第130話「400年前からの敵」
ロザリア達はドルクの案内でトネリコの村に向かう事になったが、その歩みは遅い。
人の通りが絶えた村への道を行くわけなので何度も迂回をしなければならない上に、
そう遠くはないとはいえ、いわくつきの村となれば無理もない事なのだが……。
ロザリア達が乗っている馬車の中も今はドルクが同乗しているが会話が弾むわけもなく、どうも空気が重い。
『……こういう雰囲気って苦手なんだけどー。ウチも何聞いていいかわかんないし、ドルクさんも今ひとつ何考えているかわかんないのよねー』
それは同乗しているリュドヴィック・アデルも同様だったが、クレアだけは違った。
先ほどの会話でどうしても聞き逃せない単語があったのだ。
「あの、ドルクさん、エルシオーラさんって先代の”聖女”だったんですよね?他にはそういう人っていなかったんですか?」
「彼女以前に何人もいたがね、彼女以降では聞いた事は無いな?何かね?」
「い、いいいいえいえ、聖女って、一体何なのかなー、と。聞いた事も無いので」
クレアは慌てて誤魔化すように質問をするが、ドルクは深く詮索する事無く答えてくれた。
それは大襲来以前の、この世界の人間の間ではもう失われてしまった事柄だった。
「聖女は1000年前の大襲来以前は極めて重要な役割を持っていたようだがね、
当時は今のように魔法が一般的ではなく、神聖魔法の方が勢力として強かった」
やはりドルクは原初に近いかなり高齢のエルフだったようで、突然始まった貴重な話にリュドヴィックまで聞き入っていた。
「聖女は神々が数百年に一度、この世に1人だけ遣わす存在だと言われている。
神々の意思の代行者であると同時に、この世界を維持するために重要な役割を担っているという話だ」
「世界の維持?どういう意味ですか?」
「詳しくは教会の極秘事項なので私にもわからん。だがこの世界は聖女のおかげで維持されているらしい。
それが失われるとこの世界は崩壊するとも言われているが……。
宗教家が終末論を説いて信者を集めるのは世の常だから眉唾だな」
ドルクはそう言って小さく笑った。
「だが実際に聖女がどのようにしてこの世を維持しているかはわからなかった。
私は400年前、それに対する興味もあってあの城で魔術師として仕えていたんだが」
思わぬ所でドルクがエルシオーラとの関わりを明かしたが、それ以上の事は彼も知らないようだった。
「世界の維持……」
クレアは突然得られた情報に戸惑い、自分の力の事を考えるが、今まで一度たりとも神の声を聞いたことが無い。
神の啓示など受けた事が一度も無い。困惑は増すばかりだった。
「着いたぞ、あそこだ」
ドルクによるとトネリコ村に到着はしたようではあるが、柵で囲まれているわけでもなのでよくわからない。
放棄された村なので人の生活している気配も当然無い。
馬車を進めると草や木に覆われてはいるものの、たしかに家らしきものは残っている。
木造の家は朽ちて瓦礫の山のようになっているが、石造りの家は形を保っていた。
「ここは当時でもそれなりに人はがいた村だったんだけどね、彼女の遺体を埋めた後に何故か人が集まってできた村なんだ」
ドルクの言うように、ローゼンフェルトの本邸がある街からはそこそこ離れているわりには家の数が多い。
周辺には特に目立つ山などがあるわけでもなく、自然に人が集まるような場所には見えなかった。
「まぁ疑問に思うのも当然だ。私も意図していたわけではないがね、彼女の遺骸は死してなお、祝福を周囲に与えていたようなんだよ。ほら、あれだ」
ドルクが指差す先には、村名の由来であろう大きなトネリコの樹があった。
むろん神王の森の神王樹と比較にできる程ではないものの。十分に大きなものだった。幹の太さは3~4mほどあり、高さも40m近くある。
「彼女の遺体はあそこに安置したのだがね、どういうわけかあの樹を中心に魔物が近寄りにくくなっているらしい」
魔物は一般的な獣とは区別されており、中には魔法を使ってくるものもいた。王都や魔法学園等の周囲では駆除がされているので一般人が目にする事は少ないが、
こういう場所では魔物が寄ってこないというのは貴重な場所だったのだろう。ただ、この村が一度全滅したとしても何故人が近寄ってこなくなったのか……?
一行は樹の近くに馬車を止め、樹へと近づいていった。樹の根元には木の根に覆われた祠のようなものがある、どうもそこが安置場所らしい。
「彼女の遺体はあそこだ、ちょっと待ってくれ。この地の呪縛を解除する。」
ドルクはそう言うと地面に杖を突き立て、呪文を唱える。すると祠を覆っていた木の根が動き出し、祠が完全に露出した。
「これで彼女の遺体はいつでも持ち出せる。好きにするが良い。なに、礼は要らぬよ、ちょっとばかり手伝ってもらえれば良い」
「手伝い……?なんですって?」
ロザリアは思わず聞き返した。ドルクは微笑んでいる、それはどう見ても邪悪な笑みだった。
「うむ、もうそろそろだろう」
すると、突然村の雰囲気が変わった。それまではごく普通の村だったのが、悪意や憎悪といった思念を思わせる魔力が湧き上がり始めた。
「この気配って!闇の魔力!?ちょっと!いったい何をしたの!?」
「私は別にどうもしていない。この村は元々こんな状態だった。さて、私にかまけてて良いのかね?」
言われてロザリアがドルクが指し示す方を見ると、地面があちこちで動き始め、盛り上がり始めた。
突如地面から手が生え、手をつくと朽ち掛けた遺体が這い出てくる。
「な、何よあれ……」
「まさか、全滅した当時の村人か?」
兵士たちは慌ててロザリアを守るように取り囲み、剣を構えた。
遺体が次々と地中から出て来る。男の遺体もあれば女の遺体もある。
服装は様々だが、どれもボロ布同然の服だ。そして、その全てが土気色をしている。
ロザリアもまた魔杖刀を取り出し、構えた。
「おや、これだけの動く死体を見てもそう驚かないとは、中々に肝が据わっているね」
「それはどうも!どういうつもりよこれ、悪趣味ね」
「どういうつもりと言われても困るな、先ほども言ったように私は何もしていない。
私はこの子を貰い受けたいだけだ、光の魔力を持つ今代の聖女をな」
いつの間にかドルクは一番後ろにいたクレアの背後に周り、クレアの喉元に短刀を突きつけていた。
「クレアさん!?」
「おっと、動くなとか陳腐な事は言わないが大人しくしていてもらいたいな?今ゾンビ達が動かないのは私が抑え込んでいるからだぞ?」
その言葉通り、村人達の動きは止まっていた。
しかし、それがドルクの仕業だとすれば、その気になれば簡単にゾンビ達を自由に動かせるという事だ。
ロザリアはなぜ彼が突然このような行動をするのか全くわからなかった。
「どうしてこんな事を……」
「エルシオーラが、彼女が『もういい』と言ったのだろう?聖女だというのに人間の精神がかくも脆弱とはな、この研究はここで終わりだ。
次はこの次期聖女で仕切り直すとしよう。まだ魔力が全然育っていないが、それはそれで都合が良い」
その顔は穏やかながら狂気を感じさせるものになっていた。雰囲気も邪悪としかいえないものになり、立ち上る魔力は闇色に染まる。
肌の色も一般的なエルフのそれではなく、暗褐色に染まり、髪は銀色に、瞳も灰色になり果てていた。
「あなたその姿、まさか、闇の魔力に!?」
「ダークエルフ、とでも名乗ったらわかるかね?」
「どうしてそんな姿に……」
ロザリアは目の前の光景を受け入れられずにいた。
ほんの少し前までは普通のエルフだったはずのドルクが、今は全身を闇色の魔力で覆っている。
「私はね、『忌み子』だったんだよ」
ドルクは自分の過去を語りだした。両親はエルフとしてどこにでもいるような夫婦だった。だが、ある日それは一変する。
「普通のエルフは風の魔力属性を持つはずだがね、私は火の属性を持って生まれてしまった。その為に私達は一族全体から忌み子として疎まれていたんだ。
今なら様々な血が混ざり合い、純粋なエルフなどほぼいなくなってるゆえに珍しくもないだろうが、
”純血”などという下らないものに価値観を抱いていた老人たちにとってはそうはいかなかった。私の両親も含めてな」
ドルクは闇の魔力を纏いながら自嘲気味に話す。その表情はどこか寂しげにも見えた。
「私は己の魔力属性を呪い、強引にでも後天的に魔力属性を変えられないかと研究を始めたのだよ。
そのうちに魔力とは魂の力で、エルフの精霊魔法ではどうにもならないと気づき、
最も魂の研究に近い死霊魔術師となったんだがね、この研究ががまた愉しくてねぇ」
寂しげだった表情は徐々に狂気を孕んでいき、瞳には狂喜の色が浮かび始めていた。
ドルクは心底楽しそうに話し続ける。だがその研究内容は想像したくもない。
「だが、今度は私の研究がエルフとしての禁忌に触れていると長老達に糾弾されてしまってな。
結果、彼らの多くを殺害して私は野に下った。森を破壊されたエルフ達も多くが散らばり、あっというまに混血が進んだのは笑えたがね。
もともとの研究の目的は純血だ何だとふんぞり返ってる奴らの魔力属性を、何でも良いから永遠に変えてやれという目的だったんだが、
森を出た時にさんざん殺したしもういいかなぁと思って、ね」
ね、と同意するように言われても、話の内容が色々と悍ましすぎてロザリア達は絶句するしかなかった。
次回、第131話「400年前の「マジこいつ色々と悪趣味なんですけどー!」
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