第125話「リュドヴィック様キター!ってあれ?おーい?」
次の日、リュドヴィックは『リュド』の格好で、朝と言うには少々遅い頃にローゼンフェルド侯爵の本邸に姿を見せた。
前日夜遅くまで仕事していたのを、王宮魔術師に治癒魔法をかけさせて体調を整えてまで転移門で来たのだ。
先触れはクリストフが送ってあったので、侯爵自らが出迎えに来ていた。
「やぁ侯爵、久しぶりだね」
「おおこれはリュド様、お待ちしておりました。(殿下、わざわざ変装されなくても良かったのですよ?)」
伯爵は『正直言うと変装できてないな……』という内心を顔に出さず、朗らかに微笑んで挨拶する。
リュドヴィックはいつもの、貴族然とした服装ではなく、簡素な姿だった。
髪色を黒に、目は灰色に肌の色を浅黒くと変えてはいるが、立ち振舞いがそのままなので育ちの良さが隠せていないのだ。
「しばらくの間世話になるよ。(また片づけだので気を遣わせたくないんだ、この城で、ともなると大騒ぎになるだろう?)ロザリア嬢は?」
「ああ、申し訳ありません、娘は今城下町に行っておりますな。侍女やメイドにと、目合わせた子達と仲良くなってしまいまして」
「クリストフ……」
「一歩遅かったですね、これからは普段から多めに仕事をして下さい」
がっくりと肩を落とすリュドヴィックに、ここに来れる段取りまではしたがその先は知らん、とばかりにクリストフは肩をすくめて突き放した。
リュドヴィックはロザリアの都合を考えてて少々遅めの時間に来たつもりが、
実はロザリア達も昨晩遅くまで夜更かししていた為に寝坊してしまい、ちょうど食事を終えて入れ違いに慌ただしく出た、との事だった。
「人をやって探させましょうか?」
「いやそれには及ばない、ロザリアだって休暇で来たんだろう?わざわざ邪魔する事もないよ。
部屋を用意してもらえないか?たまにはのんびりと時間を過ごすのもいいさ」
「おおそれでは、ちょうど準備済みの部屋が1つ空いておりますのでそちらに」
中身が王太子とあっては人に任せられぬ、と侯爵は自分でリュドヴィックを部屋に案内した。
そこは本来クレアが泊るはずの部屋だった。
侯爵はシルキーの報告は受けていたが、いつもの事なので、まさかまた同じ部屋に出る事もなかろうとリュドヴィックをその部屋に案内したのだった。
「こちらになります、寝室には当家自慢の本棚が設えてありますので、読書されるのもよろしいかと」
「わかった、一休みするから、後でお茶と朝食を用意してもらえないか?」
「かしこまりました、申し付けておきますので、ごゆるりとお過ごしください」
リュドヴィックは侯爵に礼を言い、クリストフは部屋の扉を開けて中に促した。
クリストフが荷物を置いて滞在の準備を始めようとするのを横目に、リュドヴィックは隣の部屋へ向かう。
「寝室は隣か? ちょっと一眠りしてくる。眠れなかったら本でも読んでるから休んでてくれ。食事が来たら呼んでくれ」
「かしこまりました、どうぞごゆっくり」
リュドヴィックは体調が良いとはいえ、魔法で睡眠欲までは取れていないので仮眠を取ろうと寝室に入った。
「ほう、侯爵が言うだけあって、かなり大きな本棚だな。む、誰だ?」
壁一面の本棚に感心していたリュドヴィックは、本棚を見回すうちに他の壁の本棚の前に女性が立っているのに気づく。
女性はお仕着せ服で本棚の整理をしていた。侯爵が準備が出来ている、と言ってたはずなのに妙だなと思っていると、
女性の方もリュドヴィックに気が付き、手を止めるとこちらを向いて丁寧な礼をした。
それは貴族令嬢を見慣れているリュドヴィックであっても、淑女の礼ではないのに品格を感じさせるものだった。
礼をする衣擦れのしゅるり、という音まで上品だなとまで思ってしまう。
「これは失礼をいたしました、本の順番がおかしくなっておりましたので……、あなたは!」
「? やけに古めかしいお仕着せ服だな、どこかで会ったか?」
「レドリオン様……」
頭を上げた女性は、リュドヴィックの顔を見ると驚きの表情になった。
だが、リュドヴィックの方は全く見覚えが無かった。
食事の準備が出来たとの連絡を受けたクリストフは、リュドヴィックを起こそうと寝室に向かった。
リュドヴィックはベッドの上で仰向けになって眠っていた。
靴も脱いでいないのは珍しいな、と少し驚く。
「リュドヴィック様、リュドヴィック様、お休みの所を失礼します、起きて下さい」
「む、何だクリストフか?ああ、食事だな、起きる」
「どうかされましたか?ずいぶん良くお休みでしたが」
「いや?特に何もない。それより食事だな」
「で、ローズさん、こちらが今この街で大人気のお店です」
「おお~、かわヨ~♥ 良きー!」
ロザリアは侍女たちと共に、”ローズ”の格好で城下町を散策していた。
城のお仕着せ服のその姿は、誰がどう見ても公爵令嬢に見えないだろう。
だがそれは同行している侍女たちにとってもだった。顔はよく見れば確かに同じだが、言動があまりにも昨晩と違いすぎた。
「あの、あの人本当にロザリア様なんですよね?」
「どうも昨晩の印象と違いすぎて……」
リアーナや侍女たちは、目の前でロザリアが変装していくのを見たはずなのに信じきれないでいる。
「ローズさんって今王都で色々な事流行させてるんですよね?その話し方とか」
「あーね、でもウチ別に意識してアピってた系じゃなくてー、気づいたらバズってたというかー」
「えー、でもその話し方、この街でもちらほら聞きますよ?主に若い女性の間で」
侍女たちと話す中にもも聞き慣れないであろうギャル語が交じるがフィーリングで通じているらしく、
いちいちそれはどういう意味の言葉なのか、という質問もなく普通に会話が進む。
「だからどうしてギャル語がここでも普通に通じてるんだろう……」
「”ローズさん”に関しては、突っ込んだ方が負けだと思います」
首をひねるクレアにアデルはもはや諦観の体で答える。
その言葉にクレアも納得するしかないのだった。
お昼ごろになって食事をしようと、一行はカフェテリアのような店でランチを取る事にした。
メニューを見るとこの店の売りは料理よりもデザートらしい。
ティーパーティーに近い形のもあるという事で、そちらを注文する事にした。
貴族のアフタヌーンティー形式が一般に広まったもので、食事とティータイムを一度に楽しめるので流行っていた。
コース料理程でもないが、デザートと合わせてそれなりの品数が出てきた。
当然、会話をしていくうちに、ロザリアと王太子のリュドヴィックの話になっていく。
ロザリアも”ローズ”の姿なら他人事のように話せるので、それなりには答えていた。
「で、で、王太子様とは、どのような所に行かれたりするんですか?」
「ん~、表立っては一度も無いなぁ? ウチもあっちも、本当は大っぴらに表に出てはいけない立場だしー?」
「ええー、そうなんですか? やっぱり大変なんですねー」
ロザリアは、”ローズ”の格好でなら、という事は黙っていた。あの日の事は、ロザリアにとっても大切な思い出だったので。
デザートも込みの食事を終えると、日は少々傾いてきていた。
「さて、そろそろ戻りましょう、晩餐の支度もあるのよ」
「あー、そうだったー。料理長の人厳しいんだよねー」
「何言ってるの、ローゼンフェルド家なんて緩い方よ?」
「ぼやかないの、配膳係なんてもっと大変よ?」
歓声を上げながら城に戻るお仕着せ服の少女達を街の人達は微笑ましげに見送っている。
その中の一人がまさにその城の姫ともいえるロザリアとは気づかなかっただろう。
「裏口から入りましょう、先にお仕着せ服を着替えないとややこしくなりますので」
リアーナの案内で裏口に回ろうとした矢先、ロザリア達はリュド姿のリュドヴィックと出会ってしまった。
「おや、ローズ」
「りゅ、リュド……様?どうしてここに?」
リュドヴィックが来ているのを知らなかったロザリアは、不意打ちを食らって歯切れが悪くなる。
他の面々もその突然の遭遇に驚いていた。クレアとアデル以外は。
「(相変わらず変装下手すぎでしょ王太子様……)」
「(クリストフ様も少しは考えるべきですよね……?)」
「ああ、私も休暇をと思ってね、侯爵に頼んで招いてもらったんだ。しばらく世話になるよ」
「そ、そうなんですか、ごゆっくりお寛ぎ下さい」
「ああ、ありがとう。おや、ローズの仕事仲間かな?ローズをよろしくね」
リュドヴィックはロザリアの後ろに控えていた侍女たちに挨拶をすると、愛想の良い笑顔を浮かべて去っていった。
「えっ」
てっきり侍女たちに見せつけるべく何かしてくるかと思っていたロザリアは、放置されてしまい拍子抜けしてしまう。
「(お姉様、王太子様、何かおかしくないですか?)」
「(クレアさんもそう思う?おかしい、わよね?)」
「えー!ロザリアさん、あの人誰なんですかー?」
「婚約者様がいらっしゃるのに、ちょっとまずくないですかー?」
見る人が見ればリュドヴィックなのはすぐわかるのだが、王太子の顔など当然知らない侍女たちは物凄く食いついてくる。
下世話な好奇心と無関係では無かろう。
「いや違くて、あの人は何って言うか」
「皆様、この事は他言無用に願います。良いですね?」
「は、はい……」
根掘り葉掘り聞いてきそうな侍女たちをアデルが一喝して黙らせる。
その迫力に気圧されて侍女たちも渋々と引き下がった。
晩餐でもリュドの格好をしたリュドヴィックの態度は変わらなかった。
この格好の方が気楽で良いと、王太子という事は伏せたままなので座席も下手の方なのだが、
ロザリアに話しかける事もなく、むしろフレデリックが妙に懐いてしまった。
「ねぇねぇ!リュドって南方の国の出身なんだよね?どんな所なの?」
「そうだね、南方はここより基本的には暑いかな、あと雨季と乾季といって、季節がくっきりと分かれているんだ」
王太子の外交上の知識からなのか、フレデリックの質問にも、それなりに卒なく答えていた。
まぁとはいえ、地は隠せないもので、控えている侍女達も徐々に
「(あれ、王太子様じゃね?)」「(ええ!?なんで身分隠してんの?)」「(ロザリア様の浮気相手じゃなかったんだー)」
と、魔石による秘匿通信で、またたくまにリュド=リュドヴィックというのは広まってしまった。というか名前からしてそのまんまである。
「ああ、アデル、アレクサンドラが呼んでいる、すぐに行きなさい。今なら問題無いだろう」
「はい、かしこまりました」
侍女に混じって控えていたアデルに、家令のリチャードが小声で声をかける。
答えたアデルはは、音もなくその場から姿を消した。
「ねぇ、お姉さま、やっぱり王太子様の態度、おかしいですよね?」
「ねー?いつもなら私の真向かいとか横に座りたがったりするのに、今日は大人しすぎるくらいだったわ」
「あー、あれやっぱり王太子様だったんですかー」
「これ!余計な口を挟むものではありません!」
晩餐室から部屋へ戻るロザリア達だったが、皆の話題はやはりリュドヴィックの事だ。
侍女達はロザリアに問いかけてはリアーナに窘められる。
城内の、一般の使用人では入り込めない一室にアデルは音もなく姿を表した。
アデルが姿を現すと、部屋に居たアレクサンドラが迎えた。
彼女は侍女長であると同時にアデルと同じく”里”から派遣された者で、侯爵家を守る暗部の現場指揮官でもある。
「アレクサンドラ様、お呼びとの事で参りました」
「アデルね、早速だけど、この城で出どころ不明の魔力が検知されたわ。弱いものではありますが注意しなさい」
「魔法、ですか。どういった類のものなのですか?」
「はっきりとはわからないけれど、精神系ね、おそらく洗脳か魅了系の。かなり弱いものだけれど、誰かの行動を誘導するくらいは可能だという分析よ」
「穏やかではないですね、わかりました。お嬢様の周辺の警戒を厳にします」
「”下級”への指示も権限に与えておきます。あなたは何よりもお嬢様の安全を」
「かしこまりました」
アデルは入ってきたと同じく、音もなく部屋から姿を消した。
「あらアデル、ご苦労さま。何だったの?」
「特にたいした事ではありません、明日以降の予定を少々指示されただけです」
ロザリアの部屋に戻ってきたアデルは、いつものように主の就寝の準備を始めた。
「え? もしかして今日外出したの、何か言われた?」
「いえ、むしろローズの姿の方が問題が無いとの事でした」
「そう、じゃあ今日はもう良いわよ、アデルも休みましょう?」
「ありがとうございます。それではお着替えを」
ようやく今日も騒がしい1日が終わるなとアデルが安堵のため息をつくと、部屋の扉がノックされる。
アデルは嫌な予感がしつつも、無視するわけには行かず応対をしようとするといきなり扉が開いた。
「ロザリア様!夜分遅く失礼致します!」
「どうしたのですか、本当に失礼ですよ。お嬢様はもうお休みです」
そこに立っていたのは先程の侍女たちの1人だった。
「良いのよアデル、どうしたの?」
「はい、あの、王太子様が、どうも浮気をしてるんではないか、と……」
「……ええ?」
次回、第126話「うわ……うわき?うわきってなんだっけ?」「お嬢様、お気を確かに」
読んでいただいてありがとうございました。
また、多数のブクマをありがとうございます。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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