第142話「急襲、そして闇姫の生誕祭」
第一審査はトラブルもなく順調に進んでいたが、
それでも全て終わるまで結構時間がかかっている。
何しろエントリーしている猫の数が多い。
「サクヤさんは絶妙な感じで勝ち抜いているわね」
「競争相手もかなり絞られましたね。やはり有料というのが効いたようです」
「まぁタダで家をもらえる、なんて上手い話は無いって事よ。
選ばれた猫の監督責任もあるって事で怪しいのも辞退していったみたいだし」
ちなみにアデルと会話をしているローズの姿のロザリアも黒猫で勝ち抜いていた。
アデルとしては言いたい事が山ほど無いではないが、
まぁ会場に潜り込んで監視できるなら良しとすべきと自分を納得させていたのだった。
第ニ審査は城内の前庭で行われる健康状態のチェックで、
これはクレアの治癒魔石具を通す事で簡略化する事になった。
選抜された猫が予想外に多いのもあり、
物理的に全てを見ていられないという事での処置なのだが、
これに割りを食ったのがクレアだった。
「クレア嬢!申し訳ありませんが今一度お願いします!」
「は、はいい~」
健康状態の悪い猫も多かったので魔石具の魔力消費が激しく、
頻繁に魔力充填に駆り出されていたのだ。
それだけではなく、城の正門に設置されている浄化門の維持もしなくてはならない為、
何度も前庭と正門を往復する羽目になった。徒歩で。
今稼働している浄化門は王都の城門に設置されている物のみとなったが、
最終審査が始まるという事で多数の見物人が集まり始め、消費が激しかったのだ。
「クレアさん、本当にごめんね、もう少しだからね」
「や、やります。今こそ女子の根性見せる時ー!!」
クレアを側ではげますフェリクスではあるが、当のクレアはかなり疲労困憊していた。
その様子を遠くから見ていたロザリア達は少々複雑な気分だった。
「クレアさん、大丈夫かなー。
わりとヤバめの無理をさせていると思うんだけどー?」
「とはいえ、他に代わりがいらっしゃいませんからね……」
「魔力量は十分余裕はあるらしいので移動の疲労だけだろうけど、
これ以上は城内への観客受け入れを制限しないといけないな……。
クリストフ!警備担当を呼んでくれ!」
リュドヴィックもさすがに放置しておけず、
このまま人が増えて続けては警備にも支障が出るので対応の為にその場を離れた。
「クレアさん、治癒魔法をかけるからね、もう少しだけ頑張ってほしい」
「あ、ありがとうございます。私、頑張ります……!」
そんな二人のやりとりを見ていたロザリアはため息をつく。
『うーん、フェリクスセンセーって、ああ見えてちょっとDVのケが無くない?
クレアさん心配ならリュドヴィック様に
『これ以上人を入れるな!』と文句言いに来ても良いと思うんだけどー?」
フェリクスに少々歪んだ所を感じたとはいえ、
そうでもないと医者として多くの人は救えないのかも知れない、とロザリアは思う事にした。
第二審査の為に前庭に立てられた天幕の中では猫達のチェックが進められていた。
表向きは健康状態だったが、実際は魔核石が無いかのチェックだ。
健康状態まで見ていられないので、クレアの治癒魔石具を通して一旦全て健康体にした上で、
オラジュフィーユによる確認が進められていた。
「(オラジュフィーユ様、この子達の中に魔核石に取り憑かれた子はいらっしゃいますの?)」
「(何匹かいるね。暴れ出すような様子は無いけど結構な数だよ。
あ、こいつダメ、こいつも、こいつは……、あ!)」
その黒猫はオラジュフィーユに猫カフェで懐いていた黒猫だった。
要はロザリアが出品した猫だ。
前足を差し出されたのを何か勘違いしたのか、
その前足に飛びついてオラジュフィーユにじゃれまくる。
「ああもう!こんな所でまで邪魔しないの!離しなさい!」
慌てて引き剥がそうとするがなかなか離れない。
しかもオラジュフィーユが言葉を発したので、立ち会っていた役人が驚いてしまい、
「あ、この子は魔法生物ですの、おほほほほ」とサクヤがごまかすハメになった。
「あ、すいません、この子は落選です。ちょっと病気を持ってますので一旦あちらで隔離します。
治療してお返ししますので預からせていただきますね」
「ええー?預けた時より綺麗になってるのに?」
「申し訳ありません、この後王族の方々に会わせる事になるので、
徹底的に洗わせていただいた上での検査の結果です」
天幕から出てきた職員は、参加者に詫びながら猫を連れて行く。
その先で一旦集めた後、それぞれ魔核石を除去する事になるが、
これはクレアの光属性でも対応が難しい数なので外科手術になると予想されていた。
「ふむ、順調だの。完全とは言えんが、
完璧を期していては何も出来ん、むしろ上々と言って良い」
「魔核石の猫はできるだけ集めない方が良いでしょうな。
予想以上に数が多いのでクレア嬢だけでは対応が難しいでしょう。
順次手術による除去に切り替えていきます」
ウェンディエンドギアスの言葉に、マクシミリアンも同意する。
会場となっている前庭は続々と見学者が集まって来ており、既にかなりの人数になっていた。
魔核石を持つ猫は選別されて会場内から姿を消しているので混乱は起こっていない。
残るは謁見室での王や王女による最終審査のみなので、
このまま問題なく進めば終わるかと思われた。
だが何事も上手く行っているという時こそが一番危険だった。
突如、魔核石を持っていると判定された猫達が暴れ始め、
人の手を振り切って天幕を飛び出して1箇所に集まり始めた。
「どういう事!?まるで何かに呼ばれているみたいなんだけどー!?」
「リュドヴィック様、まずいですねこれは。
予定を変更して中止しないといけないかもしれません」
「おい!その猫を捕まえて……いや危険か。最悪殺処分もやむを得ない!
クリストフ!もう予定を変更とか検討している段階ではない!兵士を集めろ!」
「リュドヴィック様!猫たちに罪は無いでしょう!?」
「ロゼ、何度も言っているように、私はこういう決断を迫られる時があるんだよ」
クリストフとリュドヴィックの会話を聞いていたロザリアは抗議の声を上げるが、
リュドヴィックは普段はロザリアに見せない冷徹な表情で応じる。
クリストフもまた、厳しい顔つきになっていた。
もはや事態は一刻を争うのだ。
「おやおやおやおや。これはローゼンフェルド領でお会いした方々ではありませんか」
混乱の中、突如上空から声が聞こえ、一同が見上げると
そこにいたのは、ダークエルフのドルクだった。
「お前!生きていておったのか!」
「やあウェンディエンドギアス、1000年ぶりかな?
再会を祝したい所ではあるが、邪魔しないでくれると助かる」
だがその登場人物に最も強く反応したのはウェンディエンドギアスだった。
普段の超然とした態度からは想像できないほど激昂していた。
「あの、ギーちゃん様、お知り合いで?」
クレアはこういう時でも物怖じしない。
それが功を奏する事もあれば仇となる事もあるのだが、今は幸いにも後者であった。
「一族の中でも最も魔力が強いと言われた男じゃよ、
大襲来の時に行方不明となっておったはずじゃが」
「おや、男とは冷たいなぁ、姉さん」
「ね、姉さん!?」
「さよう、正しき我が名はフレムバインディエンドルクと申す。以後お見知りおきを」
驚くクレアに、フレムバインディエンドルクは地上に降り立つと、
芝居がかった仕草で慇懃に礼をしてみせた。
だがその態度はウェンディエンドギアスを苛立たせるだけであったようだ。
「お前を弟などとは思っておらんわ!
大襲来の最中、闇の魔力に魅せられ、自ら堕ちていった一族の恥晒しが」
「恥晒しとはこれまた、私を疎んじていたのは私が闇に堕ちる以前からでしょうに。
何も変わりませんよ」
「お前が生まれ持ったものに関しては誰もが同情する余地はあった。
だがな、生きていく道なぞいくらでもあったわ」
「自分達で私の生きていく道を狭めておいて、
綺麗事をいくら言われても私の耳には届きませんな。
さて、回収させていただく」
かつてローゼンフェルド領で彼が語った一族の多くを殺した、
というのはエンシェントエルフだったのか。
それでは彼はダークエルフとかではなく、ダークエンシェントエルフ?と思っている暇も無く、
突如、フレムバインディエンドルクの足元に集まっていた猫たちの体内から小さな石のような物が飛び出てきた。
猫たちは身体に穴を開けられたようなものなので、悲鳴を上げて次々と倒れていく。
「ちょっと!酷いことしないで!ヒーリングブラスト!」
あわててクレアが数撃ちゃ当たるとばかりに、
空中に生成した魔法紋からショットガンを連発したかのように、
無数のヒール弾を放射して無差別に治癒していった。
「ふ、ふ、ふふふふふ。なかなかやりますね。
猫達を治療するとみせかけて私を攻撃するとは」
見ると、フレムバインディエンドルクが青黒い血だらけになって立っていた。
どうも魔界に属するものにとってはヒール弾はダメージのようである。
「えー?いや、そういうつもりじゃなかったんスけど……」
「クレアさん、えっぐぅ……。猫たちに酷いことするな、とか言えないと思う」
「おいクレア嬢ちゃんよ、儂は確かにさっき弟とは思っておらんとは言ったが、
さすがに空気は読んでくれんか?」
「え!?えー!?私が悪いんスか!?
えっと、何かー、すいません、治療しましょうか?」
ロザリアやウェンディエンドギアスに突っ込まれると思わなかったクレアは、
慌ててフレムバインディエンドルクを治療しようとする。
「要らんわ!殺す気か!」
「あ、ちょっとキャラ変わった」
「うーん、多分死んでくれたほうが世の中の為になると思いますわよ?」
「……お前らと会話しているとどうも調子が狂う。こっちはこっちで勝手にやらせてもらうぞ」
ロザリアはともかくサクヤにまで言いたい放題言われているフレムバインディエンドルクは、
もう彼女らを無視する事に決めたらしい。
既に猫たちの身体の中から取り出されて空中に浮いていた小さな魔核石に手をかざし、
握りつぶすような仕草をする。すると宙を漂っていた魔核石が融合し合い、
テニスボール程の大きさにまとまった。
「ふむ、思ったよりは小さいな?だがまぁかまわん」
突如王都の遠くで轟音が鳴り響いた、その振動は城にまで伝わって来る。
その音は1箇所では済まず、次々と場所を変えて鳴り響いて行った。徐々に城に近づいてくる。
「何事だ!」
「殿下!申し上げます!各地の保管庫が何者かに襲撃され、集魔筒が強奪されました!」
「くっ、やられた!一個連隊を丸々警備に当てていたはずだぞ!いったいどれほどの軍勢が!」
「いえ、それが、たった1人でして」
「何!?」
フレムバインディエンドルクを相手にしている間に別で動いていた者がいたらしい。
報告を受けたリュドヴィックは、即座に対応を取ろうとしたが、その暇は無かった。
「アレデモ護衛ノツモリダッタノカ?楽ナモノダッタガ」
「フォボス!?」
何も無い所から、黒いフードに黒装束のフォボスがぬらりとにじみ出るように出現してきた。
フレムバインディエンドルクとは異なる圧倒的な威圧感に一同は気圧されてしまっている。
「お主がフォボスとやらか、今回の事を策謀していたとは思わんが、
闇の魔力の匂いにつられてやってきたという事か」
「イカニモ、老イボレタえんしぇんとえるふニハ用ハナイガナ」
ウェンディエンドギアスの言葉を気にする風もなく、フォボスは片手を上げた。
するとフォボスの時と同様に、何も無い空間から多数の集魔筒がぬらり、と出現してくる。
その数は300程であったはずが、一斉に出てきたので無数にしか見えなかった。
フォボスが天に向けて手を伸ばし、握りつぶすような仕草をすると、それらは一斉に砕け散った。
周辺に破片が散乱する中、その中から黒い魔石が無数にフォボスの掲げた手の先に集まる。
同時に、フレムバインディエンドルクの手から離れた魔核石もフォボスの方に飛んでゆき、
その魔核石を核として寄り集まり、生物のように脈動しながら成長、圧縮を繰り返し、
1つの黒く光る石が出来上がったのだった。
ロザリア達は止めなくては、と心で思ってはいても、
その場を支配する空気に飲み込まれて指一本動かせない。
「収穫ハ終ワッタ、素体ノ準備ヲ」
「ははっ」
フレムバインディエンドルクが地面に魔法陣を出現させると、
その中心に骨と皮だけの人のような物が地面からぎこちない動きで這い出てくる。
その人のようなものは全身を出し終えると、よろよろと立ち上がった。
「あれ!たしかホムなんとか、っていう!?」「ホムンクルスです。お嬢様」
「さよう、私の作り出した研究成果の一つ、魂の無い抜け殻の肉体だよ。
さて、これに魔核石を取り込ませたらどうなるかな?」
「!?いけない!みんな攻撃を!」
「やめよ!今下手に攻撃したら皆吸い込まれて強化されるだけだ!クレア嬢ちゃん!」
リュドヴィックが状況を察し、気迫で身体を動かして攻撃の命令を下そうとしたが、
それはウェンディエンドギアスに制止される。
「応よ!ヒーリングカノン!」
代わりにクレアの男前過ぎる言葉と共に極太のヒール弾が魔核石を貫くが、全く効果が無かった。
「そんな!?クレアさんはかなり成長したはずよ!?」
「ククク、育テニ育テタ魔核石ニソンナモノガ効クカ」
ロザリアの驚愕の声をあざ笑うかのようにフォボスがゆっくりと手を降ろすと、
ホムンクルスの胸にそれは吸い込まれていった。
最初は胸からはみ出ていたのが、石の表面から黒い木の根のようなものが何本も生え、
ホムンクルスの全身にまとわり付き始めた。
やがてそれは絡まり合ってホムンクルスの全身を覆い、
服のように変わっていくのだった。
それと共に骨と皮だった身体に肉が付きはじめる。
変化が終わった後の人物のシルエットは女性で、
黒いノースリーブドレスにも見える黒光りする外骨格のような硬質の被膜が全身を覆い、
そこから見える皮膚は青白い。
丸坊主だった頭には短い銀髪が生え、
目を瞑った顔はあどけない少女のようだった。
「フフ、ヒトマズハ成功カ、オ前達ニ判リヤスク言ウト”疑似魔界人”ダ。
オ前ハ『ドローレム(悲しみ)』ト名乗レ」
フォボスの声に少女は目を開けた。
その目は黒目と白目が反転した異形で、
焦点の合っていなかった瞳に光が宿り、明らかな意思を示した。
黒衣の闇姫の誕生だった。
次回、第143話「誕生日を祝う花火は盛大に行かないとねー……」
読んでいただいてありがとうございました。
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基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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