第106話「お茶会を終えて」
お茶会が終わり、待機していた馬車にクレアが駆け戻って来た。
つい先ほど大公爵から逃げるように戻って来た所だ。
若干押し気味の時間だったので馬車はアデルの合図ですぐ出発する。
「お姉さま、お疲れ様です……。いや本当にお疲れですね?」
息を整えつつ服の乱れを直すクレアの目線の先では、魂が抜けたようになったロザリアがいた。
「私のプライバシーが……、プライベートが……」
「その”ぷらいべーと”、というのが何かはわかりませんが、
とにかくお嬢さまは私生活を身ぐるみ剥されました」
先程のお茶会では、ロザリアの私生活から王宮の出来事に到るまでが、公的な事に関してはかなりの部分が話題にされ、皆に周知されてしまった。特にリュドヴィック絡みの部分が。
SNSをやってもいないのに私生活の情報を垂れ流された為に完全に燃え尽きてしまったロザリア。
”ローズ”としての裏の生活が無かったら危なかったかもしれない。
そんな彼女を見て、アデルは普段とは逆によしよしとロザリアの頭を撫でていた。
『いやマジ自分の意思とは無関係にプライベートが流出するのが、あんなダメージ入るとは思わなかったんですけど……』
「お嬢様は今まで公の場にはほとんど姿を現しませんでしたからね、皆珍しかったのでしょう」
「えー、でもお姉さまって、前世でSNSとかやってなかったんですか?」
「施設育ちだったし、あんまりお小遣い無かったんだもん。
社会人になってからスマホ持ちなさいとか言われてて」
「あー、だとしたらダメージでかいですねー。お疲れ様でした」
そういうクレアもまだ馬車に乗っても息がまだ荒く、額には汗もにじんでいた。
また、彼女の顔には肉体的なものとは別な疲労も現れていたのをアデルは見とがめた。
「クレア様も、少々お疲れのようですが?」
「いやー、こっちは色々大変でしたよ?
例の化粧品見つけちゃったし、フォボスらしき姿も見かけたし、
終いには王妃様にできるだけ関わるなと言われた、
大公爵と呼ばれた人にまで出会っちゃいましたし」
「ちょっと! クレアさん大丈夫だったの!?」
クレアの口から軽い感じで出てきたのは、今現在問題になっている事の大部分であったので、思わずロザリアが我に返って起き上がってきた。
しかし当人の表情はいつも通り気楽に、まるで今日の天気を話すような口調で彼女は続けた。
「というわけで、敷地内で化粧水を作ってるのは見ましたし、
それを作らせていた人達の上にフォボスらしき人がいて、
逃げ回ってるうちに大公爵って人に出会ったわけっス」
「フォボスが関わってたなら完全に黒じゃない!
踏み込んでもらって摘発してもらわないといけないんじゃないの?」
「その黒という表現はよくわかりませんが、
お嬢様、様々な事を加味するとおそらく無理でしょう」
クレアが話をしていた事の中でもフォボスが関わっていたのは見逃せず、
ロザリアとしては動いてもらいたい所であったが、 アデルは首を横に振って否定する。
「えー? どうしてですか? この目で見たんですよ?」
「まず証拠がありません。クレア様は映像か何かで証拠を示せるわけでもないでしょうし、
まして相手は大公爵ですよ? 王家も動きようが無いでしょう。
さらにクレア様に見られたという事で、既に引き払っている可能性も高いのです」
「あーね、私でも速攻で他所へ移るわね」
「ごめんなさい、私の為に……」
「いえクレア様の魔力に反応して化粧水が光っていた、というのは誰も気づいていなかったのです。クレア様のせいではありません。
あとお嬢様、変な口調はそのお姿ではお控えください」
クレアの謝罪に対してフォローを入れつつ、アデルはついでのようにロザリアに注意をする。
アデルの様子に肩をすくめ、自体はまだそこまで深刻ではないと判断したロザリアは、
「一応、国王陛下とかに報告しておく?」と提案してみるがアデルは首を横にふる。
「お嬢様、扱いに困る難しい情報は、この場合信頼できるお方に託すべきです。
クレア様がフルーヴブランシェ邸内を調査して回っていた、というのも含まれますし、
何よりも大公爵様の事までお話しないといけません。
お嬢様の口から、旦那様の耳に入れておくに留めておくべきでしょう」
ロザリアはアデルの言う事ももっともだと受け入れ、
その事はひとまず置いておいてお茶会の情報を整理する事にした。
「どうも夫人のグループ内には例の化粧水は広まっていないようだわ、
少なくとも表向きは。
夫人が良く思っていないものを使いにくいって感じみたいね。
使ったら目立つに決まっているもの」
「最大派閥という事で、広い範囲の貴族女性が避ける土壌があった。というのは幸いですね」
「その娘さんの方も、自分が魔力持ちじゃないからか、自分のグループは魔力持ちじゃない人ばかりなので自分のグループには広められないって事情があるみたいですよ」
クレアがルクレツィア嬢のテーブルで聞いてきた事も含めて考えると、
様々な事が絡んで例の化粧水は広まりにくい状況というのがわかった。
「という事は、今の所フルーヴブランシェ侯爵夫人や令嬢の派閥内には蔓延はしていない、と見て良いのかしら?」
「その可能性が高いですね。だからこそルクレツィア様も、お城で不特定多数の人にばらまく形で売っていたはずです」
「でもどうしてそんな売り方したのかしら?
化粧品なんだから、効果が確認できる方が良いでしょうに」
「この場合、”お肌が綺麗になるかもしれない”という射幸心も込みでの販売が大きいと思います。
聞き込み調査した所、魔力持ちと判定されないくらいの魔力の保持者でも効果があるようなので」
アデルはロザリアの疑問に、自分も王宮の侍女やメイド達に聞いて回り、
化粧水の効果のあった者が貴族に限らず、魔法学園に入学していないはずの人にまで広がっている事実を突き止めていた事を話す。
魔力は思っていたよりも多くの人の中に存在しており、魔法学園で学んだ事とはちがっているようだ。
「ハズレだった場合は誰かに売れば良いわけっスよねぇ、
ちょっと高いけど、やってみようという人は確かに多いと思うっス」
「クレア様、口調、だからこそ厄介なのです。
広く浅く売っているだけに、出所が曖昧なので一網打尽にできません」
「私達も噂話をたどってようやく、だったものね」
「でもお姉さま、そのルクレツィア嬢なんですけど、
そのうち自分の店で売り出す、ような事を言ってましたよ?」
「あら、あのご令嬢も、お店を持ってらしたの」
「それがなんと王都第二広場の中らしくて、同業者というより、ガチの服屋なんですよ」
ロザリアはクレアの話から、ルクレツィアが経営している店が、
この世界で一般的なお針子による一点ものの仕立て屋や、
自分たちが経営している古着屋のような店ではなく、
”既製服”という概念の元に作られた、前世で馴染み深い『服屋』だった事に驚く。
それはこの世界が17世紀前後をモデルにしたという事を考えると、
軽く200年以上後の世界の発想だからだ。
「……へぇ、凄い才能ありそうね、その人」
「先見の明はかなりありそうですね。
あの化粧水も闇の魔力に汚染されてしまうという副作用が無ければ、
販売方法も考えられていたものなわけですから」
「お母上のフルーヴブランシェ夫人への対抗心もあっての事みたいなんですけどねぇ、
お城で広く浅く広めて、自分の店で売り出すつもりらしいです。
売り出されると厄介そうっスよね、国から販売禁止とかできないのでしょうか?」
「それも難しいらしいの、効果は間違いなくあるのだし詐欺とは言えない、
それに闇の魔力と言ったって、存在を確認できたのはついこの間なのよ?
しかも、魔法研究所のマクシミリアン所長がそれを検知できる装置を開発したのは、それこそつい先日と言って良いわ。
そのような状態では、闇の魔力自体が把握し切れてなくて、何だか怪しそうな代物なので禁止する、という処置も取りにくい、って」
「王宮側は魔王薬との組み合わせが発覚した時を恐れているようですね」
女性の心理として一旦化粧水の効果を体験してしまうと、化粧水の効果がより上がると聞かされたら確実に手を出してしまうだろう、というのが予想でき過ぎた。
『あのぷるっぷるはマジイカツいって! 女子ならあれ絶対手放せないからね!マジで!』
「いずれ魔力が強いほど効果が出る、なんてのは知れ渡ってしまうっスよね?」
「どうしたものかしら、ルクレツィア嬢に、あの化粧品は危険だ、と思いとどまらせようかしら?」
「んー、ダメじゃないですか? お姉さま。
夫人に対する態度からすると余計に頑なになってしまいそうですよ?」
「フルーヴブランシェ侯爵夫人も言い聞かせてたけれど平行線だったものねぇ」
「だったら話は簡単っス。そのルクレツィア嬢のお店に化粧品を卸してる奴らを突き止めて、そっちを潰せば良いんでは?」
「ああ、もういっそそうしようか、化粧品を作っている所を突き止めて、あとは流れで?的な?」
「何なのですか、その場当たり的な作戦は」
途中までは真面目に語り合っていたロザリアとクレアが、
段々と思考が雑になってきたのでアデルが冷静に突っ込む。
とはいえ他に手も無い事から、一同は(それなりに)真面目にこれからの事を話し合う事にした。
「とはいえ、お店の中をできれば、誰かに監視して欲しい所ね」
「私やお姉さま、アデルさんではちょっと顔が知られ過ぎてますよね?
同じ広場内でお店やってるわけですし」
「”ローズ”さんが突然働かせて欲しい、なんていうのは白々し過ぎますね」
「やっぱりその手は使えない? となると、私達が知ってる子の中だと……」
「貴族のお嬢様相手でも問題無い身分で、いざとなったら戦えるくらい強くて……」
「何よりもこの問題に積極的に協力してくれそうな方ですよね……」
「というわけで、お店の監視を手伝って欲しいのよ」
「どうしてわたくしですの!」
ロザリア達はさっそく神王の森に夏季休暇で戻っていたサクヤに会いに来た。
当然、よくわからない事を頼まれたサクヤは不満げである。
だがロザリア達の真剣な表情を見て、仕方なく話を聞く。
すると事態はかなり深刻だという事をサクヤの母のレイハも理解し、
ロザリアの意見を受け入れるのだった。
「いやいやいや、良いじゃないサクヤちゃん、
夏休みにちょっとした社会経験を積むのも」
「無責任な事を言わないで下さいまし!
お母上がお国から命じられたのは、魔王薬の監視と殲滅でしょう!?」
「とはいえねぇ、この化粧品も中々バカにできないよ?
広く浅く国を蝕む。ついでに魔王薬に手を出す土壌ができるのも期待できる。
いつまでも美しくありたい、という女心に付け込んだ悪質な商品だと思うよ?」
「このような化粧品を作り出している以上、魔王薬と無関係では無いと思います。
次の段階として、効果が弱まって魔力が強くないと効かない商品、というのも考えられます」
母子の会話にアデルも補足し、説得を試みるのだった。
「ああ、その段階で、これ付けるか飲むかすると化粧品の効き目が良くなる、
とか言われて魔王薬もどきを合わせ販売されると怖いねー。お姉さんは買わないけど」
「それにしても、そのお化粧品ってそんなに効き目がありますの?」
「あ、試してみます? 後で私が治療しますので」
クレアが光の治癒魔法なら”治療”できるというのにレイハが目を輝かせる。
いつの時代も世界でも誰でも、試供品とかタダでお試しには弱いものだ。
「じゃあお姉さんにお願いしようかな、さすがに2児の母ともなるとねぇ」
「ええー、必要そうに見えませんよ、下手すると私の母より若々しいんですけど」
「またまたー、お上手だねぇロザリアちゃんはー。んじゃちょっとだけ付けて……。凄いなこれ」
化粧水の効果にあのレイハが真顔になっていた。
真剣な顔で何度もお肌を突っつき、その場で1ダース買い占めそうな雰囲気だった。
「うわ……、ぷるっぷるのふわっふわですわー、お母上。
まるで赤ちゃんの頃のワカヒコのほっぺみたいですわ!」
「はいレイハさん治療します! はい治った!」
「ああー! せめて顔全体を1度試してからー!」
「だーめーでーすー! これはお肌が異常な状態なんですよー!」
クレアが一瞬でお肌を治療したが、レイハはまだ未練たらたらな様子だった。
「お願い!ちょっとだけ!ちょっとだけでいいから!」と既に中毒症状寸前である。
「……恐ろしい化粧水だねこれ。
この私が、これならちょっとくらい闇の魔力に汚染されても良いじゃないか? と思ってしまったよ」
「本気っぽく聞こえますから、恐ろしい冗談を言わないで下さいっス」
「いえ、このバカ母は本気ですわ」
「まぁともあれだ、サクヤ、この化粧品は放置するとまずいよ。
一気に魔王薬が広まる土壌ができかねない。というわけで、行って来なさい」
「ええー、はぁ……。仕方ありませんわね……」
レイハの説得に、渋々という程嫌そうでもなくサクヤも従うのだった。
次回、第9章『悪役令嬢と美の戦争』
第107話「わたくしがルクレツィア嬢のお店でショッピングいたしますわよー!」「またコールを乗っ取られたんですけどー!?」
読んでいただいてありがとうございました。
また、ブクマと評価をありがとうございます。とても励みになります。
予告のあったように、明日も更新し、来週から月水金の固定の更新になります。
更新頻度がやや遅くなりますが、どうかご了承下さい。
また、既にお気づきかも知れませんが、8章の見出しを変更しております。
最初は”キャッスルカースト”という単語を思いつき、
これならいける!と話を書き進めていたのですが、
どうもオチが7章と似た感じのバトル展開しか思いつかなくて止めました。
最初はキャッスルカーストで成り上がっていくロザリアとか考えたのですが、
既に令嬢の最高位のロザリアがどう成り上がるの……?とか
考えたらお茶ばっかり飲んでるな……となってしまい、
この章は情報収集の章だとサクッと終わらせる事にしました。
どうか次の章の展開にも期待していただければと思うばかりです。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。