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第136話「マリエッタ・グランロッシュ第一王女」

「マリエッタ!」

「えーと、兄様? 何ですの? その格好は」

「……変装だ」

「いえ全然隠せてませんけど。顔なんてそのままではありませんか。変装下手すぎませんか?」


店に戻ってきたマリエッタと呼ばれた少女は容赦なくリュドヴィックの変装の下手さを指摘した。

子供は強い、周囲が空気を読んでいる中でも一切忖度しない。店内はどうフォローしたものかと微妙な空気になる。


この少女の名はマリエッタ・グランロッシュ。グランロッシュ王国の第一王女で、

リュドヴィックとは異なり、正妃である王妃の長女だった。

たしかにあの王妃の面差しによく似た、芯の強そうな顔立ちをしている。

『えー? ああー、母親違いの兄妹なのかー。

 そーいえばリュドヴィック様のお母様ってリュドヴィック様を産んだ時に亡くなられたって話だもんねー』


「わ、私の変装なんてどうでもいい。さぁ帰るぞ、皆が心配している」

「嫌よ! まだそんなに時間は経ってないわ!」

リュドヴィックは変装が下手と言われたのをごまかすように妹を連れ帰ろうとするが、

マリエッタは即拒否した。立つ瀬の無さにリュドヴィックは軽く凹んでいる。

「何を言っている。半日も城を空ける奴があるか」

「兄様だって何日も城に帰らず、婚約者の所に入り浸ってるではありませんか!

 ついこのあいだは領地にまで押しかけて!」

子供は強い、言ってはならない事を言ってはならない所で言ってしまう。

店員達のロザリアを見る目が生暖かい。

『お、王女サマー!? ウチまで巻き込まないで欲しいんですけどー!?』

流れ弾がついにロザリアにまで飛んできて、思わず心の中で叫ぶ。


「人聞きの悪い言い方をするな! 私は執務をきちんと終えて行ったし、魔法学園が休みの時なのだから問題ない!」

「私だってきちんと勉強は終わらせて来ました! 兄様が良くて私はダメなのはどういう事なのですか!」

通常の兄妹ゲンカならともかく、ロイヤル兄妹ゲンカにはさすがに誰も口を挟めず、

このままだと会話の内容がエスカレートしそうなので皆ハラハラしながら見守っている。


そこへ、助け舟を出すようにウェンディエンドギアスが前に出てきた。

「まぁまぁまぁ、王太子の坊っちゃん。その辺にしておきなさい。皆が困っておる」

「あ、これはウェンディエンドギアス様、挨拶が遅れてすまない。

 どうしてこちらに?」

「儂も人探しでこちらに来たのじゃ。この子なんじゃがの。

 お前さんも一度会った事はある」

ウェンディエンドギアスは後ろにいたオラジュフィーユを手招きして前へ出した。

が、リュドヴィックの方には見覚えが無く、首を傾げている。

「……? いえ?覚えがありませんが」

「まぁこの姿では初めましてだけどね。

 (ワレ)は風の神王獣、ストームドラゴンのオラジュフィーユよ」

「……は?」

「マジじゃぞ」

ウェンディエンドギアスにダメ押しで断言されても、

リュドヴィックの知る神王獣は巨大なドラゴンなだけに、

眼の前の10才ほどの少女と認識が一致するわけが無かった。

実のところ、兄妹ゲンカとは全くの無関係の事柄ではあるものの、

さすがにリュドヴィックが意表を突かれて言葉を出せずにいると、

何故かマリエッタ王女が「そうでしょそうでしょ」と胸を張っていた。


「あの、僭越(せんえつ)ではありますが、色々と込み入った話もあろうかと思われますので、

 ここはひとまず場所を変えては?」

「あーねー。兄妹の事もあるみたいだし、そうする? とりあえず(ウチ)に来てもらおっか」

アデルが提案するとロザリアも同意して提案に乗り、全員ぞろぞろと店を後にした。


店の外には護衛の騎士達がいたが、リュドヴィックの顔を見て護衛対象が増えて困惑気味だ。

「ほら兄様、全然隠せていないではありませんか」

「頼むからマリエッタ、これ以上言わないで欲しいな……」


街中は人だらけ猫だらけの為、店まで馬車を呼べないのでロザリア達は歩いて大通りまで向かう事にした、そこまで行けば侯爵家の覆面馬車が迎えに来ている手はずだ。

リュドヴィックはロザリアに付き添う形で歩き始め、家に寄らせてもらう礼や、この後の段取りなどを話していたが、眼の前の”ローズ”がロザリアだと知らないマリエッタが見とがめた。

「ねぇ、あなたさっきの店の店員でしょ?どうしてあなたまで来るの?

 それに、兄様は妙にべったりして……。まさか愛人!?」

「マリエッター!? どこでそんな言葉を!?」

「あー、ウチの事はあとで説明するから。そういう言葉使うのは止めようねー」

ロザリアはここで変装を解くわけにもいかないので、とにかく先を急ぐ事にした。


マリエッタは納得いっていない様子だったが、事情を知る騎士達に促されて渋々ついて行く。

リュドヴィックは途中で露店で買った飲み物を渡して機嫌を取ったりと忙しい。

しばらく歩くと、大通りに侯爵家の覆面馬車が見えてきた。10人くらい乗れるかなり大きなものだ。


一行は馬車に乗り込むが、あまりに多種多様な取り合わせのメンツだったので御者は混乱していた。アデルがいなかったら危うく乗車拒否をされてしまう所だった。

「なんだかもう、凄いカオスな事になってますねー」

「全くじゃな」

「そうね」


「いえどうしてお二方までついて来るんです」

「いや儂はこやつがだな」

(ワレ)の方の用事がまだ終わって無いのよ」

クレアが突っ込んだように、馬車内はウェンディエンドギアス・オラジュフィーユまで乗っており、

他にはロザリア、アデル、リュドヴィック、マリエッタと大型馬車にも関わらず定員オーバーもいいところである。


「それでは王女さま、御前にて少々失礼いたします」

ガタゴトと揺られる馬車の中で、ロザリアはローズの変装を解いた。

「貴女!ロザリア・ローゼンフェルドだったの!?」

「直接お会いするのは初めてですねマリエッタ様。

 格好が少々お見苦しいのはご容赦くださいませ」

見苦しいとは言うが、ロザリアの仕草になると異国風の服装でも優雅に見えるものだな、とクレアは感心していた。

マリエッタは、兄のとは違ってロザリアの変装がまるで別人の姿だったので驚いていた。

顔はたしかに同じだったのに、髪の色や化粧はともかく立ちふるまいが全く違っていたからだ。

『まー。ウチはギャルの地をもろに出してたからねー』


「えっと、あなた、さっき店員してたわよね?どうしてそんな事を?」

「実はあの店は私が出資しておりまして、あと趣味です」

「趣味って……」

実際、趣味とか道楽の部類である。ロザリアは色々と資金をつぎ込んだが、徐々に回収しているとはいえまだ赤字なのだ。

とはいえ、そういう事にスポンサーになって経済を回すのも貴族の1つのあり方なのだった。


今度はロザリアに意表を突かれて言葉を失ったマリエッタにリュドヴィックが軽く説教を始めた。

「いいかいマリエッタ、たしかに護衛はきちんと付いていたが、

 どうしてあの店に行ったんだ?」

「私はちょっと猫という生き物を見てみたかっただけよ!

 突然私に飼えと言われても、見たこと無い動物なんだもの」

「あ、ああそういう事か。

 だが誰も別にお前を困らせようとしているわけではないんだからな?

 城の誰にも言わず、突然姿を消したら皆が困るだろう、それはわかるな?」

「予定が無い時を狙って外出しただけなのに、猫だってあんまり見れなかったわ」

マリエッタは元々あまり外出させてもらえなかったので少し不満げだった。


ロザリアはそういえばこの子は将来の義妹よねと、ふと思い、せっかくなので話しかける事にした。

「マリエッタ様、猫なら今向かっている当家のタウンハウスにもおりますわ。

 その子と遊んではいかがですか?」

「あらそうなの、だったら丁度良いわね、さぁ早く行きましょうよ!」

「まったくこいつは……」

リュドヴィックは即機嫌を直した現金な妹に呆れつつ、頭を軽く撫でたりしていた。

『リュドヴィック様って、この王女様とはお母様が違うのよね?

 結構可愛がってるように見えるんだけどー?

 てっきり兄妹仲が悪いかと思ってたら、意外とそうでもないみたいで安心した』


しばらくすると馬車は侯爵家のタウンハウスに到着し、玄関ではロザリアの母が迎えに出てきた。

「あらまぁ、大勢でどうしたのロザリア」

「色々ありまして、王太子様と王女様を我が家にお呼びする事になりました」

「あらあらまぁまぁ、挨拶が遅れ申し訳ありませんマリエッタ王女様。

 宰相のローゼンフェルド侯爵の妻、フロレンシアですわ」

「気にしないで良いわ。突然押しかけたのは私なんだから」


「ハンス! と、とりあえず客間に案内してさしあげて、

 あとお茶の用意を人数分ね。

 それからジュエって今どこにいるの?

 王女様が見たいそうだから探してきてもらって。

 アレキサンドラ、私は着替えるからしばらく代わりにお願いね」

何だかんだと経験を積んだロザリアは自然とその場を取り仕切るようになっていた。

その成長に、母もアデルもほんの少し胸が熱くなる思いだった。


玄関近くでは客間に通されてしまうともう会えないのではないか、と心配したスコットが不敬を承知でリュドヴィックに話しかけていた。

「あの王太子様、話しかけるご無礼をお許し下さい。

 やっぱり私は、何らかの罪に問われますか?」

「ん?ああいや、お前は主の命令には逆らえんだろう。

 服装もまぁ目立たなくしていたし、

 職務の範囲内で最大限の努力はしていたと認める。

 気にせず皆と待機していてくれ」

「ありがとうございます!」

スコットは深々と頭を下げ、屋敷の外へ出ていった。


客間に通され、お茶やお茶菓子を出されていたマリエッタの元にロザリアが戻ってきた。

「はいマリエッタ様、うちの飼い猫のジュエですわ」

「あら、人懐っこくて良い子ね。猫ってこんな感じなのね」

空気の読めるジュエは『こいつに甘えれば良いのか』とマリエッタに愛想を振りまいていた。

その横ではウェンディエンドギアスがアデルにお茶のおかわりをもらっている。

「うむ、やはりお主の入れる茶は上手いの。素材の良さを十分に引き出しておる」

「お気に召していただき光栄です。それではどうぞごゆっくり」


「この菓子は美味しいわね、エルフの里でも作れないかしら?」

「あれ?エルフさん達ってそういう料理作らないんスか?」

「あの子達は素材の味を大事にしたい、とかであまり料理に手をかけないのよ。

 干した果物で甘みを増させるくらいね」

「あー、何か想像通りですねぇ」

クレアは何故かオラジュフィーユに気に入られたようで、お菓子を食べながら話を続けていた。


「お客様が大勢ねぇ」「ええ本当に」

ロザリアの母のフロレンシアが頬に手を当て少々呆れた声を出し、アデルが相槌を打ったように、

この場にはクレアはともかく王太子のリュドヴィック・王女のマリエッタに加え、

エルフ族長のウェンディエンドギアス、ストームドラゴンのオラジュフィーユまでいた。

さすがにこういう場をどう取り仕切っていいかはわからないロザリアは、

少々固まっている。そもそも人外までいるので情報量が多すぎた。


「ロザリア、あまり固くならないで、

 全てのお客様に目を行き渡らせるのが理想だけど、

 楽しんで下さっているお客様はとりあえず後回しでも良いのよ。

 まずは一番近い席の方から、徐々に遠くにすると良いわ。

 さて、娘のお客様なのだから、私は失礼させていただきます。

 王女様、どうかごゆっくり。ロザリア、しっかりね」

「ええ、そうさせていただくわ。ありがとう」

「え……、お母様?」


『え、え?ちょっと待って、

 ウチがこの場をオーガナイズしないといけないわけー!?』

フロレンシアはロザリアの困惑の視線をさらりと受け流しつつ、

にこりと笑顔で退室していった。


次回、第137話「ロザリアのお茶会」

読んでいただいてありがとうございました。

また、ブックマークをありがとうございます。


基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

いいね・感想や、ブクマ・評価などの

リアクションを取っていただけますと励みになります。

作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。

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