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まがいもの軍師の国取物語  作者: 田辺千丸
王都の攻防
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第53話 来由

 ラウから王女を追えと言われ部屋を出た。アリサの居場所は、彼が教えてくれた。伊達だてに監視役を務めていたわけではないようだ。


 石の階段を登り、城壁の上へと出ると、松明の明かりに薄っすらと浮かぶ少女の姿があった。


「……アリサ」

「来ないで!」


 彼女に拒絶された瞬間、全身に重しを載せられたような物凄い倦怠感けんたいかんと吐き気に襲われ、思わずその場に片膝を付いて倒れ込む。

 やっとの思いで顔を上げ、彼女の方を見れば、肩口にいる聖霊が、こちらに視線を向けていた。


 聖霊に耐性が無い者が彼女に近づくとどうなるのか、今、身を持って教えられる。


 息がつまり、上手く呼吸が出来ずに、額からは大量の汗がにじみ出してくる。全身も焼けつくような痛みに襲われて、思わずうめき声が漏れる。


「――⁉ ダメ!! 止めて!」


 こちらの声を聞いて我に返ったアリサが、叫びながら咄嗟とっさに聖霊の顔を覆い隠すと、一気に苦しさから開放される。

 だが、その反動に耐える事が出来ずに、自分の意識は途絶えてしまった。


※※※※※※※※※※


 目を開けると、見覚えのある白い天井に電灯が付いている。


「……ここは、りょうか?」


 いつの間にか眠ってしまったようで、電気が付けっぱなしの電灯がやけにまぶしい。


「……変な夢だったな」


 起き上がって額からにじみ出た汗を拭う。まだ寝ぼけているのか、頭がスッキリしない。まるでもやがかかっているようだ。

 眠気覚ましとばかりに頭を振った時に、一枚の写真が視界に入り、疲労感が増した気がした。


 その写真は、自分が高校に入学した日の写真。


 校舎の前に立つ自分と両脇に立つ男女。だが、自分以外の顔は認識出来ない。マジックペンで顔の部分が塗りつぶされているからだ。


「なんで、この写真がこんな所に……」


 見るのも嫌で、確か教科書の束と一緒に、部屋の脇に追いやっていたはずだが。


 いずれにしても、顔にまとわりついた汗と晴れない頭を目覚めさせることも兼ねて、顔を洗いに行こうと部屋から出ようとした時、誰かに呼ばれた気がして振り向くが誰も居ない。


 何かおかしいと感じながら、部屋の扉を開けると、そこはもう学生寮ではなかった。


※※※※※※※※※※


「なんで……」


 扉を出た先は、中学までを過ごした家だった。

 そこには、自分にとってあまり良い思い出が無い。


「あんな子、どうしてウチが引き取らなくちゃいけないのよ?!」

「仕方ないだろう。世間体もあるんだから……」


 目の前で口論をしていたのは、この家の夫婦。自分の遠い親戚にあたる人たちだ。

 口論している隣の部屋の隅を見て、幼い子供が足を抱えて必死に耳を押さえている姿に、胸が締め付けられる。


 自分の幼い頃に両親は事故で死んだ。そう聞いている。物心が付く前の出来事で、自分には両親の記憶が無い。


 元々、身寄りの少ない親だったようで、遠い親戚の家をタライ回しにされ、行き着いた先がこの家だった。


 歓迎されていないのは、幼心ながら感じる事が出来たし、自分が来てからと言うもの、家の中では口論が絶えなかった。


 そんな家で、自分は出来るだけ目立つ事が無いように、大人たちの言動を必死に観察し、出来るだけ望まれた結果になるようにと、たち振る舞ってきた。それが、幼い自分の処世術しょせいじゅつだった。


 高校も、全寮制の学校を選んで進学した。高校の入学式で、やっと厄介払いが出来ると、満面な笑みを浮べて写真に写った男女の顔を、マジックで塗りつぶしたのだった。


 勿論もちろん、感謝はしている。自分が高校生まで大きくなれたのは、間違いなく彼らのおかげだ。だが、それまでの間に、彼らから愛情を向けられたことは、一度も無かった。


 久々に嫌な記憶がよみがえってきたが、ここが夢の中だとハッキリした。


 そして、この家を出ようと扉を開けた先に、一人の人物が立っていた。


「……そろそろ、出て来る頃かと思ったよ」


 目の前に現れたのは、この異世界せかいで初めて自分を助けてくれた少女。

 たくされて、守りたいと願って、そして、失ってしまった者が、目の前にたたずんでいた。


※※※※※※※※※※


 目の前の少女は、こちらを覗き込むように見ると、心配そうな口調で問いかけてきた。


「大丈夫? 随分、無理してるみたいだよ?」

「……夢の中まで、俺を心配しなくていいんだ。ステラ」

「そんな顔して言われてもね……」


 苦笑しながら数歩下がったステラを見て、やり取りのあまりのリアルさに言葉を失う。


「……どうなってるんだ? これは夢なんだろ?」

「そう。でも、聖霊の力が干渉した特別な夢」


 この世界に残った残留思念のようなものを束ねられて形作られたのだと、彼女は言う。


「いつまでも、あなたが私にとらわれているから」

「……当然だ。ダンから君を託された。それなのに、俺は、君を守れなかった。……全部、無力な俺のせいだ」


 後悔を口にする自分を悲しそうに見つめ、彼女は寂しそうに答えた。


「……でも、それは、私の願ったことじゃ無い」


 ステラにそう返されて、思わず言葉を詰まらせる。


「私は、あなたに、この世界でもっと自由に生きて欲しかっただけ。あなたが力を欲している理由は、別のはず」


 私を言い訳に使わないで。と、ハッキリと彼女から否定されて、改めて自分の心の内と向き合った。


 そして、もう一人の少女の顔が思い浮かぶ。


 強情なわりに泣き虫で、優しさから他人に頼る事が出来ない、不器用な少女の姿が。


「今のあなたは、自分と周りが見えていない。もっと寄り添ってあげて」


 ステラにさとされて、頭にかかっていたもやがようやく晴れてきた。そして、自分を呼ぶ声がハッキリと認識出来るようになる。


「呼ばれてるのか? 悪い。もう、行かないと」

「うん。分かってる」

「……格好悪いよなぁ、俺は。いつまでも、君に心配かけさせて」

「本当だよ。さぁ、早く戻ってあげて!」


 依然と変わらない笑顔で送り出してくれるステラに、救われた気がした。


 彼女に助けられるのは、何度目なんだろうか。


 その顔は、涙でにじんで、いつの間にか見えなくなっていった。


※※※※※※※※※※


「……やっと行った。本当にしょうがないなぁ」


 消えてゆくせかいの中で、少女は彼の姿を見送っていた。

 もう無いはずの心が締め付けられるような、そんな痛みを感じて。


「私が託したんだから、もっとしっかりしてよね……」


 彼が最後に思い浮かべたであろう人物に向けて、多少の嫌みを込めて文句を口にする。

 彼女がしっかりしていれば、彼がここに来ることは、もう無いはずだから。


「……じゃぁね。ヒサヤ」


 それを最後に、彼女の姿はこの世界から消えて行った。

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