想いは胸の奥に閉じ込めて」

王太子リュドヴィックはロザリアとの時間を心ゆくまで堪能し、笑顔も(まぶ)しく帰っていった。


(さん)もどうか、と侯爵が勧めたのだが、さすがに時間が限界を迎えていたとの事だった。

ロザリアの両親はさっそく治療の効果が出たうえ、リュドヴィックに「また近いうちに来させてもらってもかまわないだろうか」と言われて、晩(さん)でもその話題で上機嫌だった。

「―――。」

一方肝心のロザリアは、夢見るような目で放心状態だった。その様子を、アデルや他の侍女たちは微笑ましくも生暖かい目で見守っていた。



「おじょうさまーおつかれさまでしたー」


アデルや他の侍女たちに両脇から抱えられつつ部屋にたどり着き、もはや魂の抜け殻となって言葉も無くベッドに横たわるロザリアを、アデルが物凄い棒読みでいたわる。

つんつんと指で突っついてみるが、反応はない。仕方ないのでアデルは苦笑しつつそっと主の目を閉じさせ、寝支度を済ませると、退室する事にした。


「おじょうさまーおやすみなさいませー」

「―――。」



その夜、私は夢を見た、とても、とても幼い日の事だ。


「いいかいロザリア、今日お前がお会いするのは、未来の夫となる大切なお方だからね」


王宮に初めて登城するとあって、緊張していた私に、宰相になったばかりのお父さまが声をかけてきてくれた。


「おっと、って何でしょうか? お父様」

「うん、お前が大きくなったら、お(そば)で支えるべき人、かな? その人は、いずれたった一人でこの国を支えなければならなくなるんだ。その時、お(そば)にいられるのは、お前たった一人なのだよ」


「わたしひとり、だけ……、あの、その人は今も一人ぼっちなのですか? あの猫のジュエのように」

「おいおい、王太子様をこのあいだ拾ってきた猫と同じ扱いにするものではないよ、でもまぁ、立場だけで言ったらその通りだね、あの人はこの国でただ一人のお方だから」

「わたしひとり、だけ……」



王宮の庭園で引き合わされ、初めて会ったその人は、花に囲まれて、まるで絵本の中にいる王子様みたいで、そして、どこか寂しそうな人だった。


「初めまして、僕がリュドヴィックだよ、君に会えて嬉しく思う」


私とそう変わらない歳なのに、そっと私の手を取って指先に口づけるそのしぐさはまるで大人のように見えて。


「は……初めまして、ロザ…リアと申します」


『殿下にお会いしたら、まずは挨拶と淑女の礼(カーテシー)をしなさい』と、教えられて何度も練習したのに、手を取られたままだったのでどうしていいかわからず、あいさつもちゃんとできなくて。


あとで、私はあの時、自分の手を取るリュドヴィック様の手に、そっと自分の手を重ねれば良かったんだろうか、と、何度も何度も思い返しては何度も何度も後悔して。


庭園を二人で散策しなさい、と二人きりにされても、いつもお父様が言っている『会話をする時は、まず目上の人の許可をもらってから』という教えの通り、自分からは何も言い出せなくて。


「無口……なんだね? いつもそうなの?」

「……殿下のお許しがあれば、お話しさせていただきます」


その時の私はもう、リュドヴィック様を支えられるような立派な貴族令嬢になろう、と心に決めていたばかりに、せいいっぱいの貴族令嬢らしい受け答えしかできなくて。


「君も、なんだね」

「え?」


その時の私は幼くて、幼い頃のリュドヴィック様が抱いているであろう、様々な鬱屈(うっくつ)にまで思い至る事ができなくて。


「もういいよ、行こう」


自分を見るリュドヴィック様の、何かを諦めきったような顔に驚いてしまい、見捨てられたような気がして、立ち尽くす事しかできなくて。


「何してるの? 行こうよ」


単に私を気遣って、歩こうとしない私の手を取ろうとしたのを、いつもお父様が言っている『淑女は無暗に男性と触れあってはならない』との教えに従うしかなくて。


「さ、触らないで下さい!」


思わず手を引っ込めてしまい、そんな言葉を返す事しかできなくて。



「……わかった、もういいよ」


と、一人ぼっちで歩いていくリュドヴィック様の後ろ姿を、どうしていいかわからず、見続けるしかできなくて。


何か声をかけようとしても、口を動かそうとしているのに動かなくて、『ごめんなさいと言いたいのに! どうして口が動かないの!』と心で叫ぶしかなくて。


屋敷に帰っても、お母様は「一番最初はそんなものよロザリア、自分を責めないで」となぐさめてくれるのに、泣くことしかできなくて。


お父様の「いつかお前に会いにきてくれるよ、この屋敷に」との言葉に心弾ませても、


いくら待っても、リュドヴィック様は会いに来てくれなくて。


どんなに考えても、リュドヴィック様は私が「ダメなこんやくしゃ」だから会いに来てくれないんだと思うしか無くて。


それからは王太子妃教育を、嫌でも真面目に文句も言わずに受けるしかできなくて。


リュドヴィック様に会って謝りたくても、王宮での季節の催し等でほんの少し顔を合わせる事しかなくて。


せめて貴族女性らしくなろうと、お茶会を開いても、どんどん思い描いている事とはずれていって。


ささくれ立つ心のままに、侍女に八つ当たりしては、心の中でごめんなさいと謝っては自分をどんどん嫌いになっていって。


叶わぬなら、この思いは深い深い胸の奥底に、そっとしまっておこうと思う事しかできなくて。


「リュドヴィック様……」と、自分の部屋から見える王城に向けてつぶやく事しかできなくて。




翌朝、目覚めた(ウチ)は、自分が泣いていた事に気づく。

『ウチ、リュドヴィック様の事、ずっと昔から好き、だったんだ……』


ここ2月程は、転生した事に気づいた衝撃とか、お(いえ)の雰囲気立て直しやらに追われ、そんな気持ちの整理もできていなかった。ようやく、自分の心に素直になれたんだろうか……。


「おはようございます、お嬢様。ずいぶん盛大なあくびをなされたのですね」


朝の支度や着替えの為に来てくれたアデルが涙をそっとハンカチでぬぐってくれたが、気遣う為の定番セリフとわかっていても、その言いぐさはあんまりだと思う。


「久しぶりに昔の夢を見たのよ。ねぇアデル、私、子供の頃からずっと、リュドヴィック様の事が好きだったのね」

なので、あてつけのように素直に告白してみせたのだが、


「おや、ようやく素直に口に出せるようになられたのですか、屋敷の皆が喜びますね」

『マ!? え!? ウチの気持ちって、皆にバレてたの!? なんで!? ナンデ!?』


「み、みんな!? みんな私がリュドヴィック様の事をどう思ってるのか知って、たの!?」

「気づかれていないと思っていたのは、お嬢様くらいかと……、良かったですねー、これからは王太子様もこの屋敷に来られるようになりますよー」


そんな生暖かい目で言われても、そればかりは素直に喜ぶ言葉を返せなかった。


「そう何度も来るわけないでしょう? 忙しい人なのでしょうし、次に会うとしたら魔法学園に入学してからよ」


と心にも無い事をアデルに言うしかなかったのだが、その言葉通りにはならなかった、

リュドヴィック様は何度も来たのだ。そう、何度も。


次回 第15.5話「リュドヴィック殿下のこと:sideクリストフ」

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