第118話「吹き荒れる災厄(サクヤ)の風」
「やめろおおおおおおお!!」
ルクレツィア達が監禁(?)されている部屋の入り口を塞ぐ調度品に手下達が勢い良く体当たりするのを、慌てて執事が止めようとするがあっけなく弾き飛ばされ、手下達の体当たりは無情にも調度品のバリケードに激突した。
その瞬間、部屋の中からいくつもの割れる音が鳴り響き、同時に少女の悲鳴も上がった。
「きゃーっ! 金貨20枚くらいするバルシア朝のガラス壺がー!
ああ……、こっちは金貨15枚のゴネッシェ工房の壺に、
ファルキアの大皿金貨30枚まで……」
「いやー、さすがにお詳しいですわねーお嬢様ー。
その調子で実況をお願いいたしますわぁ」
「ちょっと待てー! この部屋の中は一体どんな状態なんだー!?」
「この人が扉の前に積み上げた調度品のあちこちに
皿を立てかけたり壺を置いたりしてるのよ!
お願い、ねぇ止めて、今ならまだ半分は助かるわ。これ以上衝撃を与えないで!
ちょっと! これ以上お皿とかを追加しないでよ!!」
「くっ! おい! 外へ回れ!窓を破るんだ!」
「それもやめてー! この人窓にベッドを立てかけて、
その裏にゴルフェン工房の貴重なお皿30枚1組を、丁寧に丁寧に並べてるのよ!
下手に動かしたらそっちも犠牲になるわ!
全部で金貨100枚はするわよこれ!」
「そんな貴重なものとわかるならお前が止めろよ! お前の侍女だろ!」
もっともである、もっともであるが、誘拐してきた令嬢相手に誘拐犯が言う事では無かろう。
「止めても言う事聞かないわよこの人! ねぇ止めて!
これ以上貴重な美術品に被害を出したくなかったら大人しく引き下がって!」
「お前はいったいどんな立場からそれを言ってるんだよ!?」
自分達が拉致監禁しているはずの令嬢に、逆に品物をタテに脅迫され返した執事は頭を抱えたが、少なくともルクレツィアが誘拐犯側の味方ではないのは確実だろう。
その泥沼の押し問答の中、サクヤはケラケラ笑いながら床に散らばった皿や壺の破片を掃除していた。悪魔である。
「あ、どいて下さいねーお嬢様。危ないですからお掃除しいたしますわねぇ」
「ああ……、貴重な美術品や工芸品の数々が」
「お嬢様、万物はこうやって塵に還り、流転していくものなのですわよ。
土は土に、塵は塵に、灰は灰に、ですわ。儚いですわねぇ」
良い顔で良い事を言ってる感じではあるが、
塵に還らせた張本人が、がっしゃんがっしゃんと音を立てながらチリトリに掃き集めながら言っても全く良い事を言った感じにならない。
「さて、さらに追加いたしましょうかしらぁ?」
「待ってー! そのワイングラスはもうこの世にもう数点しか無いといわれてるアルカンシェル工房の貴重なものなのよ!」
「お前ー! さっきから被害状況を几帳面に実況してるが、
もうわざと言っていないか!?」
執事の突っ込み通りルクレツィアは火に油を注いでいるようにしか見えないが、かなり真面目に品々の心配だけはしていた。
「おい! 悠長に見ている場合じゃない! ゆっくりと力押しでこれを部屋の中に押し込め! 人を集めて来い!」
「おや、力押しですの?」
サクヤは執事の発言に目を細めると、お仕着せ服のどこからか魔杖扇を2本取り出した。扇を1/3ほど開いて魔力を込めると扇の蛇腹形状にそって魔力は伸びる、
すると、サクヤの身の丈を越えそうな2本の巨大なハリセンが出現した。
「あ、あの、サクヤさん?それ、何ですの……?」
「東方に伝わる神器ですわぁ」
サクヤは調度品の前で仁王立ちになり、2本の巨大ハリセンを斜め下に構えて臨戦態勢に入る。
わっせわっせという威勢のいい声とともに、ずりずりと調度品の山が部屋の中に押し込まれ始めた。今のところ努力が功を奏して、これ以上の被害は防いでいる。
するとサクヤはちょっとした嫌がらせで、片足立ちになって調度品をもう片方の足で押えた。魔力強化による筋力は成人男性の数倍なので調度品は微動だにしなくなる。
それどころか、押し戻し始めた。
「なんなんだよ急にこの重さは!押してるのになんで戻るんだ!」
「おい人をもっと集めろ!全員だ!全員連れて来い!」
「おやおや、全員、ですかぁ?」
サクヤは脚に力を込めた、それこそこの屋敷にいる全員が総掛かりでないと動かないくらいに。サクヤの足元でばきりと床板に靴がめり込んだ。
やがて、誘拐犯達の総力による人海戦術で、ずりずりと調度品は部屋の中に押し込まれていった。
「もう少しだ!このまま押し込め!」
「1人くらいなら通れそうです!」「よし行け!」
「さ、さぁーて、大人しく、して、もらおうか」
隙間から入って来た男はさんざん肉体労働を強いられた為に肩で息をしていた。
「お疲れ様でございましたわぁ。ゆっくりお休み下さい、ませ!」
そこへサクヤは淑女の礼も麗しく頭を下げた後、容赦なく巨大ハリセンを振るい、
すぱーんと言う良い音と共に男を扉の方に張り飛ばした。
そう、調度品のバリケードに向けて。
衝撃と共に盛大に割れる音が邸内に鳴り響き、多数のガラス・陶器の美術品が一斉に天に召された。
「きゃあああああああ!」
「うわあああああああ!」
絹を裂くような悲鳴と、おっさんの悲鳴が同時に響き渡る……。
「さぁー!どんどん来るが良いですわぁ!」
何人もの男達が次々に部屋に入って来るが、
サクヤはそれをすぱーんすぱーんとあちらこちらの飾り棚に張り飛ばす。
当然、壁に設えられていた飾り棚に残されていた無事な品々も、次々と破壊されていく。ルクレツィアは下手にそれらの品々の価値がわかるだけに、金額の大きさに脳がフリーズしてしまった。
「さて、残りの誘拐犯の皆様は外にはいらっしゃらないでしょうし、時間も丁度良い頃ですわ。そろそろ頃合いですわね」
サクヤは相手を一通りぶっとばして入ってくる者がいなくなると、
窓辺に立って大きくハリセンを振りかぶり、一撃のもとにベッドを壁ごとふっとばした。
推定価格が金貨100枚の貴重な皿セットも共に。
飛んでいった壁やベッドその他は途中の木を巻き込んで湖まで飛んで行き、かぽーんという風情のある音と共に湖水に消えていく。
余波は隣の部屋にまで及び、館の湖に面する一階の壁が全て吹き飛んでしまっていた。
「さ、帰りますわよ。お嬢様」
放心状態のルクレツィアを引っ張って去っていくサクヤの後ろで、
壁を丸々1枚失った屋敷が支えを失い、崩れ、半壊していった。
この時点でのエルドレッド男爵家の別邸の被害総額は、
屋敷の修理費込みで金貨にして推定2000枚分に達したという。
尚、本日の金貨1枚のレートは日本円で約20万円とお考え下さい。
エルドレッド男爵の邸宅から逃げ出した(?)ルクレツィアとサクヤだが、
自信満々に歩くサクヤとは違い、ルクレツィアの足取りは不安そうだった。
何しろ行く先の風景は馬車が通るような道こそあれ、どう見ても昼なお暗い森の奥だったからだ。
「さて、すぐそこまで迎えは来ておりますわね」
「ええ? 何故わかるの?」
サクヤが畳んだ魔杖扇を軽く振ると、扇の先から光が飛んでゆき、森の奥に消えた。
「後は歩いていれば、向こうからやってきますわぁ」
程なく、森の奥から、光を纏った何かが帰ってきた。
サクヤの手元に来たそれは、先程ロザリアの元に飛ばした折り鶴だった。
折り鶴が戻ってきた軌跡には光の帯が残っており、道筋を示しているようだった。
森の遠くから多数の振動が近づき、それが馬の蹄の音だとわかると、
サクヤは魔杖扇の先に光を灯して合図のように振った。
集団の先頭は、リュドヴィックだった、近くにはクリストフ、クレア、アデルの姿も見える。
「おお、ルクレツィア嬢! 無事だったか、サクヤ嬢も」
「ええ、二人共、何事もなく戻ってまいりましたわぁ」
「りゅ、リュドヴィック王太子殿下!? 王家が動いているというのは、本当でしたのね……」
「いやー、しかし、アデルさん馬にも乗れたんスね」
「侍女の嗜みです、あと、クレアさん」
「はいはい」
「はいは1回です」
「はい……」
クレアは馬に乗れなかったので、アデルの駆る馬に同乗させてもらっていた。
サクヤはその中にロザリアがいないのに気づく。
「おや、ロザリアさんは?」
「お嬢様は待機です。どこの世界に自分から誘拐犯に近づく貴族令嬢がおられるのですか」
「ソウデスネー」
「ともあれ無事で良かった。森の外に馬車を待機させております。
そちらで王都に戻っていただいて、我々はこの先の……ん?」
クリストフが、とりあえず今は無事にルクレツィアやサクヤを送り届けようと、
まず馬を手配しようとしていた矢先、湖の方から何人もがやってきた。
「こ、これは、リュドヴィック王太子殿下!? どうしてここに!?」
「お前は何者だ?」
「こ、これは名乗りもせず失礼を、私めはエルドレッド男爵の執事でございます」
そう言って深々と頭を下げるのは、先程の執事だった。
後の者達も慌てて頭を下げる。
「ほう、奇遇だな、私はこの先の邸宅に令嬢が誘拐されている。
という情報があったのでやって来たのだが?」
「な、何かの間違いでは?私どもは何も関係ありませんが」
「だが、こちらの令嬢は見つかったぞ?言い逃れできると思うのか?」
「令嬢と言われましても……? 誰ですかな? こちらの方は?」
恐縮している執事達に、馬上から王太子の威厳も顕に詰問するリュドヴィックではあったが、
執事の方はというと明らかにしらばっくれようとルクレツィアの方を見た時、
本当に知らないというように顔色を変えるのだった、さすがにロザリアの特徴は伝え聞いてはいたようだ。
「ルクレツィア・フルーヴブランシェ侯爵令嬢だ。
お前たちがロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢と間違えてさらったはずだが?」
「間違えた!?まさか!?お前たち……!」
「ほう?心当たりがあるようだな?」
語るに落ちたとはまさにこのことで、明らかに狼狽して黙ってしまった。
まさか令嬢を取り違えていた、とは夢にも思わなかったのだろう。
「どうした? 黙っていてはわからんが? まぁいい、尋問は城ででもできる」
危険な森の中の為、このまま時間を浪費もできないとリュドヴィックが詰問しようとした時、
「お待ち下さい! 王太子殿下! どうかお待ち下さい!」
「おお、男爵様!」
館の方から1人の男性が走ってきた。
次回、第9章最終話、第119話「ケンカ両成敗とかでは済ませませんわよー!!」