第134話「ちょうど良いから思い切り趣味に走るわよー!」
「あれ、お客さんがいない」
「代わりに、猫ちゃん達が……、それほどいない」
「お客様がいないのはまぁ納得行きますね。今や街中が猫だらけですから」
ロザリア達は古着屋から猫カフェ『ネコと茶会せよ』に移動したが、
お客がいないのは古着屋と同様だとしても、
いつもなら猫の入室制限が必要なくらい店内にいるはずの猫たちの姿が、かなり少なかった。
「そうなんですよー。わざわざうちに来る必要が無いみたいで」
ソフィアと同様に、孤児院の子供たちを代表して猫カフェを任せている
店長のデイジーがどうしようもない、といった表情を浮かべながら言った。
「その割に、猫の方もなんだか少ないみたいだけど?」
「うちに来る猫ちゃん達って、人に慣れてる子が多かったじゃないですか。
なので、コンクールに出場させようと、連れて行かれたみたいです」
「ええー酷い!?それ大丈夫なの?」
「連れて行かれた先もわかりませんし、飼う気が無いならコンクール終われば捨てられて又帰ってくるかなぁ、と思うしかないですよ」
「今は人も猫もお客がいないので、袋詰めできるカリカリクッキーとかを街で屋台を出して売ってるんです。割りと売れてますよ」
「あと、店で使ってる猫ちゃんの粗相したものを綺麗にする道具を欲しいって人が多かったので、
それもドワーフさんに数を作ってもらって売っているので、まぁ経営はしばらく大丈夫です」
ロザリアが心配する声を上げたが、デイジーを始めとする店員達は、いつの間にやら自主的に商品を考え出して店を切り盛りするようになっていた。
「古着屋の方もッスけど、皆さんたくましくなりましたねー」
「いやー、だってこうもお客さん来ないなら、さすがに色々考えますよ」
「経営困ってないのは良いことだけど。だったら人が少ないうちに、お店をちょっと改装しようかしら?」
クレアが感心する声をデイジーが苦笑しながら返すのを横目に、ロザリアは店を見回しながら今後の計画を練っていた。
「改装ですか?でも今はちょっとあれですけど、十分評判良かったですよ?」
「ちょっとした工事が要るのよ、だからお客さんの少ない今の方が良いの」
「というわけで、店の改装するぞ、ほれどいたどいた」
「おはようございます。いつもすいませんギムオルさん。
鉱山の方は大丈夫なんですか?」
なんだかんだ鉱山に出入りする事の多いクレアは、親方のギムオルが不在だと鉱山の操業に支障が出ると思い、申し訳なさそうに声をかけていた。
しかし当の本人は、そんな事は気にしてないとばかりに手をひらひらさせて返した。
その手や肩には大量の木材を抱えていたが、彼はそれを軽々と店内へと運んでいく。
「問題無い。鉱夫の連中までもがコンクールに出す猫を探したい、とか言い出しやがってな、鉱山も開店休業中なんだよ」
「あー、魔石掘るよりは安全で稼ぎ良さそうですもんねぇ」
「元々お祭り騒ぎやバクチ好きな奴らが多いし、人がいないんではどうにもならんのだ。
どうせあと数日の騒ぎだから好きにしろと放ってあるがの」
ギムオルは持ってきた材料を手早く壁に並べると、脚立を立てて、わずかな時間で工事を終えた。
改装が終わって一番目立つのは壁に階段状に板を取り付けたキャットウォークだった。
登った先の壁と壁の角には三角の板を取り付けて、そこで寝転がれるくらいのスペースも用意してある。
更に、細長い板を張り合わせて作った軽く長い中空の角材を、梁のように壁から壁へ何本も渡らせた。
これにより、猫達は床のみならず、壁や天井近くの梁までも行き来する事ができるようになっている。
「こ、ここまでやりますかロザリアさん……」
「まぁほとんど私の趣味が入ってるんだけどね。自分の家ではこういう事できないんだもの」
一変した店内を見てデイジーがあきれたようにつぶやくと、ロザリアは笑いながら答えた。
たしかに、侯爵邸ではこういうものは許可されないだろう。
なのでロザリアは思い切り趣味に走りまくった改装をギムオルに注文したのだった。
「じゃクレアさん、早速奥の扉開けて猫ちゃん達を入れてあげてね」
「はーい」
クレアが奥の浄化魔石具の扉を開けると、何匹かの猫が入ってきた。
元々この店を通り抜ける習慣のある猫でも無い限りわざわざ見知らぬ家に入ろうとはしないので、
やはり前からこの店に通っていた猫はかなり少なくなっているようだ。
「うーん、やっぱり少ないなぁ」
クレアはまだ残ってないかな?と勝手口を開けて裏通りを見てみたが、
もう待っている猫はいなかった。
いや、1匹だけ猫がいた。
が、どことなく様子がおかしい。
見かけはごく普通の猫ではあるが野性味が感じられず、かといって飼い猫っぽくもなかった。
あえて言うなら、糸で吊った操り人形のような、
ふらふらと動きがぎこちなく、猫の動きをマネているような違和感を感じるのだった。
「えーと、どこか調子悪いの? ここ入ったら良くなるよー」
クレアが声をかけると、そのネコは突然毛を逆立てて鳴き叫び、警戒心と怒りを露わにした。
「ええっ!? あ、ごめん、人間嫌いだった?」
クレアの謝罪をよそに、そのネコは甲高い鳴き声とと共に突然クレアに襲いかかってきた。
慌ててクレアは扉を締めるが、扉にぶち当たった猫はなおも扉に体当たりをしてきた。
「えー? どうしてそんなに怒るのー!?」
やがて物音が止むと、クレアは扉の前でへたりこんでしまった。
すると、視界に魔石具が入る。その外に通じる穴から、影が見えた。
まずい!この穴からあの猫が入ってくる!
と思った瞬間、影が動くと、パン!という破裂音と共に、気配は消えた。
「……え?」
おずおずとクレアが魔石具の穴の中を見ても何も無い。
恐る恐る勝手口を開け、裏通りを見てみても、何もいなかった。
「……逃げて行ったのかなぁ」
「あら、クレアさん。何か猫の声が聞こえたけどどうしたの?」
「いやー、機嫌の悪い子がいたんですよ、でも逃げて行っちゃいまして……。
うわ、もうやりたい放題ですね」
戻ったクレアが店の中を見回すと、猫たちは壁や頭上の梁と言わず自由に歩き回り、中にはもう梁の上でくつろいでいる子もいた。
本能的に高い所が安心するのか、半分くらいの猫は人より高い目線の所にいる。
「いやー、野生っスねー。ちょっとした動物園ですよ」
「まだまだ人に慣れていない子も多いみたいだしね、こっちの方が落ち着くのよ」
とはいえ、猫用の食事と水は今までと変わらない所に置かれているので、猫達は高い所と低い所を何度も往復する事になる。
これなら普段寝てばかりの猫達をより活動的に見せる事ができるだろう。
「相変わらずロザリアさんの発想は凄いですね、今までと全然違います。
これならコンクールの後のお客さんも絶対増えますよ」
「でしょう?猫は猫のままなのが一番可愛いのよ」
改装のお礼にと、ギムオルにはブランデー入りのお茶と軽い食事を振る舞い、
酒好きのドワーフゆえに遠慮せず飲んでいた。
「猫といえば、最近では鉱山でも猫を飼い出したからの、何だかかんだ役に立ってくれている」
「鉱山で?どうしてまた?」
「やっぱりネズミが悪さするんだよ、食べ物食い荒らしたり、坑木をかじったりろくな事をせん。似たような理由で、ギムルガも飼い始めた」
とクレアは言われても、あの厳つい顔のギムルガが猫を可愛がっている姿がどうも思い浮かばなかった。
皆が思い思いに過ごす中、午後の営業時間が近づいたので店を開けようとした時、店のドアが開く。
「ねぇ、このお店、やってるの?」
「あ、はい、いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「2人よ、開いてるのね? ああ、やっと来れたわ」
来店してきたのは、金髪も眩しい、いかにも貴族のお嬢様としかいえない美少女だった。
アデルよりやや年下か?という年齢で、後ろには付き人も従えていた。
一応貴族っぽくない格好をしているつもりだろうが、服の布地やら仕立てが良すぎて全く意味が無い。
ロザリアは貴族のお嬢様なら自分は姿を見せるわけにはいかない、とローズの格好になる為に店の奥に引っ込んだ。
「あ、うちのお店をご存知でしたか、丁度新装開店なんです。
どうぞごゆっくりしていってください」
「ええ、そうさせてもらうわ。このお店っていつも満員だったもの。中々入れてもらえなかったのよ」
とデイジーの案内で店内に入った少女は辺りをキョロキョロと見回していた。
店の猫達が気になるようだ。
「それは姫様のご身分から言っても仕方ないでしょう……」
「スコット! 今は身分は関係無いでしょう!」
「そ、そうでした!」
また変なのがやって来た……と、アデルは心の中だけで思った。
誰がどう見ても貴族か何かのお嬢様がお忍びで来たのは明白だった。
とはいえ、この場にはロザリアもいるので、皆は慣れたものではあったのだが。
「こ、こちらのお席にどうぞ。こちら、メニューになります」
「ずいぶん変わった料理ばかりね、聞いた事無いものばかりだわ」
「お茶以外は基本的に全てお店の猫達も食べられるものになっております。
運が良ければ、テーブルの上に猫ちゃんがやってきて、おねだりする事もありますよ」
「じゃあこの特選紅茶と、プレーンチキンサンドというのと、猫のカリカリクッキーを。
スコット、あなたも好きな物を頼みなさい」
特選と名前が付くが、要は一番腕の良いアデルが入れるというだけのもので、
お茶は全て同じものだったりする。
アデルが少女の前で手際も良く入れてみせると、
入れ方の良さがわかるのか少女は感心したような声を出していた。
一口飲んでみて、自分の見立ては正しかった、というようにうなずいている。
「……驚いたわ、こんなに腕の良い人がいるなんて。
あなた、これ貴族の家に出しても通用するわよ?」
「お褒めにあずかり光栄です」
アデルは丁寧に応対するが、周囲は「貴族らしさを垂れ流すな、はよ帰ってくれ」という心境だった。
と、そこへ、にー、と一匹の猫が机の上に上がってきた。
綺麗で真っ白な長毛で、尻尾の長い金色の目の猫だった。
「うわぁ、こんな近くで猫というものを見るのは初めてだわ」
「えっ?お客サマー、猫を見た事無いんですか?」
ローズの姿になって戻ってきたロザリアが思わず聞いてしまったが、
少女は特に気にした様子もなく答えてくれた。
「ええ、多分これが初めてよ。今は街に山ほどいるけど、
不潔だから、って近寄らせてもらえなかったんだもの。
こんどうちでも猫を飼う、って話になったから、
どんな動物なんだろうって興味があったのよ。
この店なら猫を綺麗にしている、ってお話を聞いたから一度来てみたかったの」
そんな事を話していると、この店名物の猫のおねだりが始まった。
ちょいちょいと前足でカリカリクッキーを突っつき、
いかにも欲しそうな仕草を見せる。
「あら、貴方も食べたいの?」
「うん」
「あらそうなの、どうぞ、これは猫向けに作られたものだそうだから」
「ありがとう」
いやちょっと待て、何故猫がしゃべる、
そして何故疑問にも思わず会話をするのだこの子は。
と、その場の全員が心の中で突っ込みを入れた。
次回、第135話「色々と突っ込みが追いつかないんですけどー!」
読んでいただいてありがとうございました。
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基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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