第115話「さて、まずはゆっくりとお茶ですわぁ」「何を呑気な……」
サクヤに促されて屋敷に向かおうとしたルクレツィアは、足元と手に違和感を感じた。
見ると腕にはごつい腕輪が、足にも同様の感触がある、
スカートをまくるわけには行かないので確認はできないが、同じようなものがはまっているようだ。
「何ですの?この腕輪と……足輪?は」
「お嬢様、無闇に触らないほうが良いと思いますわよ?魔力を封じる為のものと思われますわ、」
サクヤはルクレツィアの腕輪が光っていないのを見て、慌てて駆け寄って男達の目からそれを隠した。
そして魔力を持たないルクレツィアの代わりに、腕輪の魔力抑制が動作するように自分の手で触れ、
今度は男達の目に触れるようにルクレツィアの腕を上げさせた。
「ほら、ここの円盤が光っておりますでしょう?これで魔力を抑制させているのですわ」
「え、ええと……?」
どうもよくわかっていないルクレツィアが、これ以上ボロを出す前にサクヤは釘を刺す事にした。
「ロザリアお嬢様、今は魔力を封じられておりますので、とにかく大人しくしていて下さいましね?
さぁさぁ屋敷に入りましょう急ぎましょうそうしましょう」
サクヤは早口でまくしたて、有無を言わさずルクレツィアの手を引いて先を急がせた。
屋敷は王都にあるようなタウンハウス程ではないが、十分に立派なもので、
庭木等も手入れがされており、別宅のような雰囲気だった。
中に入ると内装は屋敷の外観の印象よりも豪華で、調度品も上等なものばかりだ。
サクヤはあまりこういうものには興味が無いが、逆にルクレツィアは眼を輝かせていた。
その辺に飾られている壺に駆け寄ってみたり、絵画や彫刻の類をまじまじと眺めている。
「お嬢様、行きますわよ」
ロザリアが美術品に興味があると思われているかはわからなかったので、
サクヤは早々に調度品からルクレツィアを引き剥がし、男達の後に続いて歩いていく。
「とりあえず、この部屋に入っていろ」
「ちょっと、この部屋何も無いではありませんか、この方は侯爵令嬢なのですわよ?
ベッドも何も無い部屋では1日だって過ごせませんわ!
これから何日も監禁するつもりなら、ちょっとは考えて下さいませ!」
男達に連れて来られたのは屋敷の2階にある一室で、
部屋の真ん中にテーブルがあり、そこに椅子が4脚あるだけの簡素な作りだ。
どうも普段は客間として使われているらしく、家具もそれしかない。
『この男達、この屋敷の事をあんまり知らないみたいですわね。
この部屋に来るまでもあちこちの扉を開けてましたし、これは、利用しない手は無いですわねぇ』
サクヤは男達に見られないように、かなり悪い顔でほくそ笑んだ。
それをルクレツィアが不気味なものを見るような眼で見ている。
「こちらは食堂、この屋敷の皆様が食事をする場ですわ」
「こちらは使用人の部屋ですわ。ベッドがあるといっても1つだけではわたくしの居場所が無いではありませんか!
もっと広い部屋はありませんの!?」
サクヤは適当な事を言いつつ、わざとあちらへこちらへと男達を誘導し、
この屋敷の間取りを頭に入れていった。体力のありそうな男達はともかく、
貴族令嬢なので元々体力の無いルクレツィアは大変である。
「ここはどう見ても主寝室ではありませんか!この館の主が使う所ですのよ?
あなた達の依頼主さんが来たらどうしますの?」
「あ、そうか、あの方がもし泊るとか言い出したらややこしいな、すまん」
「わかれば良いですわ、客が来た時のような部屋は便利の良い1階にあるものですの、下に戻りましょう。
それにしてもあなた達、この屋敷の事を何もご存じありませんの?」
サクヤはさんざん連れ回したおかげで館を一回り確認できたと判断し、
そろそろちゃんと休む部屋を探す事にした。
「俺たちもここに来るのは初めてなんだよ、貴族の屋敷なんか入った事も無ぇ」
「まぁ普通は関わりのある場所でもありませんからねぇ」
男達の会話にサクヤが相槌を打つ。適当に相手をしながら、
何故最初から案内してくれなかったんだという疑問から意識をそらさせる。
「ここだな、ここだよな?」
「まぁここが客室でしょう、さぁお嬢様、中へどうぞ」
「まぁ……、なんて豪華な」
最後に案内された、というよりサクヤが誘導したのは、1階の奥にある来客用の部屋だった。
内装は館の主の部屋に負けず劣らず豪華で、どうも主の豊かさを見せつける意味もあるようで、
侯爵令嬢であるルクレツィアですら感嘆の声をあげる程の見事な部屋だった。
壁には巨大な陳列棚が設けられ、皿や壺が並べられ、壁には絵が掛けられていた。
敷かれている絨毯も足が埋まると錯覚するほど毛足が長いもので、踏むことすらためらわれる。
どう見ても手のかかった象嵌で飾られたテーブルセットに、巨大な天蓋付きの寝台。
このテーブル1つだけでも庶民が一生働いても買えないだろう値段になる事は間違いない。
「1階だからって逃げるなよ?」
「扉には鍵かけて窓の外に1人立たせておけば良いでしょう?
未婚の貴族令嬢なのでカーテンは閉めさせていただきますけど」
「2階にいるより余程監視しやすいか、そうさせてもらう」
男達が出ていった後、サクヤはルクレツィアを休ませる為に甲斐甲斐しく働き始めた。
一応自分の為に屋敷中を歩き回らせた事は申し訳ないと思っているらしい。
「さぁさぁお嬢様、まずは座ってお休み下さい。今このアデルがお茶をお入れいたしますからねぇ」
「よくそんな平静でいられるわね……」
「慌てても仕方ありませんわよ。お、魔石の湯沸かし器がありますわね、
……って魔力切れか、仕方無いですわね」
サクヤは魔石具の魔力が切れているのに気づくと、自分の魔力を注ぎ込んで使えるようにした。
切れているはずの魔力を誰が充填したのか怪しまれるとまずいが、
そもそも最初から残っていたと言い訳をする事にした。
「あなた魔法が使えますの!?」
「そりゃまぁ、魔法学園の生徒ですからね。使えない方が問題ですわ」
「ああ……、そういえば普段見る格好はそうでしたわね。
でもどうしてわざわざ大人しく捕まったの?魔法使って反撃できたでしょうに」
ルクレツィアはサクヤがわざとらしく捕まった事に気付いていたようだったが、
それはそれとしてなぜ馬車を降りた時に抵抗しなかったのだろうかと不思議に思っていたのだ。
「あの場で魔法を使えば大事になるだけですわ。それに、連中の事を調べたかったですし」
「調べたかった、ってあの者達を?」
「いえ、依頼者の方ですわ。話を聞いてみると、あの者達は雇われ者の上、
普段は貴族の家に押し入るような荒事も経験が無いでしょう。
今のロザリア様には色々と敵が多いもので。その正体を知りたいと思っておりましたの」
「何だってそんな……。どう考えても危険ではありませんか」
「それだけの危険を冒さないといけない状況ですの。
ねぇ、あなたのお店の化粧水。あれ、どこから仕入れましたの?」
「な、何よ突然、あなたには関係無いでしょう?」
ルクレツィアは突然、以前サクヤが買い占めた化粧水について聞かれて戸惑った。
あの化粧水については、人によっては効果が無い事をわかってて売っているので、
若干の後ろめたさも感じていたからだ。
てっきりサクヤはそれに気づいて怒ったのかと思っていたのだが、まだ話は続いていた。
「関係は多いにありますの。あなた、あの化粧品がどういうものかご存じ?」
「……魔力持ちでなければただの化粧品よ。魔力持ちには物凄い効果がありますけど」
「そこはご存じでしたか、それだけですの?」
「それだけよ! たしかに魔力が無ければ損はするかもしれませんけど、それは夢を売るようなもので」
「そういう事を言っているのではありませんわ。あの化粧品を使うと、魔力が汚染されますの。闇の魔力に」
サクヤにとってはこの質問が本命だった。
だがルクレツィアはサクヤの言葉の意味がよく理解できていないようだ。
「闇の魔力……? 何ですの、それは」
小首をかしげて聞き返す姿に嘘は感じられず、サクヤは心の中でほっと胸をなでおろす。
何だかんだこの侯爵令嬢の事が嫌いではなかったからだ。
「まぁ話すと長くなりますわ。大雑把に言いますと、とんでもなく面倒臭い事になりますの。
ですので、あの化粧品の供給源は何としても殲滅すべく、この国とヒノモト国の王家が動いてますの」
「お、王家まで!? どうしてそんな」
てっきり魔法学園からと思っていたら王族にまで話が及ぶとは思っていなかったようで、
流石のルクレツィアも驚いていた。
「ルクレツィアさん、あなたあの化粧水を エルドレッド男爵から入手しましたわよね?」
「どうしてそれを……」
王家どうの以前に、化粧水の入手元まで既に突き止められていた事に驚きを隠せないルクレツィア。
しかしサクヤは気にせず話を続ける。
「調べさせていただきましたの。
ご存じでしょうけど エルドレッド男爵はテネブライ神聖王国の出身ですわ。
その男爵から入手した商品は、この国に災厄をもたらしかねないものだった。
これだけでもどれだけクソヤバな状態かわかりますでしょう?」
「わ、私はそんなつもりで……、クソヤバ?」
「あなたは場合によっては国家反逆罪に問われかねない危うい状況だ。という事を御自覚あそばせ」
そういうとサクヤは服に忍ばせていた紙を取り出し、机の上に広げた。
そして紙の上に、同じく取り出した黒い石を置く。
サクヤが何事かをつぶやくと、石がひとりでに動いて紙の上をガリガリとこすり始め、
何かの絵が浮き出て来た。
「地図……?」
「わたくしの国に伝わるものですわ、で、ここまで四半日くらい。と」
サクヤは地図にそう書き加えると、その紙を折り始めた。
出来上がったものは首の長い鳥のようであった。折り鶴である。
「えーと、どこかに外につながっている所は、暖炉で良いですわね」
窓は鍵を開ければ開くだろうが、窓の外の見張りに気づかれたくなかったので、
サクヤはその折り鶴をぽいと火の無い暖炉に放り込むと、
折り鶴は落ちること無くふわりと浮き、煙突の中へと入っていった。
「さて、助けを呼びましたわ。もしも何かありましたら私が敵を殲滅いたしますので、安心してそこのベッドででもお休み下さい」
「だから、さっきからどうしてそんな物騒な事を」
ルクレツィアはサクヤがどうやら自分に敵対するつもりはないらしい事はわかったものの、
先ほどからの発言などを考えるとどうにも不安でならなかった。
次回、第116話「ああ、どうしたらいいのかしら。あ、その王手、待ったできませんの?」