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まがいもの軍師の国取物語  作者: 田辺千丸
辺境の村で
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第6話 不安

 一団は、森林で伐採作業を進めていた。


 巨大な原生林(げんせいりん)(ゆう)する森は、村からでもその雄大(ゆうだい)な木々が見てとれたが、間近(まじか)にすると、その圧倒的なスケールに畏怖(いふ)の念さえ(いだ)いてしまうほどの光景だった。


 しかし、慣れない悪路に加えて、危険と隣り合わせの行軍で、さすがに疲れの色が隠せない。


「なんだ、もう、お疲れか?」


 (となり)で、元冒険者が尋ねる。

 木の伐採(ばっさい)などやったことの無い自分には仕事はなく、今は、魔物の襲撃が無いよう見張りを頼まれていた。


「いや、大丈夫です。襲撃(しゅうげき)も今のところないですし……」


 魔物との戦いの後、彼は度々、自分の面倒を見てくれていた。


「なぁ、この辺で特に注意しなくちゃならないのがいるんだ。こいつと出会っちまったら……」

「生きて帰れる保証(ほしょう)は無い、ですか?」


 言おうとしたことを先に言われ、ビックリした顔を自分に向けてくる。 


「なんとなく、分かりますよ。ここに来てから周りの人たちの様子? と言うか、雰囲気が変わりましたから……」


 周囲はどこか落ち着かない様子で、ピリピリとした緊張感に満ちていた。

 それに、隣の男も飄々(ひょうひょう)と語ってはいるが、目線や周囲の気配を探る様子に全く(すき)が感じられない。

 この会話が、周囲の緊張感が伝播(でんぱ)しないよう、自分を気遣(きづか)った優しさだと、薄々、気が付いていた。


「まったく、本当に生意気(なまいき)な……」


 ハァとため息をついて、ばつが悪そうに頭を()きながら彼は話を続けた。


「でだ。そいつは狂狼(ワイルドウルフ)ってんだが。とにかく素早い。俊敏(しゅんびん)さは、この前の(うさぎ)の比じゃねえ。それに厄介(やっかい)なことに、こいつら群れで()りをする、相当に利口(りこう)な連中だ。」


 そんな会話をしながらも、木材の運搬(うんぱん)に使う荷車(にぐるま)に乗せられ横たわっている、片腕(かたうで)を失った男のことが自分は気にかかっていた。


「あの片腕の人、どうなるんでしょう?」


 話の合間を見て質問すると、彼は大きなため息をつきながら答えてくれる。


「助からねぇな。ありゃ」

「そんな、どうにか出来ないんですか? 人の命より大切なものはないって……」

「ここじゃ、明日の自分がどうなるかも分からん。ご立派(りっぱ)道徳感(どうとくかん)で、判断を間違うなよ」


 そう言うと、元冒険者の男は離れていった。


 確かに、この異世界と日本の状況は全く違う。

―長い平和と豊かさを謳歌(おうか)する国。

―生と死が(とな)り合わせの明日をも知れぬ世界。


 日本で育った思想(じぶん)は、この異世界では甘さに見えるのかも知れなかった。


※※※※※※※※※※


 木材の確保が大方(おおかた)終了し、一団は村への帰路についた。


 木材で荷車(にぐるま)が埋まってしまったため、負傷者は交代で担いで帰ることとなり、今は自分が彼に肩を貸していた。


 道中、彼は色々なことを話してくれた。

 村の者ではなく、今回の木材調達のために雇われた冒険者であること。病気の妹がいること。片腕を失ったがこの先も冒険者を続けたいことなど、いろんな話を聞かせてくれた。


 途中、休憩のために彼を木陰(こかげ)に下ろし、再び肩を貸そうとしたのが、彼は立ち上がろうとしなかった。

 眠ってしまったのかと思い、彼の顔を覗き込むと彼の目は夢で見た光景と同じように光を失っていた。


 慌てて周囲に彼の異変を知らせるが、様子を見てくれたダンと元冒険者は、目を伏せて首を横に降ることしかしなかった。


 自分にも分かっていた。


 初めて魔物を倒した時、ゲームやお伽噺(とぎばなし)のように、レベルアップやスキルを手に入れたりという幻想(ファンタジー)を、どこか期待していた自分がいた。

 あるいは、ここは別の夢(・・・)で、いつか目覚めることを、期待していた。


 しかし、その(とこごと)くを、現実が否定する。

 

 どうしようもなく融通(ゆうずう)が利かないこの異世界(せかい)で、自分のような偽物に一体、何ができるのだろうか。


※※※※※※※※※※


 しばらくして、もう少しで村が見える距離まできたとき、前方の道端(みちばた)に頭を抱えて座り込む一人の男がいるのを見つけた。


 その男の身なりは商人の様だったが、小刻(こきざ)みに震えて(ひど)(おび)えているようだった。


「……盗賊(とうぞく)にでもあったのか?」


 不審(ふしん)に思った元冒険者が、一団を止めて遠目(とうめ)に様子を(うかが)っていると、ダンが不意に声をあげる。


「……ありゃ、ロイ(・・)の奴じゃないか?」


 それは以前、村で行商(ぎょうしょう)をしていた商人の男。


 その名前を聞いた時、自分の心に嫌なざわめきが生じ、背筋(せすじ)が冷たく伸びて全身に鳥肌(とりはだ)が立つを感じた。


「おい、ロイ! どうしたんじゃ? こんなところで……」

「……じゃない。ぼく、……じゃない。……の、せいじゃない。ぼく、……せいじゃない。」


 ダンが商人に近づくと、彼は何かをブツブツと(つぶや)き続けていた。

 自分の呼び掛けに答えようとしない商人に、ダンが思いきって手を伸ばした瞬間(とき)


「僕の、せいじゃぁなあぁぁぃぃ!!!」


 商人は(くる)ったように叫ぶと、ダンの手を振りほどいて、奇声(きせい)をあげながら走り去ってしまった。


「な、なんじゃ?」


 ダンを始め、一行が呆然(ぼうぜん)と商人の行動を見つめていたとき、一人の村人が叫ぶ。


「け、(けむり)だ! あ、あれは、村の方だ!!」

「な、なんじゃと!?」


 ダンが狼狽(うろた)えた声をあげるのと同時、自分と元冒険者の男は村に向けて駆け出していた。


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