第13話「撃沈……、かーらーのー、昇天っ!」②
「ひえっ!? 殿下!? いえこれは普段からのなんと言いますかあのその」
「そうですお嬢様は普段だいたいこんな感じです、変な人とは思われるかもしれませんが、親しい相手には妙に距離感が近いだけで、誤解の無きようお願い申し上げます」
あわてふためく主の様子から、この場では一切役に立たない、と見切ったアデルは、一気に状況説明をまくしたてた。
「アデルぅ!? 変な、って何よ! 私のどこが変だって言うのよ!」
「先ほどのは、どう見ても貴族令嬢らしからぬ変なふるまいでしょう」
「えー、だって良いじゃない! 私本当に頑張ったんだから! ちょっとくらいなぐさめてくれても良いでしょう!?」
「いえですからこの状況で何を言ってるんですかお嬢様、状況をお考え下さい、ああちょっと手をどけて下さい前髪が乱れていま、だから動くなと言っているんです」
その後も、気の置けない会話を延々続ける2人を、リュドヴィックはじっと見ていた。
「ロザリア嬢、申し訳なかった」
王太子は突然、わちゃわちゃと続くロザリアとアデルの会話に割り込むように、ロザリアの前にひざまずき、アデルの肩に置かれているロザリアの手をべりっと剥がし、その手を取った。
「えっと、殿下……?」
「私も、あなたとの距離感を測りかねていたのだ、先ほどクリストフにも胸ぐらをつかまれて”あれは無い、エスコートがなっていない、もっとガンガン行け”と怒られてしまってね」
「素晴らしいご助言ですクリストフ様、お嬢様のようなヘタレ相手には、押して押して押しまくっていただかないと話が進みません」
アデルがクリストフに親指を立てて賞賛する、そしてクリストフも微笑みと、肩をすくめて返す。『いや何通じ合ってんのこの2人』
「ちょっと、アデル、何を言い出すの!?」
アデルの容赦ない物言いに、慌てるロザリアだったが、王太子は気にした風も無く話を続ける。
「私も、あなたとの会話が弾まなかった事をこれでも気にしているんだよ、紳士として、失格だな、もう一度やり直させてもらえないか?」
王太子は真摯な顔でロザリアを見る、そして、王太子の眼差しがふとアデルに向いた瞬間、
「わかりました王太子様お嬢様をよろしくお願いいたしますお邪魔いたしませんのでどうぞ心行くまでごゆっくりとお二人だけの時間をお楽しみくださいそれでは失礼させていただきます、クリストフ様、ご休憩できる所までご案内いたします」
アデルはロザリアの化粧を凄いスピードで直しながら、先ほど以上に一気にまくし立て、王太子の連れ共々即座にその場から立ち去った。
「え!? アデルぅ!? 一人にしないで!?」
「心外だな、あなたの側には私がいるだろう?」
「はえっ!?」
「あなたの侍女はとても気が利くね、遠慮なく2人だけの時間を楽しもう」
王太子の目はどう見ても無関心とは程遠く、優しい目のはずなのに、ロザリアはなぜか身動きができなくなっていた。手に取られた指先を弄ばれ、軽く口づけられたりするものだから、一瞬で頬を染める。
「あ……え……あの!?」
『キスされたー! いやいやいやいや指先だけど! 指が! 指が熱い! なんで!? いやちょっと待って!?』
「うん、やはりあなたをちゃんと理解していなかったようだ、あなたがそんな可愛らしい人だったとは、さぁ、行こうか」
先程までとはまるで異なり熱っぽい目で自分を見てくる王太子は、ぱくぱくと口を開ける事しかできないロザリアを、そっと手を引いて椅子から立ち上がるのを促し、片腕はロザリアの腰に添える。
『えっだからちょっと待って! 雰囲気変わりすぎでしょ!? 全然別人になっちゃってるんですけど!? さっきの無関心は何だったのよ――!?』
「で、ででででで殿下!?」
「おや、こういうエスコートはお好みではないのかな?」
慌てふためくロザリアがあまり抵抗しないのを良い事に、王太子はそっとロザリアを抱き寄せ、そっと己の身体にロザリアの身体を密着させる。
「で、ででで、殿下! 近い! 色々と近いです!」
『ぎゃー! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! こんなん無理ムリムリムリ! 意外と胸板厚くてたくましいし! 何より耳元でイケボが! イケボの声が至近距離で! 耳が! 耳が幸せにされてしまうー!』
「殿下、というのも他人行儀だね、どうかリュドヴィック、いや、リュドと呼んでほしいな、ロザリア嬢、私もあなたをロゼと呼んでも良いだろうか?」
なおもロザリアの耳に対する王太子のイケボ攻撃が続く、
「い、いえいえいえいえいえいえ、そんないきなり畏れ多い、殿下と愛称で呼びあうだなんて!!」
『なんで!? なんで!? なんでいきなりこんな距離詰めてくるの!? ウチも人との距離近い方だとは思ってるけど! それ以上! 意味わかんないんですけどー!?』
「リュド、だ、リュド、ほら繰り返して、ロザリア」
「いえ、ですから!王太子様をいきなりですね!? 愛称というのがですね!? いくら私が変でもそれくらいはですね!?」
『そんなリピートアフターミーされても、できるかぁー! 常識で考えてほしいんですけどー! ウチが言うのもなんですけどー!?』
「では、どうかリュドヴィックと」
「りゅ……リュドヴィック……様」
なおも食い下がって来るリュドヴィックに、ロザリアがついに折れた。
「ふむ、今はそれで良しとするよ、さぁ行こうか……ロゼ」
最後の『ロゼ』と自分の名を愛称で呼ぶ所だけは、軽くロザリアの耳に口づけられ、耳元で声優のイケボそのものの声でささやくように言われたものだから、
ロザリアの意識は、飛んだ。
次回 第14話「どうしてこうなったの、誰か教えて欲しいんですけどー!?」