第147話「王女のチカラ」
オラジュフィーユが思い切りドローレムを城の屋根ごと踏み抜いて建物の中に押し込むと、当然崩れた屋根が頭の上のマリエッタに降りかかる。
落下途中のオラジュフィーユにはどうする事もできず、ただ落ちるに任せる事しかできなかった。巻き起こった土煙は視界を遮りマリエッタが無事かどうか確認できない。
「おい王女ちゃん大丈夫か!」
やがて視界が晴れてくるとマリエッタは平然と頭の上で立っていた。黒猫も無事だ。
マリエッタは落下一瞬だけ自分の頭上に傘状の水の膜を生成し、瓦礫を受け流したのだった。
「この程度、どうって事ありませんわよ、ドラゴンさん」
「……オラジュフィーユだ」
「何ですの?」
「オラジュフィーユ、我の名前だ」
「わかりましたわ、オラジュフィーユさん」
「うむ」
「そんな事より、あいつはどうなったのかしら?」「そんな事って言うな」
崩れ落ちた先は大きな広間で足元には大量の瓦礫が積もっている。
ドローレムはその下のはずだった。
「死んだ、のかしら?」
「動きは無いがな」
オラジュフィーユは慎重に足元の瓦礫を足でどかし、下の様子を伺った。
だが、そこにドローレムはいなかった。彼女は地面を掘り進み、少し離れた地面の下から床板を突き破って飛び出してきた。
「やはり生きていたか!」
「しぶといですわね!」
天井があるため高さはとれなかったようだが、頭上から襲いかかってくるドローレムの下半身の巨大な前足をオラジュフィーユが受け止める。衝撃で石畳の廊下が大きく陥没し、壁が崩れた。
オラジュフィーユの頭上のマリエッタも激しく揺さぶられる。
「おい王女ちゃん降りろ!危ないぞ!」
「むしろ好機! これだけ近ければ狙わなくとも当たりますわ!」
マリエッタはオラジュフィーユの顔めがけて何発もの水レーザーを打ち込んだ。
両腕をオラジュフィーユに掴まれているため避ける事はできず、まともにくらったドローレムの表情がゆがむ。
「末恐ろしいなお前は!」
「今恐ろしい貴女に言われたくありませんわ!」
マリエッタはなおも続けて水レーザーを打ち込むが、そういつまでも続かない。
ドローレムは背中から触手を何本も生やすとマリエッタに狙いを定めてその触手を繰り出してきた。
マリエッタはそれに反応するのが遅れ、やられる!と思った瞬間、抱えていた黒猫がドローレムの顔面に飛びかかっていた。
そのまま黒猫はドローレムの鼻に食いつき、目といわず頬といわずひっかきまくる。
思わぬ反撃にドローレムは攻撃を止めて黒猫を引き剥がそうとする。
しかし黒猫も必死なのかなかなか離そうとしない。
痛みは感じるのか絶えられなくなったドローレムが触手を繰り出して黒猫を振り払った。
黒猫は小さな鳴き声を上げてふっとばされ、動かなくなる。
「黒猫さん!」
マリエッタはオラジュフィーユの頭から首、背中、足と器用に飛び降りていって地面に降り、黒猫の元へ駆け寄った。
「王女ちゃん!そのままその子と離れてろ!」
オラジュフィーユはドローレムの下半身と組み合ったまま叫び、ドローレムの動きが止まったところで身体を捻り、全身を使って投げ飛ばした。
だがドローレムは下半身が猫なだけに、まるで骨が無いかのような柔軟さとバネで受け身を取り、逆にオラジュフィーユを捻り上げてきた。
身体を半分に折られそうな締め付けに、オラジュフィーユは悲鳴を上げる。
マリエッタは床に横たわる黒猫を震える手で抱き上げる。黒猫は虫の息だった。
「許さない……、許せませんわ!」
突如、マリエッタの身体から覇気のようなものが放出され、まともに浴びたドローレムは萎縮して動けなくなる。まるで機械が行動停止の命令を与えられたように。
「これは……、光の魔力? いや違う、神気の片鱗か?」
オラジュフィーユはマリエッタの方を見て呟いた。だが、ドローレムが動けないでいるなら好都合と、自由になった両腕でドローレムの身体を掴み、一気に喉笛を噛みちぎった。
ドローレムの身体は支えを失ったように崩れ落ち、黒猫の下半身が霧と消え、身体を覆っていた黒い結晶物がドロドロに崩れ落ちて地面に染み込むように消えていった。
あとに残るのは青白くやせ細った首の無い身体だけだった。
それを見たオラジュフィーユは咥えていた頭をペッとその辺に吐き出す。
「まさかこの国の王家に”外なる神々”の血統が生き残っていたとはな。
どうりで1000年前にこの地で大襲来を押し戻せたわけだ。
闇の魔力がこの城に集まっていたのも偶然ではなかったのか」
オラジュフィーユは独り言のように言って納得している。
一方マリエッタは黒猫を抱きかかえたまま座り込んで叫んでいた。
「黒猫さん!しっかりして!」
「心配要らん。お前さんの身体から放出された神気で生命力が活性化されたはずだ。まだ生きてるぞ」
オラジュフィーユの言葉通り、黒猫はしばらくすると手足を動かし、ニー、とか細い声で鳴いた。
「ええ!?どうして!?」
「細かい事は気にするな。それより生きてるとはいえ身体の怪我とかが治っているわけではないからな。すぐに治療させないといかん。おい王女ちゃん、さっさと背中に乗れ」
「何だかわかりませんけどわかりましたわ! さっきの前庭に戻れば誰か治癒魔法を使えるはずです。すぐ向かってくださいまし!」
マリエッタは言われるままにオラジュフィーユの背中に乗り、屋根に空いた穴から外へ飛び出た。
後に残されたのはドローレムだった青白い身体だけだったが、
その動かぬ躯となっていたドローレムの身体に動きがあった。
地面から黒い霧が湧き上がり、消えたと思っていた黒い結晶物が再び青白い肉体を覆う。
だが身体を覆う黒い結晶物の量はかなり減っており自分の身体を覆うので精一杯なようだ。
首なしの身体はぎこちなく立ち上がり、落ちていた頭を手に取り首の位置に据えると、
傷口が塞がるように再び肉がその顔に張り付いていく。
やがて頭が完全に元に戻ると目に光が戻って瞬きを数度した。
オラジュフィーユは無表情に何かを考え込んでいる様子だったが、
瞬時に姿を消し、後には静寂だけが残った。
次回、第11章最終話、第147話「結果はっぴょー。うう、夏が行ってしまうんですけどー……」
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