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第127話「400年前の悲恋とリュドヴィック」


「ああ……レドリオン様。お()いしとうございました。もう長い年月が経ってしまいました。

ですがその顔立ち、魔力。あの御方の末裔に間違いありませんわ……」

膝をつく女性は、うっとりとリュドヴィックを見上げていた。

彼女は亜麻色に紫の瞳で、着ているのは喪服のように真っ黒のドレスだった。

その肌はまるで雪のように白い。

ロザリア達は状況について行けず扉の陰から二人の様子を見守るしか無かった。

彼女が誰なのかはわからないが、どうもリュドヴィックと縁があるらしい。


「お嬢様、お嬢様」

「……え?」

ロザリアが何も言わず突っ立っていたので、隣にいたアデルが肘で小突いて注意を促した。

「え? ではありませんよ。この状況を放っておいて良いんですか? 一応婚約者でしょう?」

「一応ってゆーな、れっきとした婚約者よ。いえ私もリュドヴィック様が取られそうになったらちょっとは何か言うつもりだったんだけど、

あれどう見てもそういう雰囲気じゃないわよ?」

『しゅきピだけは絶対誰にもやらんし! つかウチ最近状況に慣れすぎてて中身ギャルだって事、自分でも忘れてない?』


「お姉さま、あれ誰なんですか……、って、ああー! あの人ですよ! 消えたメイドさんって!」

「クレアさんいつの間に!? ちょっと! 声が大きいわよ!」

「お嬢様も大きいです」

皆が上に登りきったのを確認したクレアが、いつの間にやらすぐ後ろにやってきており、

黒い女を指さして大声で叫んでしまった。

ロザリアは慌てて大声で口を塞いだが時すでに遅しである。というか自分でとどめを刺した。

まぁお約束ですね……、とアデルはそっと頭を抱える。


「誰です!」

案の定、黒衣の女がこちらに気付いた。アデルがロザリアをかばって前に出る。

クリストフも武器を構えて警戒態勢を取る。クレアは相手が幽霊だった事を思い出し、震えながら後ろに引っ込んた。

しかし、予想に反して、相手は攻撃する素振りを見せなかった。

代わりに、リュドヴィックとの話を中断して、ロザリア達の方に向き直る。

そして、ロザリアに気づくと、ゆっくり深々と頭を下げた。敵意は無いようだ。


「あー、見つかっちゃったかぁ」

「これは、ローゼンフェルド家のロザリア様、お目にかかるのは初めてですね」

女性は妙に明るい口調で話しかけてきた。その表情には焦りなどは全く無く、穏やかなものだった。

『うーん、この人幽霊よね? どうもイメージと違くない? 調子狂うんだけど』


ロザリア達は相手に敵意が無いようなので、とりあえずこちらも名乗り返そうと考えた。

とはいえ、どこの誰かは分からないので、失礼の無いように言葉を選んで話す必要がある。

なるべく丁寧な言い回しを心がけつつ自己紹介をした。


「えーと、シルキーさん、で良いのよね?その人、私の婚約者なんだけど……」

「存じております。この城に棲まわせていただきながら大変な失礼を。

 普段はメイドとしてシルキーと名乗っておりますが、本当の名はエルシオーラと申します」

エルシオーラは優雅に一礼するとロザリアに名乗った。その仕草は古風ながら洗練されており、明らかに貴族のそれだった。


「あの、その人、リュドヴィック様を呼び出した?のは貴女なの?メイドとして城内に来れるならこんな事しなくても良かったのに」

「申し訳ありません、私はこの塔以外では自由に動く事も、話す事もできなかったのです」

「え? でもこの城のいろんな所で目撃されているはずよね?」

「私の魂には、呪いがかけられているのです。メイドとして誰かの仕事を手伝い続ける事でしかその姿を現せないのです」

どんな呪いよ、とロザリアは内心突っ込んだが、呪いとはそういうものなのだろうと気にしない事にした。

それより聞きたい事が山ほどある。リュドヴィックとの関係性についても聞いておきたかった。


「呪い……? 誰が貴女にそんな事を?」

「わかりません、いつなのか、誰からなのかも、もしかしたら自分自身かも知れません。私はその呪いによりこの数百年この城を彷徨い続けているのです」

「その呪いって、解けないものなの?」

「私も、それを探し続けているのです。仕事をするという事であればこの城のどこにでも現れる事はできますので。

最初は仕事をする為に現れていたような気もするのですが、今となっては思い出せないのです」

エルシオーラの話し方からは、嘘や誇張を感じ取ることはできなかった。

本当に困っているように見える。ロザリアはどうしたものかと頭を悩ませたが、とりあえずはリュドヴィックだろう。


「ねぇ、その人、リュドヴィック様を開放してもらえないかしら?」

「もちろんです。私は、ただ落ち着いて顔を合わせたかっただけなのです」

エルシオーラが片手を上げると、リュドヴィックの身体から僅かな光が立ち上り、消えた。

「う……? ロゼ?私は?」

リュドヴィックは意識が戻ったらしいが、自分がどういう状況にあったのか分からず混乱していた。

そして、すぐ近くにいるエルシオーラに気づくと、慌てて飛びずさり、いきなり魔法を撃とうとした。

「リュドヴィック様待ってー!? 大丈夫だから! この人は多分無害だから!」

「むぐっ!」

ロザリアは慌てて飛び出してリュドヴィックを羽交い締めにした。

彼女は一応幽霊のようなので、さすがに神聖魔法以外は効かないだろうが、それでもあまりいい気分ではない。

そして、リュドヴィックの方はというと、期せずしてロザリアと思い切り密着する形になったので真っ赤になって固まってしまった。

こう見えても17才の思春期男子である。

「ろ、ロゼ、すまない、わかったから離れてもらえないか?」

「ええ? 何ですかリュドヴィック様 !私が触れるのが嫌だって言うんですか? 普段あんなに密着してくるくせに!」

ロザリアの方は何か勘違いしているが、リュドヴィックはこう見えても見えなくても、実はあんまり女性慣れしていない。

そんな彼が自分の背中に、ロザリアの歳の割には豊かな胸を思い切り押し付けられているのだ。

しかも普段のコルセット込みのドレスではなく、羽織っているものがあるとはいえ割と薄めの服装だ、固まって当然である。

『ぬぐおっ!? いやちょっと待って!? そんなつもりじゃ無かったんですけどー!?』


どうにか身体を話した2人は、ちょっと離れて物凄く微妙な雰囲気になる。

リュドヴィックの方が若干前かがみなのは多感な年頃の男子の事情である。察してあげて欲しい。

『ちょっと世界の声!? そういう解説は要らないんだけど!?』


「いや、何やってんスかお姉さま……。いつもの事とはいえ、ちょっとは場所を選んで下さいよ」

幽霊の前でも変わらずいつもの生暖かい雰囲気になってしまい、怖さの薄れたクレアがいつものように口を挟んできた。

とはいえ、クレアもまだ少し警戒はしているようだ。そんな面々を、エルシオーラは興味深そうに見つめる。


「えーと、それにしても、どうしてまた突然リュドヴィック様を呼び出したりしたの?」

「それについても申し訳ありません、一目、きちんとこの場でお逢いしたかっただけなのです。その後は戻っていただき、もう二度と会わないつもりでした」

生暖かい雰囲気をごまかすように、ロザリアはエルシオーラと会話する事にした。

リュドヴィックはまだ色々と本調子では無いようで、少し離れた所で休んでいる。

「ねぇエルシオーラさんって、いったい何者なの?」

「私は4百年前、この地にあったエルガンディア王国の王女でした」

ロザリアはその国名には聞き覚えがあった。かつては優秀な魔法使いを何人も輩出し、グランロッシュ王国が今のように大きくなるまではこの地で最も栄えていた国のはずだ。


「エルガンディア王国って、かなり北の方だけど今もあるわよね? ローゼンフェルド領って、もとはそうだったのね」

「ああ、この世界がどうなったかは知らなかったのですが、故国は今もあるのですね。私はこの城の城主の、レドリオン様という方の婚約者だったのです」

「レドリオン、ってさっきリュドヴィック様に呼びかけていた?」

「はい、そのお方に、顔立ちはやや違いますがよく似た、優しく勇敢な方でした。ですが、この城を巡る戦いで命を落としたはずです」

「はず、というのは?」

「私は当時幽閉されていたのです。この塔も扉に鍵がかけられており、私はそのまま、この塔で死んだはずです」

「幽閉、って。婚約者でしょう?」

「もう記憶も定かではありませんので、覚えているその状況が幽閉状態だった、というだけです。実際はまた違うかもしれません。もしかしたら、レドリオン様に殺されたも知れない、という事も覚悟はしております」

ロザリアはエルシオーラの寂しく悲しげな顔を見ていると、放っておくという選択肢は無かった。なんとなく自分と異性の好みが似ているせいか親近感も感じていた。


「えーと、アデルさん?」

「……今度は人助けどころか、幽霊相手に幽霊助けですか。すぐ神官呼んで浄化しよう、とならないのがお嬢様らしいですね」

「だって、かわいそうじゃないの」

「人助け趣味もここまでくると何も言えません。どうせこの城の事なので、お好きになさると良いでしょう」

ロザリアがアデルに申し訳無さそうに相談すると、心底呆れた顔はされたが、反対はされなかった。



一夜明け、城内は騒然となっていた。それはそうだろう、王太子殿下が滞在中という事だったのだから。

料理長は昨日の料理に問題は無かったか、警備担当はもっと人を増やさないと、とてんてこ舞いだ。

そこを、城主である侯爵のマティアスが「ここには王太子殿下はいない、いいね?」の一言で黙らせ、城内は表面上は静けさを取り戻した。


「ふぅ、ようやく落ち着いたね」

「私の方は落ち着きません!これでは王都の時と変わらないではありませんか!」

当のリュドヴィックはというと、ロザリアを膝の上に乗せて上機嫌で落ち着いていた。

ロザリアの方は、せっかくのドレスが着崩れてしまうのでなかなか抵抗できず、結局諦めたようだ。

今日も庭園には心地の良い風が吹き、東屋(ガゼボ)でお茶をしている2人を通り抜けていく。

「まぁ良いじゃないか、今日一日ロザリア成分を補給させてもらったら、明日からシルキー嬢の事を調べよう」

「あ、そうですね。え?今日一日?明日?」


「わーアデルさんこの庭園綺麗ですねー、よく整備されてますねー」「そうですねー」

尚、クレアとアデルはさっさと心を無にして現実逃避し、

下手に好奇心を出して逃げ遅れた侍女やメイド達は、いつまでも続くロザリアとリュドヴィックの生暖かい雰囲気で胸焼けを起こしたのは言うまでもない。


翌日、早速ロザリアは”リュド”を伴ってエルシオーラの事を調べようと行動を開始した。

特に調べなくても祟りとかは無さそうではあるが、放っておけなかったのだ。とりあえずこの城について詳しそうな母に事情を聞いてみる事にする。

「あら、どうしたのロザリア。今日はどこへも行かないの?」

「ええ、ちょっと調べたい事があるんです。お母様、この城に出るシルキー、という幽霊の話、お母様は聞いた事がありますか?」

「ええもちろん、私も何度か会ったことはあるわよ? でもねぇ、あの子、お仕事にしか興味無いのか、お仕事終わらせたら、スッと消えちゃうのよ」

「その人が、数百年前にこの城に嫁いでこられた王女だ、っていう事はご存知ですか?」

ロザリアは母に昨夜その幽霊から直接聞いた事情を詳しく説明した。

母は話を聞き終えると、しばらく考え込んだ。


「なるほど、そういう事だったの。このお城はもとは北方の王国のものだったものねぇ、

400年前の戦争でグランロッシュ王国側の領土になった、というのは私も聞いた事あるわねぇ」

「その方は少なくとも、400年間ずっと魂を縛られたままのようなんです。何か心当たりありませんか?」

「そう言われても、ねぇ、このお城は何だかんだ最近は大きな会議室とか執務室だらけになって、そんな怪しげな所は無いわよ?」

「このお城でなくても、何でも良いんです。少なくとも400年前からあるような場所、とか」

「400年前、と言うと、やっぱりあそこ、かしらねぇ」


次回、第128話「400年前の男」

読んでいただいてありがとうございました。

また、ブクマや評価をしていただきありがとうございます。


基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

いいね・感想や、ブクマ・評価などの

リアクションを取っていただけますと励みになります。

作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。

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