第135話「色々と突っ込みが追いつかないんですけどー!」
突然テーブルの上の白猫が言葉を発したのに誰もが驚いていた、客の少女以外。
さすがのロザリアも驚きを隠せずにテーブルの上の白猫を見つめている。
「ちょっと待って!? お客サマー? その猫、しゃべったよね??マジ意味不なんだけどー!?」
「あら?猫ってしゃべらないの? 童話とか絵本ではよくしゃべってますわよ?」
どんだけ世間知らずだ、大丈夫かこの子、と一同が不安になる中、
言葉をしゃべる白猫はついに2本脚で立ち上がり、クッキーに手をかけて
「1つもらって良い?」と少女に声をかけてきた。
「ええどうぞ、あなた礼儀正しいわね」
「えへへ」
少女の方も普通に返事をして白猫の頭をなでなでし、普通の会話が続く。
尚、ローズの姿のロザリアは「おおお……、むっちゃアガるんですけど…」と目を輝かせていた。
その様子を、クレアとアデルもあっけにとられて見守っていた。
「あの、アデルさん、猫って、しゃべりましたっけ?」
「私の知る限り、喋る動物というのは、
亜人にまで進化しないと存在しませんね」
この世界では人と同様の姿をした亜人は何種類もいるが、
獣人系は人と同様に平行進化した生物で、互いに交配を繰り返しながら進化した為に子供を作れるくらい近い種とされている。
また、エルフはその寿命に反して人より”新しい”種族だと言われている。
だが獣に関しては、使い魔等の人造魔法生物ならともかく普通の生物ではこの世界でも似たような進化だった、はずだ。
カリカリと小動物のようにクッキーをかじる白猫に、いや、実際小動物なのだが、
白猫の横に、また別の猫が寄って来た。そちらは普通の猫のようで、黒地に白が少々混ざったごくごく普通の見た目をしていた。
黒猫は白猫を気に入っているようで、すりすりと身体をすり寄せてくる。
「ああもう、食べにくい。何なのあなた、この店に入ってからずっと」
白猫は迷惑そうに顔をしかめるが、黒猫は全く気にせずさらに擦り寄ってくる。
やがて諦めたのか白猫は黒猫をひょいっとお腹の下に抱え込んだ。
黒猫は不満げににゃあ、と鳴くが、じたばたするだけで逃げ出せない。
その猫どうしがじゃれ合う様子を、ロザリアが感動の目で見つめていたがもう誰も突っ込まない。
「きゃわわ~、マジ萌え~! ねーねー、あなた喋れるの?
マジイカツっ!かわヨ~❤」
「ちょっと!いきなり変な言葉で話しかけないであげて!
びっくりしてるでしょう!?」
ロザリアがいきなり顔を近づけたのに驚いたのか、白猫がテーブルから飛び降りてしまった。
だがローズは少女に叱られても猫を追いかけ回している、
どちらが子供かわからない。
逃げに逃げた白猫は、キャットウォークを伝って梁にまで駆け上がってしまった。
「あー逃げられた!ねー降りてきて!ウチともしゃべってー?」
ローズの懇願も虚しく、猫はぷいっと横を向いてしまった。
「はぁ……嫌われた……。ぴえん」
先程のは猫の方がかわいそうだと、落ち込むロザリアを誰も慰めようとはちょっと思わなかった。
すると、天井の方から声が聞こえてきた。
「はぁ……、我を斃した相手がどんな者かと見に来てみれば……」
「え?」
「まぁ、この姿じゃわからないわよね。
この街は猫だらけだから猫に化けてきたんだけど」
白猫はそう言うと、ポンと梁の上から床に1回宙返りして床に着地する。
すると白猫の姿は消え、1人の少女が立っていた。
白い髪に赤い瞳をした美少女で、年の頃は10才前後のようだが、どこか大人びた雰囲気も漂っている。
服装も白を基調とした清楚なドレスで、まるで人形のようだった。
しかし、その表情や仕草にはどこか超然としたものを感じさせる。
「え? えーと」
「安心して、この姿でも貴方と出会ったことは無いから。
我は『風の神王獣』、ストームドラゴンのオラジュフィーユよ」
少女は自己紹介をするが、やはりロザリアを始め皆きょとんとしていた。
「……猫って人の姿になれるのね」
「いえ姫様、なれませんから」
少女はどうも今一つわかっていない様子で、お付きのスコットに突っ込まれていた。
「えーと、お茶をどうぞ、オラジュフィーユ、サマ?」
「ありがとう。フィーユで良いわよ?
入れたのはあなたじゃなくてそこの子だけどね」
ストームドラゴンのオラジュフィーユと名乗った少女は何故か少女と同じテーブルに着き、ロザリアはアデルに入れてもらったお茶を差し出すのだった。
黒猫も、オラジュフィーユがわかるのか、猫の姿の時と変わらずじゃれついている。
この店も隣の古着屋と同じくらい変な事起こるわよね……と思いつつ、店長のデイジーは傍観者を決め込む事にした。
「えーと、これ食べる?」
「ありがとう、いただくわ。さっき食べそこねたもの、もぐもぐ」
ロザリアがクッキーの盛られた皿を差し出すと、白猫改め、風の神獣・嵐の王獣、ストームドラゴンのオラジュフィーユは早速それを口にしていた。
クッキーをコリコリと頬張るその姿は、愛らしい少女にしか見えない。
「えっと、つまり、猫ちゃんじゃなくて、ドラゴン、さん、ですか? はいこれもドゾー」
「そうよ、あなた達が、もぐもぐもぐ。神王獣とか呼んでる存在ね」
少女の食べる様子があまりに愛らしいので、つい餌付けをするようにロザリア達は店の料理を色々と出しては食べさせていた。
「なる。んで、どしてここに来たのー? はいこれ。新作の猫ちゃんケーキでーす」
「あら美味しそうね。だから変な喋り方してる貴女に会いに来たのよ。もぐもぐもぐ」
「へー?なんでまた? あー、かわヨー。頭なでなでして良い?」
「いいわよ……って、さっきから!我を子ども扱いしないで! これでも貴方達より何千年も多く生きてるのよ!?」
さすがに子供のように扱われているのに気づいたのか、オラジュフィーユがぷんすか怒り出した。
ロザリアはその様子を見て、余計に微笑ましい気分になり、更に頭を撫でまわしている。
「お姉さまー、隣からこの子くらいの身長に合う可愛い服持ってきましたけどー」
「だから子ども扱い! ……可愛いわねその服」
クレアが隣の店から持ってきた可愛らしいワンピースを見て、オラジュフィーユは少しだけ興味を示した。
「お、乗り気ですねオラジュフィーユサマ。ではこちらへドゾー」
ロザリアはオラジュフィーユを隣の店舗から持ってきた試着室へ案内した。
この試着室は分解式なのでわりと簡単に移動できるのだ。
ロザリアに手を引かれてカーテンの中に連れ込まれたオラジュフィーユは、
一瞬嫌そうな顔をしたが、諦めたのか素直に着替え始めた。
そして数分後出てきたオラジュフィーユは、見た目相応の可愛らしい格好になっていた。
「おー! 可愛いー!」
「そ、そう?」
店の店員達から歓声が上がり、オラジュフィーユも悪い気はしなかったようだ。
「次! 次これ着てみて!」
その後、店内にいた女性陣に着せ替え人形にされ、ちょっとしたファッションショー状態になってしまった。
「……おいオラジュフィーユ、何をやっとんじゃ?」
「げぇっ! ウェンディエンドギアス! 何故ここに!?」
いつの間にやら店内にエンシェントエルフの長老、ウェンディエンドギアスやって来ており、オラジュフィーユを呆れたような目で見ていた。
ちなみにオラジュフィーユが身に着けているのは白いレースのドレスだった。
何時の間にか、オラジュフィーユは思い切り少女趣味な服を着せられていた。
ウェンディエンドギアスはというと、チュニックの上に飾り気の少ないローブを羽織った姿だった。
神王の森の奥に住んでいるわりに、案外フットワークが軽かった。
「あらウェンディエンドギアスサマー。お久ー。」
「久しぶり……。お主もよくわからん格好をしとるの。何なんじゃこの店は。街中に負けず劣らず猫だらけじゃし」
ロザリアは黒ギャルのローズの姿の上に、民族衣装のような服を着ていて一見すると誰だかわからないだろう、
だがウェンディエンドギアスは魔力感知でロザリアだとわかったようだった。
「まぁまぁまぁまぁ、ウェンディエンドギアス様もー、ちょっと着替えてアゲて行きましょー?」
「あ、私も良い? 隣って服がいっぱいあるのよね?」
年齢はともかく、見た目美少女が増えた事でテンション上がったロザリアがウェンディエンドギアスを巻き込もうとしたのに、
そういえば最初に来ていた少女までもが興味深々といった様子で会話に加わってきた。
「マリエッタ様! 買っても持って帰れないですよ?」
「あら、だったらー、うちは貸し出しもしてますよ? 預り金をいただきますので、服を返してもらったら預り金をお返ししますので」
「だそうよ?」
こうして、ファッションショー第二幕が始まった。
「……ねぇウェンディエンドギアス。我らは何をしてるのかしら」
「こっちが聞きたいわ。お主がまた森からいなくなったから、わざわざ探しにきたんじゃろがい」
「あらそう、ごめん。ちょっと人間の街を見に来たくなったのよ、あとあの子」
「おお、あの子はレイハの弟子みたいなもんじゃな。良い筋をしておるぞ」
さすがに疲れて休憩しているオラジュフィーユの隣で、同じく休むウェンディエンドギアス。
視線の向こうで、今度は少女が着せ替え人形にされていた。
「ねぇスコット! ちょっとこの服で外を歩いてみたいわ!」
「ええ? 危険じゃありませんか?」
「そんな事ありませんよ。むしろこっちの方が町娘って感じで目立ちません。さっきの服の方が危ないですよ?」
少女はレースをあしらったオフショルダーのワンピースを着せられていた、白のレースにピンクのリボンがついた可愛らしいデザインだった。
最初のドレスは上質過ぎてどうみても貴族っぽさが抜けていなかったが、こちらなら少々裕福な家の子程度に見えるだろう。
「心配なら、儂ら2人が付き添ってやる。こう見えてもそれなりに強いぞ」
「ええー? 私は別に用事があるんだけどー」
ウェンディエンドギアスが提案するが、オラジュフィーユは難色を示していた。
「さっきの屋台で美味しそうなものを売っておった。それ食べさせてやるから」
「良いのか!? 串焼きもか!?」
「なんですの? その食べ物は」
が、オラジュフィーユは食べ物であっさり懐柔された。更には少女までもがそれに食いついた。
「姫様!」
「あ、スコットは下がっていてね。どうせ他の護衛といっしょに付いて来るんでしょ? 店の外の人達と合流しておいて」
そう言ってオラジュフィーユ達は店を後にした。
「……、嵐が過ぎ去ったようね」
「あの女の子はともかく、変わったお客さんが2人も来ましたしねぇ」
散々少女たちを着せ替え人形にしていたロザリア達も大概ではあったものの、
よくよく考えれば全員よくわからないお客ぞろいだった。
「ロゼ、いるか」
「今度はリュドヴィ……リュドまで、
お客さん来ないのに、変な人ばかり来るわねー」
「やぁこんにちは皆さん。おや、今日はローズさんですか」
「あれ、クリストフさんまで、どうしたんですか?」
少女たちが街へ繰り出して以降、特に客も来なかった猫カフェにやって来たのは、
相変わらず変装になっていない変装をしているリュドヴィックとクリストフだった。
「人探しだよ、少々困った事になってね」
「人探し、ですか? 猫探しではなく?」
「どうして私が猫を探さねばならん。私が探しているのは妹だ」
「妹、って、あの、(王女様?)」
「(ああ、そういう事だ。城から抜け出していなくなってしまってな)」
ロザリアの言葉に、少しだけ顔をしかめるリュドヴィック、王女は今街を騒がせている姫猫祭のまさに主役ともいえる人物だった。
ひそひそ話をしてはいるが、
周囲は「(王太子様だ……)」「(今度は王太子が来た……)」「(どうしてお客来ないのに変な人ばかり来るの……)」
と、思いつつも黙っていた。
「とはいっても、ウチ王女様の顔と名前も一致しないんですけどー」
「ロゼは会った事がそういえば無いのか。内密な事だから手伝ってもらおうと思ったがどうしたものか」
などと、ロザリア達が話している時だった。入り口の方が騒がしくなり、少女たちが帰ってきた。
「ただいまー。あー楽しかった」
「最初ぶつくさ言うとった割には、一番楽しんどったなお前」
「ふぅ、一度はこういう事をしてみたかったのよね」
遊び倒して満足した様子の少女とオラジュフィーユ、そしてそんな少女に呆れた表情を向けるウェンディエンドギアス。
店の前では護衛の騎士たちが困惑気味に待機していた。
「マリエッタ!」
「えーと、兄様?」
次回、第136話「マリエッタ・グランロッシュ第一王女」
読んでいただいてありがとうございました。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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