第46話 反発心
大きな城門が開かれ、大勢の人々が堰を切ったようにエルド側へと流れ込んでくる。
皆、散り散りに東へと進んでいくのかと思いきや、意外に多くの人間が城門を越えてすぐの場所に留まっていた。
「……やっぱり、こうなるよなぁ」
人々は危険から逃れるため、一先ずは国境を越えるが、その先をどうしたら良いのかが分からないのだ。
このままでは、徐々に国境を越える人の数が増えるに連れて、エルド側に溜まる人が国境を再び塞いでしまう。
彼らを導く者が必要だったが、それは自分の役目では無い。残念ながら、自分では力不足だ。
「おぉ! あの王女様、やってくれたんだな!」
そこに、しばらく姿を見せていなかったヒルが、二人の男と共に現れる。こちらに近づいてくるヒルを手で制して、聖霊を指差すと少し離れたところでヒルは足を止めた。
「……凄えもん連れてんなぁ」
ヒルは自分が聖霊を連れている姿が珍しいだけのようだったが、後ろの二人は敬服して膝をついてしまう。
「コイツを連れてたら、アリサが皆さんと真面に話が出来ないでしょうから……」
「違いない。で、どうする?」
「とりあえず、お二人をアリサのところへ連れて行って下さい」
「ああ、分かった」
自分と言うよりも聖霊が近くに居ては、彼らがいつまでも動けない様子だったので、自分は彼らとは反対の方向へと進み、その場を離れることにした。
だが、その先には怒りに震えた、一人の人物が待ち受けていたのだった。
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城壁の上から難民たちの意外な様子を見て、どうしたら良いものかと考えていた時だった。
「失礼致します! 王女殿下」
聞き覚えのある声に振り向くと、いつも彼と一緒にいる憲兵姿の冒険者が、二人の人物を従えてやってきた。
「アリサ様、お元気そうで良かった!」
「えぇ。あなたも後方支援、ご苦労さま」
一人は、遠征軍の補給を担当していた補給部隊の隊長。彼は、北方に行った私のことを心から心配してくれていた。
そして、もう一人の人物には見覚えが無かった。
「……そちらの方は?」
「失礼致しました、王女殿下。私は、王都商会連盟の者です」
「……王都商会連盟?」
王都の商人の寄合が、こんな国境までわざわざ何の用だろうと疑問に思いながら、男の話に耳を傾ける。
「はい。我々はこの状況をチャンスと捉えています。商会としても、お力をお貸しさせて頂きたいと考えております」
「……具体的には、何を?」
「ゴンドの民から、不用品を買い取り、もしくは必需品と交換させて頂きます。我々にはゴンドの品が手に入り、彼らも必要な品が手に入る。両得の関係です」
確かに、商人に品を渡すことで彼らの荷は減り、必要な物資が供給される。だが、渡す品のない者たちはどうするのか?
すると、今度は補給部隊長が前に出る。
「間もなく、支援物資を積んだ部隊が到着致します。支援が必要な方々には、我々が!」
「……お願い、します」
何故か、必要なものが次々と提示されてくる。それが、誰の手によるものなのかは、聞かなくても分かっていた。
自分の意志に関係なく進んでゆく事態に、素直に差し伸べられた手を取っていいのか躊躇ってしまう。
「……掌で踊らされているの? 私は?」
憲兵姿の冒険者に皮肉を言ってみると、彼は肩を竦める。
「あいつも必死なんです。許してやって下さい」
私のために動いてくれているのは分かる。だが、理解は出来ても、納得は出来ない。
正しくても、強制させられると反発心を抱いてしまう。私の気持ちや考えが、ないがしろにされたような。
せめて、相談なりして欲しかったと、彼の行動を思い浮かべてみると、彼が現れる都度、泣いてしまった自分を思い出して、顔が熱くなり俯くしか無かった。
そうしているうちに、商会の男が前に出てくる。
「それから、彼らの誘導もお任せ下さい。オエスの迂回路を商隊で確保致しました」
「迂回路? 何故、彼らを街に入れさせないの?」
商会の男ではなく、冒険者の方に向けて問う。全ては彼の考えだろうが、その真意が知りたい。
しかし、冒険者の男は両手を上げて首を横に振る。
「申し訳ないが、この件は詳しい話を聞いていない。あいつの事だから、何か企んじゃいるはずだが……」
周囲に真意を明かしていないのは、知られるのが不都合なのか、後ろめたくて言い出せないのか。
「しかし、私も難民を迂回路させるのには賛成です。あの街にいつまでも滞在させるよりも、東に向かった方が彼らの為かと……」
「商会としても、オエスを混乱させると物流に支障が出ます。この提案は、お互いに利点があります」
ここに集まった者達は肯定的なようだが、自分の行うことを全て受け入れられないだろうと、彼の言った言葉が私を不安にさせる。
「何れにしても、下の連中をこのままには出来ねぇ。こっからは、王女様の出番だ」
確かに、今後のことよりも、今は動くべき時だ。
私の個人的な意見よりも、先ずは王女として行動を起こすべきだ。
「……分かりました。下で皆に説明しましょう。ついて来てくださいますか?」
「ええ?! か、構わないですが、その、王女様自ら行かれるんで?」
当然の事を言っただけなのに、戸惑う冒険者や周りの人達を不思議に思う。
「えぇ。可笑しいですか?」
「い、いやぁ、別に! ……あいつの言ってた通りだなぁ」
ボソッと漏れ出た言葉が気になってしまい、冒険者の方を見る。あいつとは、一人しか思い当たらない。
「何か、聞いているんですか?」
「いやぁ、王女様は自分でやらなくても良い事をやり出すから付き合ってやってくれ。と……」
そんな所も含めてお見通しとでも言いたいのか。そんな彼に、若干の反発心が湧いてくる。
「……そうですか。では、早く行きましょう。ご期待に応えられるか分かりませんけど」
少し語気を強めながら、冒険者や警備隊の人達を伴って、城壁の下へと向かって行く。
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「何してるんだ? こんな所で」
城塞の一角で、剣の鞘をガタガタと音が鳴るほどの力で握りしめた士官様を見て思わず声を掛ける。
「あの、馬鹿王女! なんてことをしてくれたんだ!?」
「……何の話だ?」
怒りのあまりに大声で喚き散らす男は、周囲の目もお構いなしだ。
話だけなら聞いてやろうかと思った、自分の行為の愚かさを呪う。
「あんな役立たずの連中、帝国にでも殺させとけば良いんだ! おかげで、我が国は危機に直面する! いいか、食料問題だけじゃない! あの中には、帝国の間者だって混じっているんだぞ!」
何を言い出すのかと思えば、当たり前のことを主張する。だいぶ前から、既に帝国の手はこの国に伸びている。今更、難民に紛れた間者を気にしたところで遅い。
だが、目の前の男は、方向性は兎も角として、この国の為を本気で考えていることは伝わってくる。
「お前、名前は? まだ、聞いて無かった。俺はヒサヤだ」
「……ラウだ」
怒りで階級のことなど忘れているのか、意外に素直に答えてくれるラウ。
このまま放って置くと、今にもアリサに斬りかかって行きそうな勢いのラウを見て、片手で自分のこめかみを押さえながら目を覆い、ため息が出てしまう。
「おい、ラウ。 王女に一泡拭かせてやりたいか?」
「――!? 出来るのか!?」
「……あぁ、王女様に恥を掻かせてやろう」
王女への意趣返しに燃えるラウは、嬉々《きき》としてこちらの提案に乗って来るのだった。




