第120話「クレアの里帰り(前)」
「はい皆さん集まってください! 今から治療しますので!
範囲回復魔法feat.光!発動!」
クレアが両手で杖を捧げ持つように掲げると、地面に巨大な魔法陣が出現した。
それは人々が集まる広場いっぱいに拡がり、その中で光に包まれた人々がみるみると治癒し、回復して行く。
人々の赤く変色していた肌の色が徐々に普通の状態に戻り、病は癒やされていった。
「ああ、治っていく! 奇跡だ!」
「ありがとう! ありがとう……」
広場の周囲でその様子を遠巻きに見ていた人々は口々に感謝の言葉を口にするのだった。
「はいこれが治療薬の代わりです、しばらくしたら国から正式なものが配布されますが、それまでは病人が出たらこれで対応して下さい」
「あと猫っス! この病気は猫ちゃんが近くにいると発生しにくくなるので、ぜひ可愛がってあげて下さい! できれば家で飼ってあげてください!」
付き添っていたフェリクスが村長に代用薬としてロザリアの化粧品を渡す。
クレアもまた、獄炎病の広まる要因となるネズミの駆除に役立つ猫の有用性を説いた。
その説明を聞いた村人たちは本当に効果があるのか半信半疑ではあったが、とりあえず村に住み着いている猫たちを家に連れて帰る事にしたようだ。
その様子にクレアはほっとした表情をしていた。
だが、中には納得しないものもどうしても出てくる。
「おいあんた!こないだも来たよな!どうしてその時あれで治してくれなかったんだ!」
「おいお前!せっかく治しに来てくれたんだぞ!」
クレアの元に詰め寄ってきたのはこの村の男だった。
先日、彼の妻と娘が獄炎病にかかり、クレアの治癒魔法でも進行を抑えるのがやっとで助かる見込みは薄いと言われて絶望していた。
だが、それほど日にちが経っていないにも関わらず、今日クレアがあっさり治療してみせたのだから、
病人を弄んでいるかのように思われても仕方のない事であったかもしれない。
「本当にすいませんっス! 私、自分の力がまだ良ぐわかって無ぐて、今の自分でも治療が可能なんて思わなかったんっス!」
「あー、あの、あんた、もしかして北方の生まれか?」
「え?あ、そっス。国境沿いのスプリングウインド村の生まれっス」
魔法学園の制服姿とはいえ、見かけは貴族令嬢っぽいクレアが突然方言全開で頭を思い切り下げて謝罪を始めた事で、村人達は呆気に取られてしまった。
てっきりどこかの貴族令嬢がお遊びか趣味でやっていたと思っていたのだが、どうやらこの子は心からの善意で治療をして回っているのだと気づく。
「あー、悪かった、こいつにはちゃんと言っておくから」
「いや、俺も、その、悪かった」
「ありがとうな、制服の聖女様」
「いやいやいや! 私が聖女なんておこがましい! 単に皆さんを治療に来ただけの魔法学園の生徒っスから!」
クレアは顔の前でぶんぶんと手を振り謙遜する。その否定の仕草は確かに北方人特有のものだったので、村人達は微笑ましく思った。
「何か、本当にその辺の子だな、制服の聖女様ってのは」
「案外聖女なんてそういうものなんじゃないか?」
村人達は治療を終えて村を後にするクレアとフェリクスを見送りながら、そんな雑談を交わすのだった。
「ご苦労様ですクレアさん、おかげで皆が治ってなによりです。それと、村人さん達の事、僕からもお礼とお詫びを言わせて下さい」
「いえいえいえいえ! これは私がやりたくてやってる事ですので!」
夏季休暇の残された間、クレアはフェリクスと旅をしていた。
旅とはいっても転移門から転移門を拠点に、救護院や村々を徒歩や馬車で移動する日帰りで、
あまりにも地方の村々は、元々人の数も人の行き来も少ないので獄炎病の発生もほとんど無い事から、近くの村で薬代わりの化粧品を届けてもらうように言づけておく事になる。
そんな中でも多少大きな村や重要な箇所は、どんな遠方でも確認の為に回る必要が出てくるもので、
「さてクレアさん、今日は次の転移門で行く村で終わりだよ。これで北部は大丈夫だと思う」
「王都から結構遠くにまで来たもんですねー」
「そうだね、もう国境の山脈が近くに見えてきたよ」
「それにしても、この辺で転移門がある村なんて、結構大きな村なんですね?」
「大きいというか、今やこの国でも重要な人物の出身地だからね、スプリングウインド村っていうんだよ?」
「へー、奇遇ですね、私の生まれた村もスプリングウインド村って……え?」
「学校は夏休みだろう?里がえりしたらどう?」
二人は転移門のおかげで、ほどなく目的地であるスプリングウインド村にたどり着いた。
転移してきた転移門は村の中心部にある広場の一角に建造されており、真新しいそれは村の景色からはどう見ても浮いていた。
「いやー、国境の山脈のふもとってのは凄い眺めだね。身も心も雄大になる気分だよ」
「あのー、ここって本当に山しか無い村なんですよ……、あとは森とか、川で」
「クレアさんって健脚だもんね、こういう所で育ったというのがよくわかるよ」
「いや私田舎者なだけなので、本当……」
クレアの戸惑いをよそに、フェリクスは背後にそびえ立つ山脈を見上げ、呑気な感想を述べていた。
クレアはというと、自分が超の付く田舎者だというのをあまりフェリクスには知られたくなかったので、思わぬ里帰りに穴があったら入りたい気分だった。
スプリングウインド村は国境の街道沿いの為に、この辺りでは比較的大きな村ではあったが、それでも王都と比べるとやはり見劣りしてしまう。
フェリクスの前でだけは少しでも令嬢のように見えて欲しいと、できるだけ礼儀作法をきちんとしていたのに、
それが剥ぎ取られてしまったような気持ちだった。
とはいえ、ここでいつまでも立っていても仕方無かろうと、クレアはフェリクスを村長か自分の家に案内しようと歩き始めるがその足取りはちょっと重い。だが、それとは対照的にフェリクスは上機嫌だ。
季節は真夏であっても、北方なのでかなり過ごしやすい気温で、吹き抜ける風も心地良く、
目に映るのは雄大な山々と谷川で、それはフェリクスにとって新鮮な経験だった。
しばらく歩くと、畑仕事から帰る途中の女性と出会う。
「おんや、クレアじゃないかい、学校はどしたのさ?」
「おばさーん! お久ー! 今は休みー、ちょっと用があって帰って来たんすよ。父さんと母さんは?」
「今んごろは家じゃろ、そんにしてもお前さん、妙に口調が変わっとりゃせんか」
「王都の話し方が、なっかなか抜けねんすよー、ちーとは許してくれっす」
「……で、そったらイケメンさんはお前さんの……?」
「ち、違げーっす! 学校で世話んなってるお医者様っす!」
そこでクレアは気づく、知り合いに数ヶ月ぶりに出会ったので、
つい懐かしくて思い切りフェリクスの前で方言全開で会話をしてしまった事に。
「いやぁ、方言で話してるクレアさんって可愛いね」
「いえあの、あんまり言わないでもらえますか……?」
クレアは女性と別れて歩く途中、フェリクスの言葉に恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯いていた。
フェリクスに可愛いと言われても何と返して良いかわからず、
とりあえずこの場を切り抜ける為に、話題を変えようとする。が、その矢先に眼にしたのは妙に新しい橋だった。
「あれ?この橋、こんな新しかったかな?」
「ここ最近作られたものみたいだね」
他にも、街のあちこちが綺麗に整備されており、元の少々ひなびた印象を払拭する程度に活気づいている。
クレアにとっては有り難かったが、たった数ヶ月での変貌なので首をかしげるばかりだった。
「げ、私の家、何か立派になってない?つかあちこちの家も妙に綺麗に、さっきの橋も真新しかったのと関係あるのかなぁ」
「ここがクレアさんの家なの?立派な家だね」
「多分、私の家、の、はずなんですけどね……?」
クレアの知る家とだいたい同じではあるが、屋根は綺麗に葺き替えられ、建て増しされていたり壁は塗り直されていたのでまるで別物だった。
表札には両親の名前と、自分の名前もあったので間違いは無いはずだったので、
自分の家らしいなら変な遠慮も要らないはずだ、と家の中に入った。
「父さん! ただいまー」
「クレア! お前どしたんだ? 学校は?」
久しぶりに見る父は特に変わりが無く、元々大柄な身体が更に健康そうな肌色をしていた。
髭もちゃんと剃っており、服装なども以前のような作業着ではなく身ぎれいなものになっており、クレアとしては物凄く有り難かった。
「学校は長期休暇ー、今日はちょっと用事あって帰ってきたの」
「何だお前、妙に都会っこみたいな喋り方して」
クレアは家と服装のついでにもう一声、方言も何とかして欲しいなーと思いながら父と会話していた。
「今日はお客さん、学校で世話んなってる人連れてきたの」
「……は? 男? ……お前にクレアはやらんぞ! クレアはまだ15だ! お前大人として恥ずかしぐねーのか!」
「だから違げーっす! 話さ聞けー!」
父娘はそんな感じで久々に再会したが、クレアが恋人を連れてきたのではないと理解させ、ひとまず落ち着かせた。
既に夕方近くになっていた事もあり、夕食の準備を待ちながらクレアの父とフェリクスは酒を酌み交わしていた。
「いやー、申し訳なかった。転移門で来る、国のお医者様ってのがあなただったとは思わなかったもので」
「いえいえ、私達の方こそ大切な娘さんを魔法学園でお預かりしているのですから、もう少し配慮すべきでした」
「あの、学校といえば、あの子は学校ではどんなもの、なのですかな?その、成績とか」
「私が直接学校の事を知っているわけではありませんが、とても優秀ですよ。
詳しく話すと長くなりますが、誰も治せなかった流行り病を治す事ができるようになったり、素晴らしい成績です」
「はぁ……、あの子が。たしかに小さい頃から、算数なんかは妙にできたりしてましたが、ねぇ」
この地域にも学校はあったが、最低限の事を教える程度のものだった。
だがクレアは誰から教えられたわけでもないのに、算数をすらすらと解いてみせていた。
クレアの両親は不安を覚えたものの、普段は勉強に興味も見せず野山を走り回っているので特に何も言わずにいた。
それはクレアの前世の記憶によるものだったが、それを察しろというのは難しいだろう。
「その彼女にしか治せない病というのが、獄炎病というのですが、この村までには来ていないのですね?」
「幸い、ここは王都からもはるか遠くですからねぇ。そういった流行り病は来とらんです」
「それは良かった。明日村長にお会いした時に、念のため薬を置いていきますので。周辺の村にも薬があるというのを伝えて下さい」
「あの病気は、そんなに酷かったですか?」
「一時はかなり悲惨な状況でしたね、私も彼女がいなかったらくじけそうになっていました。
彼女の功績は国王陛下もご承知です。村にあの転移門を作らせて頂いたのも、その流れでして」
「あの子が、ねぇ……。いや突然あんな立派なものが造られたんですから、疑うわけじゃないんですが」
クレアの父は言葉とは裏腹にどうも信じられなかった。
自分の知る娘はほんの数ヶ月前までの姿だが、どう親バカの贔屓目にみても、国王だの国を救っただの単語が出てこなかったからだ。
「母さん、何ねこの服、私、制服のままで良い言うとるがに」
「何言うとるかねこの子は、せっかく良い人連れて来たんに、一番可愛い所見せんでどうする」
「い、いいいい良い人て!? あん人はそういうんじゃ無っす!」
「あー?あんな誇らしそうな顔で私達に紹介してー、何を言うかねこの子は、ほれ、行くで」
次回、第120話「クレアの里帰り(後)」
読んでいただいてありがとうございました。
ちょっと長くなりすぎたので前後編です。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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