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第123話「悪役令嬢のお城の見知らぬメイド」

「姉上ー!」

「リック! 久しぶりねぇ!」

「姉上! 僕はもう子供ではありません! もう10才になるのです!」

ローゼンフェルド家本邸の正門に到着し、馬車から降りたロザリアの所へ駆け寄ってきたのは、赤っぽい金髪も眩しい少年だった。

ロザリアはその少年をひょいっと抱きあげ、ぐるぐると振り回しながら頬ずりするが、少年の方は恥ずかしいのか嫌がる。


ロザリアの身長が高めなので相対的に幼く見えるが、10才と聞かされてみると、むしろ同年代より背は高めでやや大人びては見える。

が、そんな事はロザリアにはお構いなしだった。

「んんー、そういう背伸びするようになった所も可愛いわー!」

「だーかーらー! あーねーうーえー!」

弟をもみくちゃにするロザリアの姿を、周囲も微笑まし気に見守っていた。


「おいおいロザリア、その辺にしてあげなさい」

「そうですよ、人目もあるのですから淑女(レディ)がそういう事をするものではありません。するのなら別の所で思い切りね」

「父上も母上もお久しぶりです! あの、母上、病気は良くなったと聞いたのですが、本当なのですか?」

「ええそうよ、あなたさえ良ければこれからはずっと一緒にいられるわ」

「ほ、本当ですか!? 良かった……」

「心配かけてごめんなさいね、さっきお父様と話してたのだけれど、あなたも王都で暮らしたらどうかしら?いずれ魔法学園に通うのだもの」

「ええー?突然言われても、どうしようかなー」

ようやく開放されたフレデリックは腕を組みながら悩むが、

今まで家族や周囲を悩ませていた問題からしたら微笑ましいものなのだろう、見守る皆の目線が優しい。


「あらあら、悩むような事があるの?」

「うーん、そういうわけじゃなくて?」

「ハハハ、急に言われても返事はできないだろう、フレデリックが困っているじゃないか。さぁ中に入ろう」

侯爵はフレデリックに助け舟を出しつつ、屋敷の中へと案内した。

フレデリックはそこでようやくクレアに気がついた。


「あの、姉上、こちらの方は?」

「ああ、彼女はロザリアのご学友だよ、私達も非常にお世話になった人でね、避暑にと招待したんだ」

「私の病気を治していただいたのも、この人なのですよ」

「そうなのですか! ありがとうございます! 弟のフレデリックです!」

「はじめまして、ロザリア様と同級生の、クレア・スプリングウインドと申します。どうぞよろしく」

クレアは淑女の礼(カーテシー)も麗しく、スカートの端を持って丁寧に挨拶をした。


それはさんざんアデルに仕込まれただけあって、侯爵家の面々から見ても堂に入ったものだった。なお、クレアは黙ってさえいれば儚げな美少女である。

さらに、ロザリアの母親やら侍女やらメイドやらが寄ってたかって飾り立てられている。

優雅な所作も相まってどこからどう見ても貴族令嬢にしか見えないだろう。

「こ、ここここちらこそそそ!さぁ、どどどどどどうぞ」

貴族の令息として育てられたとは言え、フレデリックは姉以外の女性に慣れていないようだ。

右手と右足を同時に出しながら、ぎくしゃくとした動きでクレアを(うなが)す。

「(お姉さま、この子ヤバいくらい可愛いっすね)」

「(でしょ?)」


城内に入ると、内部の装飾は豪華でありながら華美すぎない落ち着いた雰囲気だった。

調度品なども派手ではないが質の良さを感じさせるもので揃えられている。

クレアはこのような場所に来るのは初めてだが、それでもこの場所の価値は肌で感じていた。

「うわぁ……、王城にも負けてないですよこの内装」

「ハハハ、お褒めいただきありがとう。一応当家には華美すぎるものは避けるべしという家風はあるのだがね。

あまりにも古色蒼然としていたので以前フロレンシアが整えたんだよ」

「模様替え前は少々怖いっていう人も多かったものねぇ、久しぶりだわぁ」

久しぶりに帰ってきただけに、懐かしそうに城内を見ていた侯爵夫妻に壮年の男性が声をかけてきた。

男性は明らかに仕立ての違う上質な執事服を着ており、かなりの地位にいる事が伺える。


「おかえりなさいませ、旦那様、奥様、それにお嬢様。奥様のご病気が快癒されたとの事、領民及び使用人一同、心からお喜び申し上げます。

そしてようこそクレア様、家令(ランド・スチュワード)のリチャードと申します」

「初めまして、クレアと申します。お招きいただきありがとうございます。どうぞよろしく」

「これはご丁寧に痛み入ります。それでは皆様、まずはそれぞれのお部屋の方に行かれてごゆっくりされてはどうでしょうか?」


「クレア様はこちらのお部屋をお使い下さい。

 侍女を1人お付けいたしますので、何かありましたらお申し付け下さい」

ロザリア一行はそれぞれの部屋に行き、荷物を置いて一休みすることになった。

クレアに対してはわざわざこの城のメイド長が部屋に案内してくれ、特に荷物など無かったので案内の後はすぐ退室してしまった。

「はい。よろしくお伝え下さい。……とはいえ、ここも広いなぁ……、豪華だし」


クレアの部屋は客室用なのだろうが、それでも十分過ぎる程に豪華な作りをしていた。

調度品の一つ一つを見ても、素人目には価値が分からないが上等なものなのだろう。

だがクレアは故郷でも学園でも手狭な部屋に慣れてしまっており、広い部屋は落ち着かない事この上無い。

なにしろ客室でありながら2部屋に分かれており、今いる部屋だけでも魔法学園での私室の5倍はあるのだから。

数人でお茶ができるくらいのテーブルセットに、隅の方には書き物をする為の机と椅子まで用意されている。


「寝室は隣かな、無理だろうけど狭いと良いなぁ……、ダメか。」

寝室も寝室で広かった。5人くらいは並んで寝られる天蓋付きのベッドが部屋の中央に鎮座していた。

壁には読み物が入ったガラス扉付きの本棚が設えられており、中に並んでいるのはクレアも王都で見た事があるような新しい本も並んでいる。


「あ、すいません、ベッドメイキング中でした?」

「いいえ、今終わった所ですわ、至らず申し訳ありません」

ベッドの側では1人のお仕着せを着た女性がシーツの(しわ)を直していた。

女性は作業が終わるとクレアの方に向き直って、丁寧に頭を下げてきた。

年齢は20代半ばといった所だろうか。穏やかな顔立ちで、長い亜麻色の髪を後ろにまとめていた。

クレアには違いがわからないがパフスリーブも装飾も無い古風な灰色の上質なお仕着せ服を着ていて、所作はとても綺麗といえる。

頭を上げた時のしゅるりという衣擦れの音まで綺麗に見えた。


「いえいえ、突然押しかけてきた形なのはこちらなのでお気になさらないで。ええと、1人付く、と言われてた侍女はあなたなの?」

「いえ、私はただのハウスメイドで、シルキーと申します」

メイドにも様々な分類があり、ハウスメイドは家事一般をメイド長の指示でこなすという一般的なイメージ通りのものではあるが、当然クレアにはそこまで細かい分類は知らない。

なお、先程クレアを案内してくれたメイド長の上には本来家政婦長という役職が存在しているが、

家政婦長は女主人の職務を代行する存在なので()()()()()()()、当然お仕着せ服も着ない。

が、ローゼンフェルド家では家政婦長とメイド長は同一の存在となっており、お仕着せ服も着用している。

なのでクレアにはメイド長すら見分けが付かず、全員同じようにしか見えなかった。


クレアは特にする事も無いので、とりあえず目の前のシルキーという女性と世間話でもしようか、と思っていると隣で扉をノックする音がした。

「どうぞ、入って?」

「失礼致します。クレア様のご滞在中の侍女を申し付けられました、リアーナと申します。」

「ああ、あなたの方が、私の侍女なんですね、よろしく」

あわてて戻って応対し扉を開けると、自分と同年代の年若い少女が立っていた。

栗毛を肩口までのショートボブにしたお仕着せ服の可愛らしい女の子だ。


「恐れ入ります、まもなく昼(さん)になりますので、お着替えになられてはいかがでしょうか」

「あのー、私、実は平民で、貴族の習慣とかあまり知らないのですが、着替えないとダメなんですか?」

と言われても、クレアは貴族のドレスを着て1日を過ごした事が無いので、リアーナの言っている事が良くわからなかった。

なので恐る恐る聞くしかなかったのだが、リアーナの方は全く顔色も変えずに、

「クレア様、私共にお気を遣われなくても大丈夫ですよ。クレア様はこの侯爵家に客人と招かれたのです。

 ですので、私達もまた、侯爵家を代表して、誇りを持ってお世話をさせていただきますので。

 また、貴族は時間帯に合わせて装いを変える事を重んじておりますから、まずはそれが作法とお思い下さい」

と、穏やかな口調でマナーを教えてくれた。その態度には職務に対する誇りが感じられ、好感を越えて尊敬すら覚えた。


「はぁ、そういうものなんですね、わかりました、よろしくお願いします」

「ご理解いただきありがとうございます、それでは」

リアーナが部屋の隅に設けられている紐を引っ張ると、ドアの表の方で呼び鈴の音がして、一斉にお仕着せ服姿の女性たちが入ってきた。

「初めましてクレア様」「お着替えを手伝わせていただきます」「よろー」「よろしくお願い致します」

リアーナはもしかしたら貴族令嬢なのかという雰囲気もあったが、後に続いて入ってきた4人は、年齢は似通っているのに印象もバラバラだった。

それぞれ名乗るが、全員お仕着せ服姿なので名前を覚えるどころではない。


「あ、あのー?」

「さぁまずは今の服をお脱ぎいたしましょうね」

クレアがとまどっていると、侍女達はさっさとクレアのドレスを脱がしにかかった。

背中の紐や各所のリボンを解かれ、衣服の着替えが始まる。貴族のドレスともなると1人で脱ぎ着する事は不可能で、

多数の人の手で着せ付けられる服を着る事で自らの裕福さを見せたりする目安になる。

とはいえ、そのような事はクレアにとってはむしろ困惑するだった。

平民として暮らしていた頃は当然自分で着替えをしており、

前世の記憶でも他人に裸を見られる事は抵抗があった。

女子どうしの着替えは身体をできるだけ隠してさっさと終わらせる傾向にあり、

漫画等でよくある女子どうしのスキンシップはほぼ無い。

そういう事はむしろ男子どうしの方が良くやっていたりして、世間のイメージとは逆だったりする。


「あ、あの、私、他人に自分の身体を見られるのって、慣れてなくて」

「はいもちろん存じております。こちらをお被せいたしますね」

クレアはリアーナに頭からローブのようなものを被された、これなら脱ぎ着しても抵抗は少ない。

「あ、ありがとうございます、これならちょっとは大丈夫です」

「慣れない生活ご苦労さまです、ご出身はどちらなのですか?」

リアーナはクレアの境遇を知らされていたようで、(いたわ)るように話しかけてくる。

クレアはありがたくそれに甘える事にした。


「あー、私、北方の国境沿いの山村の生まれなんです。本当に田舎者なので」

「まぁ、それにしては所作がずいぶんお綺麗でしたわ。門の所での挨拶なぞ見とれてしまう程でした」

「周囲が侯爵令嬢様とか王太子様だったりするんですよ? 嫌でも礼儀作法をきちんとしないといけないんですよー」

「ああ、そういう方々にお近づきになれるとはいえ、苦労もされているんですね」

話を聞いてみると、彼女たちは地方貴族や、富農、豪商といった家の子女で、

この機会に行儀見習いとして一時的にこの城で働いている、との事だった。


「そういえば、隣にいらっしゃるメイドさんは良いんですか?ずっと控えたままだと思うんですけど」

「隣、ですか? そんなはずはありませんけれど」

「え、だってベッドメイキングされてましたよ?灰色の服の人が」

「灰、色……、クレア様、まさかその人はシルキーと名乗っていませんでしたか?」

クレアがそうだと答えると、リアーナ達は明らかに戸惑いを見せた。


「……ねぇ、もしかして」「また、出た?」「えー?なになにー?」

「クレア様、よくお聞き下さい、この城に、シルキーという名のメイドはおりません」

「……いえいえまさか、そんなはずは。だってついさっき隣の部屋で」


クレアは着替えが中途半端なまま、隣の部屋のドアを開けてみせた。

「 」

その部屋には、誰もいなかった。


次回、第124話「王太子の悩みと悪役令嬢の女子会」

読んでいただいてありがとうございました。

少々怪談っぽくなってしまいましたが、これ本来真夏に投稿する予定だったんですよね。

だいたい連載時と同じような季節になるはずが、どんどんずれてしまいまして……。


評価、ブクマ、いいねを多数いただきありがとうございます。

基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

いいね・感想や、ブクマ・評価などの

リアクションを取っていただけますと励みになります。

作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。

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