第105話「潜入捜査っス!」
「とりあえず、この認識阻害の魔石具を使えるうちに、
フルーヴブランシェ家の調査はしとくべきっスよね?」
クレアはルクレツィアのテーブルで聞くだけの事を聞くと屋敷の中を確認する事にした。
とはいえ、邸内に入ってみるとその豪華さにその辺の部屋を開けて中を漁る気にもなれず、
メイドの格好なのだから、と、その辺を堂々と歩き回ってみる事にした。
「うわー、お姉さまの家より豪華っスねぇ……。この壺とかいくらするんだろ」
ローゼンフェルド家が武門の家柄というのもあり、邸内がわりと簡素だったのに対し、
フルーヴブランシェ家の内装は豪華そのもので壁には様々な絵画が並び、
調度品1つ取っても明らかに手の込んだ精緻なものだった。
「うわ壁が柔らかっ、これ何貼り付けてるんだろ」
何気なく壁に手をついたクレアがその感触に思わず手を引っ込める。
壁に貼られているのは壁”紙”とは名ばかりの、
織られた布のようなもので、厚みもあるものだった。
それが壁や天井一面に貼られているという事は、
どれだけの費用がかかるのかクレアには見当もつかない。
「うーん、でも広くて豪華なだけで、怪しそうな所は無いっスねぇ……、だんだん飽きてきた」
広すぎる家というものは長い廊下にドアと学校の校舎のように無機質なものに近づくので、
これをごまかす為に壁紙や調度品とかが豪華なんだな、とクレアは思った。
「さっきのルクレツィアさんって人の部屋なら何かあるかなぁ……、
その部屋がどこなんだって話っスけど」
それぞれの部屋に『~の部屋』という表示があるわけでもなく、
廊下に『台所まで~m』という表示があるわけでもないので、
クレアはひたすら廊下を歩き回るハメになった。
そろそろその辺のドアを開けて回らないといけなかったが、
この認識の魔石具はあくまで他人が自分を認識するのをごまかすだけで、
ドアを開けたら、何もないのにドアが開いたように見える。と言われており、
心霊現象騒ぎを起こすわけにはいかないと控えていたのだ。
ぐるぐると回ってみると、どうも1階は社交用の部屋が多く、
晩餐室・応接室・ダンス用の広間といった部屋になっており、
隠さないといけない物は来客の目にも止まるこういう所には置けないだろうな、と、
クレアは2階に上がってみる事にした。
手すりの細工も豪華な階段を上がってみると、
こちらのフロアは1階程豪華というわけでもなく、明らかにプライベート空間だった。
「うーん、なんか生活感を感じる分、だんだんと悪い事をしてる気になってきた……」
クレアには人の家を覗いて回る趣味も無いので、
人の気配の無い部屋のドアをこっそり開けて中を確認して周り、2階は早々に引き上げる事にした。
「”商品”って言ってたし、自室に置いておくのも不便ッスね。
という事は、裏口の近くとか地下室とかそういう所かなぁ」
クレアは無闇に歩き回るより一旦外に出て裏手に回り、
荷物が搬入できそうな裏口を探してみる事にした、
すると、裏手の半地下になっているような所に厨房らしき窓があり、その近くに大きな扉がある。
「あそこかなぁ、とはいえ、中に入るには……。お、開いた」
今日は庭園側でお茶会が開かれている事もあり、
便利が良いこちらから料理の搬出が行われているようで、頻繁に人の出入りがあるのが幸運だった。
開いた扉からは、トレイに料理らしきものを乗せたメイドが何人も出てきて、急ぎ足で庭園の方へ向かっていく。
クレアは扉が開いた隙に邸内に再度入り込み、今度は裏側を探索してみる事にした。
入って左側は人の気配が多い事から厨房か、と当たりを付けて反対側へ歩くと、そこは地下道のようになっていた。
「おお、ついに怪しげ?な所に来たっスね」
地下道を歩いてみると、横にはいくつも扉があるが、だいたいは貯蔵庫のような所で、樽などが並んでいた。
「(ちょっとここからは、静かに進んだ方が良いみたいっスね)」
が、これまたクレアが望むような怪しげなものは無く、最奥はワイン蔵があるだけだった。
「メイドも歩けば棒に当たる、ってわけにもいかないかぁ。
人の出入りのあるお屋敷では何か隠すのも大変そうだしなぁ、お屋敷の中には無いのかも」
と、クレアは屋敷内の中の探索を諦めて外に出る事にした。
が、敷地が広い、広すぎる。お茶会が終わるまでにはどう考えても見て回る事はできなかった。
「いくら侯爵で裕福とはいえ、王都の城に近い一等地をこんな持ってるのって
犯罪に近く無いっスかねぇ……」
クレアはぼやきつつ屋敷から裏門に通ずる道すがら、何か無いかと歩き回ってみる。
すると、脇道から敷地内の小さな森のようになっている所に伸びる道があった。
周囲を見回しても人の出入りの少なそうな別棟ばかりだったので、クレアはその道を進む事にした。
「ん-、私の当てにならない女子のカンがあっちへ行けと囁く……」
誰に言いわけをするわけでもない事をつぶやきつつ、クレアはとりあえず怪しそうな森に近づいた。
そこは山すその一部が敷地に食い込んでおり、
フルーヴブランシェ家の所有する土地の都合上、森が残っているようだ。
それなりに慎重に道を進んでいくと、小屋のようなものが立っていた。
まだ道は先があるが、その小屋の中で何人かが作業らしきものをしている。
「今日の出荷分はこれだけか?」
「へい、もうじき数が揃います」
薄暗い小屋のテーブルの上には青く尖った化粧瓶が並んでおり、
使用人のような姿の男たちはその中に液体を注ぎ込み、
ピンセットのようなもので木の葉のようなものを押し込み蓋をしていた。
別の男はそれを布で包み木箱の中に入れている。
「(お、見つけた。あれが化粧品っスかね? でも表向き化粧品なら、堂々と作業すればいいのに)」
クレアはその様子を窓から見てると瓶の中の液体がうっすらと青く光り始めた、
これで完成なのだろうか?と思いクレアが小屋に近づくと男達が騒ぎ出す。
「(?こちらを認識はできないはず、なのに?)」
「なんだおい、光り始めたぞ」
「これは異常だ、ちょっと待っていろ」
男達の中でも身なりの良い者が小屋の中の通信用魔石具らしきものを起動し始めた。
その魔石具に映し出された姿にクレアの息が止まる。
『ドウシタ、コレハ緊急用ダガ?』
「いえそれが、この化粧水が光り始めまして」
『探セ! スグソイツヲ始末シロ!』
「(げっ!? はっきり見えなかったけどフォボスとかいう奴!? まずい!)」
クレアはいざという時魔法が使えないと困ると、ネックレスの魔力抑制をギリギリまで押さえてはいたが、
何故かそれが化粧水に反応して発光してしまったらしい。
これまでは明るい所で見ていた為に気付かなかったのだ。
慌てて魔力抑制を全開にするが、怪しまれてしまったのには変わりがなく、その場を立ち去った。
「光が消えましたぜ?」
「いや、完全に消えてはいない。まだ近くにいるはずだ、探せ!」
『何トシテモ探シ出シテ始末シロ!』
クレアは逃げても逃げても足音が追ってくるので焦っていた。
存在自体は認識阻害の魔石具で気づかれてはいなかったはずだが、
魔力の反応を追われては意味が無かった。
「(やばいやばいやばい!)」
クレアは大慌てで来た道を戻り続けるが、道は1本の為にとにかく戻るしか無く、
森の外に出て明るくなってしまえば瓶が発光しているか判別できなる事を期待するしかなかった。
今は杖も持っていないため、万が一にもフルーヴブランシェ邸を破壊するような事態は避けたかったのだ。
「おかしいな、一本道なのに誰も見当たらないって」
「おい、魔石妨害具を使え、あれなら周辺で何らかの魔石具が使われても無効にできる」
「(ええーっ!? 何でそんな物まで持ってんスかー!?)」
クレアはとにかく身を隠して逃げて逃げて森の中を走るうちに、
いつの間にか森の中に広場のような開けた場所に来ていた。
そこには東屋のようなものが立っており。そこに1人の男性が座っている。
年齢は30代のようにも見えるが、整った顔立ちに漆黒の長髪、
黒を基調とした服装に金の装飾が入っており、明らかに高位貴族だった。
「誰だ」
「し、失礼いたしました! 当家のメイドでございます!」
「ほぅ? それにしては誰かから逃げていたようだが?」
「いえあのそれは」
男はクレアの姿を見とがめ、詰問するように問いただす。
その声は明らかに人を支配する事に慣れたもので、
基本的に貴族に対し全く敬意を持っていないクレアであっても
思わず平伏してしまいそうになるほどに威厳と力を持っていた。
クレアが身動き取れなくなっているうちに、背後から聴こえる声がだんだんと大きくなる。
「いたぞ! こっちだ!」
「人が多いな、人払いをと言ったはずだが?」
「こ、これは大公爵様、失礼を致しました。あの、庭園の方でお茶会に参加されていたのでは?」
先程の小屋で男達の作業を管理していたらしい身なりの良い男が、
恐縮しきった様子で”大公爵”と呼ばれた男に頭を下げる。
「気まぐれに参加してみたが、会場を見て趣味が合わずにその気が失せた。
こちらで茶を飲んでいただけだ」
「そ、そうですか。して、そのメイドは?」
クレアは黒い貴族が王妃から警告されていた”大公爵”だったというのと、
自分は追われていたという事等考える事が多すぎて内心パニックになっていた。
「私が連れて来た侍女だが、何か問題があるか?」
「は……?」
「ほう?私の言葉を疑うのか?」
「いえ決してそのような事は! おい引き上げるぞ!」
数人の男達が走って森を出て行くのを確認した後、大公爵は椅子に深く腰掛ける。
そして、立ち尽くしているクレアに声を掛けた。
「おい」
しかし、その言葉とは裏腹にまるで興味が無いように視線を向けていなかった。
目線が男より上だという事にようやく気付いたクレアは、 慌てて膝を突き頭を垂れる。
そうしなければならない程の威厳が感じられたからだ。
「ふむ、お前は一体何者だ?」
「わ、私は当家に仕えております、クレアと申します」
「名は聞いたわけでは無いのだがな。もういい、行っていいぞ」
クレアはとりあえずは助かったと思い、急いでその場を離れた、
身体は震え、脚がもつれる。
今までどんな高位貴族に出会ってもここまで畏怖を感じたことは無かった。
それだけこの人物が異質だったのだ。
「あれが今代の聖女か。時代は変わるものだな」
男はクレアが去っていった方を眺めながら呟く。
そしてまた、全てに興味が無さそうな眼になり、静かに紅茶を飲み始めるのだった。
次回、第8章最終話 第106話「お茶会を終えて」