表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

119/303

第117話「黒幕のご登場……、というわけには参りませんわぁ。私達はそう簡単には会えませんわよ?」「ねぇいったい何がしたいの?」


サクヤとルクレツィアがチェスをしていると表の方が少々騒がしくなり、

その喧騒が邸内に入ってしばらくすると扉をノックする音がした。


ノックをするなら応対をしようと扉の前までサクヤが向かうと、

返事を待たず入って来たのは異国風の顔立ちをした人物だった。

服装からしてこの館の主ではなく執事のようだ。

背は高く体格も良いのだが、威圧感は無くむしろ細身に見える。

貴族に仕えているにしては表情に品が無いですわね。とサクヤは感じた。


「ご挨拶が遅れました事をお詫びいたします。

 居心地はどうですかな、ロザリア侯爵令嬢様。

 私は当家の執事……ん?東方人の侍女?聞いていた話と違うが……?」

サクヤはルクレツィアの姿を身体で隠し対峙する。

人違いであった事は最大限に利用しようとしたのと、

ルクレツィアに現実を理解させる為だ。


「入室の許可も待たないとは無礼ですねぇ。何者ですか貴方は!

 ロザリアお嬢さまをこのような場所に拉致監禁して

 どういうおつもりなのですか!」

「元気の良い事だ、心配せずともお前も令嬢も用が済めば無事に帰してやる。

 今ローゼンフェルド侯爵家と敵対するのは得策ではないのでな」

「お嬢様にいったい何の用があるというのです!」

「何、そこの侯爵令嬢が作らせている化粧品がな、我々の目的に少々、

 いや大いに邪魔なのだよ。

 それの製造の停止と、あとは絶対服従の呪法をかけさせてもらうだけだ」

サクヤは背後でルクレツィアが息を呑む気配を感じた。

頼むから今は黙っていて欲しいと思ったが、さすがに空気を読んでくれたようだ。


「その呪法は禁じられているものでは?」

精神操作系の魔法は難易度が高いのもあるが、犯罪等に利用される危険が高いため、

この国では使用者は登録されて厳重に身元を管理される。

「我々の国では禁じられてはおらぬよ」

「テネブライ神聖王国、でしたかしらぁ?

 そんな権謀術数ばかり巡らせているから滅んだのでしょうに」

「なっ、それをどうして!?」


サクヤはあてずっぽうで国名を出したのだが図星だったようで、

余裕を見せていた執事の下卑た表情が一変した。

「いえいえ、あっちこっちにエルドレッド男爵の紋章の入った調度品やら品物がありましたので、そんな所かなと思っただけですわぁ。それでそれで? 目的とは?」

「お前には関係の無い事だ! 大人しくしている事だな!」

挑発が過ぎたのか、執事は捨て台詞と共にドアを閉める音も荒く部屋を出て行った。

サクヤは少々失敗したかな、とは思ったが、ルクレツィアに現状を理解させるには十分だった。


「やはり、間違われたようですわねぇ、()()()()()()()()

「ここがエルドレッド男爵の邸宅……? 目的って、あの男何を考えて私にあれを?」

「目的はまぁ、知らない方が良いですわね、ろくでもない事ですので。

 顔色が良くないですわぁ、お茶でもいかが?」

「聞いても教えてはくれなさそうね……。ふぅ、それよりサクヤさん、私、お腹がすいてきたわね」

「覚悟が決まって参りましたわね、良い事ですわ。

 ちょっとおねだりしてきますわね」



「それにしても、私がロザリア様ではないとよくバレないものね」

「元々ロザリアさんは社交界ではあまり顔が知られていなかったそうですわ」

サクヤが誘拐犯達にわざわざ要求して相手を絶句させ、

用意させた遅い昼食を摂りながらルクレツィアは疑問を口にした。

ちなみにメニューはチキンソテー、コーンスープ、サラダ、パンといった普通のものだ。

さすがに侯爵令嬢を監禁ともなると、干し肉に黒パンとかでは無かった。


尚、サクヤが説明した事は半分は本当で、実態は少々異なっていた。

ロザリアの存在があまり知られていないのは事実だったが、

最近は魔法学園に通っている事もあって、いくら何でも伝聞で伝わってはいた。

だが、悪役令嬢に仕立て上げられて婚約破棄騒動の際に、

武装して城に乗り込んで暴れまわった、

という事件の後に色々とややこしくなってしまった。

いくら何でもそんな侯爵令嬢がいるわけが無いだろう。という常識が邪魔をして、

様々な噂話の中で比較的まともなものが抜粋されてロザリア像が形作られている有様だったのだ。


「ルクレツィアさんは先程の執事らしき人とはお会いした事はありませんの?」

「無いわね。店に商品を持ってくる者はいつも決まっていて、

 たまにエルドレッド男爵が立ち会うくらいでしたわ」

「ならその男爵本人がやって来た時が勝負ですわね」

「あのサクヤさん? その勝負というのは、どのようにして付けますの?」

「さぁ?何も決めておりませんわぁ。流れに任せますわ、できたら面白い方に」

「お、面白い方にって……」

サクヤ自身は自覚が薄かったが、母親のレイハの性格と、

「面白い事」を好むエルフの性格にかなり影響されてしまい、

かなり迷惑な性格になっていた。



「教会が兵士で守られていただと! どういう事だ!

 どうして襲撃の情報が事前に漏れてしまっている!」

「わかりやせん! とにかく全員教会から追払われまして、

 国外に逃げるのがやっとで」

サクヤとルクレツィアが食事を摂っている頃、邸内では状況が変わりつつあった。

報告を受けた執事は予定が狂った事でいささか混乱状態に陥っていた。

襲撃により警告の意味でローゼンフェルド家にある程度圧力を加え、

その上で誘拐したロザリア本人を精神操作で傀儡にするつもりだったのだが、

いきなり出鼻をくじかれてしまっていた。


「で、全員無事なのか」

「いえ、何人かは捕らえられたようで。口を割るのは時間の問題かと」

「潮どきか、エルドレッド男爵様が関わっている事が事前に王家に漏れてしまっては意味がない。即座に撤収するぞ」

「という事は、化粧水の製造も?」

「無論だ、すぐ合図を出して証拠を隠滅しろ」

執事の指示で、手下達は速やかに撤退を開始した、

何人かは連絡の為に館を出てどこかへ姿を消す。

だが、まだ問題は残っていた。

「あの、ロザリア侯爵令嬢はどうするんで?生かして帰すんですか?」

「やむを得ん、すぐ帰せ。これ以上騒ぎを大きくするわけにもいかんからな。

 全ては私の独断でやった事とする。

 代わりに記憶消去と絶対服従の呪法は忘れるな」



邸内の気配が変わった事はサクヤやルクレツィアも感じていた。

「何か屋敷の中がざわついておりますわね」

「ふむ、予定外の事に混乱しているようにも見えますわねぇ。

 とすると、そろそろわたくしの出番かしらぁ?」

「どうして嬉しそうなのよ……」

目を輝かせるサクヤに、ルクレツィアは若干引き気味だった。

だがサクヤはお構いなしに行動を開始する。


「では相手をちょっと混乱させましょうかしらぁ?

 鍵をかけさせていただいて、ついでに調度品を失礼して、と」

サクヤは部屋内の調度品を、火の属性の身体強化魔法の腕力でどんどん扉の前に積み上げていく。更に窓にもベッドを裏返して立てかけ、籠城の態勢を取った。

調度品は1つ1つが精緻な工芸品で明らかに高額そうだったが、サクヤは一切気にしない。ルクレツィアはやりたい放題のサクヤを見ているだけしかできなかった。


「ふぅ、一休みさせていただくわ」

「一体何を考えているのよ……」

「特に何も?ただ、わたくし達が会おうと思ってもすぐには会えない存在なのだ。

 という事を主張しておきませんと」

「ねぇ、誰に何を主張しているの……?」

自分で自分にお茶を入れて休憩を始める自由なサクヤに、ルクレツィアは

『どうして自分たちは監禁されている部屋で籠城しようとしているのだろうか?』

と呆れ顔だった。



しばらくすると、ドアノブがガチャガチャと音を立てるが、当然開く事は無い。

「何だこれは!おい開けろ!何を考えているのだ!」

淑女(レディ)の部屋に断りも無しに入ろうとするなんて、

 なんて礼儀知らずなのかしらー?」

淑女(レディ)……?」

わざとらしいサクヤの言葉に、ルクレツィアは先程のやりたい放題のサクヤの姿から思わず突っ込んでしまう。

だが、そんな2人のやり取りを無視して執事はドアを叩いてわめき続ける。


「くそっ!鍵を持って来い!早く!」

「あーれー、鍵を持ってきてまで入ろうとするなんて卑怯なー、

 人でなしー、ヘタレー」

「ぬぐぐぐ、貴様! 扉が開いたら覚えておれ!」

「あら、貴方は覚えていられる程の記憶力もありませんのー?おかわいそうに」

「ぐがががが!」

言いたい放題で煽りまくるサクヤの言葉に、執事は血管が切れそうになっていた。

さすがにその様子にルクレツィアや執事の手下も同情を禁じ得なかった。


「どうします、扉を蹴破りますか?」

「い、いかん!この部屋は エルドレッド男爵様が特に贅を尽くして、

 来客に自分の富を見せつける為の部屋だぞ!扉も傷を付けてはならん!

 というか、何故この部屋に入れた!」

「何の指示も無かったじゃないですか!侯爵令嬢を閉じ込めておくわけだから、

 あまり変な部屋に入れるわけにもいかないでしょう?」

「うるさい! 口答えするな!」

世の中は無情である。

いくら相手を心配しようが理不尽に怒鳴り散らされる事もある。

結局、執事の命令で鍵を取りに行かされるのだった。


「あら、この部屋って貴重なものがいっぱいですの?それでしたら」

サクヤは部屋のあちこちの陳列ケースからガラスや陶器等、

いかにも貴重で割れそうなものを集めてきては、

扉を塞ぐバリケード代わりの調度品の端や角に置いていった。

「ちょっと待って、それってゴネッシェ工房作の壺ではなくって?

 ああそれはリーゼン朝の古陶器」

この館に入った時に、調度品や美術品に興味を見せていただけあって、

ルクレツィアはこういったものに詳しいようだった。


「あら、ルクレツィアさんはさすがにお詳しくていらっしゃるのね。

 連中がこれを破ろうとした時の実況をお願いしますわぁ」

次にサクヤは、棚に並んでいた皿をひとまとめに集めると、

窓にたてかけてバリケードにしているベッドの裏に、

1枚1枚丁寧にそれを並べていった。

「ちょっと待って!それは本当に貴重な美術品と言って良いお皿なのよ!お願い本当にやめて!」

「こんなもの、どこかの誰かが土を捏ねて焼いただけのものですわ。

 料理を盛って食卓を彩るならともかく、

 棚の飾り物にされても作られた方は嬉しくもないに決まってますでしょう?

 そんな皿は、もう死んだも同然ですわぁ」

サクヤはルクレツィアが止めるのも聞かず、逆に独特の価値観をルクレツィアに説きながら高価な品々を無造作にバリケードに立てかけていく。


「よし、扉が開いたぞ!お前ら覚悟しろ……、なんだこれはああああ!!」

「この部屋にある調度品でしたけど……、ご存知ありませんでしたの?」

「そういう事を言っておるのではない! おい侍女! これをどけろ!」

嗚呼(ああ)、なんて酷い事をおっしゃいますの!

 こちとら非力な乙女なのでございますのですわよ!

 もう元に戻せるはずがありませんでしょう!」

サクヤの言ってる事がもう無茶苦茶である。だったら誰がこんな状況にしたというのか。


「ぬぐぐ……。おい、お前、こいつをどけろ……。待て!何をする気だ」

「いやこいつを壊してでも、と斧で壊そうと」

執事は手下がどこから持ってきたのか、斧を振り上げているのを慌てて止めた。

今見えているのは調度品の裏側なので高価には見えないからだろうが、

執事にとってはたまったものではなかった。

「これは貴重なものだと言っているだろうが! 壊さず! 傷もつけずにどかせ! と言っているんだ!」

「は、はぁ、ちょっと体当たりしてもかまいませんか?」

「……まぁ、それくらいならかまわんだろう」


執事の許可が出ると、手下の男が調度品の裏側にタックルを仕掛けた。

多少加減したのかびくともしなかったので、次は少々強めにタックルする、

すると、部屋の中からがっしゃーんという大きな音が鳴り響いた。


「きゃーっ!ガベルシアの大皿がー!」

「ちなみに、これいくらくらいいたしますの?」

「あなた何考えてらっしゃいますの!?これ1枚で金貨50枚はしますわよ!」

部屋の中から女性の悲鳴と、聞き覚えのある品物の名前を聞いて執事は肝を冷やした。


「おいちょっと待て! なぜその皿の事を知っている!

 というか今の音はもしや!」

「せーの!」

執事に止められなかったので、手下達が無情にもタックルを更に勢いよく仕掛けると同時に、


「やめろおおおおおおお!!」

おっさんの汚い悲鳴が、湖畔の邸宅内に響き渡った。


次回、第118話「吹き荒れる災厄(サクヤ)の風」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ