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まがいもの軍師の国取物語  作者: 田辺千丸
王都の攻防
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第50話 猶予

 アリサが倒れたと聞いて、城塞の中へと戻ると、彼女はベッドに寝かされていた。

 彼女を起こすわけにも行かず、脇に立っていた守備隊長に話しかける。


「……何があったんだ?」

「テミッド王子が謀反むほんなされた。王の首をさらし、城門を開放せよと……」

「それで、アリサは?」

「要求を拒絶され、直後に倒れられた。ショックが大きかったのだろう。私とて、動揺している」


 父親を殺されて首を見せつけられ、それを行ったのが自分の兄とは、ショックを受けて当然だ。


 言葉には出さないが、自国に攻め寄せて来た方も、王都に居座っている方も、どちらも本当に救いようのない馬鹿共だと思った。これが、この異世界の、王族の普通なのだろうか?


「王子は、攻め入るまでに三日間の猶予を与えられた」

「……三日ですか。勝算はありますか?」

「我が守備隊は、二百程度。五千の軍勢で攻められては……」


 表情を暗くした隊長が、その答えを物語っている。


「折角貰った時間です。無駄には出来ません。先ずは、やれることをやりましょう」

「しかし、アリサ王女がこの状態では……」

「出来ることはあります。まずは、お願いしたいことが……」


 隊長は、頼み事に眉をひそめながらも、こちらの願いを聞き入れてくれた。


※※※※※※※※※※


「急いで下さい! 早くここを離れて!」

「物資が必要な者は遠慮するな! ありったけを持っていけ!」


 アリサの部屋から出て、城外まで降りてくると、エルド側の城門では、ゴンドの難民たちが守備隊の誘導で一斉に移動を開始しつつあった。

 遠征軍の補給基地も、そのほとんどの物資をゴンドの民に分け与え、からに近い状態との事だ。


 その一角で、とある一団が守備隊と揉めていた。


「どうか、お願い致します!」

「か、勘弁して下さいよ!」

「どうしたんだ?」


 捕まっていた若い兵士に事情を聞くと、半泣きで助けを求めてきた。


「どうにかして下さいよ! この人たち、国境を守る戦列に加えろって聞かなくて……」


 そう言われて、相手の方を見ると、この国のものとは異なる鎧を身にまとった集団が集まっていた。


「我々はゴンドの予備役よびえきだ。本国で召集されずにここまで来たが、我らとて戦える!」

「なら、他の難民の方々と東に向かって下さい」

「何故だ!? 門の向こうには敵が迫っておるのだろう? 我らの力は不要と申されるか!」

「魔物も出る危険な道のりです。残念ながら、この国に、あなた方を守る余力はありません」


 嘘で取り繕うことも外聞を気にすることもせず、真っ向からの意見に、ゴンドの兵士達は黙り込む。


「……放り出す様で、申し訳ありませんが」

「いや、食料や必需品の類いを分け与えて頂いただけでも有り難い」

「出来れば、王都よりも東、峡谷を越えたところを目指して下さい」

「……分かった。いずれ、この恩義に報いるとこをお約束する」


 そして、ゴンドの兵士たちは難民の列へと加わって行った。


「このお人好しめ」


 これまでのやり取りを少し遠くから眺めていたラウが、こちらを睨みつけて近づいてきた。


「見てたのか?」

「ああ。あの連中、別にここで使い潰されたところで、文句は言わんぞ」

「そんな事はないさ。国を捨てて、ここまで来たんだ。彼らにも守るべき者がいるんだろ」

「フン。それに、よくも俺をたばかってくれたな?」

「……何の話だ?」

「あの旗の件だ!」


 今も悠然ゆうぜんとはためくアリサの軍旗を指しながら大声を上げるラウ。そんな彼に、大きくため息をついてから顔を向けた。


「すまん」

「貴様、全く謝る気がないだろ?」

「そんな事はないさ。髪の毛一本程度ならある」

「貴様!!」


 相変わらず、からかい甲斐がいのある奴だと思っていたが、今回はラウの方が一息ついて、先に折れた。


「まあ、良い。敵の侵攻をしばし防げただけでも、良しとしよう。それで、どうするつもりなのだ?」

「どうするって?」

「貴様の事だ、まだ何か企んでいるのだろう?」

「……まあ、考えていることはある」


 ほら見たことか! と、ラウがジト目でこちらを眺めてくるのに、肩を落としながら答える。


「大した話じゃない。どうやって逃げ出すか。それだけだ」


 逃げ出すという言葉に、ラウの眉間みけんにシワが寄り、こちらを睨みつけてくる。


「なんだ? お前が聞いてきたんだろ」

「貴様にまともな答えを期待した、私がおろかだった……。それにしても、先程から何なんだ? この音は?」


 ラウの耳に入った音は、城塞の上から響いている。それが、守備隊長に頼んだものだった。


 その音は当然、目的の人物たちへも届いていた。


□□□□□□□□□□


 エルドの国境前に布陣したテミッド配下の軍は、睨み合いの体勢をしながらも、堂々と野営の準備をしていた。

 絶対に奇襲などあり得ないという見立てのもとで、今のところ、その認識は正しかった。


「それにしても、とんだ足止めを食いましたな」

「そうとも言えん。これから攻め入ろうという前に、兵士たちには良い休息になるだろうよ」


 黒いローブを着たジバに、テミッドは悠々《ゆうゆう》と答えた。


「それにしても、難民共を受け入れましたか」

「……愚妹アリサの判断だろうよ。愚弟ノルドの方に、そんな優しさと度量は一切無いからな」

「難民を拒絶すれば、ゴンドの民を見捨てたエルドは孤立を余儀よぎなくされ、受け入れれば食料問題などの悪害を及ぼす。どちらを選んでも、こちらを利するだけの状況です」

「……だと、良いがな」


 ジバの見立てに、テミッドは言い知れぬ不安を感じていた。そんなとき、突然、城壁から太鼓の音が鳴り響き始める。


「敵襲か!?」

「……いえ、ただのおどしでしょう」


 ジバの言う通り、城門が開くことも、矢の一本も飛んでくることもなかった。


「……何かの策か?」

「そうは思えません」

自棄ヤケでも起こしたか……」


 奇妙な手ばかり繰り出してくる敵に、テミッドはあきれていたが、ジバは黙り込んで何かを考えている様だった。


□□□□□□□□□□


 一方で、ヒサヤやラウと分かれたヒルは、慌ただしい城壁の前で、王都から来ていた商人の男と会っていた。


「あんた達も逃げるんだろ?」

「ええ。ここに残るのは無意味ですから」

「オエスにいる連中も、出来るだけ逃してやってくれ。あそこは戦場になるだろうからな」

「……あの青年とは、真逆のことを言いますね」

「あの青年?」


 どう言う事だ? と、眉をひそめて商人の男を見ると、彼も困惑したように答える。


「ヒサヤと言う青年です。彼は、オエスが戦場になることは無いと言っていました。それに、あの街では、ある噂が広まりつつあります」

「噂だと?」

「はい。もうすぐ遠征軍が帰ってくるので、出迎えの準備をと……。この状況ですので、商人達の間でも、様々な憶測が飛び交っていますが」


 話しが終わると、こちらも準備がありますのでと言って、商人はその場を立ち去って行った。


「あいつ、何を考えてんだ……」


 ヒルは、ヒサヤの腹の中が読めずに、ただ独り言をこぼすしかなかった。

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