第143話「誕生日を祝う花火は盛大に行かないとねー……」
ロザリア達はフォボス達3人を前に異様な緊張感に包まれていた。
いまだ正体不明のフォボス、ダークエンシェントエルフのフレムバインディエンドルクはともかく、
突然”誕生”したドローレム、そのいずれもが常識で推し量れる存在ではなかったからだ。
城の前庭の人々はまだ状況を理解しておらず、まだ混乱は起こってはいなかったがそれも時間の問題だった。
「よりによって城の内部で! 警備担当者は一般人の避難を!
戦えない者も退避させろ! フェリクス!お前もだ!
退避と共に各地の襲撃されたという保管場所の救護に向かえ!」
リュドヴィックが大声で退避命令を出しても人々はなかなか言う事を聞かず、それどころか入城してくる人もいるのでなかなか避難が進まなかった。状況を把握している者は、破綻の時は近いと焦る。
ロザリアはこの隙にローズの格好から元に戻り、腰から魔杖刀を抜刀して構えた。
アデルはほんのわずかロザリアの前に立ち、いざとなればロザリアを守れるような立ち位置に立っている。
サクヤはいつも通りだが、その表情はどこか楽しげを通り越して既に臨戦態勢だ。
「サテ、オ前達ハ邪魔ダトイウノハ何度モ言ッタナ? ココデ始末サセテモラウ。皆殺シダ」
「ふふふふふ、さて、どれだけ持ちこたえられますかね?」
「……」
フォボスがそう言い、フレムバインディエンドルクが邪悪な笑みを浮かべながら答え、
ドローレムは無言のまま、ゆっくりと両手を広げていく。
よくよく考えればこの3人は直接攻撃をしてきた事はなく、何をしてくるか一切が読めない。
皆が戸惑い、一触即発の状況で真っ先に動いたのはクレアだった。
「ああ!? やんのかこらぁ! だったら問答無用でヒーリング・バースト!」
「エッ? チョット待ッテ」
クレアは巻き舌気味にまくしたてると、
一瞬で地面に半球状の反射障壁を展開して3人を閉じ込め、魔法を発動した。
周辺に先程破壊された集魔筒に使われていた光の魔石が散乱していたので、内部はオラジュフィーユの時とは違って光の魔石が一瞬で爆発を起こし、何度も何度も爆発が連鎖しているようだ。
中からは爆発に混じって「ヒー」とか「あー」とかいう悲鳴が聞こえてくる。
「ふははははー! かかってくるっつーならどこからでも来いやー!!」
結界や爆発の中に封じ込めておいてかかって来いも何も無いのだが、
朝からこき使われまくって疲労していたクレアは、何というか精神的に危ない状態で、爆炎に照らされるその顔は、かなり女子がしてはいけない表情になっていた。
「ほーれほーれ、魔石が欲しかったんスよねー? 追加してやんよー!」
と、光球の周囲にまだ散乱している光の魔石を拾って回り、どんどん中へ放り込んで行ってもいた。
「お……、おいクレア嬢ちゃん、あの中には、儂の弟がだな」
「あー!? ギーちゃん様さっきもう『弟とも思っていない』とか言ってなかったっスかー?
1000年も会ってなかったくせに、今更姉ヅラする気っスかー?」
「い、いやそういうわけではないがな? 話の流れというか、情緒というものだがだな?」
「意味わかんないっス。だいたい2人とも大人っスよね?
もうお互いの行動はお互いの責任なんじゃないっスか!?
いい加減弟離れするべきなんじゃないっスかねー?」
「あ……はい。お主、精神的に追い詰められると、意外と面倒くさい奴だったんじゃな……」
さすがに止めようとしたクレアに論破されたウェンディエンドギアスは、よくわからない敗北感と共に茫然と爆発で光り続ける結界を見つめていた。
「はーい皆さーん。どんどん光の魔石をあの中に放り込んで行って下さーい」
パンパンと手を叩いて周囲の皆に促していくクレアを誰も止められなかった。
見た目だけは派手なので、姫猫祭審査の待ち時間の余興か何かと、
人々は面白がって魔石を投げ込む。
かくして、傍から見れば運動会の玉入れのような、よくわからない何かが始まった。
人々は投げ入れるごとに起こる爆発に歓声を上げながら余興(?)を楽しんでいる。なんだこの状況。
「ほれギーちゃん様もさっさと放り込むっス。自分の手で弟さんにとどめを刺すっス」
「お主、人の心とか無いんか!?」
クレアはウェンディエンドギアスの手に魔石を握らせ、腕を掴んで彼女自らの手で投げ入れさせようとしていた。
「化け物みたいに長生きしてるエルフに言われたくないっス。ほれほれ早よ早よ」
「ぬぐぐぐぐぐぐ、お主なー! あっ」
さすがにウエンディエンドギアスも抵抗するが、体格で劣るだけにそれは叶わぬ事だった。
ウェンディエンドギアスの手から離れた魔石がどかーんと爆発する。
「……おかしいですね。普通、今は物語的に物凄い危機になる状況のはずなのですが」
アデルはというと、物語のセオリーというものを全く無視する状況に密かに頭を抱えながら、自らも光の魔石を光球の中に投げ入れていた。
なんだか疲れたので体育座りでけだるげにポイポイ投げ込んでいる。今日もおそらがきれい。
「はいこれが最後の1球ー!」
と言いつつ、クレアは野球の投手のようなフォームで10個ほどまとめて投げ込み、
最後の大爆発が内部で発生して人々は大歓声を上げるのだった、いや本当何なんだこの状況。
「どッスか? ヒーリングビーム! まだ生きてるっスか? ヒーリング光線!」
と、クレアはダメ押しに腕をクロスする妙なポーズで光の回復技らしき光線を何度も内部に打ち込み、情け容赦の無い徹底ぶりだった。周囲も何かの一発芸かと思っているのか、それにも歓声を上げている。
やがて一同が見守る中、爆発の名残の噴煙と共に反射障壁が消滅した後には、
ズタボロになった3人がいた。
「ガ・・・ギ・・・ア・・・」「ふ、ふ、ふ、ふふふ……」「……」
「ちっ、生きてたか」
「クレア様、できれば、その立ち振舞いを優雅にですね……」
およそ淑女とは対極の捨て台詞を放つクレアには、もうアデルも嗜める言葉が続かない。
「コ、殺ス気カ!」
「あー? そっちから攻め込んできたくせに何言ってやがるっス。もう一発食らうっスか?」
「ヒッ、ド、ドローレム、オ前ガ相手シロ。
オイ、フレムバインディエンドルク、オ前モ支援ニ回レ」
「いえ、私もさっきのを防ぎ切るだけで魔力使い切っちゃいましたので。これにて」
クレアが前に出てドスを効かせた声で巻き舌気味に威圧すると、フォボスは先程の爆発のトラウマからか途端にヘタれてフレムバインディエンドルクに指示を出すのだが、
言われた方はさっさと逃げてしまった。置いていかれたフォボスは無言で姿を消し、後に残されたのはドローレムだけだった。
「逃げやがったかヘタレが、光の魔石なんてもう残ってないっつーのに」
「クレア様……、口調……」
アデルはもはや突っ込みが追いつかず、手はワキワキとクレアの前で虚空をさまよう。
ドローレムはきょろきょろと落ち着き無く周囲を見回し、置いていかれた事に気づくと、捨てられた子犬のような表情になってうつむき、その辺にしゃがみ込み、地面をつんつんし始めた。
その肩は震え、心なしか、泣いているようにも見える。
いや、どう見ても泣いていた。ああ、名前のドローレム(悲しみ)ってそういう……。
一応相手は敵のはずなのだが、見た目は可憐な少女だった上に状況が状況なので誰も何も言えず、静寂だけが辺りを支配した。気まずい。
やがて、気持ちの整理がついたのかドローレムは立ち上がってロザリア達を睨みつけるが、その目や頬には涙の跡がある。
『帰って欲しいんだけどな……』と皆内心思っているが口にするものはいない、クレアですらも。
「私は、独りでも戦う。仲間たちは私を信じてこの場に残したのだから。さぁ……、来い!」
何となく格好いい感じのポーズを取ると、適当にその辺の人を指差し、見た目通りの可憐な声で健気に言い放った。指さされた方の一般人のおっさんは戸惑っている。
だが、後半は涙声になって震えていた、無理もない、まだ生後数分なのだから。
「……やりづらいわよ!」
クレアのやりたい放題から我に返ったロザリアは、天に吠えた。
次回、第144話「マ!?この子マジつよつよなんですけどー!? ってなんか増えたー!?」
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