第100話「王妃の助言」(挿絵)
「ふむ、何か変わった事を、と言われてもな。
正直言うと変わった事だらけだぞ? 宮廷内には変わり者が多い」
そういう者たちですら、クラウディア王妃やその側で盃を傾けているレイハの前では
変わり者と言って良いかどうか。
とはいえ、王妃ともなれば交友範囲は広いはずだと、
ロザリアは最近起こっている闇の魔力関連絡みの事件や、
それにまつわる薬物の話を隠さず話した。
「魔力に関する事、ならどうでしょうか」
「余計に縁遠いな。既に皆ある程度の立場にあるものだから、
誰も彼もが、美だ教養だと喧しい事この上ない」
「美、ですか、それなら珍しい宝石とかの話でも構わないのですが」
「いや、そういう話も聞いた事は無いな、魔力に関係する新しい宝石とかの話なのだろう?」
ロザリアが話した事はクラウディアの心当たりを呼び起こすようなものではなかったらしい。
そしてレイハはといえば、そんな二人を眺めながら静かに酒器を傾けていた、
さすがに話の広がりが見えなかったのか、レイハが助言のように口を開く。
「ディアたん、事はこの王国に限る話じゃないんだよ。私もそれなりに調べてみたけどね、
相手は中々巧妙で、気が付いたら入り込んでる感じなんだね」
「ディアたん言うな。巧妙、のう。ではとりあえず、
貴族夫人達の中で最大級の派閥にでも潜り込んでみるか?
あれだけ大きければ、何かしらに接触できるかもしれん」
「最大級の派閥、って言うと、どなたなのですか?」
「そなたも名前くらいは知っておろう、フルーヴブランシェ侯爵夫人の派閥だよ」
「ええっと……」
「お嬢様、差し出口を失礼いたします。
以前謁見室でお会いした三侯爵様達の1人のお方ではないでしょうか」
アデルの助言でロザリアは思い出す。
婚約破棄騒動の時に国王の側に控えていた人物か、確かにあの人は貫禄も存在感があった
『あの商人っぽい感じだった人かな?
なんとなく、シェフとかラーメン屋の店長っぽい系の?』
「元々フルーヴブランシェ家は豪商から身を立てた一族でな、
魔力もあるにはあるのだが、侯爵級かというとそうでもなかった。
そこを事業や商売で財を成し、財力で派閥を拡大していったという、
いわば叩き上げの貴族だな」
「ほほぅ、自らの資質の限界を良しとせず、
様々な手管で貴族最高位まで上り詰めるというのはなかなかだねぇ」
レイハは武人の話ではなくとも、そういった成り上がりに興味があるのか少し身を乗り出していた。
「強欲というわけでもないが、少々合理主義的に過ぎる所はあるな。まぁ問題になる程でもない」
「そこに潜り込めば、何か掴めるかもしれない、という事ですか?」
「まぁあくまで可能性、というだけだがな。
「あとは、そうだな、有力な貴族としては公爵や辺境伯達がいるが、
こやつらはまぁ除外しても問題無かろう」
ロザリアは自分も貴族なのと、王太子妃教育で色々と学んではいたはずが、
聞き慣れない単語が出てきた。
そもそもこの国における貴族の勢力図とは一体どういうものなのだろうと、
素直に聞いてみる事にした。
「うむ、まず公爵家だが、私の実家の本家筋だな。彼らは基本的に王族で、
上位の者は王位継承権すら持っている。
この国では侯爵までは一兵卒から成り上がる事もできるが、
公爵は王族の血縁者に限る上、世襲しか認められておらぬ。
実質この国の貴族のトップだ。
彼らはその地位の高さから下手に国政に関わると、
国王の権威に影響を及ぼしかねないのでほとんど表には出てこず、
だいたいは自分の領地を治める事に注力している。
多分公爵家とは今のところ関わる事は無いだろうが、
今の公爵家筆頭の大公爵というのが中々の難物でな、
まぁできるだけ関わらぬ方が良い」
そう話すクラウディアは何故か口ごもる。
なにか言いにくい事があるのだろうか? レイハはただ苦笑するのみだ。
「そんなに、その、問題のある方なのですか?」
「いやまぁ、国王の弟なのだがな。本人も認めているが、
国王としての適性が足りぬというのが大きかったのだが、
王位継承で揉めたのだ。まぁそんなわけで関わらん方が良い」
『さっきもだけど、妙に歯切れが悪いなぁ? すっごい気になるけど……
ウチは空気読める女子! 気にせずスルー!』
「辺境伯は、『帝国』との国境を守る為、特に王国への忠誠心が高いものが任ぜられる、
辺境とは名前が付いておるが、外交・貿易上は最前線だ。
『帝国』とも何らかの商取引をしてはいるだろうし、
領内に交易路をが何本も通るわけだから当然貿易への影響が大きいし、
それらの権益を守る為に強力な軍隊を持っている。
下手に帝国に攻め込まれたら最初に失うのは自分の領地だからな」
しかしローゼンフェルド家は三大貴族とは呼ばれていても、
それはあくまで貴族の中での通り名であって、
実際にそういう役職や称号があるわけでもなく、世の中上には上がいるものである。
そして、自分とその国を取り巻く世界はそれ以上に複雑に絡み合っている。
自分は、いずれこのような中に飛び込まなければならないのか、とロザリアは思う。
そしてそこで、上手く立ち回れるのか、とも。
そんなロザリアの心情を察し、ロザリアの不安を少しでも和らげようと思ったのか、
クラウディアが言葉を続ける。
「ロザリア嬢、そなたには色々と苦労をかけてしまっているな。今更だが申し訳なく思う」
「い、いえそんな、誰かがやらなければいけない事なのであれば、
むしろ私が背負う事になって良かったと思っています」
「真面目だねぇ、あんまり真面目に考え過ぎない方が良いよーロザリアちゃん。
貴族の義務なんて、いつでも投げ出してしまって良いんだからさ」
ロザリアの優等生な答えに、レイハは笑いながら茶化すように答える。
が、そのレイハの頭をクラウディアが扇でぺしっと叩いた。
「お前は皇族としての責任感と言うものを多少は持て!
そもそも貴族が満たされた生活をしているのは、
様々な責任を果たす義務があるからこそなのだぞ」
「うーん、私は剣術に武者修行と、あまり贅沢した覚えも無いんだけどねぇ?
旅の途中は自分で狩りをして、物々交換で食料を調達していたし。あと痛ーい」
「……お前を他の貴族と同じと思ったのが間違いだったか。
まぁつまりだ、そなたは優秀ゆえ割と何でもできてしまうのだろうし、
行動してしまうのだろう。
先の婚約破棄騒動も、父親の主導とはいえ王城に殴り込んでくるくらいだしな」
「あれは……お家に、喧嘩をふっかけられたようなものでしたので……、
その、お父様とその場のノリで……」
「あーそれ見たかったなー! 来るのがもうちょっと早かったら大暴れしていただろうに」
「バカ息子が形だけでも救けに来なかったのが不満だったらしくてな、
刀片手に近衛兵団を1隊丸々壊滅状態に追い込んだそうだ」
「や、やるね、ロザリアちゃん……。お姉さんならさすがにそこまでしないよ。
途中で逃げる」
「そ、その節は大変お騒がせを……」
ロザリアは先日まさにこの城で引き起こした騒動を話題にされてしまい、さすがに顔を赤くして俯く。
クラウディアは面白そうな顔で、レイハは軽く引いたような顔で、それぞれ話を聞いている。
「何を謝る、もしかして、後悔しているのか? 次はもうしません、とでも?」
「……いえ、後悔はいたしませんが、
さすがにもう同じ事は二度と繰り返さない様、前向きに努力する事を検討する所存でして」
『うわー! 穴があったら入りたいってマジこういう時かー! マジ恥ずかしいんですけどー!』
『政治家の答弁か。』と隣で大人しくしていたクレアは目線で突っ込んでいた。
また、アデルの
『自分の行動には責任が伴うものです。そしてその行動はいずれ自分に跳ね返ってきます』
と言わんばかりの視線が、ぐさぐさと背中に突き刺さる。
「まぁつまりだ、そなたが今恵まれた生活をしているのはいずれ王太子妃となって、
国の為に尽くさねばならぬ時への先行投資みたいなものではあるがな、
それに押しつぶされてはならぬぞ」
あまりからかうのもかわいそうか、とクラウディアはロザリアに言い聞かせるように語りかける。
「人一人ができる事、背負える事なぞ限界がある。
それに押しつぶされるくらいなら、誰かを頼れ」
その言葉は、前世がギャルのわりに妙に生真面目な所のあるロザリアにとっては耳の痛い言葉だった。
思えばその性格の為に、悪役令嬢になりかけていたのだから。
「まぁ、根が生真面目ゆえに、という意味ではリュドヴィックも似たようなものじゃがな」
いきなりリュドヴィックの話を振られ、ロザリアは戸惑う。
その声にはどこか悔恨の念が込められている様に感じられた。
「知ってはおろうが、あの子は強情でな。
例の一件以来極度の人間不信に陥って、王の事も私の事も陛下としか呼ばなくなった。
それと言うのも当時のごたごたの時に外戚関係、まぁ私の本家筋の公爵家だな。
それに連なる家を追い落としたいという政治的な思惑に利用され過ぎた。
テネブライ神聖王国の流れをくむ家の者達も相当に動いたと聞く」
「テネブライ神聖王国、ですか」
「うむ、聞いた事は無いか? 元は1000年前の大襲来の時に真っ先に滅びた国だよ。
それでも滅びずしぶとく形を変えて生き残っていた、数十年前までな。
彼らは自分達こそが支配者にふさわしいという狂信的な所があってな、
まぁそれが為に権謀術数を張り巡らせるあまり、国内で政治的衝突が絶えず、
そこを突かれて『帝国』に飲み込まれてしまったわけだが、
その残党は今もいる、教会にも、この国にもな」
突然聞き慣れない国の事を話しだしたクラウディアの意図が掴みきれずロザリアが戸惑っていると、
言い訳のようにクラウディアは続けた。
「何、ちょっと思い出しただけだ。
だがな、闇の魔力と、大襲来の時に真っ先に滅びた国を起源とする国。
ここがちょっと気になっただけなのだよ。
まぁしかし、この周辺は本当に色々とキナ臭いな。大丈夫かこの国」
「この国は魔石鉱山もあるし、魔法に力を入れていて一見平和だけど、
だからこそ平和ボケしてる所があるからねぇ」
レイハの言葉にクラウディアは少し苦笑する。
実際、この辺りは国境付近こそ小競り合いは多いものの、
大襲来直後の数百年以降の国内はおおむね平穏だったからだ。
逆に言えば、魔法学園を作る等、それだけ大襲来以降の備えが徹底されていたともいえるのだが。
「ロザリア嬢、この先、リュドヴィックと進む未来は平坦なものではないだろうし。
敵対する相手もその正体も判らないし、先の見通しも立ってはおらぬだろう。
だがな、何度も言うが全てを自分で背負おうと思ってはならぬ。
そなたの父や兄、それに、この私やこの場にいるクレア嬢、そこの侍女、
そなたの周りにいる者全てを守らねばならぬなどと思い上がるでないぞ。
守りたい者が居れば、守れる力を身につけよ、技を身につけよ。
それが出来なければ、己の力で守るのではなく、仲間に頼るのだ。良いな?」
「はい……」
ロザリアは神妙に返事をする。しかし、クラウディアはそれを見て、
何故か悪戯っぽい表情になるので、ロザリアは嫌な予感がした。
「ところでロザリアちゃん? 妙な言葉使いでメイドとしてこの城で働いてるそうじゃな?」
「えー? 何々ー? お姉さんに詳しく教えてー!」
『やめて欲しいんですけどー!? お母様といい、どうしてこういう人って異様に事情通なのよー!』
尚、後に王太子妃となったロザリアは、
ストレスが溜まるとローズに変装してメイドに混じって働き出す悪癖があり、
家臣達が止めてくれと言ってもしらばっくれて続け、
一部の侍女や女官達は戦々恐々とするが、
大半の侍女やメイド達は「そんな王太子妃がいるわけない」と誰一人信じていなかったという。
それは王妃になっても一切変わらなかったが、それは又別の話になる。
「いつでも来るが良い。相談にはいくらでも乗るでな」
「はい、その時はよろしくお願いします」
「んじゃ私もお言葉に甘えて入り浸ろうかな」
「お前は許可が無くても入り浸るだろうが! 娘や息子を放っておいて何をしている」
「いやー。私の場合はシュテンが出来た旦那でありがたくてね」
お茶会が終わり、別れの挨拶が終わっても、
延々じゃれあうクラウディアとレイハを見て、ロザリアは不覚にもちょっと尊いと思ってしまった。
次回、第101話「手がかり、げっとー!」