第133話「猫は好きだけどー、限度ってものがあると思わない?」
「マ!?」
「な……、何っスかこれ」
「猫だらけ、ですね。あ、お嬢様はもう駄目なようです」
「え?どうしてですか……。確かに」
アデルの言う通り、ロザリアは昇天しかかっていた。
何しろ今の王都は無数の猫だらけで、王都全体が猫カフェ状態なのだ。
道行く人は猫を抱いている人が多いのはともかく、
そのへんの道を何匹もの猫が我が物顔で歩いている。
さらには広場でも屋台や露天商が立ち並んでおり、
猫グッズや猫そのものを売っていたりと、猫づくしだった。
立っているだけでも何匹もの猫が足にまとわりつき、
にゃーにゃーと愛想を振りまいてくるのだから。
「ねぇここって天国?ウチ天国に来たの?マジ最の高なんだけどー…」
「お姉さま! ギャル語がちょっと出てます! 正気に戻って!?」
「あの、お聞きしたいのですが、私たちはしばらく王都を離れていたのです。
この猫だらけな状況は一体どういう事なのでしょうか?」
アデルは駄目になってしまっているロザリアをとりあえず放置して、
困惑気味にその辺の人に質問した。
「んん?知らないのか?王女様の飼い猫を決めるコンクールがあるんだよ」
「飼い猫、ですか?」
「おおよ、ほれ、」とその男性が指さした先には、
『Le Chat de la Princesse(王女の猫)』
という看板があちらこちらに立っていた。
「まぁ長ったらしい名前なのでみんな姫猫祭って呼んでるけどな、
今王都じゃ猫を飼うのが大流行中でな、
猫を飼うだけで国から色々な手当とかもらえるんだよ。
で、王家も率先して飼うという事が決まってな。
王女殿下の飼い猫を国民から募るって事になったんだ」
「なるほど、それで、その飼い猫に選ばれると何か良いことがあるのですか?」
「金貨で賞金もらえるのは確実なんだがよ、税金の免除とか家を一軒もらえるとか、
まぁ豪勢なものだぞ」
「それは、凄いですね……」
アデルはその説明を聞いて素直に驚く。
王都に家を持つのは貴族ですら難しいことなのだ。
税金の免除だけでもひと財産に等しい。金貨なんておまけと言って良いくらいだ。
「しかもだ、王女様の好みは特には発表されていないというか、
今まで飼った事が無いからわからんのだ。
という事はだ、そこら辺を歩いているような猫が優勝するかもしれない、
ってんでみんな大騒ぎさ」
男性に礼を言ってその場を離れ、アデルとクレアは困り果てたように顔を見合わせる。
ちなみにロザリアはまだ昇天中だ。その肩や頭にはいつの間にか猫が乗っていた。
猫まみれのロザリアは可愛いのだが、このままでは話が進まないのでアデルはロザリアの手を引いてその場から離れた。
「王女様、っていうと、王太子様の妹さんですよね?
そういえば今まであまり話を聞いた事無いです」
「え? ゲームでは出てこなかったの?」
「12才だったと思います。基本的にゲームの舞台は魔法学校なので、シリーズを通しても出番が無かったんですよ」
「リュドヴィック様って、あまり自分の事は語らないのよねー。
あ、この子かわヨ〜。この子も良き〜」
しばらく歩く事でロザリアも落ち着きを取り戻し、クレアとも普通に会話をできる程度に回復した。
歩きながらその辺の猫を抱き上げ、代わる代わる愛でているのだが。
「お嬢様、口調。あと不潔ですので、クレア様、今度はこの子を浄化して下さい」
「えーっと、クレアさんどうする? 学校始まるまで家でゆっくりするつもりだったけど、ちょっとお店が心配なのよね」
「あ、確かにこの猫だらけの状況で、猫カフェとかどうなってるんでしょうか?」
「お嬢様、特に困っているとかの連絡は来ておりませんし、心配する事はないかもしれませんが」
「とにかく、行くだけ行ってみましょうよ」
向かった店のある広場は広場で、更に凄い事になっていた。
人より猫の方が多いんじゃないか、というくらい猫だらけになっていた。
毛の長いものや短いもの、尻尾の長いものや短いもの、
色も虎縞から単色と、ありとあらゆる種類の猫がいるようだった。
「す、凄い事になってるわね!?」
「コンクールに出場させようとした猫達が逃げたり、
そもそも様々な所から集まってきてるんでしょうか……?」
「うーん、これだけ猫がいたら、ネズミなんて絶対に増えないっスねー。
もしかするとそれを狙ってこのコンクールを開く事にしたんスかね?
獄炎病の予防になるわけですし」
「クレア様、口調。可能性は高いですね。
あの国王様はそもそも悪戯好きな感じはいたしましたし」
「ソフィアさん、どんな様子なの?」
「あ!ロザリアさん!お帰りなさい!早く!その扉を早く閉めて下さい!」
経営している古着屋『神の家の衣装箱』に入ってみると、店長を任せているソフィアが血相を変えて出迎えてきた。
「え?あ、はい? どうしたの?」
「猫ちゃん達が入ってくるんですよ。ただ入ってくるならまだ良いんですけど、
垂れ下がっている服が面白いみたいで、ぶら下がって遊ぼうとするんです」
「えー。大変ね?服は大丈夫だったの?」
「引っかき傷とか付いちゃいましたけどね、仕方ないのでレースやボタンを追加して修繕してます」
猫に結構な被害を受けていたようだが、なんとか猫を店内に入れないように頑張っているらしい。
とはいえ、猫たちも諦めきれないようで、何度も入り口から入ろうと試みては、
その度にソフィアは悲鳴を上げて追い出す事になるそうだ。
「それは大変だったわね、お客さんの方はどんな感じ?
増えてる……? 感じでもないのか」
「むしろ減ってますね。今や皆さん猫、猫、猫ですから」
「みたいねぇ、せっかくだから猫のお洋服でも作る?」
「先を越されちゃいましたよそれ、街中で見ませんでしたか?今や大流行中ですよ」
そういえばここに来る途中、何度もそういう猫を見かけた。
「えー?どこの誰がそんな事始めたの?」
「ほら、お向かいのフルーヴブランシェ侯爵令嬢のお店ですよ。
コンクールが開かれるとわかったら、即そういう品物を売り出してきて大流行させたんですよ」
「さすが、そういう事をさせたらやっぱり凄いですねぇ」
クレアが感心するように、フルーヴブランシェ侯爵令嬢のルクレツィアは、
17世紀相当のこの世界で19世紀の考えを持ち込むような発想の持ち主だった。
「猫ちゃん用のマントとか、ローブみたいな服とか、
頭飾りとか首飾りみたいなのとか、凄い種類ですよ。
あと色や形も人間用の服の事を反省してか、様々な色や形を取り揃えてました
「えー凄い、売れるんなら、この店でも作れない?」
「実はうちでもちょっと作って売ってるんですよ。
そこそこ売れてるので、実はあんまり経営は困っていないんです」
ソフィアが言うように、店の一角には猫向けの商品がいくつも並んでいた。
どれもこれも可愛らしいデザインになっている。
その中でも特に目を引いたのは、猫の顔を模したフード付きの猫用外套だった。
猫に猫の顔のフード被せてどうするんだ、と思わなくもないが、
何故か人気があるらしい。
『いやウチもこれ、最の高なセンスだと思うんですけどー?』
「おお、ソフィアさんもやるわね」
「えへへ、小さい服ならお針子やってる子達の練習になるかな、と思って、
余った服とか不要な布で作ったんです。
でもあっちは布地から何から、品質からして違うんですよ。
貴族の人達も自分の飼い猫に着せたりするのが流行ってるみたいです」
「まぁうちはお店が困らないくらい売れてるくらいで良いわ。
このお祭り騒ぎが終わった後どうなるかわからないし」
「そうなんですよねー。今は人のお客さん少ないので、
このお店を半分猫用服のお店にするか、って話も出たんですけどー。
いざ皆さんが買わなくなったら、後々困ると思ったんです」
「見たところ、コンクールの為に国中から集まってるみたいですもんね」
「はい、宿街は大繁盛らしいですよ。
泊まれないので野宿する人までいるそうですし」
「ネズミ退治のついでに、街を活性化させた感じかしら、凄い事考えるものね」
ロザリアは改めて感心していた。たった1匹の猫を決める為にこの大騒ぎ、経済効果もかなりのものだろう。
「そういえば、猫カフェの方はどうなってるの?」
「それが……。見ればわかります」
次回、第134話「ちょうど良いから思い切り趣味に走るわよー!」
読んでいただいてありがとうございました。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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