第114話「あーれー、お店が襲撃されてしまいましたわー(棒)」
「お客様の顔立ちや髪色でしたら模様の目立つものではなく、
こちらのような簡素なドレスにしていただいて、
仕立て直しのレースで要所要所を飾る方が良いかと思いますわ」
「ありがとうございます、ローズさんがいないので心配でしたけど、これなら安心して買えますね」
「申し訳ございません、ローズは今手をかけている所用が片付き次第、
店の方に戻って参りますので、しばらくはご容赦くださいませ。
サクヤさん、お客様をご案内して差し上げて下さい」
「承りましたわ~、それではお客様、こちらの方へいらして下さいまし~」
ロザリアが経営支援を行っている王都第二広場の古着屋『神の家の衣装箱』では、
何故か侯爵令嬢のルクレツィアが店員をやっていた。
そして、さらに何故かサクヤがお仕着せ服で客の案内やお茶を入れていた。
2人とも急な事ではあったものの、それなりに役割をこなしてはいる。
「あの、サクヤさん? 私、どうしてここで店員なんてやっているのかしら?」
「仕方ありませんでしょう? 皆色々忙しくて人手が足りないんですわよ。
ロザリアさんは国の重要な案件があって手が離せないですし、
アデルさんはロザリアさんの側を離れるわけにはいかない。
クレアさんは各地の救護院で支援活動で不在、みなさん超多忙なんですの」
「私のお店だって人手が足りないのよ!?」
「あら、あなたのお店ってお客が服を選んだら、
あとは寸法だけの問題なのでしょう?1人で十分回せますわよ?
それにあなたの店のドレスをこの店で仕立て直す事も増えてきましたし、
両方相手すればいいじゃありませんの、そのついでと思ってくださいまし」
「成り行きとはいえ、勝手に人の店の経営を
こちらに組み込まないでいただけます!?
な、納得行かないわ……。あ、いらっしゃいませ~」
ルクレツィアはサクヤ相手にはぶつぶつ文句を言っていたが、
お客が来るところっと表情を変えた。元々接客の仕事は好きなのだろう、
平民貴族冒険者と相手問わずにこやかに接客していた。
貴族って変な人しかいないのかしら……と、店長のソフィアは思うが、
店は絶好調で回っているので文句を言わない事にして無心になっていた。
そこへ、店の入口を塞ぐようにして馬車が止まる。
窓やドアが車体で塞がれた為に店内は少々薄暗くなってしまった。
店内が一瞬戸惑う中、突然入口から馬車を降りた者達が入って来る。
覆面なのでわかりにくいが、男たちは手に手に刃物を持っており、
客をそれで威嚇しながら店内を見回していた。
店内は緊張感から静寂が支配し、誰一人声を上げない。
そして、ルクレツィアに目を付けると、「おい! お前が侯爵令嬢か!」
と、問うので、「そ、そうですけど? あなた達はいったい?」
と思わず答えてしまった。「おいこいつだ! 捕まえろ!」
ルクレツィアは顔にすっぽり袋をかぶせられ、担ぎ上げられてしまい、
周囲の物がルクレツィアの手足に腕輪足輪のようなものを次々に付けていく。
「お待ちなさい! お嬢様に何をするのです!」
と店を出ようとする男達の前にサクヤが立ちふさがって問うが、
まるで気にした様子は無く、
「おい、こいつはどうする?」
「背の低い黒髪の異国人侍女だろう? アデルとかいう名前らしい。
魔力も無いそうだしこいつも連れて行け、
どうせ誰かに侯爵令嬢を世話をさせなきゃならん」
と、ルクレツィアを担いでいる男は慌てる様子もなく、
他の男達と会話するだけだった。
それを聞いたサクヤは、
『世話……? 殺すつもりは無い? これは、良い機会ですわね』と判断すると、
「あーれー、なにをするのですあなたたちー、ソフィア店長、あとはよろしくー」
と、あっさり抵抗する事もなく他の男達に捕らえられ、
男達は若干棒読みなのを訝しく思うが、同様に袋を被せてサクヤを連れて行ってしまった。
後には、「どうしてこの店って、おかしな事が何度も起こるのかしら……」と呆然とするソフィアだけが残された。
王都の石畳を馬車はそこそこ急いで進む、その為に乗っている者達を揺らしまくる。
当然、馬車の床に寝転されたルクレツィアやサクヤも。
ガッツンガッツンと身体や脳を揺さぶられてルクレツィアが落ち着くはずもなく、
「あなたたち! 突然何をするのですか! 離しなさい! 私を解放しなさい!」
「おい静かにしろ! 用が終われば無事に帰す!」
ルクレツィアは顔の袋の中でさるぐつわをされているわけでもないので、
ぎゃーぎゃーやかましく叫び続ける。
「落ち着いて下さいましお嬢様! 彼らは危害を加えるつもりは無いようですわ。
暴れるとかえって危険ですわよ?
ああもう説得しにくい、ちょっと! 私の頭の袋取ってくださいます? 早く!」
サクヤはこのままでは男達を刺激すると思い、自分の頭の袋を取ってもらった。
視界には被せられた袋からはみ出た長い金髪が目の前に見えた。
サクヤは両腕両足を縛られて身動きがとりにくいが、
なんとかルクレツィアの側へ這い寄る。
「何を言ってるのよサクヤさん! ちょっとあなた達! 私を誰だと」
「私の名前はアデルです! いい加減覚えて下さい!」
「な!? 何を言って」
「とにかく黙って下さいまし! 今はガチに危険であそばしますのよ!?」
「そんな事どうでも良いですから早くこれを解きなさい!」
「このボケは……」
察しが悪く聞き分けの無いルクレツィアに軽く切れたサクヤは、
その胸ぐらをつかんで引き寄せ、ルクレツィアの耳元で
「(死にたいんかおどれは、ええ加減言う事聞けや。黙らんのやったら耳の穴から手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わすぞ)」
と底冷えするくらいドスの効いた声で、脅し文句を巻き舌で囁いた。
聞き慣れないこの大陸の関西弁があまりの迫力で、
ルクレツィアは袋の中で顔を真っ青にして口をつぐむ。
何だ異世界大陸の関西って。
「ふぅ、お嬢様は静かにさせましたわぁ、
どうか私達に危害を加えないで下さいましね?」
「お、おう……、わかれば良い、というか、助かった」
あまりに突然にルクレツィアが黙り込んだので男達は困惑したが、
助かったのも事実なので気にしない事にした。
「(ええ!? 私をロザリア様と間違えた!?)」
「(普通は店の中に侯爵令嬢が2人もいるはずありませんからねぇ。
私もアデルさんと同じ黒髪で、異国人の上にこの服装ですし)」
「(ど、どうするのよ!? 誘拐なんてされたら淑女としての名に傷が付くわ!)」
この世界でも未婚の貴族令嬢の純潔は一応重要視されており、
誘拐などされてしまうと、たちまちにして社交界にいられなくなりかねなかった。
「(そこは心配要らないと思いますわぁ、どうも彼らは雇われただけのようですし、
要求が聞き入れられたら開放されると思いますの。
いざとなったら、要求内容が判り次第、わたくしが殲滅いたしますわ)」
「(せ……殲滅?)」
転がされている馬車の床は振動や音が大きい事から、その音に紛れてこそこそ話をする二人。
「おい、何をこそこそと話している」
が、さすがに気が付かれたサクヤはむしろ開き直った。
「お嬢様に、無事でいたかったらどうすべきかと説いていただけですわぁ。
あのぉ、私達はどうなりますの?」
「こっちの要求が聞き入れられたら開放する。
こっちだって侯爵令嬢を傷物にした、なんて事で追われたく無いからな。
心配せずとも、とある貴族様が立ち会って無事を保証して下さる」
「ああなるほど、それでしたら安心ですわねぇ」
明らかにその貴族が主犯の典型的な誘拐ではあったが、
これは暴力沙汰の事件というよりは金銭を伴う商取引に近い。
交渉がきちんと行われて互いの思惑が合致すれば無事に終わる事が多く、
ある程度のルールには沿うのがこの世界の常識だったので、
サクヤは内心とは裏腹にホッとしたような声を出してみせる。
「(どこがですの! 要は私がその貴族だかに弱みを握られる、という事ではありませんか!)」
「(心配せずとも大丈夫ですわぁ、さてさてどうなるのかしら)」
「(あなたこの状況を楽しんでますの!?)」
「(イエナンノコトヤラ?)」
実の所サクヤは魔式が使えるので、この瞬間にでも無事に脱出する事ができるが、
とある思惑と、実のところ状況を楽しむ為に手を出さないでいた。
ルクレツィアとサクヤの二人は再度袋を被せられ馬車に揺られながら、
王都を出てどこかへと連れて行かれた。
石畳が地面に変わった事から、それなりに道の整えられた街道には出たようだ。
道中、何度か道を変えられたため、馬車はどの辺りを走っているのかもう把握できない。
乗せられた馬車はゴトゴトと走り続け四半日ほど経った頃、
ようやく目的地に着いたらしく、馬車は止まる。
男達が扉を開け、降りる際にようやくまずはサクヤの拘束が解かれた。
「ふぅ、(ここまで四半日といった所ですか)あー腰が痛いですわぁ」
侍女役でありながらサクヤはルクレツィアを放ったらかして馬車を降り、
先程まで縛られていたとは思えないくらい伸び伸びと行動していた、
背伸びを身体を伸ばし、時折ジャンプしながら身体をほぐし、ストレッチまでしている。
誘拐されているというのに恐れを全く感じさせないその様子に男達は呆れと共に少々面食らう。
「文句の多い侍女だなお前は、つか自由過ぎるぞお前……」
「手足縛ったまま床に転がすからですわよ、乙女を何だと思ってますの!
さぁさぁ早くお嬢様の拘束を解いて下さいまし! どうせもう逃げられませんわ」
「お、おう……」
男達はサクヤにパンパンと手を叩きながら言われ、
「こいつ俺たちが誘拐してきたんだよな……?」
と思いつつルクレツィアの縄を解く。
拘束から開放されたルクレツィアはよろよろと立ち上がると、周りを見回しながら自分がどこにいるのか確認しようとしていた。
連れて来られたのは欝蒼とした森の中の湖畔にある屋敷だった。
大きさもあり、それなりに立派な二階建てである。
「あらお嬢様良かったですわね、
拉致監禁されるからにはコウモリの住む洞窟とか白骨転がる廃墟とか思ったら、
湖畔の立派なお屋敷ですわぁ」
「俺たちを何だと思ってるんだよ……」
「いきなり袋被せて、乙女を拉致するような輩に言われたくはありませんわねぇー」
サクヤの返しに男達は一瞬言葉に詰まる。
「そ、それはお前らが大人しくしてれば良かっただけだろうが!」
「拉致されそうなのに大人しく捕まれとおっしゃいますの!?
まったく、とんでもない悪党に捕まってしまいましたわー。
まぁ拉致監禁するにしても、こーんな素敵な場所に連れてきてくださった事には、
すごくすごーく感謝致しますわぁ」
「皮肉かよ……、俺たちは命じられたからここに連れてきただけだ」
「ほほう、誰にですの?さっきおっしゃってましたお貴族様ですの?
そこの所を詳しく教えていただけませんこと?」
「う、うるさい!さっさとあの屋敷に入れ!」
食い下がるサクヤに苛ついた男は怒鳴り、中に入るようにうながす。
「(あなたよくこの状況であのような態度を取れるわね!?)」
「(どこまで調子に乗れるかの見極めは必要ですわ)さぁさぁお嬢様、中へ入りましょう」
「ど、どうして私があのような所に!」
「もうここまで来てしまったんですから中に入らないと危険ですわよ?
ここも森の中ですから、何に襲われるかわかりませんし」
サクヤが促す視線の先には昼なお暗い森が広がり、
鳥の鳴き声はともかく何かの獣の鳴き声まで聞こえてくる。
逃げた所で、どう考えても貴族令嬢が入って無事でいられる雰囲気ではなかった。
ルクレツィアはそんなサクヤの言葉を聞いて、渋々ながら屋敷の中へと入っていくのだった。
次回、第115話「さて、まずはゆっくりとお茶ですわぁ」「何を呑気な……」