第119話「ケンカ両成敗とかでは済ませませんわよー!」
館の方から走って現れたのは、やや異国風の貴族服を着た男性だった。
歳の頃は50歳は過ぎていそうな印象を受ける。
その男性は息を切らしながらリュドヴィックの前に立つと、片膝をつく姿勢を取った。
息を切らせてはいるが、どうも芝居臭い。
「お前は?」
「ははっ! 名乗るのが遅れた事をお許し下さい。私はエルドレッド男爵です」
「ほう、お前がか。ようやく顔を見る事ができたな?で、何を待てと言うのだ?」
「ははっ! 実はこの先の私の別邸が何者かの襲撃を受けたらしく半壊しておりまして、
執事が何か知っているのかと探しておった次第です」
「……? 襲撃? 何の事だ?」
館を半壊させた張本人のサクヤは明後日の方向を向いてしらばっくれているが、
そもそも居合わせたルクレツィアは放心状態だったので、状況を理解している物はこの場には誰もいなかった。
「いえいえ、ご覧いただければわかるかと思いますが、
かなり酷く邸宅をやられておりましてな、まるで軍隊でも通ったようですわい。
ご令嬢をどうこうしている暇など無いと言うのが見ていただければわかるかと」
「エルドレッド男爵! あなたはぬけぬけとよくもそんな事を! あなたが私をさらわせた為に起こった事ではありませんか!」
「おやルクレツィア様、ごきげん麗しく。さらわせた……? 何かの間違いでは?」
「何を白々しい! 言い逃れが許される状況だと思って!?」
「いやいや、私はこれこの通り、ルクレツィア様と面識がありますからな。誘拐なぞする理由がありませぬよ」
「なっ……」
ルクレツィアの言葉に対して、エルドレッド男爵はいかにも白々しくしらばっくれてみせた。
どうやらかなりの曲者である。その態度にルクレツィアも思わず絶句してしまう。
「それに、取り違えたというロザリア・ローゼンフェルド様でしたかな? どうして私がその方を誘拐する必要があるのでしょうか?」
「ロザリアが、お前が作っている化粧水の悪影響を打ち消す化粧品を作っているからだろう。知らないとは言わせんぞ?」
「おや、私の作っている、と? 何の事ですかな? 何なら王都の私の邸宅を調べて下さってもかまいませんが。もちろんあちらの別宅も」
「お前……! ともあれ、ルクレツィア嬢がお前の屋敷の手の者に誘拐されたのは事実だ、連行させてもらう。そこの執事は先程どう見ても心当たりのある反応を示していたからな」
ルクレツィアに相手をさせていては分が悪いのと、ロザリアの名前が出た事でリュドヴィックが口出しをしたが、
エルドレッド男爵はそれに対しても同様にしらばっくれてみせた。
その態度でリュドヴィックもこれ以上の追求は無意味と悟り、せめて証人を確保しようとした。
だが、その執事が突然、目を見開きながら大声を上げた。
「……ここらが限界ですなエルドレッド男爵!今まで利用させてもらったが、お前は用済みだ!」
「な、お前!!どういう事だー!」
男爵は曲者の割にどう控えめに見ても芝居が下手だった。先程の白々しさは嫌味とかではなく素のようだ。
「こういう事だよ!お前達!先程渡したあれを飲め!」
執事が懐から取り出したのは、何かの液体の入った小瓶。だが、手下たちと思われる者達は一斉に邸宅の方へ逃げ戻っていった。
「なっ……、おのれぇえええ!」
執事は怒りの形相のままに一気に薬をあおった。体が魔技祭の時のエリックと同じように変貌する。
だが元々魔力が弱いのかその変化は小さく、放出される魔力は弱い上に特徴的な肌や眼の色の変化も少なく、
目つきからもまだ正気を保っている部分があるようだ。
「魔王薬か! 殿下! お下がり下さい!」
クリストフがリュドヴィックの馬の前に立ちふさがった。
リュドヴィックはその意図を理解し、何も言わずにそのまま馬を降りて後ろに下がる。
そしてリュドヴィックが下がると同時に、護衛の騎士達が素早く展開し、執事の退路を塞いだ。
騎士達は馬による突撃で執事に一撃を加えていったが、それでも魔王薬で強化された執事の腕力は侮れないもので、何人もの騎士達が攻撃を弾かれ、落馬させられていた。
騎士達は執事を証人として生かしておこうと急所を外さねばならず、攻めあぐねていた。
「安心して下さい!手足もげてようが何だろうが、生きて頭さえ無事だったら完璧に元に戻せますので!」
「おお!何という姿にー!……何?」
クレアの言葉は男爵と同様執事にも聞こえたようで、踵を返すと、一気に騎士達を飛び越して先程逃げた者達を追っていった。
「何だ?逃げるのか?」
ややあって、邸宅の方から何人もの悲鳴が聞こえてきた。
あっけにとられ、対応が遅れたリュドヴィック達は慌てて馬を進める。そこには先程逃げた者たちが物言わぬ躯となって倒れていた。
「お前!自分の仲間を!?」
「ナカマ……?ワラワセル、単ナル道具ダ」
「仕方ない、お前さえ生きていればどうにでもなる、大人しくしろ」
リュドヴィック、クレア、サクヤと強者の威圧を感じる面々に囲まれて大人しくするかと思われた執事だったが、自分の両手で自分の頭を掴むと、
「ココマデカ、テネブライ神聖王国ノ栄光ヲ再ビ我ラガ手ニ!」
と叫んだ瞬間、自らの手で自分の頭を粉砕した。
「なっ……」「うわ……」「グロ……」
「エルドレッド男爵、こうなってしまっては何も知らんなどと言わせんぞ。後で事情を聞かせてもらう」
「え、ええ、何なりとお答え致します。おお、なんという事だ……」
リュドヴィックはわざとらしく嘆いているエルドレッド男爵を連行するように兵士に命じた。
「さすがにああなってしまっては、どうしようも無いっスねー」
「あの執事は目的の為には自分の命すら惜しくない輩だったようですわね。あー、ムカつきますわぁ」
「仕方ありません、こういう事もあります」
その場から引き上げながら、不満げなクレアとサクヤをアデルがなだめる。
雑談の最後のアデルの声でエルドレッド男爵が何気なく振り返ると、アデルと目が合った。
「アデライド様……?」
とエルドレッド男爵がつぶやく声はそのアデル達には届かず、クレア達は去っていった。
「あの執事は切り捨てられた、いや、自分から切り捨てたか。これでは証拠は望めないだろうな」
リュドヴィックは引き上げながら苦々しく呟いた。
「エルドレッド男爵の邸宅にも人を向かわせましたから、もしかしたら何か残っているかもしれません」
「いや、あれだけ周到に準備している連中だ、撤退するときも一瞬だろう」
クリストフがフォローするように言うが、リュドヴィックはそれを否定した。
令嬢は無事に保護したものの、突発的だったとはいえ証人も証拠も失ったのは痛い。
その2人とは対照的に、馬車に乗った時のサクヤは機嫌が良さそうだった。
「何か、機嫌が良いですわね?サクヤさん、さっきはあんなに悪かったのに」
「ええ、憂さ晴らしに反対側の壁もちょっとぶっ壊してきましたわぁ」
「壁?」
「そ、そうなのですか、何の事かわかりませんでしたけど機嫌が直って良かったですわ。
さぁ戻りましょう、さっさとこの場から離れたいですわ」
ルクレツィアはサクヤが機嫌が良いのは絶対にろくでもない事だと思い、
アデルが疑問の声を上げるのを遮り、御者に急ぐように促すのだった。
「クク……クククク、そうか、アデライド様の忘れ形見があのような所に。どうりで今の今まで見つからぬはずだ」
そうほくそ笑むエルドレッド男爵の顔は、アデルと同じく、肌の色がやや濃かった。
「アデライド様のご息女さえ手中に収めれば、我らの野望は間近だ!」
そう高笑いするエルドレッド男爵の眼前で、
半壊していた邸宅がもう片方の壁が何者かの手により壊されていた為に崩れ去り、全壊した。
本日のエルドレッド男爵別邸の被害総額は、金貨換算で総額4~5000枚分に達したという。
繰り返しますが、本日の金貨1枚のレートは日本円で約20万円とお考え下さい。
「証拠隠滅されたか、あまりにも用意周到過ぎるな」
「は、屋敷を捜索はしてみたものの、怪しげな所はどこにも見当たりませんでした」
「とはいえ拠点を1つ潰せたのだから良しとすべきだろう。
当のエルドレッド男爵も、何だかわからんが突然多額の借金を抱えたようだ、しばらく動けまい」
国王は宰相からの報告を受け、フルーヴブランシェ侯爵令嬢が無事に帰ってきた事を踏まえ、
完璧を期しても仕方ないと今回の顛末の不始末は不問に付すと決めた。
実際、リュドヴィックは事件が発生してから発見、無事に保護するまで極めて短時間で事態を収拾したのだ。
突発的な事まで責めては仕方なかろうと割り切った。
「で、ルクレツィア・フルーヴブランシェ侯爵令嬢は例の化粧水を、半ば騙されるようにして売った、という事で良いんだな?」
「は、母親への対抗心で売ってしまったと申しております」
「まぁ処分するにしても微妙な案件の上に、令嬢の経歴に傷を付けるわけにもいかないだろう」
ルクレツィアは化粧水の没収と引き換えに事件を公にはしないという事で家に戻された。
化粧水を仕入れた分は丸々損失ではあるが、令嬢としての体面を保つなら安いものだと本人も納得していた。
令嬢の母親である公爵夫人も娘を叱る程度で済ませた、王宮側は誘拐も化粧水の効能も話すわけにはいかなかったので、
『効くか効かないか賭けをさせるような化粧水を売って人心を惑わせた』という事でお咎めという事にしたからだ。
彼女自身も誘拐で痛い目を見たので、それも受け入れる事にした。
こうして今回の事件は落ち着くところに落ち着いた。だが、国王が頭を悩ます事はまだまだある。
「さて、ロザリア嬢が薬を作らせていた教会が無事だったのは良いとしてだ、それを基にした獄炎病の治療薬の方はどうだ?」
「は、そちらは完成しております。何しろ化粧品の段階でほぼ完成しておりましたので、化粧部分を抜くだけであっさりと完成いたしました。
ですが安定した生産までにはしばらく時間がかかるものかと」
「教会の方には引き続き化粧品を作ってもらえ、代用品としての需要はまだまだあるのだから何割かを国が買い取る形にしよう。
その薬の生産までしばらく、というのはどれくらいかかる?」
「まず前提となる獄炎病の状況ですが、現在クレア嬢がフェリクスと共に各地を回って治療に努めてくれております。
まもなく収束傾向には移るでしょう、そうなれば作る量はある程度抑えられます。生産まで半月といった所ですか」
国王は大きなため息を付いて椅子に深く座ると、天井を見上げた。
疫病のまん延は厄介なものだ、治癒魔法があったとしても簡単なものではない、まして治癒魔法も効かない獄炎病相手では。
それが半月で収束までの目処が立ったのだから。
「まったく、頭が上がらなくなるな。こちらから要請するまでもなく、報酬も望めるかわからないのに治療に当たってくれるなど。」
「さすがに無償というわけにはいかないので、学園生ギルドの依頼という形にしております。
ですがそれでも学園内の規約等で報酬に上限があり、彼女の功績に報いきれるかどうか」
学園生ギルドでの依頼に対する報酬は、金品や成績等の成果を求めるあまり、
実力を超える依頼を受ける競争のようになるのを防ぐ為に限界額が決まっているのだった。
「その辺はおいおい考えるとしよう、くれぐれも下らん政治利用なんぞされないように目を配れ」
「巷では、”制服の聖女”などと呼ばれておりますな。民衆からも親しみやすいと極めて人気が高いようで」
「……”教会”の方にも目を配る必要が出て来たな。聖女か、何の根拠も無い伝説かと思っていたが、信じたくなる」
国王は苦笑いを浮かべつつ、今後ますます忙しくなりそうだと覚悟を決める。
『教会』は扱いを間違うと厄介だ。王国でも国教として信仰しているが、それはあくまで表向きの事だった。
表立って敵対する事は無いものの、 水面下での牽制は続いていた。
この世界において教会は信仰を基にした特殊な神聖魔法で、魔力を基にした貴族とは別の強い影響力を持っていた。
『聖女』の存在はその微妙なバランスを崩しかねないものだったからだ。
次回、第10章「悪役令嬢と聖女の短い夏休み」
第120話「クレアの里帰り」
読んでいただいてありがとうございました。
また、多数のブクマや評価をありがとうございます。
2話連続で、なので本当に励みになります。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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