第101話「手がかり、げっとー!」
「王妃様とのお茶会は、まぁ無難に終わった、と言った所かしらね?」
「そうですね。さすがに王妃様が汚染なんてされてるわけ無いですし」
ロザリアは王妃クラウディアとのお茶会の後、さすがに疲れたので、
控え室を借りて馬車を待ちながらクレアと雑談をしていた。
こちらでも王宮のメイドが給仕をしてくれるので至れり尽くせりである。
いつもは侍女として給仕をする側のアデルは、
同様にソファで休めと言われたのでかえって居心地が悪そうにしている。
尚、控え室と言えども調度品や飾られている絵等は最高級で、
一般的な貴族ならこの部屋を応接室に使えるなぁとロザリアはなんとなく思った。
「そういえば、いつもお茶会ばかりですけど、夜会ってのはどうなんでしょう?
そっちの方がより怪しげな事やってそうっスけど」
「クレア様、口調、まだ王宮の奥部ですよ。いえ、それは止めておくべきです。
夜会となりますと、お酒を召した殿方とかもいらっしゃいますからね。
お嬢様方と相手が危険です。お茶会なら、基本的には女性のみですので」
「ちょっとアデル、私達はともかく、相手が危険って言うのは何なのよ」
「お嬢様方は魔法で反撃できますから。もちろん相手も使えますので、
どう考えても無駄な騒ぎが起こるとしか思えません」
アデルの淡々とした突っ込みに何も言い返せないでいるロザリアに、
クレアは確かに、もうお城に殴り込んだ時みたいなのはごめんだなー。などと思っていた。
「でもお姉さま、王妃様の言ってたフルーヴブランシェ侯爵夫人のお茶会に潜り込めば、本当に何か怪しい事がつかめるんでしょうか?」
「いえクレア様、フルーヴブランシェ家はこの国の3大伯爵家の1角です。
多少の魔力の上下どうので揺るぐ立場でもありませんし、
恐らく除外しても良いでしょう。用心すべきはむしろその周辺ですね」
「周辺といっても広いわよね? テーブルだっていくつもあるだろうし。
出席したら当然夫人本人と話さないといけないでしょうし、
そういう状態だと夫人近くの人しか探れないし、どうしたものかしら」
うーんとロザリア達は考え込む、先程の王妃のお茶会を参考にすると、
やはり夫人と延々会話する事にしかならないだろう。
とはいえ、そのような大規模なお茶会がそうそう開催されるわけもなく、
ロザリア達はお茶会の対策を考えながら、
とりあえずそれまではメイドとして城で仕事を続ける事にした。
「……よく考えたら、このお城で仕事してるのって、
お金もらえるんでしょうか?」
「そゆ所、しっかりしてるねー、クレアさんは」
仕事の途中、さすがに手際よくベッドメイクをこなすようになったクレアが誰に言うともなくつぶやいたが、
見た目はギャルメイドのローズとなっているとはいえ、超高位の貴族ゆえに
”働けばお金がもらえる”という感覚がそういえば薄かったロザリアは、
クレアの真っ当過ぎる疑問に少しだけ苦笑しながら答えた。
「いえお嬢様、そういう考えは大切ですよ。
お約束の花瓶を割ったとかの物損も発生しておりませんし、
きちんと内容もこなしての潜入です。侯爵様にお聞きしては?」
「あ! いえアデルさん! 自分は割と足手まとい気味ですし!
むしろ勉強になる事の方が多いというか」
「ですが、私達侍女やメイドは見習いでもお賃金は発生いたします。
国王陛下はそういう所に気が回らないかもしれませんよ?」
「うっ……、さすがに夏休みを潰してタダ働きは嫌だなぁ。学生ギルドのお仕事もできないし」
ロザリアの反応から、国王がどう考えているかも予想できてしまったクレアは、
アデルのアドバイスに従い、ロザリアを通して問い合わせてもらう事にした。
午前中の仕事を終え、帰宅前に食事を取ろうとロザリア達は食堂へと向かった。
昼食には少々遅い時間だが、周囲も忙しいのか同じ様に休憩を取る人が多く、
それなりに混んではいるが空席がない程でもない。
学園とは違い、様々な年齢の男女達が集まっての食事は壮観だった、
中にはこだわりが薄いのか、貴族らしき人まで食事をしている。
食事の値段も同様に幅が大きく、中には予約が必要なものまであった。
「まぁでも、いい経験になってますよ?これ」
「あーね、お城の中がどんな感じなのかなんて、こういう事でも無いとわかんないもんねー」
「誰も彼もが忙しそうにしてますもんね。
意外でした。貴族ってもっと優雅なものかと」
「みんな会議とか打ち合わせだらけだもんねー、
お城って要塞と思ってたけど、まるで巨大な会議場よココ」
この城では様々な事が話し合われている。
この国は元々各地の貴族が同盟を結んだ事で発生した国なので、
各所領ごとに法律があり、それぞれが自治活動を行っていた。
それらの取り決めが、王国自体の法律に抵触しないか、改訂の必要が無いか、
地方で1つ法律が提案されるだけで、何度も会議ですり合わせる事になるのだ。
いっそ統一した法律にしてはどうか、という意見も出るのだが、
各地域の独自性の強さから中々進まないでいた。
「へー、お貴族様なんてふんぞり返ってるだけと思ったてら、結構色んな事やってるんスね?」
「ま、小難しい事は貴族に任せるのが一番さ、調子はどう? ローズさん達」
そんな事をクレアがアデルから解説してもらっていると、
顔見知りとなったメイドの女性が通りがかった。
「あーサラさん、特に問題無いデスヨー。皆さんそれなりにたのしそーだし」
「楽しそうにしてなきゃやってらんないよ、笑ってりゃ大抵の事は気にならなくなるからねー」
「でも、楽しそーじゃ、無い、よね?」
「あーわかる? さっき高い買い物したのに、全然効果無いんだもの、落ち込みもするよー」
「えー? なになにー? 何買ったんですかー?」
「化粧水だよ、最近密かに話題になってるんだけどね。
お肌に物凄い効果があるんだけど、
さっぱり効果が無い人もいるってやつなんだ。私はさっぱりの方だったの」
「えーマジでー? ひどーい、どんなの? 見せて見せて」
「フフッまったく、ほら、これだよ」
サラと呼ばれたメイドの女性は、苦笑しながら瓶をテーブルの上に置いた。
その瓶を手に取り、ロザリアは興味深そうに眺める。
透き通った液体の中には植物と思われる葉が浮いていた。
高い、と言われただけあって、瓶は装飾もかなり豪華なガラス瓶だった。
「割と豪華な瓶ですね?」
「高いんだよそれ、銀貨10枚もするの」
「えっ!? 高っ!」
「それで効果が無かったら、凹みますよねーサラさん」
素直に見た目の感想を言ったクレアが、日本円で2万円相当だと言われて値段の高さに驚き、
ロザリアからさすがに同情した声をかけられ、サラは肩をすくめて首を振った。
「でしょ? 人によっては10代を通り越して、
赤ちゃんのようにお肌が若返る、っていうんだけどね?」
「サラさーん、言っちゃ悪いデスけどー、騙された、って事は無くない? デスかー?」
「私もそう思ったんだけどね、一緒に買った子とかはきちんと効果出てるんだよ。
本当に人を選ぶみたいで」
「ちょっと付けてみて良いですかー?」
「良いよ、ちょっとだけなら。私も他の誰かに売っちゃおうかと思ってたし」
「おじょ……、ローズさん」
「(まぁまぁ、いざとなったら私が治癒魔法を使いますから)」
ロザリアが妙なものを試そうとするのをアデルが見とがめるのだが、クレアが治癒するなら最悪ちょっと痛い目を見るだけだろう、と引き下がった。
ロザリアは自分の片方の頬にちょっと塗ってみたが、大した影響は見られず、
アデルも注意深く観察していたが、おかしな所は見受けられず、内心胸を撫で下ろしていた。
「どう? クレアさん? ウチの方は特に何も感じ無いんだけど」
「あんまり、変わりませんね?」
「あー、ローズさんは残念、外れだね。効く人は塗った瞬間から効き目出るよ」
「あの、サラ様。こう言っては何ですが、年齢のせいでは?
こう見えてローズさんはまだ10代ですよ?」
「いやいや、その10代の子にも、目に見えるくらいの効き目があるんだよ」
『アデルさーん!? こう見えて、って。どう見えてんのよ!』
とロザリアは内心思うが、黒ギャル化したロザリアは、実年齢よりかなり大人びては見える。
「うーん、買うにしても中々の博打ですね」
「ま、気になるなら、他にも効果無かった子いるから、そういう子から買うんだね」
クレアの感想に肩をすくめながら、化粧瓶を受け取ってサラは仕事に戻っていった。
ロザリアは自分の頬をつんつんと突っついて見るが、特に何が変わることもなかった。
仕事を終え、控え室で着替え終わって変装も解いたロザリアは、
ぐっと背伸びして、いつものように魔力抑制を解除した。
城内で強力な魔力を垂れ流したままでは目立つ、といつも魔力抑制状態にしていたのだが、
魔力を抑制したまま、というのは身体の感覚がどこか遮断される感じがして
ロザリアはあまり好きでは無かった。
すると、ロザリアの肌に、劇的な変化が現れた。
「お、お姉さま!? お肌! 片方のほっぺだけ、凄い事になってますよ!?」
「ええ!? うわ、ぷるっぷる、まるで赤ちゃんの肌だわ」
「うわえっぐ、指がお肌に吸い付きますよこれ。
うわー指に吸い付いたお姉さまのお肌がまるでスライムのように伸びるー」
「ぷるっぷるだー、すごい、ぷるっぷるだー」
「今頃になって効果が出た、という事ですか? でもそれにしては……。
お嬢様、何か変わった事をなされませんでしたか?」
「うわーぷるっぷる……、え? そういえば、魔力抑制を解除したら突然こうなったっけ?」
ロザリアが先程の自分の動きを再現しながら考えていると、
無意識にブレスレットに指を持っていっていた事を思い出していた。
「え、まさか魔力に反応した!? お姉さま、魔力に反応する化粧品なんてあるんですか?」
「うーん、聞いた事無いわね、新商品かしら。アデルは聞いた事ある?」
「いえ、私も聞いた事がありません。
……クレア様! ロザリア様の頬に、光の治癒魔法をかけてみてもらえませんか?」
「えっ? でも健康な状態の人には何の効果もありませんよ?」
「早く! お願いします! 何事も無ければそれで良いんです!」
「え、あ、ははははい!」
アデルの剣幕に押されて、クレアが大慌てでロザリアの頬に手をかざして光の治癒魔法をかけると、黒い霧のようなものがロザリアの肌から立ち上がり消えていった。
同時にロザリアの肌も元に戻る。
「あ……これって、闇の魔力、ですよね?」
「見つけちゃった、みたいね、怪しげな物。
ああ、お肌が戻っちゃった……。ぷるっぷるだったのに……」
「お嬢様、急ぎ戻って先ほどの化粧水を譲っていただきましょう。
それも大至急!」
「ぷるっぷるだったのに……」
「お嬢様!」
『ぴえん』
次回、第102話「女子のお肌の恨みはマジ許せないんですけどー!」