第99話「母としての想い、王妃としての想い」
「いや、あの子は、私が産んだ子供では無いのだよ」
「……え?」
ロザリアは王妃クラウディアの思いがけない言葉に絶句していた。
リュドヴィックは王太子=正妃の息子という先入観から
そういう事は全く想像していなかったからだ。
『……あれ? どうしてゲームの細かい設定知ってるはずのクレアさんまで驚いてるワケ?』
「王妃様! それは!」
「宮廷では別に公然の秘密であろう? あの子もとうに知っている。
下手に策をめぐらせて隠し事をした為に、あの子も私もどれだけ傷ついた事か」
「ですが!」
「人払いを、ああ、そこのロザリア嬢の侍女はそのままそこにいてくれ。
口が固そうだし、お茶の世話も頼みたいからな」
やはり言ってはならない事だったのか、
王妃付きの女官か侍女らしき女性が血相を変えて止めようとするが、
クラウディアはそれを手で制し、逆にアデル以外全ての側仕えに退室を命じた。
女性達は不服そうではあったが、結局はその指示に従って部屋の隅へと下がった。
反応からすると王妃の言葉は真実なようだ。
彼女は公爵家の遠縁として産まれて正妃として王家に嫁ぎはしたが、
長らく後継ぎに恵まれず、周辺国や貴族達からの圧力もあって
やむなく隣国から側室を迎えたのだという。
「あの子はその側室の子でな、ちょうどあの子が生まれる頃、
よりにもよって、私も同様に妊娠していたのだ。
だが、あの子の母親はあの子を産み落として亡くなり、私の子は死産だった」
「!」
単に側室の子というだけではなく、経緯や王妃自身が死産だったなど、
衝撃的な事実を次々と告げられ、ロザリア達は声も出せずにいた。
王妃の話はまだ続く。
「いつの世でも時代でも、
魔術の助けがあろうが無かろうが子供を産むのは命がけだ。
彼女を喪った事を私もある程度納得していた。
だが、私を気遣ったのか政治的な事が絡んだのか、
私が知らぬうちにリュドヴィックが私の産んだ子だという事になっていて、
側室の方は母子共に両方亡くなった事になってしまっていたのだよ」
ロザリア達はもう驚く暇もなく、ただただ呆然と聞くだけだった。
誰の判断にせよ、それはあまりにも残酷すぎる現実であった。
「その側室というのがな、この城での私の数少ない友人だったのだ。
私は、友人も、初めての子供も、両方とも喪ってしまっていたんだ。
それどころか私はあの子からたった1つの生きた証までも、
全てを奪ってしまっていた。
真相に気づく事もなく、のうのうと10年近く母親ヅラをしていたのだよ」
話を一区切りさせたクラウディアに、レイハがお猪口を差し出してきた。
「呑むかい?ディアたん」
「その呼び方はよせ、ちょっともらう」
「先程、『王太子妃教育は孤独になる為の準備』だと私は言ったな?
何故、女子達があのように何時間も会話をすると思う? 皆、不安なのだよ。
百万語費やせば相手と気持ちが通ずる、思いが通ずると信じたい、
いや、錯覚したい、騙されたいのやも知れぬな。
友人や知り合いを百人でも、千人でも作れば、
いざという時に1人くらいは助けてもらえると信じたいのやもしれぬ」
クラウディアは自分のお猪口に酒を注いでもらうと一気に飲み干した。
その様子を見て、レイハも自分の分を注ぎ始める。
しばらく2人は気持ちを落ち着かせるかのように呑み交わしていた。
やがて落ち着いたらしいクラウディアがまた語り出す。
「だがこの立場になってみてわかった、人は生来、どうしようもなく孤独だ。
産まれてきたのも独り、死んでいくのも独りなのだ。
ある日突然、誰も頼れない時が来る、特に王族なんぞになってしまってはな、
そんな時助けに来てくれる友は、人生で1人か2人いれば素晴らしい事だ」
レイハは隣で酒の入った器を傾けながら黙って聞いていた。
その表情は、昔を懐かしむような、どこか遠い目をしているようにも見えた。
まるで、何かを悼んでいるような。
「自分が真相を知って本気で落ち込んで荒れて、
皆が腫れ物扱いで近寄ろうともしない時に、
ふらっと酒瓶片手にやってきて勝手に隣で静かに酒を呑んで、
一杯くれと言われたら共に呑んでくれて、
ぐだぐだと泣き言を言いたいだけ聞いてくれて、
ようやく泣けるようになった時、そっと胸を貸してもらえて、
泣きたいだけ泣かせてくれる友なぞそうはいない。
もしもそういう人がいれば、大切にする事だ」
その友というのは、今隣で呑んでいる”自称”ヒノモト国の皇女の事か。
しかし誰もそれを口に出さなかった。
『友人』という言葉で括るにはあまりにも言葉足らずのような気がして。
おそらくは、当人達にしかわからない関係なのだろう。
「良い子だったよ、良い子から先に死んでしまう、運命ってのは嫌なものだねぇ」
「ぬかせ、お前あの時まだ指名手配中だっただろうが。
10年ぶりに私の前に現れた時は幽霊かと思ったぞ」
「私は滅多に見れないディアたんの泣き顔を肴に吞みたかっただけだよ~。
まぁあの子も、気の強い所はあったからねー、もし健在だったら、
自分の息子の次期王太子の地位を巡って骨肉の争いをしたかもしれんよ?」
「ふふ、今となっては叶わぬ事だが、それも面白かったかもしれんな。
亡くなってしまっては、寂しさしか残らんよ」
クラウディアはレイハと酒を酌み交わし、思い出話に花を咲かせていた。
少し酔っているのか、普段よりも饒舌になっているようだ。
それはロザリア達に語るというよりは独り言に思えた。
「すまぬ、まぁ昔話だ、聞き流してくれ。
だがな、何しろ出生のごたごたを母子共に知ったのは、
よりによってロザリア嬢、そなたとリュドヴィックが婚約した頃なのだ、
他人事でも無かろう?」
「!」
ロザリアはリュドヴィックと最初に出会った時の事を思い出していた。
父親に連れられて初めて登城し、王宮の庭園で引き合わされたリュドヴィックは、
花に囲まれ、どこか寂しそうだった。
『あの時の寂しそうなリュドヴィック様の顔は、そういう…』
「情けない話だがな、いまだにまともに会話ができておらぬ。
もう数年の間ずっとな、このままの距離感が良いのか悪いのか、
下手に関係を壊すのも怖くて今も答えが出ていない」
クラウディアはそう言って小さくため息をつく、
それは王妃というより、母親としての顔だった。
「さて、私に聞きたい事があるのではないかな?」
ロザリアに問うその顔はもう、王妃としての顔だった。
気高く微笑むその表情には一変の曇りも無く、気品に満ちたものだった。
やられた、この人は自分の全てをあえてさらけ出してみせ、
こちらの警戒心も、駆け引きをしようと構えていた心も全て吹き飛ばしてしまった。
最初から最後まで、完全に手のひらの上で踊らされていたのだ。
この人には敵わないなぁ、けど、信頼できる。とロザリアは確信した。
次回、第100話「王妃の助言」
”悪役令嬢”のロザリアのAI挿絵を第95話に追加いたしました。
興味がお有りでしたら御覧ください。