第104話「どうやら怪しげな人が見つかったようっス」
「まぁ……ロザリアさん、それで良いのです。商売とはそういうものなのですよ!」
「……はい?」
感極まって自分の手すら握ってくる侯爵夫人に、ロザリアは固まっていた。
「あなたがおっしゃる通りなのです、商売はたしかにお金を儲けなければなりません。
されど貴族たるもの、淑女たるもの、それだけを追及してはならないのです。
儲かりさえすれば何をしても良い、というのでは無法者や犯罪者と変わりませんわ。
そのような事で手にしたお金が何になりましょう、
そもそも私の実家は……」
商売に関しては一家言あるらしく、何故か夫人は商売に関してのあれこれを語り出した。
聞けば夫人は実家の祖先が豪商であった事から魔力も無く、
貴族社会や社交界で低く見られ続けてきたのを良しとせず、
ドレスやアクセサリー、それこそファッション全体で様々な事業を起こし、
王都のファッションリーダーにまでのし上がった、との事だった。
「夫に対する『持参金目当て』などと言う不名誉な噂も、自らの手腕で吹き飛ばしましたわ!」
「おおー」
ロザリアは無意識につい素のギャルのノリでぱちぱちと拍手をしながら同意してしまった。
貴族らしからぬその言動が面白かったのか、
夫人は特に不快に感じた様子も無く、むしろ興味深そうにしていた。
「ロザリア様はやはり変わった、いえ、興味深い方ですわね。
実際に会わないとわからないものですわ。
独自の経営で、お店を流行らせるだけはありますわ」
「いえ、そんな大層なものでは、元々孤児院への慈善活動ですので、まだまだ赤字なのです。
それよりも、孤児院の経営が安定して、子供達がきちんと育ってくれる方が嬉しいですわ」
「ああ、そういえば発端はそういう事でしたわね。
……はぁ、自分が情けないですわ、あの子もロザリア様のようなら……」
「あの子?」
急に表情が曇った夫人の様子に、ロザリアは何気なく問いかける。
夫人には娘がいるのだが、夫人の商売人の部分だけを受け継いでしまったのだという。
「あの子は発想こそ飛び抜けているのですが、少々配慮が足りない所がありまして。
変な所だけ私に似て、あれは話題になる、儲かるというお話しばかりで、
この間も妙な化粧品を見つけてきて」
「! 化粧品、というのは、青く尖った瓶の化粧水ですか?」
「ええ、ええ。なんでも人を選ぶのですが、効果がある時は物凄く効果がある、とかで。
私はそんなお客に賭けをさせるような商品は駄目だ、と止めたんですよ」
夫人が語るその話は、まさにロザリアが探していたものだった。しかも夫人の娘だという。
その令嬢の事を聞き出そうとしたその瞬間、声をかけられてきた。
「あらお母様、折角私が見つけてきた化粧品に、文句をつけるなんて酷いですわ」
突然通りかかった令嬢が話しかけて来た。どうもこの令嬢が夫人の娘であるらしい。
年齢はロザリアよりやや上といった所だろうか。
茶色寄りの金髪に翠眼だがやや釣り目がちの瞳をしており、勝ち気な印象を受ける。
着ているのは伝統的なドレスとはかなり違ったデザインで、
ロザリアの知る前世の服にも似た印象を受けた。
「ルクレツィア、お客様の前ですよ。それに、私は何度も言ったでしょう、
全ての商品は全てのお客様に対して、同様に意味があるべきなのです」
「お母様は考えが古すぎますわ、私はお客に夢も売っているだけです。
綺麗になれるかもしれない、という夢を」
「それは詭弁です!」
『化粧品を売っていたのは、夫人じゃなくて娘の方って事?』
突然始まる母娘の諍いにロザリアは目を白黒させる。
その後も夫人と娘は口論を続けるが平行線だった。
やがて執事なのかお茶会の始まる時間だ、と告げられて何人も招待客が訪れ、
夫人から紹介されているうちにルクレツィアと呼ばれた令嬢は別のテーブルへ行ってしまった。
ロザリアは一刻も早くルクレツィアと呼ばれた娘と話をしようと思ったのだが、
これがなかなかうまくいかない。
何しろフルーヴブランシェ夫人の話が上手い。
親子ほども離れた年齢ながら、結局は女子会の延長である為、
王宮のゴシップやら恋バナ、今現在好評を博している舞台の話などロザリアが聞いても楽しいものだったからだ。
それだけなら先程の会話の延長だったのだが、
夫人は先ほどロザリアとの雑談で仕入れたネタを的確に会話に盛り込んて来て、
初めての参加者であるロザリアに疎外感を抱かせないよう、時に話題の中心にしたりする、
「ロザリアさんは、第二広場で教会孤児院の経営している古着屋の
共同経営者になっておられるんですって、この年齢で立派よねぇ」
「あ、ありがとうございます。
その、魔法学園の仕事で、孤児の少年と知り合う事がありましたので、その縁なのです」
また、ロザリアの方も先程夫人に話した事をそのまま繰り返すだけで良かったので、話し易かった。
どうも先ほどの雑談は、この為の情報収集だったようだ。
『この人のコミュ力ヤバ過ぎない? ウチもそれなりだと思ってたけどそれ以上……』
「普通なら、教会なりに寄付をして終わりなのに、ご立派だわぁ」
「い、いえそんな、その、家の者から、『彼ら彼女らが自立するような事でなければ意味が無い』と諭されまして」
「いかにもお武家のローゼンフェルド家らしいですわ。はるか遠くを戦略的に見てらっしゃるのですね」
「この件ではローゼンフェルド侯爵夫妻もそれはお喜びだったそうですよ。
何しろ『娘の初めてのおねだりが、教会への寄付だった』と、それは誇らしげでしたもの」
「よ、よくご存じですね……」
「ああ、これは貴女のお母様のお茶会に参加された方からの又聞きですのよ?
そんな恥ずかしがらないで、誰もが賞賛しておりますわ」
「そうですよ、皆安心しておりますの。
何しろロザリア様は、今までほとんど社交の場には出ていらっしゃらなかったのですもの。
皆どのようなご令嬢が次期王太子妃なのか、と不安でしたのよ?」
「あ、ありがとうございます」
ロザリアは内心冷や汗をかきながら顔だけは必死に取り繕う。
やはり貴族社会は油断できない。社交界での情報網のとても濃密なものだった。
その後もどこから仕入れた情報なのかロザリアに関する雑談は続く。
「魔法学園で女帝のように振る舞っているとお聞きしましたけど、噂なんてあてにならないものですわねぇ」
「本当に、真偽のわからない噂が多すぎましたわ。同級生を奴隷のように扱って教育していたとか」
『いえ芝居として似た事はやりました』
「魔技祭が怪物が出現して、剣を片手に立ち向かったとか」
『それは本当なんですけどー』
その後も出るわ出るわ過去の自分のやらかし、行動が。
ロザリアは普段の教育の賜物で表情はできるだけ出さないようにしていたが、
心の中は気恥ずかしさやら、自分に関する情報が筒抜けになっている恐怖でいっぱいだった。
『こ、怖っわ~。何このネットワーク! 前世のSNSよりよっぽど濃い!!』
「ロザリア様は――」
『サーセン、それ全部ウチです』
「ロザリア様の――」
『それもウチです』
「ロザリア様へ――」
『ウチです…』
『怖いー、マジ怖い―、ねぇプライバシーどこー? ウチのプライバシーが迷子なんだけど―』
夫人達はただ世間話をしているだけなのだが、ロザリアにとっては精神的拷問に近い。
クレアは近くでアデルと共にメイドとして控えているが、
「私の村も田舎だから、おばちゃんネットワークでプライバシーなんて無いも同然っスけど、ここも大概っすねー」
とロザリアに同情していた。
そして、あの様子ではロザリアはフルーヴブランシェ夫人のメインテーブルから動けない、と判断し、自分で動く事にした。
「アデルさん、私、この状態なら、あのルクレツィアさんって人の側に立っていても気づかれないでしょうし、あっち行ってますね」
とアデルに耳打ちして、自分はルクレツィアのテーブルの側に控えた。
「おおー、今まで貴族というと魔法学園の事ばっかりだったけど、
こっちの方がよほど貴族のお嬢様のイメージに近いっスね」
こちらのテーブルでは、侯爵令嬢であるルクレツィアを囲む形で令嬢が集まっていた。
クレアが聞き耳を立ててみると、意外にもルクレツィア自身は魔力を持っていないとの事だ。
この国では上位貴族はほぼ魔力持ちと言われるが、
それはあくまで傾向であってルクレツィアはその例外の方だったようだ。
だが、周囲の貴族令嬢達もそれは同様のようで、
どうやらルクレツィアが三大侯爵家の令嬢でありながら魔力持ちではないという事で、
逆にそういう令嬢達の受け皿になっているようだ。
尚、魔力持ちの貴族は魔法学園での生活の流れから同学年、または1つ上か下の、巾3歳くらいの年齢グループでまとまる傾向があるが、
こちらは魔力を持たない貴族女性のグループという事で年齢も身分も割と幅広く受け入れているようだ。
話題は夜会の話が多く、メインは恋バナと言いたい所だが、こちらの方がもっと切実だった。
何しろ彼女らの年齢だと、独身の場合はあと数年で結婚しないといけないからだ。
「~伯爵の所で夜会があるそうなのだけど、あなたもどう?」
「でもそのお宅の参加者って、もう魔力持ちの人は残っていないわよね?」
「もうこの際、魔力無しで妥協しなさいよ」
などという情報交換は当然として、
中にはもう結婚して子供がいる女性もおり、もはや令嬢ではなく、夫人だった。
なので婚活と子育て又は妊活の話題が平行するという、かなりカオスな空間ではある。
「(この人達って、私より数歳年上なだけなんスよねぇ……)」
あまりに年齢層も話題もバラバラな事から、
クレアはルクレツィアの会話のみに耳を傾ける事にした。
「そういえば、ルクレツィア様のお店、今はどんな感じですの?」
「色々大変よ? 近くのお店が色んな事を始めるものだから、ついて行くのが大変だわ。
今や大賑わいよ、あの広場って」
「あら、ルクレツィア様のお店って、そこそこ静かな所と伺っておりましたのに」
「向かいの店なのだけどね? 服を飾るように陳列したり、髪結いとか化粧までするようになったのよ」
「(んんー? どこかで聞いたような?)」
「あれやこれやと、よくあんな新しい事を次々に思いつくものだわ。
隣には猫を放し飼いにして、それを見て楽しむカフェまで作ってしまうし」
「(はい確定ー!)」
「最初は元手が教会の寄進物だかの古着だから、どんな売り方しても同じだろう、と思っていたけれど、
正直脱帽よ、まぁその代わり、売り方は少々こちらも真似させてもらったけど」
「ええー、ルクレツィア様のお店って、これからは大量生産の時代だ、と言って、
同じデザインで、様々なサイズを取り揃えてるんじゃなかったんですか?」
「自分でも発想は良かったと思うのよ、いずれはそういう時代が絶対にやって来ると思うの。
でもねぇ、同じデザインの服を着た人と街の中で顔を合わせるかもしれない、
というのが予想以上に抵抗あるみたいで」
「(この人すっご……、発想が200年は先を行ってますねー。
でも、同じ服を着る人に会うのが嫌、かぁ、そんな考え方もあるんスねー)」
史実であっても、例えば宮廷画家が描く絵画に描かれたドレスは、
縫製やデザインから仕立てた工房が判別できるくらい、
服というのは長く1点ものという性質が極めて強かった。
それゆえの忌避感からルクレツィアのいわゆる”服屋”は苦戦していたのだった。
「でも、まだこれからよ、良い商品を見つけたの、これなら絶対にあの店に勝てるわ」
「ええ、何なのですか?新しい商品というのは」
「秘密よ、まだ色々と試験中なの」
「(ん? もしかして? 仲間うちに広めてるって訳じゃないんスね?)」
次回、第105話「潜入捜査っス!」