第132話「休暇の終わりは寂しさと共に」
落下してきたホムンクルスの死体を、クレアが重力操作で地面に優しく寝かせた。
治療を、と思っても真っ二つになってしまっていてはどうしようもない。
「……お姉さま、こうするしか無かったんでしょうか?」
「わからないわ、でもその人は400年前も前の人物なの、生きている方が不自然なのよ」
「だったらせめて、この状態ででもエルシオーラさんに会わせるとか、色々できたかも」
「余計に悲しむだけかも知れないわよ? それにそんな悠長な事を考えていたら、
私達や兵士さん達に被害が出たかもしれないわ」
そう言うロザリアにクレアは何も言い返せなかった、
彼女はより多くの人を守る為に決断をしたのだから。
それは彼女が受けた次期王太子妃教育によるものなのかはわからなかったが、
クレアは自分とロザリアの意識のズレを感じずにはいられなかった。
「クレア嬢、ロゼを責めないでやってくれ。私でも同じ事をしたよ。そして、まだ終わっていない」
リュドヴィックはドルクを睨みつけながら、剣の切っ先を向けた。
ロザリアも同様に武器を構え直し、ドルクに向き直る。
「さて、あらかた片付いたわよ? まだやる?」
「……いや、ここは引かせてもらうよ。だが君の事は気に入った、いつかまた会おう」
「おい」
リュドヴィックがドルクを牽制しようと氷の槍を放つが、あっさりとそれはかわされた。
「ああそういえば婚約者がいたんだっけ、まぁそれは大した問題じゃない。
そういえば彼女の事だったね、そこの祠の遺体を焼けば呪縛は解けるから好きにすると良い」
そう言い残して、ドルクは姿を消した。
「お姉さま、結局、何だったんでしょうね、あいつ」
「本当にね、でもまぁ、これ以上厄介事を増やさないなら何でも良いわよ」
「そうは思えんがな……」
護衛の兵士たちに祠を開けさせて棺桶を取り出してみると、中には確かに白骨化した亡骸があった。
その場で燃やして浄化しても良かったが、エルシオーラの意見も再確認した方が良い、
という事で骨だけを取り出し、棺桶は燃やして処分した。
「ロゼ、とりあえず引き上げるとするか」
「そうですね、この村も集団失踪の原因がわかった事ですし、対応をお父様に考えていただかないと」
「エルフにもいろんな人がいるもんなんですねぇ」
「闇落ちなんてするのが何人もいて欲しくないけどね……」
クレアのため息交じりにつぶやくのに、ロザリアもうんざりとした顔で同意を示した。
ロゼ達が帰還した時には既に日が傾き始めており、東の塔は長い影を地面に落としていた。
「エルシオーラさん、あなたの遺体は見つかったわ。これを火葬して清めれば、あなたの呪縛は解けると思うの」
「ああ、たしかに私の身体です、でもどうやって見つけたのですか?」
ロザリアはエルシオーラに事の次第を説明をした。
だがエルシオーラは自分がここに縛られていた事情を聞かされても首を横に振るだけだった。
「……そのような事が、残念ながら私にはもうその記憶がありませんが、大変なご苦労をおかけしました」
「レドリオンという人の事は、ごめんなさい。あの場ではああするしか無いと思ったの」
「仕方の無い事です。そのような状態のレドリオン様と再会したとしても、どうする事もできなかったでしょう」
エルシオーラの表情を見て、ロザリアは彼女なりに納得をしていると感じた。
「ではせめて、あなたが安心できる方法で弔ってあげるわね……」
「ありがとうございます」
エルシオーラはロザリアに深く頭を下げた。
「では明日の夜明けと共に、あなたの遺骨を祝福して火葬します。それで良いわね?」
「はい、懐かしいあのお方の子孫にも出会えた事ですし。思い残す事はもうありませんわ」
「でも、どうしてリュドヴィック様が子孫だとわかったの?」
「恐らく、私の母がエルガンディア王国出身だからだろう。その為に似ていたのではないかな」
「……!リュドヴィック様、その事は」
「知っているんだろう?宮廷内には口さが無い者も多いからな」
リュドヴィックの出生の秘密は半ば公然の秘密だった。
彼は国王と正妃の間に出来た子ではなく、正妃と同時期に妊娠していた側室の子だった。
だが意図は不明ながら死産だった正妃の子と入れ替えられ、
側室の存在は闇に葬られるかのように母子共に死亡したという事にされてしまったのだ。
「私は、王妃様からお聞きしました」
「そうか。ロゼ、その件に関してはまだ気持ちの整理がついていない。
できれば、触れないでもらえるか」
「……はい」
リュドヴィックの苦悩を垣間見たロザリアだったが、
この件に関して触れるのは良くないと判断して口をつぐむ。
『ウチも前世では両親いなかった事で色々言われたもんねー……。
本人気にしてないのに物凄い悲劇背負ったみたいに言われる事もあるし、その逆もあった』
一夜明け、東の塔の側にはごく限られた人が集まっていた。
ローゼンフェルト侯爵、侯爵夫人、ロザリア、フレデリック、クレア、アデル、リュドヴィックの他には、近隣の大きな教会から神官が呼ばれてきた。
神官の祈りの言葉を一同は静かに聞いている。400年前の1つの悲恋の終わりだった。
天に登る火葬の煙に目を細めるロザリアの肩に、ふわり、と柔らかい手が置かれた。
振り返るとそこにはエルシオーラの姿があった、彼女は穏やかに微笑み、ロザリアを見つめている。
エルシオーラはそっと小さな声で話しかけてきた。
―――お別れです。
エルシオーラは小さな光の玉へと姿を変え。天に登る煙と共に空に登っていった。
すると、どこからか同じような光の玉が飛んできて、寄り添うように登っていくのだった。
どうかその光の玉は精霊等ではなく、レドリオンの魂であってほしいとロザリアは心の中で祈っていた。
―――
――
―
「姉さま、先程弔われていたのはどなたなのですか?」
「400年前の、私達にも関わりがある人よ。
大きくなったらお父様からきちんとお話を聞いておきなさい」
「……はい」
弟のフレデリックはロザリアに素直に返事をする。
もう十分大きいと反論する事もなく、少し大人びたような気がする。
「ところでリュド兄さま!今日はどこへ行くのですか?」
「ようし、今日は男同士で遠乗りするか!」
「い、いつの間にそんな仲良くなったの!?」
リュドの姿のリュドヴィックにフレデリックが駆け寄るのを、
ロザリアは驚きを隠せない様子で2人を見ていた。
2人はそのままロザリアを置いて本当の兄弟のように連れ立って歩いて行ってしまったのだった。
「お姉さま、王太子様に延々かまわれるのもあれですけど、
放ったらかされるのもちょっと腹立ちません?」
「良いのよ、今はフレデリックの相手をしてる方が気が紛れるでしょうし」
クレアが不満げに言うが、ロザリアは平然と答える。
それでなくとも出生の秘密に関わる国の姫を弔った所だ、多少気疲れしているに違いない。
ロザリアはリュドヴィックとフレデリックを見送りながら、今後の事を考えていた。
「さぁさぁ、何だかわからないけれど片付いたのでしょう?
お茶を飲みながらでも色々と教えてちょうだいね?」
興味津々といった風にお茶に誘い訊ねてくる母に、
今回の件はどうにもわからない事が多すぎる、母に相談するのも良いだろう、
とロザリアは小さくため息をつくのであった。
「……そんな事が」
「お母様、私、あの人が何を考えていたのか、よくわかっていないんです」
ドルクはレドリオンの魂を縛っておきながら、
エルシオーラの魂に呪いをかけ、この城に縛りつけていた。
だが彼女が「満足した」と言うのを聞くと、
失望したかのように彼女の呪いを解く方法をあっさりと教えてきた。
はっきり言って支離滅裂としか言えない。
「救いを、求めていたのかも知れないわねぇ」
「救い、ですか?」
「ええ、だってエルシオーラさんって、当時の『聖女』だったのでしょう?
そのドルクってエルフさんは複雑な事情を抱えて生きてきたようだし、
ずっと孤独を感じていたんじゃないかしら」
「……」
「世界でただ1人の火属性を持ったエルフに、世界でただ1人の聖女で似た境遇だったのだもの、
エルシオーラさんが何か自分の想像を超える事をしてくれるかも、
と期待していたのかもしれないわね」
「それは……そうですね」
身勝手過ぎるとは思うが、何を考えているかは本人しかわからない事だし、
本人すらもわからないものなのだ。
『ウチはまだまだ人生経験足りないなぁ』と、ロザリアは空を見上げるのだった。
空は高く、秋が来ようとしていた。
さて、領地での短い休暇を終えて王都に戻って来たロザリア達が見たものは、
猫だらけになった王都の姿だった。
次回、第11章「悪役令嬢ともうだめだ猫の国」
第133話「猫は好きだけどー、限度ってものがあると思わない?」
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