第145話「黒猫の子、そこのけそこのけ待ちやがれですわー!」
魔猫を追って城に入って行ったサクヤだけではなく、前庭の方でも戦闘は始まっていた。
ダメージを負っていたドローレムは上空へ逃げている。
ドローレムから分離した触手は使い魔として独立して行動し始めていた。
その動きは見た目通り素早く、兵士達の槍や剣ではとても追いつけないほどだ。
明らかに形勢が不利になっているのを感じ取り、オラジュフィーユが動いた。
「えーいこの身体じゃ限界がある! ギー! 我は姿を元に戻すぞ!」
「やめんか! 場所を考えろ!」
オラジュフィーユが襲いかかる魔猫を捌くにも限界があると、
周囲から距離を置いて本性を現そうとした。
ウェンディエンドギアスが止めるが、オラジュフィーユは聞かない。
「既に何人かはやられてるこの状況でそんな事言ってられる場合!?」
制止を聞かずオラジュフィーユは竜としての姿に戻ったが、
それでも多少周囲に配慮したのかその大きさは大型バス程度だった。
サイズが小さいとはいえ、以前城を襲ったストームドラゴンが突然現れたので城内は騒然となる。
が、大きくなった事が災いしたのか、周辺の魔猫が一斉にオラジュフィーユに群がり始めた。
振り払っても次から次へと飛びかかって来るため苦戦には変わりがなかった。
ブレスで薙ぎ払おうにも周囲に人が多すぎる。
さらには、上空のドローレムがさらに追加の魔猫を投下してきている。
それに向けてブレスを放っても、瞬間的に移動してしまうのだ。
城の正面扉を閉めさせたクレアは、
とりあえずオラジュフィーユに群がっている魔猫をなんとかしようと杖を構えるが、
そちらもウェンディエンドギアスに制止された。
「いかん! 今光の魔力を使うと、今度はお主にあの猫達が群がり始めるぞ!
オラジュフィーユだからまだ何とかなっておるが、お前さんだと一瞬で殺される!」
クレアは魔技祭の時に真魔獣が真っ先に自分に向かってきたのを思い出した。
あの時はフェリクスが犠牲になってしまったが、
今は自分が傷つくと治癒できるものがいなくなってしまう。
「えー! こういう状況だと私本当に何もできないんスけど!」
「だからオラジュフィーユにとりあえずまかせておけ、あいつもまだ大した傷は負っておらん」
「ギーちゃん様は何かできないんっスか? 一応エルフ族の長老なんスよね?」
「なんじゃ一応、って。はもう歳じゃからの、放出系の魔法はもう使えん」
「となると、今あてにできるのはそんなにいないっスね……。あ、お久しぶりっス」
クレアの足元には先程の黒猫がじゃれついていた、
他の猫達は既に逃げてしまっていたが、何故か残っていたらしい。
王宮の中をサクヤが追う魔猫が走り回るが、
突如巨大な動物が自分に向かって走ってくるのを見て人々は悲鳴を上げて逃げ回る。
「ああもう! 厄介な所に入り込みましたわね!」
王宮内は強固な魔力結界が張られている為にかなりの魔法が使用を制限される。
サクヤもまた、身体強化魔法が使えない為自らの足で追いかけてるのには限界があった。
「やむを得ませんわね! 『人鬼転身:鬼化』」
サクヤは鬼の姿になる事で加速して魔猫に追いついたが、
その姿は王宮の通路の天井に頭の角が届かんばかりだったので、
逃げる人にとっては追いかけてくる怪物が2体に増えたようにしか見えず、
より騒ぎが大きくなるだけだった。
魔猫は勝手気ままに走り回るのでサクヤが追っているうちに既に4階にまで上がっていた。
「わたくしは敵ではありませんわよ! お逃げ下さいまし!」
サクヤに言われなくても人々は逃げるが、魔猫はお構いなしに人々に襲いかかる。
そこをサクヤは蹴りで体勢を崩させるが、それが限界だった。
魔猫は足を止めてサクヤを敵と認識して低く構えを取り、サクヤもそれに応じて構える。
懐から魔杖扇を取り出すが魔力を込めても何も発動せず、
使い物にならないのでまたしまうしかなかった。
「どうしたものかしら……。体術が効くような相手とは思えませんけど」
サクヤが使うのは主に剣術の流用である為、関節技等の近接技は苦手としていた。
「こんな事だったら母上に柔術というのを習っておくんでしたわね」
仕方がないので獲物としてその辺の燭台を手に取り、槍の代わりとした。
襲いかかってくる前脚の爪をそれで受け止めるが簡単にひん曲がってしまった。
武器では無いので仕方があるまい。
「代わりはいくらでもありますわよ!」
曲がって役に立たなくなった燭台を魔猫に向けて放り、
次の燭台を手に取る時、ふと思いついて窓のカーテンを燭台の先に巻き付けて火を付けてみた。
即席の松明として魔猫の先に突き出してみるが、
魔法生物に火を恐れる本能なぞあるはずもなく、臆するどころか逆効果で、
怒り狂った魔猫が炎を気にせずに突進してきた。
「まぁダメでもともとでしたのですけど、ね!」
横薙ぎに燭台を振るい、魔猫の顔を殴りつけ、
その勢いのまま風車のように燭台を振り回して火を消した、
こぼれ落ちた火の粉は脚で踏みつけて消す。
一撃をあっさりくらったので魔猫は警戒心を強め、
サクヤに対して無闇に飛びかからずにさらに低い姿勢で構えた。
サクヤもまた槍代わりの燭台を無闇に高く振り上げる事はせず、相手に対して低く構える。
一瞬の間の後、襲いかかる魔猫の前脚に合わせて燭台を突き出すが、
突き刺さっても勢いに負けて燭台が曲がる、
それでも多少の手傷を負わせた為に一瞬魔猫が怯んだのを見て、
即まわれ右をして走り出した。つられて魔猫もそれを追う。
サクヤは走る廊下の先を確認して、背後から追いかける魔猫を挑発するかのような目線を送る。
「さぁ追いかけて来やがれですわ!」
魔猫に追いかけられながら、
サクヤは時おり背後を振り返っては走る速度を調節して付かず離れずの距離を保った。
やがて、横への通路が見えた所でサクヤは曲がり角に向けて飛び、
角を蹴って体勢を変えて三角跳びの要領で、
こちらに向かってくる魔猫の顔面に膝蹴りを叩き込んだ。
相手の速度も合わさって相当な衝撃が加わって魔猫は空中で完全に動きを止めた。
そのまま地面には付かせない、とサクヤは魔猫の頭の毛を掴んで引き寄せ、
強引に自分の身体を魔猫の下まで体操の段違い平行棒のように、
弧を描く形で潜り込ませて喉笛をつかみ、
そのまま背負い投げの要領で自分もろとも魔猫ごと王宮の窓から身を投げる。
砕けたガラスや木枠と共に落下しながら、サクヤは魔猫の首根っこを離さず、
半回転して自分が上になった状態で胴体にまたがった。
「あいにくと、あなたと心中するつもりはありませんの」
結界から開放されたサクヤは、仰向けになった魔猫の胸元にまたがった状態のまま落下しながら、
懐から魔杖扇を取り出してその先に魔力を込めて巨大なハリセンを生成する。
「こいつと地面の両方にツッコミを入れられる気分はいかがかしら?」
地面に魔猫の頭が接する瞬間を狙ってハリセンを同じく魔猫の頭に向けて振り下ろし、
両方からの衝撃で魔猫の頭は完全に粉砕された。
魔猫は実体が崩れ、液体のようになると魔力に戻ったのか霧のように消えていった。
「ふぅ、ようやく一匹。あとの人達は大丈夫ですの?」
次回、第146話「真打ちの登場よ!」「ウチの影が薄いんですけどー」
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