第129話「400年前の出来事……、江戸時代くらいって考えると何かロマンが無いんですけどー」
ロザリアはドルクにエルシオーラの現状と、
彼女の過去に何があったかを知る為にここに来た事を説明した。
「なるほど、彼女がそんな状態に。元は彼女の望みだったのだがな」
「彼女を知っているのね!? 教えてもらえないかしら、400年前に何があったの?
どうして彼女は今あんな事になっているの?」
「ふむ、彼女があの城の城主の婚約者だったのは知っているかね?」
ロザリアがうなずく、今ローゼンフェルド領となっているあの城は元はエルガンティア王国の物で、
彼女の時代にローゼンフェルド家が攻め落とした経緯も知っていると伝える。
するとドルクは少しの間考え込み、やがて口を開いた。
「政略結婚としてはよくある話だよ。当時は大襲来の記憶や影響もまだ残っていて世は乱れていてね。私はあの城に仕えていた魔術師だった。
あの城はエルガンディア王国の辺境伯が代々治める事になっていたんだがね、
王族との結びつきを強くするため、当時の王女が嫁入りしたというわけだ。
そこへ、当時はまだ新興国だったグランロッシュ王国が攻め込んできて、
あそこは戦場になったんだね」
辺境伯というのは国の中央からは最も離れている為によく左遷ポジションと誤解されるが、
実際は隣国との国境を守る為に、最も忠誠心に篤い者が選ばれる場合が多い。
更に王女が輿入れするという事は相当に重要視されていた事が伺える。
「当時のローゼンフェルド家はまだ振興貴族だったのでこの城を必死で落とそうとしてね、かなりの激戦だったんだ。
その際に、城主から王女の安全の為にとあの塔を封印するようにと依頼されたわけだ」
この人がエルシオーラを幽閉したのか、そしてその原因を作ったのは自分の祖先という事になる。
ロザリアは今自分が侯爵令嬢と名乗っていられるのは、自分の先祖やそれに仕える人々の献身と犠牲の上に成り立っているものだと考えると 複雑な心境になり、言葉が出なかった。
そしてそれは敵対する国の方も同様で、歴史書に名前が残らない人々の献身や犠牲は変わらない。
その戦争の結果としてエルシオーラは長い間魂を閉じ込められてきたのかと思うと、やりきれない気持ちになる。
「そんな大切な人なら、エルガンディア王国はどうして帰らせなかったの?」
「帰らせる事ができなかったんだよ。彼女はとても貴重な存在でね、先代の”聖女”だったんだ」
ドルクの言葉にクレアが息を呑む音が背後で聞こえた。思いもよらない所で自分自身にも関係する事が出てきたからだろう。
また”聖女”だ。クレアはこの乙女ゲーム世界に聖女の概念は無いと言っていた。
だがそれは既に400年前には崩れていた事になる。いったい”聖女”とは何なのか。
「今ではあまり想像がつかないだろうが、当時の魔獣は今よりも恐ろしい存在だったんだ。魔界の真魔獣よりは弱体化していたがね。
その驚異を国境の最前線で食い止める為に彼女はここに派遣された形でもある。
敵対していたのはグランロッシュ王国だけではなかったのだよ。
当然、そういう力はグランロッシュ王国側も欲しがるわけで、守る為にとの幽閉だったんだがね」
ドルクは当時の状況を淡々と語っていた。それは今の人間の国どうしの事だけではなく、
魔界との戦争である”大襲来”の影響も生々しい動乱の時代での出来事でもあった。
「ローゼンフェルド家が予想以上に精強で、この城を守りきれなかったんだが、負けるまで時間がかかり過ぎた。
食料の蓄えはある程度あったろうが、侍女は職務への忠実さゆえに王女より先に飢えで死んだわけだが、
自分の身の回りの世話も1人でできない王女が、たった一人で塔の中で生きられるわけもなかった」
それはロザリアにとっても他人事ではなかった。もしも同じ状況で自分がアデルを失ったら?
「戦後、グランロッシュ王国側もあの塔を開ける事ができずにいたんだが、私はひそかに彼女を弔おうと中に入った。
彼女は当然死んでいたが魂は残存していてね、彼女は『婚約者をここで待ちたい』と言い出してね。
当時、城主は行方不明で一説には落ち延びたとの噂もあった。
どうせなら身の回りの事をできるようになりたい、と何を思ったのかメイドになりたいと言い出してね。
魂が想いに縛られている塔の中は無理なので、塔の外で断片的な意思とか存在を現出させ、メイド達の仕事を手伝うという呪いを彼女にかけたんだよ」
ようやくここで話が現代につながった。彼女にかけられていた意味不明な呪いの正体も。きっかけはどうあれ彼女自身が望んだ事だったのか。
だがもう400年も魂を縛られ続けたのだ、もう開放してあげても良いだろう。何よりもそれは彼女自身がそれを望んでいる。
「でも、”ようやく出会えた”って言っていたし、もう満足したみたいよ?そろそろ開放してあげて欲しいの」
ロザリアの言葉に、ドルクは信じられないといった表情を見せた。それは今まで超然とした態度だった彼が始めて見せた感情の動きだった。
「彼女が、それを望んでいるというのか? まだ400年だぞ?」
原初のエルフに近い存在であるドルクにとっては、ごく短い時間なのだろう。だが彼女は人間だ。
「もう400年も、よ」
「400年というのは、人にとってそんなに長い年月なのか?」
「長いわ、とてもとても長い。それにもう彼女は思い残す事はもう無いみたいよ?」
「”思い残す事は無い”、か。彼女がそう言ったんだな?」
ドルクはロザリアの言葉に、何か考え込むようにそうつぶやいた。
その目には先程までの余裕は無かった。
ドルクの反応にロザリアは違和感を感じた。何故この人はこんなにエルシオーラにこだわるのか。
「そう、か。そうなのだな。どうやら本当に別れを告げなければならんようだ」
ドルクの口調は穏やかだったが、そこにはどこか寂しさや諦めのようなものが含まれていた。
彼が思い描いているのは今の亡霊ではなく、400年前の彼女なのだろう。
それはロザリアにはわからない感覚だった。
「わかった、彼女の望みを叶えよう。だが彼女の亡骸はあの塔にはもう無いぞ。
それを荒らされると解けてしまうからな、呪縛を解くには亡骸を天に還さないと」
「どこにあるの?」
てっきり東の塔のどこかにあると思っていたロザリアは、意外な答えに戸惑った。
「トネリコの村、そこに彼女の遺体は眠っている。ちょっと待っていてくれ、準備をしてくる」
ドルクはそう言うと2階へ上がっていった。
代わりに、ロザリア達の背後に控えていた兵士達がざわつき始める。
「恐れ多い事ですが、ロザリア様、あの村には行かないほうがよろしいかと」
「どうして?」
兵士の一人が進言するも、ロザリアは理由がわからず聞き返す。
その兵士は言いづらそうな様子ではあったが、意を決して言葉を続ける。
「もうずいぶん昔の話なんですがね、あの村はある日突然地図から消えたようなものでして」
兵士によると、その村は虐殺の村と呼ばれていた。ある日を境に村人が一人また一人と姿を消し、
確かに村を訪れたはずなのに帰らなかった人が続出した。それだけならただの失踪事件だが、
ある日全ての村人が死に絶え、どのどれもが奇妙な死に方をしていたという。
ある者は首を吊って死んでいたり、またある者は全身血まみれになって倒れていたそうだ。
「それ以来、その村は廃村になったようなものでして……」
「幽霊の次は幽霊屋敷で、今度は呪われた廃村っスか……」
語り終えた兵士の話に、クレアが心底嫌そうな顔をする。
次回、第130話「400年前からの敵」
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