第139話「疑似真魔獣」
「まったく、お兄様にも困ったものですわ。
あ、特選紅茶とチキンサンドを」
マリエッタが猫カフェに来店してきた、同時に数名のイケメン達も連れて。
男たちは平民風の格好をしてはいるものの、
鍛え上げられている身体と端正な顔立ちから騎士だという事が全く隠せていない。
一応コソコソと隠れてやってきたのでは無いみたいだが良いのだろうか?
とローズの格好のロザリアは応対に悩む。
「あ、あのー、お客、サマー? 今日はその、大丈夫なのー?」
「大丈夫よ、今日は堂々と護衛も連れてきてるでしょ?」
「え、えーと。あれ、護衛になるの?」
恐らく王女の為に選抜された者達なのだろうが、
全員猫を前にしてかなりダメになっていた。
猫なで声で猫に声をかけている者までいる。
「あ、良い子ですねー」
「こっち!こっち来て!」
「待て待て待てそこのお前ら。
触り方が雑だぞ、もっと丁寧に撫でないと。ほらこうだ」
「……本当に護衛なの?」
猫に夢中になりすぎて全く仕事になってない。
誰一人王女に眼を配っていなかった。
「まぁ良いでしょう? しかめっ面で立っているよりはよほどマシよ」
「い、いえ! 我々は姫様の護衛としてやって来ておりますので!」
「そんな暑っ苦しい顔で立たれてたら店の人にも迷惑よ。客として普通にしてて」
「いえしかし、我々は職務として来ているのでありまして、
こういう事は、あ、良い子ですねー」
我に返った護衛の1人が慌てて王女に釈明するが、
足元に何匹もの猫達がスリスリとすり寄ってくるので一瞬でダメになっていた。
「自分の分を自腹で払うなら何も言わないわよ、ゆっくりしてて」
「わりとしっかりしてるんですね?姫様……」
「お小遣いこれでも少ないのよ?使う機会も無いでしょうって」
マリエッタは王女なので贅沢に慣れているイメージだったが、
どうやらそうでもないらしい。
『そういえばウチも魔法学園に入るまでは、
外で買い物とかお財布を持ったことも無かったっけ?
お金持ちが高価なお財布持つって割と新しい事なのかも?』
とはいえ、姫猫祭の為に客が減っている今、
お客を連れてきてくれたのは有り難い事だった。
「はい、ドゾー、スコット?君だっけ?」
「あ、はははい!ロザ、いえ、ローズ様?」
護衛の中には先日マリエッタ姫と同行していたスコットもいた、
改めて見ると自分より少々年下くらいの年齢だった。
「はーい、ウチはこのお店ではローズという名前なのでヨロー」
「その、えっと、はい。ローズ、さん?」
「スコットー、その人の事あまり深く考えない方が良いわよー」
ローズの姿のロザリアが侯爵令嬢という事を知ってはいるのか、
どう相手していいのか困っているスコットに
マリエッタが呆れたように突っ込んでいた。
スコットはどう反応したものか、と思っていると、
ポンといつぞやの黒猫が肩を叩き、なだめるようにミー、と鳴く。
「えっと、姫サマー? リュドヴィック王太子殿下がどうかされましたか?」
ロザリアは入店してきた時のマリエッタの様子が気になったので尋ねてみた。
「別に? 前にやるべき事をきちんとやってから遊べとか言われたから、
1月分の課題とか勉強を終わらせたのに、まだ文句言ってくるんだもの」
「ひ、一月分!? あれから数日しか経ってませんよ!?」
「あら? 本気を出せば別にたいした事は無いわよ?」
それは本当で、マリエッタは『だったら本気で勉強してやるわよ!』と、
半ばムキになって課題をこなしたのだった。
あまりの速度でこなすので教師達が音を上げ始め、
「このままの調子であと1月は行けるわね!
数年分を一気にやってしまおうかしら?」
とマリエッタが口にした時、教師たちは絶望の表情を浮かべる事になった。
頼むから遊びに行ってくれと逆にお願いされたのだが、
リュドヴィックがそれでも身の安全を心配して遊びに行くのを止めようとすると、
逆に「我々の方に休みを下さい!」と教師たちから懇願されたのだった。
護衛を引き連れてお出かけする時のマリエッタは、物凄いドヤ顔だったという。
『うわ……この子、ガチに優秀なんじゃないの?』
「邪魔するぞい、儂は特選紅茶にカリカリクッキーな」
「我の方は特選紅茶とフィッシュサンドだ」
もはや常連と化したウェンディエンドギアスとオラジュフィーユまでやって来た。
亜人の客は珍しく無いが、それでも普通は一般化したエルフや獣人系止まりだった。
エンシェントエルフやドラゴンという常連は普通はいないだろう。
『どうしてうちの店は変なお客が多いのかしら……』
店長のデイジーは心の中でため息をつくのだった。
慣れっこなロザリアやクレアがデイジーの負担を軽減する為に応対に回った。
経営者はつらい。
「ギーちゃん様今日もいらっしゃいませ。ごひいきにして下さりありがとうっス」
「うむ、この店の料理が一番口に合うからな」
「串焼きくらいの味付けなら良いんだけどねぇ、人向けの料理は味付けが濃すぎる」
「オラジュフィーユ様まで来てくれたんですね」
「まぁ、色々とワケ有りなのよ」
「ワケあり、ですか」
ロザリアの問いかけに、オラジュフィーユは苦笑しながら答えた。
「ええ、以前この国に迷惑かけたからね、ちょっとお返しにと思って」
「何、これだけ人が集まれば、また何か企む奴も出てくる。
ちょっとした見回りじゃよ」
ウェンディエンドギアスの言う”見回り”とは何かという言葉を聞こうとした時、
店の裏手で『パン』という破裂音がした。
「何?今の音は」
「また?気にしないで下さいオラジュフィーユ様。
ここの所、たまに鳴るんですよ。
行ってみても誰もいないので悪戯かなーと思ってるんですけど」
「いや、フィー、これあれだ、闇の匂いがするぞ。
ちょっと裏手を見せてもらえんか」
慣れっこになっていたクレア達店員とは裏腹に、
ウェンディエンドギアスが少し険しい顔をしていた。
店の奥へと案内しても、見えるのは裏の通用門とその側の地面近くにある浄化魔石具の開口部から見える外の光だけだった。
「こんな調子で、来ても何も無いんですよ」
「いや、やはり、闇の気配が残っておる。
ここから入り込もうとして、この魔石具で浄化されてしまったようじゃな」
「浄化、って、まさかあの猫が何か?」
クレアは先日見た猫のような生き物の事を思い出していた。
そういえばあの時も今のような音と共に猫の姿が消えていた。
「なんじゃ?心当たりでもあるのか?」
「ついこの間、猫みたいな生き物をここで見たんですよ。
ここ通ろうとしたのか、そしたらパンって音がして消えちゃって」
「やはり、猫に擬態していたか」
店舗側に戻ったロザリア達は他に客もいなかった事から、
臨時休業の札を出して全員テーブルに着いた。
「実はな、どうもこの城周辺で闇の気配が残っておるのだよ。
この間こいつが王都にわざわざ行ったのを見て気になっておった」
「え、我、また引き寄せられてた?」
「無意識じゃろうがな、この間も王女ちゃんを連れて街を見て回っておったら、
そこかしこに気配が残っておったわ。
おいクレア嬢ちゃん、お主が見た猫というのはどんな感じじゃった?」
わざわざマリエッタを誘って買い食いに行ったのはそういう事だったのか、
と納得したクレアは以前見たものを思い出そうと記憶を探る。
「どんな、と言われても、猫みたいなってだけで、
動きがぎこちなくて違和感がある、みたいな?」
「それは擬態を始めた奴じゃな。
魔力の塊が姿を真似てるだけで、完全な実体があるわけではない。
だから嬢ちゃんの魔力をつかった魔石具で浄化されてしまった」
「何だ、じゃああれを街中に置いておけば良いんじゃないっスか?」
「ところがじゃ、擬態が完全になると今度は結晶化して魔核石となって、
その辺の同じ種類の生物に取り憑いてしまう。
そうなると外側はタダの猫なので浄化できなくなる」
「ええーっ、それ、見分ける方法無いんですか?」
「擬態している奴は動きのぎこちなさで見分けが付くが、
取り憑かれた場合は儂とかオラジュフィーユでないと難しいの。
胸を切り開けば、小さな魔石核があるんじゃが」
「何とか見分けがつかないんスか?」
「魔核石が小さすぎるのじゃよ、
余程原初に近い我等のような種族でないと気づきもしない」
ロザリアも事態が事態なので素にもどってウェンディエンドギアスに問いかけた。
「やっぱり、害はありますよね?」
「魔核石は近くに同じような魔核石が存在すると引かれ合って融合し、
より大きな石へと成長してゆき、
やがては取り付いた生物を完全に乗っ取ってしまう。
そうなれば、いわば疑似真魔獣が発生てしまうんじゃ」
魔技祭で現れた真魔獣の強さを実感しているロザリアとクレアは、
そんなものが王都の街中で発生したらと思うとゾッとする思いだった。
「ちょっ……、まずくないっスかギーちゃん様!?
王都は今や猫だらけですよ!?何だって今頃そんな事に!?」
「1つ1つの量が少なかったので、これまではネズミに取り憑いておったんじゃろうが、街が猫だらけになったから猫に切り替えたんじゃろうな」
「えー、そんな事までしてくるんですか?魔力自体に意思があるみたいですね?」
「意思というよりは本能的なものじゃがな、
誰かが操らん限りはとにかく生き残って闇の魔力を集めようとする」
「えー?でもどこから闇の魔力を吸収するっていうんです?」
「獄炎病に罹った人間からじゃよ、これだけ人が多く、
しかもあちこちから集まってしまっては、その患者の数は相当なもんじゃろ」
「ええー、それじゃ人が集まれば集まる程まずいじゃないですか」
「しかも魔力吸い取られたからといって、獄炎病が治るわけでもないからの」
まるで意思を持ったウィルスだった、病気になるだけならまだしも魔獣まで発生してくるというおまけつきだ。
「非常にまずいですね、そんなのがもし猫コンテストに出場して、
王女様の飼い猫に決まったら」
「ちょっと!嫌よ私は!そんな得体の知れないものを飼いたくないわ!」
アデルの何気ない一言にこれまで静観していたマリエッタが嫌な顔をした。
もっともな事である。
「まぁそれ以前に、飼っておったら獄炎病になってしまうがな」
ウェンディエンドギアスの言葉でもっと飼いたくない原因が追加された。
「ん!?あ、あのー、ギーちゃん様。
私、それで王家からちょっと協力を要請されたんですけど」
クレアは先日まさにその闇の魔力を集めて回ろうとしている計画を、
フェリクスとマクシミリアンが進めている事を思い出した。
機密だから口外しないで欲しいと言われていたが、
嫌な予感しかしないので、ウェンディエンドギアスに事情を説明した。
「なんと、それでは闇の魔力を集めて回るようなものじゃな……」
「やっぱり、危険っスかね?」
「それだけでは多分心配は要らぬ。
だが、魔核石のとり憑いた猫は確実にそれを狙うぞ」
「えーっと、ど、どうしましょう!?」
「困ったの。色々な事が重なり過ぎておる」
次回、140話「それぞれの思惑」
読んでいただいてありがとうございました。
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基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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