第111話「あれ?これって意外な使い道が!?」
さて、満を持して教会マーク入りの化粧品を王都の古着屋『神の家の衣装箱』で売り出した時の客の熱気は凄まじいものがあり、事前告知していた事から開店の数時間前から行列ができてしまっていた。
このままでは開店と同時に大混乱になると判断して整理券を急遽配布したものの、
それでも買えそうに無い客から不満の声が上がり始め、ついには列が崩れて暴動寸前になった。
が、アデルが突然鎧姿でローゼンフェルド家の兵士達を連れて客の前に立ち、
「皆様! どうか整然と!お並び! 下さい!」と、
普段の彼女では信じられないくらいの大声と気迫で客を黙らせて事無きを得た。
売れ行きは銀貨2枚という買いやすい価格のため極めて上々だった。
前世で転売に苦労した経験を持つロザリアとクレアの経験から、1人5個までと制限をかけた上で、事前に山と在庫を用意した上に客の見える所に山と積んで安心させた状態で、
「在庫が無くなっても又明日入荷ありますからねー、在庫は山ほどありますのでー」
「容器を次回お持ちくださったら、銅貨50枚分お値引きしますねー。
ただし1日1度、1こだけですよー」
と、日本円だと4000円のものが3500円で買えるが、あまり多く買っても意味がないとアピールした。
更には、
「この化粧品には使用期限がありましてー、あまり溜め込んでもそのうち無駄になりますよー」
と、中身だけを抜いて溜め込もうとしても損をするだけというのを説明する事で、結局皆は1つか2つくらい買うに留まった。
お昼過ぎには欲しい人にはだいたい行き渡り、普通に入店した客が買って帰れる状態になっていた。その頃になると買い占めて転売できるかと広場からチラチラ店の中を伺っていた人も姿を消し、潤沢な物量による転売潰しに成功したのであった。
ようやく客をさばき終えたロザリア達は、【お昼過ぎまで休憩】と張り紙をして、一旦店を閉めて皆に休憩を取らせる事にした。
売上からご褒美にと昼食代を子供たちに持たせると皆歓声を上げて店長のソフィアと共に飛び出していく。
「ふぅ、ようやく落ち着いたねー……」
「いやー、ローズお姉さまと頭をひねったかいがあったっスね」
「クレア様、口調。お2人共の言っていた通りになりましたね、まさかこんな騒ぎになりかけるとは」
「ウチら前世で転売に苦労したんよ、だからあーゆーのが考える事はだいたいわかるの」
「あれ腹立つっスよねー。転売する連中は皆死すべし! 一切の慈悲は無用っス!」
「は、はぁ……、お2人の前世は豊かなわりに、妙な所で殺伐としていたんですね。
しかしお嬢様達の前世の知識というのは、ずいぶんと偏っている気がします。
化粧品の概念は知っていても中身を再現できないので商会で問い合わせる必要があったり。
”ゲーム”という遊戯に関しても詳しいものの、それを再現する事はできなかったり」
「あーね、ウチらの前世って結局今と同じ学生だったのよ。
まだまだ教えてもらうばっかりで、お化粧も付けるばっかりで中身とか気にした事無かったしー」
「正直前世の知識が役に立つのってあんまり無いですよねー。本とかで知った事ばかりで、そんな経験も無いですし」
「ねー、食べ物もそうだけど、コスメとかも一通りこの世界にはそろってたしねー」
化粧の歴史は深い、物凄く深い。
実際の歴史ではそれこそ紀元前にまでさかのぼる。
文明が発生する頃には既に化粧も存在していたと言っても良いくらいだ。
「で、お姉さま、最初は上々っスけどこの先もこのまま行くんスか?」
「うーん、とりまこのままの流れで、行けるとこまで行く、的な?」
「お嬢様、常々思うのですが、それは単なる考え無しと言うのです」
「アデルさんが酷い! 一応利益出てるしー! 例の化粧水にちゃんと対抗できてるしー!」
「とはいえ、私もこれ以上の事は思いつかないんですよねー」
「良いじゃない、ウチらは単なる元JKJCなんだし、深く考えずノリと勢いで行けば良いの!」
「はぁ……」
アデルは溜息を吐いた。ロザリアは口とは裏腹に何も考えていない筈がなく、
侯爵令嬢としては極めて優秀で、国内最高の貴族令嬢と言って良かった。
ただ、その中身が前世ではギャルという正体不明の存在ゆえに、
彼女の行動が全く読めず、想定を超える事態にしばしば陥る事があるのだ。
そしてそれに振り回されている事が、実は嫌いではなかった。
その後も化粧品の売れ行きは上々で、数日経った頃には中身を詰め替えに来る客もいるので古着屋の貴重な収入源となっていた。
転機が訪れたのはとある日の午後の事だ。
店を訪れたその初老の女性は、このあたりでは見た事の無い様式の服だった。
籠の上に山積みになった化粧品を1つ、震える手で取り上げ、捧げ持つように持っていた。その目には涙すら浮かんでいる。
「ああ、やっと手に入るよ。これで助かるかもねぇ……」
「あのー、どうされたんですか? それ、ただの化粧品ですよ?」
その様子が普通では無かったのでロザリア達は心配になり、声をかけた。
だが、その女性から出た言葉はにわかには信じがたいものだった。
「いえねぇ、この化粧品をお肌に塗ると、獄炎病がほんの少し、治るんですよ」
「ええ!? それ、ただのお化粧品ですよ!? 何かの間違いでは!? 騙されてませんか!?」
「いえいえ、本当に効くんですよ。私の孫に効いたんだから間違い無いです」
思わずロザリアの口調に戻ってしまったローズが話を聞いた所、
女性の村は王都から最も遠い北西の山間部にあり、ここに来るまで何日も旅が必要で、
また、王都への転移門を使用する為に牛や馬を何頭も売ったのだという。
そこまでしてこの化粧品を手に入れたかったのだと、涙ながらに語った。
「私達の村はここからとても遠くてねぇ、救護院までも中々行けないんですよ。だから村でも何人もが死んでしまって」
その言葉は、救護院を回ってはいるものの、救い切れない人がいる事を痛感しているクレアにとっては心苦しいものだった。
病に苦しむ人達は、高熱や病の影響で赤くなった肌で苦しみを訴え続け、その光景を夢でうなされて目を覚ます事もあったからだ。
「そんな時に、王都で流行している、ってこのお化粧品をお土産にくれた人がいてねぇ。
まだ小さな子の肌があんなになって苦しんでるのは忍びない、
せめてお化粧でも、とこの化粧品を使ったら塗る側から肌がどんどん元に戻って行ってね。
おかしい、と思って化粧品を洗い流してみても肌は綺麗になったままなんだったんだよ。
1つだけじゃ全然足りなかったけど、それでもずいぶん楽になったようで、しばらくは大丈夫そうなんですよ。
これだけあればあの子も助かるかもしれない、そう思うとねぇ。
ああ、この薬に教会の紋章があるのも何かのお恵みなのかねぇ……」
クレアはその話を聞いてはじめて、獄炎病の患者には光の治癒魔法を試した事が無かった事に気づいた。光系魔法を習得する以前から治癒魔法を患者に使い続けていたので、
あまりの患者の多さから流れ作業のように治療をするあまり、その発想が浮かばなかったからだ。
「治せる……? 治癒魔法じゃなくてもあの病気が? もしかして、光の治癒魔法を使えば良かったの!?」
クレアはその話を聞くと、居ても立っても居られなかった。どうしよう、この女性について行って村の人を治そうか、いや、それよりもこの化粧品をできるだけ配って回ろうか。
そのような事ばかりが頭に浮かび、カタカタと身体は震えるばかりで動く事ができなかった。
アデルはそんなクレアの様子に気づき、そっと優しく語りかけた。
「クレア様、落ち着いて下さい。まずはフェリクス先生かエレナ先生にご報告しましょう。
その前に光の魔石をいくつか調達して、教会で今作っている化粧品をできるだけ持って行くんです。もしくは化粧品を持って最寄りの救護院に行ってみましょう」
「あ、は、はい。そうですね、ありがとうございます、アデルさん」
「てんちょーごめん! 今からちょっと知り合いの医者の所に行ってくる! もしかしたら獄炎病の薬ができるかも!」
話をしてくれた女性には、情報料だとカゴ1つ分の化粧品と帰りの旅費を渡し、
金額の多さに慌てる女性を店長のソフィアに押し付けてロザリア達は店を出て行った。
ロザリア達は早速最寄りの救護院に駆け込み、獄炎病の患者を出せと受付に詰め寄ったが、
突然な上にロザリアはローズの姿だったので、怪しげだから会わせられないと断られてしまった。
慌ててクレアが顔見知りの職員を見つけて面会の運びとなる。
救護院の医師達はフェリクスが同行していない事を少々疑問に思ったが、
元々クレアは突然ふらりと1人でやって来る事もあるので気にしない事にした。
面会した患者はクレアの顔見知りだったのでまた治癒魔法か、といつものように思っていた。
が、横から黒ギャルな姿のローズが突然現れ、指に何かを付けて顔に塗ろうとするので慌てる。
「おいおい、クレアちゃん!なんだよこいつ!」
「すいません!ちょっとだけ!ちょっとだけ実験させて下さい!」
「はぁ!?実験!?」
慌てた患者が動きを止めた瞬間、ローズがそっと指で化粧品を塗り付けると、
その部分が一瞬で元の肌の色に戻り、その部分の熱が引いたのは自分自身でも感じられるらしく、
あっけに取られるうちに今度はアデルも横からぺたぺたと塗っていき、
その部分も同じ様に色が戻り始めた。
それを見た医師達は驚きの声を上げ、これは凄いと大騒ぎになる。
その後クレアが事情を説明をし、他の患者には光の治癒魔法も使ってみると、
見る間に症状が改善されて快方に向かっていった。
「凄い、凄いよクレアさん!獄炎病が治るなんて!……クレアさん?」
クレアは、医師や患者達に深々と頭を下げていた。目には涙すら浮かんでいた。
「ごめんなさい! 私、少し前から上位の治癒魔法使えてたんですけど、獄炎病に効くなんて気づかなくて、
ごめんなさい! もっと早く気づいていれば! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
「クレアさんのせいじゃないってば! ほら、泣き止んで」
「クレア様、泣かないで下さい」
「だって、だってぇ……」
「クレア様、とりあえずここはもう大丈夫なはずです、今すぐこれを報告に行きましょう」
クレアに責任を感じさせるわけにもいかず、ロザリア達皆が慌てて慰めに入り、
その勢いのまま、あっけにとられる医師達にアデルが
「これ、薬の代用になりますので、適切な量を調べていただけますか?」
と化粧品を渡した後、さっさと引き上げて行った。
残された医師や患者達は「いったい何だったんだ……?」と呆然とするばかりだった。
次回、第112話「なんだか色んな事がガシガシはまって行くんですけどー!?」