第140話「それぞれの思惑」
「おお、貴女がエンシェントエルフ族の長老、ウェンディエンドギアス様ですか。
私は王立魔術研究所所長のマクシミリアンと申します、以後お見知りおきを」
「うむ、まぁ頭を下げられる程の者でもない。それより装置を見せてくれるか?」
「ではこちらに。こちらは”浄化門”という名称になります」
ロザリア達はウェンディエンドギアスを王都の獄炎病治療薬の開発施設に案内していた。
そこでは獄炎病の治療用装置も開発していたが、
獄炎病の原因となる闇の魔力の扱いを間違えると取り返しのつかない事態を招きかねない為、
ウェンディエンドギアスに協力して貰おうということになったのだ。
「ふむ、やっている事自体は問題無い。大したものじゃの」
「ありがとうございます。こちらが内蔵している集魔筒で、
回収・保管の後、順次クレア嬢に浄化してもらう予定ではあるのです」
「うむ、だが今回に限ってはその集めるという行為が少々問題でな。
知っておる者もおろうが、闇の魔力は人に取り憑き、その者の力を大幅に増大させる。
これを促すのが例の魔王薬で、暴走したのが過剰摂取状態という奴じゃな。
で、増えすぎた魔力は更なる強い宿主を求めて手近な動物に擬態する。
宿主が見つかった場合は結晶化し、魔核石となってその動物を乗っ取ってしまう。
この状態が疑似真魔獣ともいえる状態じゃな。
適した宿主がいない場合はその辺に”ゲート”を開き、魔界の真魔獣を呼び寄せてしまう」
ウェンディエンドギアスはさすがに詳しく、
それまで断片的でしかなかった闇の魔力の特性を理路整然と説明してくれた。
これにはマクシミリアンも普段の傲岸不遜で怪しい雰囲気を見せず、
一言一句逃すまいとメモを取っていた。
「さすがギーちゃん様詳しいっスねぇ。
でも、オラジュフィーユ様が取り憑かれた時は?
あれしばらくその辺を漂ってましたよ?」
「おそらくフォボスとか言う奴が、オラジュフィーユに取り憑かせる為に、
意図的にそれを誘導したんじゃろう。」
「何者なんですかね?フォボスって」
「わからん、だが今回の事はいくら何でも奴が意図したものではなかろう。
偶然が重なったものだとは思う」
クレアが城で見た時の闇の魔力の挙動を思い出して疑問を口にすると、
ウェンディエンドギアスが答えたが、フォボスの存在までは知らなかった。
「ウェンディエンドギアス様、
ではこの浄化門での治療は止めておいた方が良いという事なのですか?」
「判断に困る所じゃな、猫の件さえ無ければ長い目で見れば良い事なので問題は無いんじゃが」
この場にはリュドヴィックもいた。というよりこの計画の責任者でもあるので、
ダメだと言われるとかなり困ったことになるので切実だった。
ウェンディエンドギアスの方も回答に悩む。
「というのはな、ロザリア嬢ちゃん、お前さんのの作った薬じゃがな、
これは患者の体内から闇の魔力を追い出してしまう効果がある。
だが、闇の魔力そのものを消し去るものでは無いんじゃよ」
「ええっ!?そうだったんですか!?」
ウェンディエンドギアスには来る途中で製薬現場も確認してもらっていたのだが、
サンプルとして渡していた薬をロザリアに示し、解説してくれた。つくづく詳しい。
「もちろん多少の浄化能力はある、だが大半は患者の体内から逃げ出すじゃろうな。
患者は症状が限りなく軽くなって治ったように見えるわけじゃ」
「その逃げ出した魔力っていうのは、どうなるんですか?」
「逃げ出した魔力は淀み、集まり、より大きな魔力へと融合しようとする。
そして、王都であったじゃろ、オラジュフィーユの騒動が。
その時の残滓は今も残っていてな。皆ここを目指すのじゃよ」
という事は、闇の魔力の総量は減ってはおらず、
患者を治癒させればさせるほど、
王都に闇の魔力が集まっていく事になるのか……。
と、マクシミリアンが深刻な顔で呟く。
ロザリア達の顔色も悪い。
蓄積されつつある闇の魔力だけならともかく、
大勢の人が王都に集まりつつある現状で、
その総量はどうなるか予想がつかないとの事だった。
とはいえ、獄炎病を放置しておくわけにもいかず、
浄化門による計画は続行する事になった。
「この門はどこに置くつもりなんじゃ?」
「まずは王城の正門ですな、城の前庭でコンテストが開かれますので。
あとは王都の主要な通りの入り口、宿屋街の入り口といった人の動きの大きな所となりますな」
「まぁ妥当な所じゃな、で、集めたモノはどうするんじゃ?」
「それぞれ近くに倉庫や部屋を借りておりますので、そこに護衛付きで集魔筒を保管いたします」
「ふむ、そこは特に厳重にして欲しい。
先ほども言ったが、それを狙って疑似真魔獣化した猫の襲撃がある可能性が高い」
警備担当に伝えます、とリュドヴィックが神妙な表情で答える。
「いっそ王都で真魔獣が暴れまわっても良い、というなら、
まとめて一つの魔核石にまで成長させても良いんだけどね」
「いえそれマジ勘弁してくださいっス。
とんでもない硬さになって手も足も出なくなりますよ?
神王の森の時もですけど、硬くて凄く苦労したんですから」
オラジュフィーユが半ば冗談で提案するが、 クレアは真剣な表情で却下した。
その場にいた総掛かりでも歯が立たなかったのだから。
「そこなんじゃよなぁ、全く、厄介な特性を持っておる」
「あのーギーちゃん様、千年前の大襲来の時はどうだったんですか?」
「儂はその頃はもう森で引きこもっておったからの。
外界の事にはあまり関心を持たんかった。
滅びるならそれも運命、とな。今更ながら傲慢な考えじゃ」
クレアの質問に答えつつ、昔を思い出すように遠い目になるウェンディエンドギアス。
エンシェントエルフとして永遠ともいえる寿命を持つ彼女にとって、
千年すら一瞬の出来事なのかも知れない。
「となると、この集魔筒とやらで集めた闇の魔力を、
いかに早く浄化できるかにかかっておるのだが……。
これ1つでどれくらい溜め込めるのじゃ?」
「正直な所まだわかりません。実証試験もこれからですので。
溜め込めるだけ溜め込んで、患者の数が減ればあとは薬で、と考えておりましたので」
「わからん事は考えても仕方無いの、その手で行くしか無かろう」
結局、浄化門による治療をメインとして行うという事になり、
リュドヴィックが計画を修正し、他の者達も協力する事となった。
さて、王家の方もリュドヴィックに全てを丸投げしているわけではなかった、
王城の執務室でもこの件について色々と話し合われていた。
「マティアス、警備計画はどうなっている?」
「ははっ、緊急の事ゆえ、近隣の貴族からも兵を借り受けて防衛に当たらせます。
また、今回は騎士団が実質壊滅状態ですので魔術院が正面に立つ事になりますな」
「……誰が壊滅状態に追い込んだんだったかな?」
「さて?魔術院の方も、自分達が主導権を握れるというのでむしろ歓迎されるでしょう。
この機会に騎士団との均衡状態を是正するのに役立てようかと」
ロザリアの父のマティアスは宰相を勤めている。
そして、先程国王から嫌味を言われたように、ロザリアの婚約破棄騒動で城に殴り込み、
騎士団を壊滅させた張本人でもある。
だが彼は宰相をやっているだけあって、見た目の温厚さとは裏腹に切れ者で、
あっさりと国王の嫌味をスルーした。
「……で、ここを警護するのはやはり近衛第3隊か?」
「いえ、正直言いますと彼らはあくまで一般人相手ですので、
万が一の時に対処が難しいでしょう。第二隊を当たらせる予定です」
正確に言うと第一隊はロザリアに、第三隊はローゼンフェルド家襲撃の際に返り討ちにあってしまい、
どちらも壊滅状態だった。動かせるのは第二隊だけというのが正しい。
「ふむ、言いたい事は山ほどあるが妥当だな。ではその件は任せるぞ」
「はい、陛下のお言葉通りに」
「……しかし、思いつきでマリエッタの飼い猫を決めようとしただけなんだが」
「だから陛下は遊びすぎなんですよ」
苦笑しつつ忠告するマティアス。これは国王と魔法学園と同級生だった頃から変わらない。
彼は当時王位を継ぐなど全く考えておらず、王太子でもなかったが、
何かとトラブルメーカーだったのだ。
「何故だ……、どうしてこうなる」
本人には全くその自覚がないので困りものだ。
マティアスは心の中でため息をつく。
準備は着々と進んでいく。フェリクスは救護院でクレアと共に、
浄化門の実証試験を行っていた。
「はい次の患者さん、この門を通って下さい。ゆっくりで良いですからね」
「ああ、体調が良くなったよ!凄いねこれ」
門を通り抜けた人は一気に体調が回復し、顔色が良くなった事に驚いている。
フェリクスはどれだけ回復をしていったかを確認し、記録していくのだった。
「クレアさん、どう?集魔筒の様子は」
「今の患者さんで半分くらいまで使っちゃう感じですね。
患者さんの症状にもよるので、何人通したらという目安はやっぱり難しいです」
「薬の正確な特性がわかった以上、
薬は王都では使用せず地方に回した方が良いだろうね。
この浄化門なら例えば教会の入り口に置いておけば日曜の礼拝の時等に癒せるだろうし」
「それ助かります。猫カフェで使ってる治癒魔石具なんですけど、
あれをあんまりあちこちに置かれると、
私があちこちに魔力を充填しに行かないといけないので」
「この治癒門自体も、あまり数は作れないのが難点なんだけどね。
中に使われている光と闇の魔石がどうしても産出量が少ないそうだし。
姫猫祭の時に王都に回収する事になってるんだ」
この浄化門に全く問題が無いわけではなかった。
立てない程衰弱した患者には使いにくく、そういった場合にはクレアの治療や薬に頼る事になる。
それでもクレアの負担は相当に軽減されたはずだ。
国からも姫猫祭までに、できるだけ患者の数を減らして欲しいと要請が来ており、
2人は浄化門を各地に送っては集魔筒を回収してもらい、実験を繰り返していった。
さて、王国の動きと相対するように動く一派がいた。
「王都ノ様子ハドウダ?」
「は、順調に魔力量が高まりつつあるかと」
「今回ハ向コウガ勝手ニ集メルノデアレバ、好都合ダ」
「魔猫の方はどうしましょうか?何匹も放ちましたが、浄化されてしまっている個体もありますが」
「引キ続キ放テ、1匹デモ育テバソレデ良イ」
「ははっ、それと、こちらが要望にお応えして用意したものになります」
「フム、良イ出来ダ。イツデモ転送デキルヨウニシテオケ」
フードを被った黒衣の人物は、
肌の色が濃いエルフから見せられたものに満足そうな反応を示した。
「で、私どもは、どうすれば良いので?」
「オ前ハ、ソノ集魔筒トヤラガ集メラレル場所ノ情報ヲ集メロ。
クレグレモ気ヅカレルナ」
「ははっ、私めのような下っ端の貴族ではどうにもなりませんが、
幸い、”あのお方”ならば簡単でしょう」
「自分の国を大混乱に陥れるどころか、場合によっては滅ぶものを。
奇特な者もいるものですねぇ、人間はだから面白い」
「”あのお方”にとっては、もはや自分の地位すらもどうでもよいのですよ。
ですがその地位が無くなるまでは我々にとっては利用価値があるかと」
この場にはそぐわない普通の人間もいた、貴族と名乗ってはいるがどうも小物っぽい。
この国に特に愛着があるわけもなさそうで、エルフからの揶揄も特に気にしていないようだ。
様々な人物達の思惑を孕みつつも、姫猫祭は刻一刻と近づいていた。
次回、第141話「陰謀とか無かったら、猫ざんまいだったんですけどー……」
読んでいただいてありがとうございました。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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