第112話「なんだか色んな事がガシガシはまって行くんですけどー!?」
救護院で実験を終えた一行は、今は化粧品を製造している真っ最中の孤児院へと向かった。
製造を担当しているのは10才前後のまだ年少の世代で、
自分達が作ったものを大人達が喜んで使っているというのは嬉しいと、毎日楽しそうに働いているとの事だった。
「院長先生!すいません突然おしかけて! 今すぐお化粧品をいただけませんか?
あと備蓄してある魔石も!」
「おやおやロザリア様、どうされたんですか? そんなに慌てて」
突然やってきたロザリア達を出迎えた院長は突然の来訪に驚いていたが、すぐに事情を聞く為に院長室へと案内してくれた。
部屋に入るとロザリアは経緯を説明し、化粧品が治療薬として使えそうだと判明したのを院長に伝えると、納得行ったかのように大きくうなずくのだった。
「なるほど、いえねぇ、最近私も何か変だなとは思っていたんです」
院長が言うにはこの教会の周辺は元々どういうわけか獄炎病が少ない上に、特に孤児院の子供達には全く無かったのだという。
更に最近作り始めた化粧品を喜捨の御礼と近所に配った所、その近所の女性にも病が起こらなくなったのだそうだ。
「今度ロザリア様達がいらっしゃったら伝えておかないと、と思っていたんですよ」
『化粧品でご近所で病気が起こらなくなったのはマジ良きだけどー、元々少なかった……?』
ロザリアはふと引っかかるものを感じた、そしてそれはアデルも同じだったようで顔を見合わせる。
「お嬢様、こういう事に偶然はありえません。必ず何かの相関関係があるものです」
真剣な顔でアデルがそう告げるのでロザリアも神妙にうなずき返し、皆で事情を分析する事にした。
「院長様、この教会の周辺では元々少ないというと、この教会で何かされているんですか?」
「いえ特には何も……。村の皆様は、この教会のご利益だ、なんておっしゃいますけど、他の教会ではそういう事が起こったり、起こらなかったりなんですよ、
どこの教会も程度の差こそあれ敬虔に神にお仕えしているはずなのに、どうして差が出るのかと私達も不思議でねぇ」
院長はロザリア達の問いかけに首を傾げながら答える。
自身は敬虔な信徒あろうとはしているが、それでもこの世の全てが神の御業により成り立っていると考えているわけではなく、人の世の事は人が動かしているのだ。神はそれを見守っておられるに過ぎないはずなのです。と、聖典の一節らしきものをそらんじながら言った。
質問する相手が信仰心だけではなく合理的な考えの持ち主である事は有り難かったが、
それでも原因不明な事には変わりがなく、ロザリアは改めてクレアに質問する事にした。
「クレアさんは何か気づいた事は無い?良く救護院へ治療に行ってるわけだし」
「そう言われても、あまりどこの救護院が多いとか気にした事無かったんですよねー
ふらっと適当な所に行って、そこでどこの救護院が患者多いか聞いてからそっちに行ったりとか……」
「そういえば、周囲は獄炎病獄炎病って言うけど、私自身は獄炎病の患者の人を見た事無いのよね」
「お嬢様は王都と魔法学園を往復する生活が主ですから……、そういえば魔法学園も王都も獄炎病の話は聞きませんね?」
アデルのその一言に、クレアが何かに気づいような表情で身を乗り出してきた。
「そういえば!王都でも何故か罹る人が少ない、って以前からフェリクス先生がおっしゃってました。普通人が多い所で爆発的に増えるはずなのに、って」
「普通病気ってそうよね?」
「お嬢様、人が多いかどうかが関係するのですか?」
この世界では経験則的に細菌やウイルス的な何かが病気を発生させている、とは認識してはいたが、それを何かの手段で確認できているわけではなく、消毒の概念もまだまだ知られてはいないのが現状だった。
ロザリアやクレア達のように前世の知識から病気の概念を理解しているわけではなく、あくまで治癒魔法で対症療法的に治療していただけなのだった。
ロザリアはアデルに自分の知る限りの病気の知識で軽く説明するとしばらく考え込み出した。
「つじつまは合いますね、風邪を引いた人が近くにいると何故か健康だった人まで風邪になりますし」
と、あっさりと納得した。『やっぱアデルって、地頭かなり良いよね?』
アデルの分析はまだ続いていた。
「ですが、クレア様の光の魔力入りの化粧品で獄炎病が治ったという事は、獄炎病には闇の魔力が関わっていたという事にもなってしまいますが、
その闇の魔力は人から人に感染るようなものなのでしょうか? 獄炎病が広がる原因は何か別な事も関わっているような気がするのですが」
アデルの言葉にロザリアも同意するようにうなずくが、それは病気が何故増えるかの謎が1つ追加されただけだった。
皆が腕を組むなどして悩んでいても、目の前のテーブルの上では猫がごろごろと気楽に背伸びしている。そのうち、化粧品の入れ物が1つ転がり、それに飛びついて遊び始めた。
「ああこれこれ、いけませんよ、それは大切なお薬になるかもしれないんです。
あの、シスターメアリ、何か代わりの持ってきてあげて」
あわてて院長が猫をたしなめるが、それで止まる猫様ではない。
中の化粧品をぶちまけられてはかなわん、とロザリアがその入れ物を取り上げると、猫は玩具を取られたと思ったのか、ふしゃーとロザリアを威嚇し、ロザリアも慣れたものなので同じようにふしゃーと威嚇し返していた。
その貴族らしからぬ振る舞いに思わず院長も微笑み、アデルは憮然としてロザリアの袖を引っ張って静止するのだった。
「ロザリア様、猫がお好きでいらっしゃるんですね、この協会では元々大切な経典や書類をかじるネズミを捕ってくれるから、と迷い込んで来た子をお世話してただけなんですけどねぇ、
気づいたらこんなに増えてしまって愛着も湧いてしまって」
「私も大好きなんです。王都にお借りしている店で、店内に猫を自由に遊ばせている猫カフェというのも開かせていただいておりますので、どうか一度お越しください」
「ああ、そのお噂は聞いていますわ。一度は行ってみたいものだとシスター達とも話をしていたんですよ」
「あー、そういえばお姉さま。今王都でも猫が物凄く増えて、家で猫を飼う人も増えたって言われてますよね?」
「お嬢様!」
「ひゃっ! ご、ごめんなさいアデル!な、何がまずかったの?」
アデルが珍しく突然大声を上げたものだから、ロザリアは怒られたと勘違いしてつい謝ってしまう、いや何故謝る。
しかしアデルはそれには構わず、先程の話から気づいた、王都とこの教会での共通点を告げた。
「お嬢様、もしかしたら病気の流行の予防に、猫が役に立っているのでは?」
「ええ?そういえばぜん……他所の国の歴史で、そういう事を習った気がする、かも?
えーと、ネズミを穫る猫を邪神の使いだと迫害したら病気が広まったとかで」
アデルはロザリアの前世の知識が高度な文明から来るものである事を知っているが為に、予想ではなく確信に至った。
聞けば魔法学園でも豊富な魔石具でネズミは敷地内から駆除が定期的に行われているとの事だった。
「お嬢様、それです。院長様、先程のお嬢様のお話のようにネズミが病気を振りまいている可能性があります。
お知り合いの教会の中で、病気が起こっていない教会で猫を飼っているかどうかの確認をお願いできませんか?」
「わかりました、教会の連絡網でできるだけ早く調べさせます。
そして、猫を飼っていないのならできるだけ多く大切にしてあげて欲しいと伝えますわ」
わかってみれば簡単な事ではあったが、それは結果を知っている神の視点だからこそ気づける事でもあった。
つまり、この世界のどこかで誰かが病気の原因を作り、ネズミを媒介としてそれを流行させようとしていた。更に化粧水で獄炎病の因子となっているであろう闇の魔力を増幅させていた事にもなる。
『なんだか計画的過ぎて気持ち悪いんですけどー、やってるの多分あのフォボス、かなぁ?』
ひとまずある程度の状況がわかったロザリアは今自分にできる事をするだけだった。
まずは教会で保管されている売上の中から自分の持っている資金で返せるだけのお金を、
後で返すという事で院長から前借りした。
「院長様、この資金で大至急化粧品の材料を買い集めていただいて、この化粧品を作れるだけ作ってください。そして薬として教会の連絡網で広めて下さい。お金は惜しみません、全て教会への寄進と思ってください」
ロザリアの言葉に院長は目を見張った、社会への奉仕は貴族の義務や美徳とはされるが、侯爵令嬢がそこまでするとは思わなかったからだ。
しかも、ロザリアの目は真剣そのもの、決して冗談ではなさそうだ。院長はそっと心の中で神への感謝の祈りを捧げ、その思いに応える事にした。
「はい、お引き受けいたします。全てのシスター達をこの仕事に当たらせますわ。
ああ、なんという事でしょう、治癒魔法も効かない病が蔓延し始めて、皆、何が原因なのかと疑心暗鬼に陥るばかりで、この世の終末が近いのではないかと皆怯えていたのです。このような救いの道がまさか私の教会から出てくるとは」
教会や孤児院での化粧品の量産の段取りを取り付けたロザリア達は教会に備蓄されていた光の魔石や化粧品の一部を受け取ると、先程まとめた病気の原因の仮説を誰かに急いで報告する事にした。
「病気とかならフェリクス先生かしらね。
ねぇクレアさん、どこかの救護院でお仕事してらっしゃるのかしら?」
「うーん、ちょっとわからないですね。いつもは待ち合わせとかして行くんですけど。
それか、自主的に救護院回ってる時に出会ったりするので」
ロザリアは地味にクレアとフェリクスの関係が良い感じに進んでいるのを微笑ましくは思ったが、今はそんな場合では無かった。
「それなら仕方ないわ、エレナ先生かリュドヴィック様の所に行きましょう。
どちらか学園に……いるかなぁ」
「学園は夏季休暇なので生徒も教師も学園にいらっしゃるか怪しいですね。
王太子様ならご自宅かもしれませんが」
「え、自宅? リュドヴィック様の?」
学園にはいないだろうというアデルの言う事はもっとではあったが、
リュドヴィックの自宅には一度も行った事が無い気がする、
そういえばどこに住んでいるんだ、とロザリアが一瞬悩んでいると、
アデルが事もなげに教えてくれた。
「王太子様のご自宅なら、お城です」
「……あ、そうか、そうなるのね」
『自宅がお城、かぁ、いまさらだけどウチの婚約ピってヤバない!?』
次回、第113話「こういう事は偉い人に丸投げー!後はヨロー♥」