第124話「王太子の悩みと悪役令嬢の女子会」
「最近、ロザリアとろくに話せていないのだが」
「このところ、騒動続きでしたからね」
リュドヴィックは執務室で書類の山を前に側仕えのクリストフにぼやいていた。
相手をするクリストフの方は『知らんがな』という内心を隠しもせずに、相づちを打ちながら書類仕事をするという器用な真似をしている。
「夏季休暇の間はこの王宮でロザリアと暮らせるという話も無くなってしまったのだが」
「そういう話もありましたね」
あれは、元はと言えば深く考えずにロザリアに内偵をさせた国王と、それにホイホイと乗ってしまった王太子にも責任がある。
結果ロザリア嬢が貴族令嬢達からクレア嬢を守る為に悪役になってしまい、メイド姿で内偵するという事になってしまったのだから。
「おかしいじゃないか、ロザリアは私の婚約者だぞ、どうしてもっと接する機会が増えないんだ」
「ついこないだまで年単位で放置してたくせに。何でしょうかね、この独占欲は」
「……今ロザリアはどうしているんだ?」
「化粧品騒動が一段落したという事で、クレア嬢を誘って短いながらローゼンフェルド領に里帰りしているようですね」
「どうして私を誘わないんだ……」
「あんた王太子だから本来クソ忙しいんですよ?早くこの書類を決済してください」
クリストフは延々愚痴るリュドヴィックに軽くイラっと来た上に、
若いとはいえこの所色々と配慮を欠いている事もあり、軽く説教をする事にした。
「そもそも殿下はロザリア様に対して婚約者として正しい行動を取っているとは言い難いと思うのですが?」
「私が?いったいどこが悪いと言うんだ」
まだこの段階か、いつまでロザリア様に甘えてるのかとクリストフはため息をついた。
リュドヴィックは自分が下手を打っているという自覚は無いらしく、キョトンとしている。
「リュドヴィック様、この際だから言わせてもらいますが、ロザリア嬢に婚約破棄の話が持ち上がった時、『バカバカしい』と相手にしなかったですよね?」
「いやあれは」
「女性はそういう時、形だけでも寄り添って欲しいものなんですよ。ましてあの時ローゼンフェルド家は謀反の疑いをかけられ、家を包囲までされていました。
それを突き放すって、あー知ーらね。伝え聞く所によると、ロザリア嬢も不満に思ってたみたいですよ?」
「ちょっと待て、だとしたらもしかして、まずくないかそれ、あれから結構時間が経ってるが……」
「はい、大いにまずいです。不満に思うほうが普通です」
実際は、ロザリアは国王から『ロザリアが悪役令嬢みたいな事をするわけ無いだろう、バカバカしい』とリュドヴィックが言っていたというのを聞かされ、
頬を染めてまんざらでもない様子だったとの事ではあるが、あくまでそれはそれであって、婚約者に形だけでも何もフォローしないのはまずい。
「ロザリア様はもうすぐ誕生日ですが、何か用意されておられますか?」
「何!? 何故それを早く言わん!」
だから婚約者に対する配慮が足らんというのだ、とクリストフは内心呆れたが、口には出さなかった。
ロザリア様がああ見えて包容力のある方でどれだけ助かってるのかと。
「そもそも王家からの命令でロザリア嬢とクレア嬢に王宮内の内偵を頼んだ件だって、まだ何のお礼もしていませんよね?」
「……今思えばそれを始める時か、終わった時に何か動くべきだったな」
まぁ終わった時というのはこの城にローゼンフェルド家が殴り込んで来たり、ドラゴンが来襲していた後なので城内はひっくり返っており、
対応に追われたという同情すべき点はあるのでそこは突っ込まなかった。
「だいたいロザリア様の友人のクレア嬢だって、残り少ない夏季休暇を潰してでも国中を回って獄炎病の治療に当ってくれたんですよ?
本来なら王家から褒美を取らせても良いくらいなのに何やってるんですか」
「そっちは、まぁ色々と考えてはある。が、確かに色々と配慮が足りなかったかもしれない……、なぁ、やはりロザリアに会えないか?」
「はい現状に気づいたならこの書類の山をあと4つ処理して下さい。そうすれば明日にはローゼンフェルド領に行けるよう手配しますので」
リュドヴィックは山と積まれた書類に渋面を浮かべたが、文句は言えなかった。結局、その日は夜遅くまで執務室に明かりが灯っていた。
さて、夜といえば、ロザリアの方はそろそろ就寝時間ではあるが、周囲には何人もの女性たちがいた。
「……で、いったいあのシルキーというメイド?さんは何者なんですか?」
「俗に言う、幽霊ではないか、と言われています」
パジャマ姿のクレアの質問に、侍女のリアーナが答えていた。こちらもパジャマ姿だった。
クレアはあの後シルキーというメイドが忽然と部屋から姿を消したのに驚いてしまい、
その部屋を使うのを嫌がってしまった。寝室に出たというのが不気味過ぎたからだ。
リアーナ達も実はよくある事なので、代わりの部屋をすぐ整える事にはなったが、
さすがにすぐに用意はできず、
クレアの「自分はどこでも良い、むしろメイドさん達の部屋でも」
リアーナ達の「いやお客様に対してさすがにそういうわけには」
という押し問答を聞きつけたロザリアが、「だったら今夜は私の部屋で休めば良いわ」と提案し、今に至る。
ロザリアの部屋のベッドはかなり大きく、何だったら侍女達とも交流を深めたい、と皆を招待して夜の女子会となったのだ。
「と言っても、何か悪さをするわけでもないんですよー?むしろ私達の仕事を助けてくれる感じで」
「出しっぱなしだったお皿がいつの間にかきちんとしまわれていたり、消すのを忘れていたロウソクがきちんと消されていたり、そんな感じなんです」
「目撃した者も何人もおりますが、皆変わったお仕着せ服だな、と思っただけで、誰も違和感を感じませんでした」
「ねー? むしろ良い人だと思うよー? 良い幽霊?」
リアーナ以外の侍女達も、思い思いの格好でロザリアの部屋を訪れてくつろいでいた。
この辺の緩さは、ローゼンフェルド家が部門の家柄という事で、部下や使用人といった者達との身分差をあまり気にしないからだろう。
「臨時や短期で雇われてくる者もいますから、そういう人達は服を持ち込む事も多々ありまして、そういう人の1人なのだろう、と」
「クレア様、話を色々聞いてみますと、目撃例は数百年前からあったそうです。
知らないか、気付いていない人の方が多いのですが、悪さをする訳でも無いのだから、心の中でお礼を言って気づかぬふりをしておこう、となっているようです」
リアーナが補足するのに加えて、アデルがいつの間に情報を集めたのか、城内で聞き集めた事を話していた。
『アデルって、意外と幽霊とかが嫌いじゃない系?なんだか楽しそうなんですけどー』
「でも、どうしてこの城を彷徨っているのかしら。数百年前というと、この城の周辺で戦争があった頃よね?その頃に亡くなった人なのかしら」
ロザリアはせっかくアデルが情報を集めてくれたのだから、ついでに色々と聞いてみる事にした。
「大襲来の後はしばらくの間戦乱の時代が続いたそうですし、必ずしもそうとは限らないと思います。お仕着せ服の様式から言っても、400年程前の人物のようですし」
『幽霊の服装から年代まで調べちゃってるよこの子……、マジ興味あるみたいで草』
「うーん、話を聞くと、怖がって部屋を使わなかったのは悪い気がしてきました。穏やかそうな人でしたし」
「まぁ良いじゃないのクレアさん、休暇の夜にこうやって女子で集まって語り合うのも良いものよ?」
「ああ、学園でもそういう事、やってそうですもんね」
軽く落ち込むクレアを慰めるロザリアの会話に、魔法学園の話題が出た事で他の侍女達が思い切り食いついた。
「あの!ロザリア様!魔法学園って、どんな所なのですか?」
「凄く巨大で、街みたいなんですよね?」
「リュドヴィック王太子様が、今は生徒会長なんですよね?」
「皆空を飛んで通学してるとか?」
「や、やけに食いつくわね。そんなに興味あるの?」
「だって、小説では定番ですよ!」
魔法学園はその閉鎖性と、一般人が持たない魔法という神秘性からもこの世界での創作物の舞台として人気だ。
書店では「魔法学園もの」というコーナーまでできており、若い女性向けの舞台劇でも人気の演目となっているとの事だった。
「あーそうなんだ。もしかしてそういう小説って、恋愛ものとかが多かったりするの?」
「大半は恋愛ですけど、中には冒険ものがあったりしますよ?さすがに王立魔法学園の名前を使うのは不敬と言われかねないので、架空の国のとかですけど」
「クレア様とか、まるで主人公ですよね!絵に描いたような!平民なのに魔力があって!気が付いたら侯爵令嬢や王太子様と交流を持ったり!」
「そ、そうね……」
まるでどころか、クレアはこの乙女ゲーム世界ではまさにヒロインそのものであるはずなので、その言葉にクレアは苦笑するしかなく、
ロザリアも答えに詰まるしか無かった。
「魔法学園ものの小説だと後は、男女の恋愛のみならず、同性どうしの禁断の恋愛ものとか」
「なにそれすごい」
ロザリアは前世でもそういうジャンルに接する事が無く、思わず変な声が出てしまった。
クレアの方はこの乙女ゲーム自体が、恋愛に関しては何でもありなゲームだったので慣れてたりする。
「でも魔法学園は男女共学よ?どうしてわざわざ同性で」
「だって、共学っていう事は、男子校と女子校の良い所どりじゃないですか!両方の出来事が起こるんですよ!」
「なにそれこわい」
ロザリアは少々深めの闇を垣間見てしまい、『無敵かよ!何その理屈!?』と、心の中で突っ込む事しかできなかった。
「あのロザリア様!魔法学園には!その樹の下で告白すると、永遠に結ばれる魔法の大樹がある、って本当ですか!?」
「え、なにそれ?見た事ある?クレアさん」
「無いですね、そんな樹は。噂も聞いた事無いなぁ」
勇気を出して質問する1人の侍女に対し、2人は首を傾げながら答える。
その侍女はこの世の終わりかというくらい、がっくりと肩を落とした。
「……知りたくなかった、聞くんじゃ無かった……」
「だから現実と小説の世界は違うんだって」
「だって……、いろんな本に出てくるんだもの、その樹……」
「見てて痛々しいからその辺でね?」
「ま、まぁでも、リュドヴィック様とロザリア様は婚約者というのをさておいても、物凄い熱愛関係にある、ともっぱらの噂ですよ?」
「ちょっと待って!?どうしてそんな事を知ってるの!?」
場の雰囲気を変えようとリアーナが話題を変えるが、今度はロザリアが顔色を変える番だった。
王太子が王都の婚約者の家に延々入り浸っていてはそうもなるのは当然だった。
ローゼンフェルド家のタウンハウスからこの城経由でこのローゼンフェルド領にもその噂は広まっていて、
これで次期王太子妃の座も安泰だろう、と領民達は安堵していると聞かされ、ロザリアは恥ずかしくて死にたくなった。
リュドヴィックがロザリアの家に入り浸るようになったのは魔法学園入学前の3月頃の事なので、半年足らずで広まってしまった事になる。
「う、嘘でしょう?まさかもう領地にまでそんな話が広がってるなんて」
「お姉さまと王太子様って、2人でいる時にうっかり立ち会うと、胸焼けするくらい甘い空気出してますもんねー」
「うう……、クレアさんもそういう事を言わないでよー」
ロザリアはクレアに半ば抱きつくようにじゃれつき、顔を真っ赤にして羞恥に震えていた。
クレアもまた、そんなロザリアの頭をよしよしと撫でている。
その親密な様子に、侍女達は当惑の眼差しを向けていた。
「あ、あのー、ロザリア様とクレア様って、そう言う関係なんですか?上級生と下級生とがその学校での姉妹の契りを結んで、深い信頼関係を築く、的な?」
「いや何なんですかその謎の制度は……。私は単に尊敬を込めてお姉さまと呼んでるだけで」
「私たちは同級生よ!」
また小説から得た知識らしい謎の制度を持ち出す侍女に、2人がツッコむ。
「常々思っているのですが、お嬢様は他の人との距離感をもう少し見直したほうが良いと思います」
その2人にアデルがいつものようにツッコみ、女子達の会話はいつ果てるともなく続いていくのだった。
次回、第125話「リュドヴィック様キター!ってあれ?おーい?」
読んでいただいてありがとうございました。
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基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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