第110話「女子の美にかける情熱はマジイカツいんですけどー……」
とある日、せっかくだからしばらく社会勉強させてくれ、
と城にて引き続きローズの姿でメイド仕事をしていたロザリアに、
顔なじみの同じくメイドの女性が話しかけてきた。
尚クレアはというと、引き続き救護院を回らせて欲しいと不在だった。
「あ、ローズさん! 聞きましたよ! 何か凄い化粧品があるんですって?」
「え? あーね、一昨日からウチの務めてる店で使ってるやつー? 情報早くて草」
ローズが苦笑しながら答えると、彼女は目を輝かせながら詰め寄ってきた。
「そうそれ! もうお城中で評判よ?なんでも透き通るような肌になる、って。」
「いやいやいや! あれはそんなイカツイ効果は無いよー!? お肌の下地を良くするだけのものだから」
『お城中って、こないだの土日使っただけなんですけど、午前中だけで城中に噂が広まったわけー!?』
ロザリアは思わずツッコミを入れたくなったが、我慢した。
女性は美容に関して敏感だし、前世の学校でも噂というのは一瞬で広まったものだ。
「でもでもでも! 実際にローズさんの所でお化粧してもらった人は、
凄く自然に綺麗な肌になったって言ってたわよ?
ねぇ、その化粧品って、譲ってもらったりできないの?」
「あーどうしようかなー、いや、じらしてるワケじゃなくてさー、
あの化粧品ってー、使用期限があるんよ」
「使用期限?時間が経ったら効果が無くなる、って事?」
女性の問いにローズは困ったような笑顔でうなずいた。
この世界にも普通に化粧品はあるが使用期限が定められているまでのものは無いからだ。
それ以前に高価なのが多いのでどうしても少量になってしまうが、
やはり少しずつ丁寧に使いたいというのが人情だろう。
ちびちび使っていくうちに効果が切れてしまうと問題になりかねなかった。
「そーそー、日持ちしないから、一度に大勢のお客サンに使うのは良いけどー、
何カ月も放っておくと、効果が無くなんの」
「ああー、そういう事、腐ったりするわけじゃ、ないんだよね?」
「腐るというか何か変質? する? らしいよ? だからその都度作ってもらってるの」
「お店用かぁ、家で使うものとは違う、って言うものねぇ。
でもねぇー、きちんと使用期限書いてれば良いんじゃない? ね? だめ?」
「あーね、欲しい、って人が多いなら、ちょっと考えてみるねー」
同僚女性が去った後、どうしたものかとロザリアは肩をすくめ、アデルは少し呆れた様子だった。
「しかし、女性の美への執念は凄まじいですね。
あれやこれやと、出所不明で怪しげなものによく手を出せるものです。
とはいえ闇の魔力の化粧水は当たり外れありますが、
こっちは誰にでも一定の効果がありますからね……」
「前世のコスメでもキラキラ光を反射する粉が入った化粧品があったのよ、
でもこっちはガチに発光してる系だしー、多少でも必ず効果あるのは大きいよねー」
ロザリア達が作った化粧品はクレアの魔力入り光の魔石が配合されているので、
文字通り肌の内側から光を放つように輝くお肌になるのだった。
その代わりクレアの込めた魔力が尽きると使い物にならなくなるのだけが欠点だった。
また、今のところいつまで使い続けられるのかが不明な為、
はっきりと使用期限を定める事もできない。
「で、あれを一般に販売するのですか?」
「それなー、どうしようかなー、思いつきで作っただけだしー、全然考えて無かったよー。
品質というかー、クレアさんの魔力切れたら効果無くなっちゃうわけっしょー?」
「……それでしたら、それこそ、先程おじょ……ローズさんが言われていた、
『光を反射する粉』も同時に混ぜ込んでおけば良いのでは?
いずれ化粧品騒ぎが収まれば、あとは普通の化粧品を売らないといけないわけですから」
「でもそれはちょっとねー、クレアさんの治癒魔法の効果もあってあの透明感でしょ?」
うーんと悩む2人、なにしろ女性はお肌の事にはもの凄く敏感だ。
少しでも効果が落ちたものを提供すれば何を言われるかわからない。
「となると、凄く小さい容器で少しずつ売る感じ?でしょうか?」
「やっぱそうなるかー。それでお値段も控え目にして、容器は回収したら安くする、とかかなぁ」
「教会で子供達に作ってもらったらどうでしょうか? 危険な材料は使っていないのでしょう?」
「あーね、でも勝手に作るのはなぁ。あれを作ってくれたギムオルさんに許可もらわないと」
「では早急にその許可をもらいましょう。どのみち化粧品の入れ物の相談にも行くのですから、
その時に相談したらどうですか?」
「いいぞ」
『えっそんなあっさり』
城での仕事帰りに魔石鉱山に寄ったロザリア達ではあったが、ギムオルは2つ返事で了承してくれた。
あまりに簡単に話が通った事に、逆に不安になったくらいだ。
「あれは興味本位で作ったものだからな。ワシだって男だから、
女向けの化粧品をどんどん作れと言われる方がちょっと困る。作り方は教えるから好きに作れ」
「あー、じゃあ、せめていくつ売れたらいくら、って感じでお金を払わせて下さい。
そうでないと申し訳無いので」
「……変わった人だなお前さんは。誰も彼もが真似したもの勝ちだぞ普通は」
この世界は特許とかの権利を守る意識や法律が無く、だいたいは裁判で争う事になる。
しかしロザリアには前世の記憶が根強いのでそこだけは譲れなかった。
「ですから、そういうのは嫌なんです」
「わかったわかった。数なんて把握しきれんだろうし、新しく作る容器1つにいくらで良い
どうせそんな耐久性のある容器にはならんからな」
ギムオルは苦笑しながらも、自分が今後作る容器の手間賃に上乗せする形で良いと言ってくれる。
何だかんだ彼は職人であるがゆえに、筋を通そうとするロザリアに好感を持っていた。
さっそくロザリアはその場でギムオルと容器のデザインと値段について話し合い、
後日改めてと話をまとめた。
「というわけで、院長様、ここで化粧品を作らせてもらえませんか?」
「まぁ、今度はお化粧品ですか。それはかまいませんけれど」
次にロザリア達が訪れたのは教会だ。こういう時のロザリアの行動力は凄まじい。
既に教会ではいくつもの部屋が、仕立て直しや猫カフェの下ごしらえ用に割り当てられていた。
教会の経営はかなり安定してきているようで、他所からも孤児を受け入れるようになった程だ。
また、仕立て直しを学ぶ上で裁縫技術が身に付くので、将来働く時に役立つと評判も良い。
「こちらは、きちんと言う事をきけるなら、多少小さな子でもできるとは思うんです。
危険な材料は使っていないので」
「随分と小さな容器ですのね?指でつまめるくらいですわ」
容器はギムオルと色々検討を重ねた結果、
薄い鉄板を容器状に打ち抜いて折り曲げた直径3cm程の円筒形になった。
小さいだけに化粧品を詰め込むのも苦労するので、小さい子供の手の方が都合が良いのだ。
同じく薄い鉄板製で円筒状の蓋には教会のシンボルマークが浮き彫りにされている。
シンボルマークはこの世に神の救いをもたらした天使を簡略化したもので、
手を広げ立っている人が4枚の羽根を広げているのを意匠化したものだ。
「容器は何度も使いまわしをするので、ちょっと畏れ多いですがそのマークを入れさせてください。
似たものを作る不正を防げると良いかなと思いましたので」
「わかりました。子供達の生活の為なら主もお許し下さるでしょう。
では子供達に指示をしておきますので、準備ができましたらまたこちらに来てください」
院長と用意してもらう場所や、作業する為の環境を打ち合わせた後は、
ロザリアは王都で取って返して化粧品の材料を買い集める予定だ。
「よし! これで反撃に出るわよアデル! まだまだ準備する事はあるわ!」
「お嬢様、ほどほどになさって下さいね」
アデルは正直に言うと今日一日だけでも振り回されまくっているが、
言葉とは裏腹に、ロザリアの生き生きとした顔を見ていると、
この顔を曇らせるような物は全て我が手で始末すると心に決めていた。
例えそれがどのようなものであっても。
次回、第111話「あれ?これって意外な使い道が!?」