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第103話「なんだか最近お茶会ばかりなんですけど…」

とある日の午後、フルーヴブランシェ侯爵夫人のお茶会は盛大なものだった。

何しろ貴族女性では国内最大の派閥である。

タウンハウスの庭園でのそれは、ちょっとした夜会をしのぐ規模だった。

いくつもの傘付きのテーブルが並び、ケーキスタンドや様々な菓子類が載せられている。


そして奥の方にある一段高い場所には、薔薇の花や白いレースなどの豪華な装飾をされた席が用意されていた。

そこに座るのは当然今回のお茶会の主催であり主催者でもあるフルーヴブランシェ侯爵夫人だ。

王妃経由で招待されたロザリアは侯爵令嬢らしく着飾った姿で訪れ、

侍女としてアデルとクレアを連れている。


「すっご……、うちでお母様が催すのとは規模が違うのね」

「ローゼンフェルド家はあれで武門の家柄ですからね。

 あまり華やかにすべきではないという家風もあるのです」

「はぁ、私はやっぱり控えのメイドとして来て正解でした。気後れしちゃいますよ」

クレアは苦笑しながら言う。元々令嬢として参加をと言われたのだが固辞したのだ。


「あら、クレアさんだって、来年には新成人の舞踏会(デビュタント・ボール)に出席しないといけないのよ?」

「え、何ですか、それ、成人式みたいなものですか?」

「まぁ似たようなものね、新成人の女性は王家主催の夜会に出席して、

 国王陛下に拝謁して初めて社交界で一人前の女性と認められるのよ」


尚、この国での社交シーズンは議会が招集される1月からなので、年始の挨拶も兼ねている。

また、貴族間の結婚もその前年に婚約発表をするのが通例となっている。

故に多くの新成人の女性は、婚約者の男性を連れて王宮で行われる夜会に参加する事になり、

そこで初めて貴族の淑女(レディ)としての社交界へのデビューとなる。


「はぁ、そういうものなんですか……。

 ちょっと待ってください、私別に社交界デビューするつもりないんですけど」

「クレア様、残念ながら王太子殿下から家名を(たまわ)った以上、避けられないのですよ」

「ええー……」

「まぁまぁ、それについてはリュドヴィック様の責任もあるから、

 おいおい考えてあげるわ。今はこのお茶会に集中しましょう」

「はぁ、それじゃ私、離れて見てますね?」

クレアは存在認識阻害の魔石具を発動した。これは王家から特に許可を得て貸し出されたもので、

要はド〇え〇んの「石ころ帽子」みたいに、周囲から気にされなくなるものである。


「クレアさんは何も変わってないようだけど……。これで本当に見えなくなったのかしら?」

「私達はこのカフスボタンで対象外になっていますからね、クレア様、適当な事で試してもらえませんか?」

「りょっス。おーい、見えるー?」


クレアはその辺の偉そうな貴族女性の前で、ぶんぶんと手を振ってみた。

「あ、貴族女性には無視されるんだった」と、

その辺に控えている侍女やメイドの前でぶんぶんと手を振ったり、

変顔や一発芸をやってみたりと、やりたい放題である。


「よし!大丈夫そうなので、その辺に控えてますねー!」

と走って離れていくクレアを、

先程の会話で夜会に緊張していたが、この分なら問題無いのでは……?

とロザリアとアデルは見送りながら思った。

「大丈夫そうだけど、別の意味で大丈夫かしら?」

「持たせてはいけない人に持たせた気がちょっといたしますね……」

「けどああいう物があるって、ちょっと怖いわね?」

「あれは王宮の警備用に特に認められたものですから。

 城内では使用できなくなっておりますし、

 特殊な魔石具だと丸見えだそうですから、万能でもないんですよ」

とはいえ、今現在のようなフルーヴブランシェ家のタウンハウスのような場所では有効過ぎるので、

取り扱いは特に厳しく管理されている。


「それにしても、結構な規模ね? どうしようかしら」

「心配せずとも、お茶会では主催者が客をもてなすものです。

 フルーヴブランシェ侯爵夫人の所へ行けば、あちらが自然に相手をして下さいますよ」

「という事は、中央の一番大きなテーブルかしら?」


ロザリアは改めて会場を目の当たりするとさすがに緊張している様子だったが、

それでも表情には出さず堂々と侯爵夫人の所へ歩いて行く。

その堂々たる姿に、既に来ていた参加者の貴族達からは感嘆の声が上がった。


席に近づくと、フルーヴブランシェ侯爵夫人は

まだ少々開催時間には早い事からあれこれと指示を出している所だった。

アデルを通じて、先方の侍女に来訪を告げてもらうと、

夫人はすぐにロザリア達の方へと向き直る。

そして優雅な仕草で手を差し出し、ロザリアを招き入れた。

まずは主催者の侯爵夫人と軽く挨拶を交わし、

既に着席していた他の招待客にも紹介される。


侯爵夫人の第一印象は、一言で言うと「食えない女性」だった。

年齢は40代前半程だろうか、一見穏やかに見えるが、

目力があり油断ならない雰囲気を持つ女性だ。

髪色は赤みがかった茶色で瞳は淡い青色をしている。

ややふくよかな体型をしており、最新の高級品であろうドレスを(まと)っている。


ロザリアが良く知る侯爵夫人と言えば当然自分の母親であるが、

あちらはあちらで茫洋(ぼうよう)としているようで、常に的確に状況を見極めていた、

先日のローゼンフェルド家への襲来の際は近衛兵達に臆する事もなく、

てきぱきと使用人に指示を出していたというから凡人とは言い難いだろう。


だが、目の前の侯爵夫人は、自分の母とも違った印象を受けた。

いかにも包容力のありそうな風体で、穏やかな口調であるが、

自然体のロザリアの母とは違い、どこか余裕が無かった。

理由はわからないが、この余裕の無さがこのような国内最大派閥に至った原因なのかとロザリアは予想する。


まだ開始時間には早かったが、椅子を引かれたのでロザリアはそこに座った。

すぐに紅茶が出され、一口飲むと良い香りが広がり、少し緊張が取れたように感じた。

指示を出し終えた侯爵夫人はそれを見ると微笑み、ロザリアに語りかけて来た。


「ようこそいらっしゃいました。

 王太子様の婚約者としても名高いロザリア様が公式に参加していただけるお茶会が、

 当家が主催するものというのは光栄だわ。今日は楽しんで行ってくださいね」

「ありがとうございます、侯爵夫人様。私もこうして参加出来て嬉しいですわ」

「まぁまぁ、そんなに固くならずに。

 それじゃ皆様、ちょっと早いですけどこのテーブルだけでも始めましょうか?」


侯爵夫人は時間厳守よりも既に来てくれている人達との交流を深める事を優先してくれたようだ。

ロザリアも人数が少ないこの方が気楽である。

最初は身分の低い者から自己紹介していく、その後、表面上は何事も無くお茶会は進んだ。


ロザリアも年齢層こそ違うものの、会話自体は楽しんでいた。

貴族のゴシップもそれなりにはあったが、ロザリアの年齢を考慮してか、

王都で流行している演劇や芸術音楽の話題など多岐にわたっていたからだ。

そしてそれは全て流行の最先端といって良いものだった。


『あー、前世の学校でもいたわ、常に自分が流行の最先端でないと気が済まない系?

 コスメとかネイルの流行りまで、常にチェックし続けて、

 それを周囲に流行らせる事で自分アピってた系の子』


いわゆるインフルエンサーというものは、いつの時代、どの世界にでもいる。

だが最先端というのは、常に先頭を走っているからこそ存在価値があるもので、

それを喪ってしまえばただの人になってしまう。

そして、全くの無意識にではあるが、この世界ではロザリアもごく一部で流行の起爆剤になっていた。

当然その情報は侯爵夫人にも伝わっており、実はその点で警戒されていたのだ。

そしてその警戒心の矛先はロザリアの着ている服にまで向かう。


「ロザリア様のドレスですけれど、それは去年のものでございましょう?

 若干の手直しでごまかしてはおりますが、

 侯爵家ともなれば新しいのを用意すればよかったのではありませんこと?」

「お気遣いいただきありがとうございます。

 ですが当家は武門の家柄ですので、質素倹約とまではいかないまでも、

 これで十分という母の教えですわ」


フルーヴブランシェ夫人はよく見ていた。

ロザリアのドレスは確かに手直ししたものではあるが、

それなりに手が込んでおり、一見しては仕立て屋ですらわからないはずだったからだ。

だが、流行には縫製が真っ先に影響が出るもので、

その手直しした所と、ドレス本体の縫製の微妙な違いから見抜いたのだろう。


『お母様マジ感謝! やっぱり服装に突っ込まれたよー。

 こういう人は敵に回したら厄介そうだもんねー』

事前に母親に相談した所、

「あの人は何でもかんでも自分が最先端じゃないと気が済まない人だものねぇ、

主催者の顔を潰す事にもなりかねないから、去年のドレスを手直しした物を着ていくと良いわよ」

と、服装に適度な隙を作れと的確なアドバイスをくれていたのだった。


「服と言えばロザリア様、お店を経営しているのではなくって?

 王都第二広場ではかなり繁盛していると聞きましたわよ?」

「え、ええ、ちょっとした縁で教会が経営している孤児院を知る事になりまして、

 元々そこが経営しているお店だったのですが、

 経営が困っていたという事だったので、色々と支援しているだけですわ」

『怖っ! 色々知られてるみたいだよー! 怖いよー!』


「まぁ、でもあの広場には何件もそういった店舗があると聞きますけど、

 よく噂になるくらい繁盛させましたのね? どのような事をなさったの?」

「そうですね、商品が棚に畳まれて平積みで置かれていたりしておりましたので、

 魔法学園で使われている洋服掛けを参考に、商品が良く見えるように陳列を改善させましたの」

侯爵夫人の目がぎらりと光り、ロザリアは背筋に寒いものが走る感覚を覚えた。

目の前にいる女性は、今、敵対する獲物を見つけた獣の目をしていた。


「ああ、あの洋服掛け、あちこちの店で流行り出したそうですけど、あなたの店が発端だったのね?」

「え、ええ。でも元になるものは魔法学園でも使われておりましたし、

 私はそれを使わせてもらっただけですわ」

「ああ、お気になさらないで、発想の出どころがちょっと気になっただけですわ。

 そんな事よりも、あのお店ではお化粧や、髪結いまでしてくださるとか?」

「え? ええ、やはり新しい服を着た時は、晴れやかな気分にもなりますでしょうし、

 それに合わせてという人が多いのでは、と思いつきでやっただけですわ」

「そうだったの。そういえば名物店員もいらっしゃるそうね?

 彼女の話し方が王都でも流行しているとか」

ぐいぐい来る、やはり何がしかの流行の発端は気になるようだ。

それがどんなわずかなものであっても。

『怖いー! マジ怖いんですけどー! 何もかも掘り起こされそうなんですけどー』


「あ……、あの子は、突然店にやって来たんです。

 留学生でお金無いから働かせて欲しい、服を選ぶ感覚は人には負けない、

 というので試しにやらせてみたら大当たりで」

「なるほど……、という事は、意図的に起こしたものではなくて、

 様々な幸運が重なったという事だったのね」

「は、はい、あの、猫カフェの事もお聞きになられているかもしれませんが、

 あれも私が家で猫を飼っておりまして、本当に思いつきで始めたんです」


ロザリアが自主的に情報を開示したのと、

ロザリアが局所的にインフルエンサー気味なのは単なる偶然だというのがわかると、

侯爵夫人の雰囲気は露骨に柔らかくなった。

どうやら流行において敵対する存在ではないと認識されたらしい。


「まぁそういう事でしたの、それにしても、貴女は変わってますわね?

 普通そういう新しい事を始めたら、真似とかされると裁判を起こしてても止めさせますのに」

「私の関わる店ばかり繁盛しても仕方ありませんわ、

 猫たちの事もですけど、周辺のお店も含めて、あの広場全体が活気づけば、

 回りまわって自分の所も繁盛すると信じておりますの」

「まぁ……ロザリアさん、それで良いのです、商売とはそういうものなのですよ!」


フルーヴブランシェ夫人がロザリアの言葉を聞き、感情を隠しきれず思わず立ち上がって叫んだ。

その様子にロザリアは面食らう。貴族は普通感情を表に出さないのを美徳としているからだ。

『 おや? 何か様子が変わってきたぞ……?』


第104話「どうやら怪しげな人が見つかったようっス」

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