第109話「ささやかな反撃」
「というわけで、ロザリア達の調べで判明したのは、
フルーヴブランシェ侯爵夫人が直接関わっているわけではなく、
その娘御のルクレツィア嬢が城内で広めていたという事です。
また、その化粧品を製造していたのは、
エルドレッド男爵という所まではつきとめましたので、現在内偵中です」
「ふむ、思ったよりも早かったな。ご苦労だった、ロザリア嬢ちゃん」
「お役に立てて光栄でございます。国王陛下」
宰相であるロザリアの父からの報告を聞いた王に労いの言葉をかけられ、
優雅に淑女の礼をするロザリア。
今日のロザリアはアデルを伴い、父と共に国王に謁見していた。
また、クレアは各地の救護院を回る、との事で別行動を取っている。
「うむ、しかし、エルドレッド男爵とは、あまり良い感じはしないな?」
「は、確かに。ああロザリア、エルドレッド男爵というのはだね、
テネブライ神聖王国から亡命してきた貴族なのだよ。」
「テネブライ神聖王国……? あの十数年前に滅んだという?」
ロザリアは王妃とのお茶会で出た国名を思い出していた。
あの時はリュドヴィックの過去の話で出た筈なのに、何故今その名前が出るのかと困惑する。
『単なる偶然……よね……?』
「ああ、かつてこの王国と『帝国』の間にあった国だ。
元々政情不安定な所があったんだがな、
内乱が起きた所を『帝国』につけこまれて、吸収されちまった」
「あの時は『帝国』が突然隣国になったという事で、我が国も右往左往しましたな」
「まぁその時に、貴族やら色んな奴らがこの国に亡命してきてな、
エルドレッド男爵家はその1つだという事だ」
「……他の亡命してきた貴族やその周辺にも気を配る必要が出て来ましたな、
おまけに闇の魔力絡みと来ています。警戒しない方がおかしいでしょう。
ルクレツィア侯爵令嬢は利用されているだけであって欲しい所です。
侯爵家そのものが相手だった場合、大事になり過ぎます」
「とはいえ、何かあってからでは遅いからな。ああ、ロザリア嬢ちゃん下がっていいぞ、
ここからは退屈な話しか無いからな」
国王はそう言って退出を促した。ロザリアもその言葉に従い、
アデルと共に一礼をして部屋から出る。
王城の廊下をアデルと共に歩きながら、
ロザリアは目的を果たしたはずなのに物足りないものを感じていた。
「これで、私達のやるべき事って、終わった事になるのかしらね?」
「そう考えて良いと思います。私達は罪人を断罪する立場ではありませんから」
ロザリアは特に返事を期待したわけでもなかったが、
アデルの方も応えたというよりは、ロザリアと同様に自分に言い聞かせるような言葉だった。
そのまま無言で歩いていた2人だったが、ふとロザリアが思いついたように口を開いた。
「うーん焼け石に水かもしれないけど、お化粧にはお化粧で対抗できないかしら?」
「どういう事ですか?」
同じ頃、クレアはフェリクスと共に各地の救護院を回っていた。
当初は来訪を歓迎されていたクレアであったが、
長く続く疫病との戦いに疲れている人たちも中にはいた。
「なぁ、ほんのちょっと治るのはありがたいんだけどさ、もう少し何とかならないのか?」
「すいません、今の私ではこれが手一杯なんですよ」
「彼女も精いっぱい治療に当たってくれているんです。
他の治癒魔法を使える人ではこうはいかないでしょう?」
「まぁそうなんだが……、いつになったら終わるんだよこの流行り病は」
クレアに泣き言のように文句を言う男を、フェリクスは慌てて宥める。
それはクレアやフェリクスにとっても同感だったので、彼を責める気にはなれなかった。
だが、時には理不尽とも言えるような言葉を浴びせられる事もあった。
「どうしてもっと早く来てくれなかった! どうしてしばらく姿見せなかったんだよ!?」
「落ち着け! この子は好意で国中を回ってくれているんだ、どうしようも無いだろう?」
「けどこの子にとっちゃ何万といる病人の一人かもしれないけどね!
私にとっちゃこの子は世界でただ一人のわが子なんだよ!」
クレア達が来るほんの少し前に息を引き取ったという少女の亡骸を、
胸に抱きながら女性はヒステリックな声を上げる。
そしてそれを諫めていた男も、言葉とは裏腹に責めるような眼差しを2人に向けるのだった。
「クレアさん、行きましょう」
「でも!」
ショックを隠せないクレアを、もう治療の必要な患者はいないと無理矢理連れ出すフェリクス。
そして、院内の静かな所でベンチにクレアを座らせ、そっと隣に腰掛かける。
先程の女性の言葉を聞いてからというもの、クレアはずっと俯きがちで顔色は悪かった。
「あなたは本当によくやってくれている。リュドヴィックからも色々聞いたよ、
王宮によくない品が蔓延しそうなのを事前に食い止めてくれたそうじゃないか」
だが、クレアはその慰めの言葉を素直には受け止められなかった。
自分が王宮でメイドとして調査したりせずに、
国中を回っていればあの少女は救えたのではないかと、どうしても思ってしまう。
そんなクレアの内心を読み取ったのか、フェリクスはクレアの肩に手を置いて静かに語り掛ける。
「全ての人は、救えないんだよ。僕も実際に現場でそれを痛感している。
勉強をいくらしたって、救える人数にはどうしても限界が出てくるんだ」
「でも……」
反論しようとしたクレアを、フェリクスはそっと抱きしめる。
クレアは突然の事に驚いて身をすくませるが、次第にその温かさに身を委ねていた。
「そうだね、でも、だね。でも僕は医者だ。命を救う事が仕事だと思っている。
けど人が一度に救えるのは、
こんな風に両手で抱きしめられるくらいの範囲の人が精一杯なんだよ。
だから君は本当に凄い事をしているんだよ。
これからも僕の、いや、君を必要としている全ての人達の力になって欲しい」
優しい声に、クレアはフェリクスの胸の中でうなずき、肩を震わせ、声を押し殺して泣き始めた、
その鳴き声は少しずつ大きくなり、やがて声を上げて泣く。
そんなクレアを、フェリクスはただ優しく抱きしめるだけだった。
「で、こういうものを作って欲しいのよ」
「お前さん毎回毎回本当によくわからんものを持ち込んでくるな?
いや、ちょっとやってみたくはあるが」
ロザリアは謁見からの帰り道にその足で色々と買い込み、
教会でとあるものを譲ってもらった後にクレアを探し回ってちょっとお願い事をした後、
魔石鉱山のギムオルの工房を訪ねていた。
ギムオルは既に夜も遅い時間に突然ロザリアが押しかけてきた上に、
作って欲しいというものを聞いて最初は戸惑っていたが、
説明を聞くうちに生来のモノ作り好きの血が騒いだらしく、乗り気になってきた。
「お嬢様……、これ本当に大丈夫なんですか?」
「んーと、多分?」
「これそのもの、じゃなくても似たような事をしてる例はあるぞ、多分問題無い」
「ハーイ、お客サマー♥ 今日、明日は新作化粧品の試供という事で、
無料のお化粧をさせてもらいマース!」
次の日、ロザリアは”ローズ”の姿で、古着屋『神の家の化粧箱』にいた。
普段なら服を買ったおまけか、それなりの金額を支払わないと受けられないサービスだけあって、
その時店にいた若い女性達が集まってきた。
「ええ!? 無料で、ですか?服買わなくても?」
「もち! いつも通ってくださるお客サンにー、ちょっとしたお返しヨー」
「それじゃあちょっとお願いしようかしら、最近新しい化粧水で凄くお肌が綺麗になったの」
「……! あーね、こちらに座って下サーイ。
下地にはこちらの、新作を使いますからネー、あ、ちょっと目を閉じて?」
ロザリアが一旦化粧品を洗い流して化粧水をなじませた後、
ギムオル製のベース用ファンデーションを塗り込んでいくと、
肌から僅かながら黒い煙が立ち上がる。
それを見たロザリアは、予め実験していたとはいえさすがに手が止まった。
『やっぱり……。一般の人にまで広まってるなんて……』
「お肌トカー? 大丈夫ですカー? 痛みとか……無い?」
「え? はい、特に何も無いですけど?」
「良かった、ハーイ終わりました。んー、かわヨ~♥」
「どんな感じですか? わぁ……。透き通るみたい」
鏡を見せられたお客の女性は、自分の顔を見て驚きの声を上げた。
他の女性陣も同じ様な感想を口にしている。
「お肌凄く綺麗だったけどー、その服装だとちょっとテカり過ぎだったよー。
できるだけ透明感出るようにしたけど……、どう?」
「はい、もう全然違います!!前のだとなんだか水っぽくて、こっちの方が良いです!」
「ロザリアさん次!私もお願いします!」「私も!」
「あーハイハイ、心配しなくても全員させてもらうからネー。
並んで並んでー!アデルさんもお願いねー!」
「承りました、皆様、こちらにもどうぞ」
ロザリアが使ったのは、一見すると白粉のようにも見えるクリーム色の乳液だ。
だが、ほんの少し指先に載せてお肌に馴染ませると艶のある光沢が現れる。
それを塗った後は、まるで真珠のようなツヤと輝きが現れ、
化粧をされた女性たちは皆嬉しそうに店を後にしていくのだった。
しばらく大忙しで化粧をしていたローズとアデルは一息つくと、手を降って客を見送った。
「無いと思うけどー! もしもお肌がかぶれたりしたらすぐウチに来てねー?
治癒魔法使える子に完璧に治してもらうからー!」
「効果、ありましたね。光の魔石入りの下地用化粧品。浄化もできてお化粧にも使えてお得」
「元々ほんの少し光ってるから、そりゃ透明感出るわよねー」
ギムオル謹製の化粧品は、光の魔石の粉末をごくごく微量混ぜ込んだものだった。
これにより、化粧水によって闇の魔力に汚染してしまったお肌を浄化し、
その後に魔石に残留しているクレアのかけた治癒魔法の効果によるお肌の改質、
あとは光の魔石が元々若干光っている事による効果でお肌の透明感を増す効果もある。
ただ、クレアが込めた光の魔力が切れてしまうと効果は無くなるので、
放っておくと数ヶ月で使い物にならなくなるが、
化粧はそんなに長時間つけっぱなしにしない、という事で使用に踏み切ったのだった。
「あの! これって販売はしないんですか?」
「んー、サーセン、まだ色々と試験中なのー。
だから無料でここでお客サンにふるまってるのヨー」
「ええ~、残念ー!」
「お肌に合わない子とかもいるかも知れないからねー。
売るとしても、もう少し後になる、かもー?」
当然、お客の女性からも販売を望む声は上がっていたが、
使用期限が存在するという欠点もあるため、
ローズは申し訳なさそうな顔をして断るしか無かった。
「効果は間違いなくあるけどー、
クレアさんの魔力切れたら効果無くなるから売りにくいのだけが難点よねー」
「あっちの化粧品も、魔力切れのような似たような弱点はありそうですけどね?」
「とにかく、何が何でもあっちの計画を潰すわよ!
女子の美への情熱を悪用するなんてマジ許せないから!」
ロザリアは握り拳を打ち合わせて気合を入れ、そのあまりの気迫にアデルは少々引いていた。
「何というか、ちょっとした決闘ですね……」
「そりゃそうでしょ!女子の美をかけた戦争よこれは!」
次回、第110話「女子の美にかける情熱はマジイカツいんですけどー……」