第5話 初陣
牙兎の襲撃で、森林を目指していた一団は、乱戦の真っ只中にあった。
魔物のスピードに翻弄され、上手く対処出来ていなかった。牙兎たちは、攻撃を仕掛けては草むらの中に姿を隠し、こちらの反撃を封じてしまう。
自分も剣を構えたが、獲物を狩る野生の動物と初めて対峙した恐怖に、握った剣は小刻みに震えていた。
草の揺れる音一つ一つに動揺し、持っている剣のカチカチカチと震える音が妙に大きく聞こえて、心を乱していた。
そうしている間に、一人の男が叫ぶ。
「防御陣形!! 中央に集まって態勢を立て直す!」
指示に従って、数人が声をあげた男の元へ集合する。
「……阿呆が」
その様子を見て、熟練者が呟くのと同時、再び大声が上がる。
「ダ、ダメだ!! こんな速い相手に、密集するな!」
大声の主は、自分だった。何故か分からないが、とても嫌なイメージが浮かび無意識で叫んでしまったのだった。
集合を指示した男はこちらを一瞥すると、剣を震わせ腰が引けている姿を見て鼻で笑う。
「はっ! ろくに戦ったこともねぇガキが!! ふざけたこと言ってんじゃねぇ!!」
「来るぞ!!」
集団になった者達の方へ、牙兎が現れる。
「盾持ち! 前だ! ヤツの突進を止めろ!!」
大きな盾を持った男が、魔物の前に立ち塞がる。
「奴の動きを止めて、斬りかかる!! 盾の後ろに集まれ!」
盾を持った男の後ろに数人が集まり、集団陣形が形成される。
同時に、目の前の牙兎が跳躍、土煙が上がると共に、ものすごい衝撃で思わず盾を持った男がよろけ、それを支えようと後ろに構えていた者たちが密集した時、もう一匹の牙兎が、彼らの真横に現れる。
それを見た彼らの目は、絶望に染まった。
現れた牙兎は、間髪いれず突進してくる。
「側面! もう一匹!! 間に合わん! 避けろッ!」
一斉に回避を行おうとした彼らは、密集した中で、思うように身動きがとれなかった。
そして、ゴキッ!! と鈍い音を響かせて、先程まで指示を出していた男の胸に、体当たりが直撃した。
突進を受けた男は、ゴフッ! と、大量の血を口から吐き出しながらも、突っ込んで来た牙兎を、両腕でガッチリと押さえ込んでいた。
「ダ、レか!! さっさ、と、コィツに! と、どめ……を」
周囲に居た者が、すかさず抱え込まれていた魔物に剣を突き立て、息の根を止める。
盾に突っ込んで来た方も、激突した衝撃で動きが鈍っていたところを、周りの者が止めを刺していた。
突進が直撃した男は、呼吸にヒュー、ヒューと音を交えながら横たわっていた。肺が破裂し、上手く呼吸が出来ない彼の眼からは、みるみると色が失われていった。
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相変わらず握った剣の震えが収まってくれていない自分の眼前には、一匹の牙兎が対峙していた。
目から怯えを感じ取った魔物は、こちらに襲いかかってきた。
飛び掛かる敵をギリギリで回避したが、少し掠められた腕からは血が流れ出してきた。
鋭い痛みが襲う。だが、それが何かを吹っ切れさせた。
「……なにビビってんだ? やらなきゃ、やられる……、だけだろうがぁぁ!!」
己の不甲斐なさに苛立ち、大声で叫ぶ。
フーっと息を吐き出すと、剣を構え直し、再び魔物と対峙する。その剣からはピタッと震えが止まっていた。
魔物が獲物を仕留めるべく、再び突進を行う。
それを体を少し反らして回避しながら、剣を突進の軌道に合わせ突きだすと、横を飛び抜けた体から大量の血が吹き出し、着地と同時にキーキーと鳴き声を上げて暴れまわっていた。当たり方は少し浅かったが、突進の運動エネルギーで相当の深手を与えた。
ハァと、息を吐いて緊張を緩めかけた時、怒鳴り声が聞こえる。
「油断するな!! まだ死んどらん!」
大声に反応して、咄嗟に飛び退いた瞬間、今まで首筋があった所を、牙兎の牙が通過する。
慌てて剣を構え直した先で、魔物は絶命していた。
最後の力を使った不意打ちに、息は上がり、額からも大粒の汗が吹き出していた。
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「被害は?」
「死亡が一、深手が一。相手が悪かったにしちゃ、上出来だ」
村長が被害の確認を行う。
「傷を負った者の容態はどうじゃ?」
「……無理だ。恐らく、数日持つまい」
端的に告げられた状態に、ダンも黙って応える。
「とにかく、ここを抜けよう。血の臭いがしすぎとる。餌場を教えとるようなもんだ」
そう言うと、一団は再び動き出した。
初めて魔物と対峙した自分も、鉛のように重い自分の体を動かして歩き始めると、村の元冒険者に声をかけられた。
「お前、牙兎を仕留めたんだってな。あれはベテランでも苦戦する厄介なヤツだ。見直したぞ!」
「いや、たまたま攻撃が当たっただけです。それに、もう少しで死ぬとこでした……」
「お前さんは生き残った。そいつで十分だろ? それにお前さん、いい目を持ってる」
これからも頼むぞと男が離れていき、一人になって、改めて魔物との戦いを振り返る。
そこには、不思議と勝利の高揚感や、無事に切り抜けた安堵などは無かった。
腕の傷を擦りながら、妙に冷めている自分がいることに気づいたのだった。