第4話 魔物
村での生活にもすっかり慣れつつあったのだが、少し苦手なことがある。
「今日は、こいつにしとくか」
そう言った村人が、一羽の鶏に似た鳥をヒョイっと持ち上げる。暴れる鳥を慣れた手つきで押さえると、持っていた棒切れで力一杯に頭を叩き、気絶した鳥の頭をナイフで切り落とす。それを手際よく逆さまに吊るして血抜きを行っていく。
普段、スーパーなどで売られている鶏肉しか見ることのなかった自分にとって、それは鮮烈過ぎる光景だった。
自分も何度か手伝ったのだが、初めのうちは鳥を満足に気絶させることも出来なかった。現代の日本、それも一般の学生として過ごしてきた自分には、無意識のうちに躊躇いが生じてしまうのだった。
今も極力見ないようにする姿に、先程まで鳥をさばいていた男が話しかけてくる。
「なんだ、こんなんでビビってたら、魔物と出くわしたら、いくつ命があっても足りないぞ!」
「あぁ、分かってはいるんだけど……」
その男は、数年前から村で生活している元冒険者だった。かなりの実力だったらしいが、片目を失って以来、この村で生活している。
そんな会話をしていると、少し離れたところから、自分を探す声がした。
「ヒサヤー、どーこー?」
男は、フッと微笑むと
「腰の得物は、お飾りじゃねぇ。守りたいもんは自分で守んな」
そう言われ、自分の腰に下げた剣に目線を向ける。
数ヶ月前の一件以来、剣の練習をしていた自分に、村で使い手がいないものを譲り受けたものだった。
今も、ずっしりとした重みには慣れない。|物理的な重さに、責任や決断を伴った|精神的な重さだった。
「あぁ! いた!!」
探していた声の主は、ついに目標を見つけて、こちらに駆け寄ってくる。
「何にしても、明日は頼むぞ!」
そう言うと、男は自分の肩をポンポンと叩いて離れていった。
それと同時に、駆け寄ってきた少女が声をかけてくる。
「あ、こんにちは!」
「やぁ、ステラ。今日も元気だな。丁度、鳥を絞めたとこだ。良かったら後で家に寄っていきなさい」
「うん! いつもありがとー!」
そう言って、村人と挨拶を交わしたステラが飛び付いてくる。
「ねぇ、なんの話してたの?」
「いや、たいしたことじゃないよ。明日は頑張ろうって話」
答えると、飛び付いてきたステラの力がキュッと強くなった。
「絶対、無茶しちゃダメだから」
本当に心配そうに、真剣な目で懇願してくる少女。
「ああ、頑張ってくるよ」
ステラの頭を撫でながら答えると、一緒に帰路についた。
※※※※※※※※※※
翌朝、村の入り口には、男たちが集まっていた。
皆、一様に武器や防具の整備に余念がなく、ピリピリとした雰囲気が辺りを包んでいる。
自分も装備を確認する。防具も、村の余り物を村長が準備してくれた。革製の物が中心で、動きやすく扱いやすい。
そんな中、集まった人たちに村長のダンが呼び掛ける。
「よーし、皆。これから森林に向かうぞ。くれぐれも用心しとくれ。決して無理はせんようにな!」
村の囲いには、丈夫な木材が必要になる。村の周囲に自生している木々では強度が足りず、魔物たちにすぐ破られてしまうのだと言う。そこで定期的に、人手を集めて木材を調達に向かうそうだ。
男手が必要ということで、その仕事に自分も付いていくことになったのだった。
「全員、お互いをフォローできる距離を保って進むんじゃ。では、出発!!」
村長の号令で、男たちは村を後にした。
森林へと向かう道はろくに整備もされておらず、鬱蒼とした草が道の両脇に生い茂っていた。また、森林は強力な魔物の生息地であり、とても危険な場所だと言う。
「草むらからの遭遇に注意しろよ! お互いに声を掛け合って進め!」
先頭の男が皆に注意を促す。元冒険者
のアドバイスに、男たちも気を引き締める。
自分も剣の柄に掛けた手に力が入っていた。そんな肩を、ダンが徐ろにポンと叩く。
「肩に力が入りすぎとるぞ。それでは、肝心な時に体が動かん。もっと力を抜きなさい」
優しく叩かれた肩からフッと力が抜けると同時に額から、大量の汗が吹き出す。
「すみません。こんな序盤から……」
汗を手で拭いながらダンに答える。
「そんなことはない。周りの連中も少なからず緊張しとる。森へ向かう道は危険だからの……!?」
ダンが話を遮って、草原に意識を向ける。ガサガサと音を立てたかと思うと、突如、大きな塊が目の前に飛び出してきた。
それは大きなスーツケースくらいのウサギのような生き物。しかし、ウサギのような可愛らしさは一切ない。ギョロっとした真っ赤な目が鋭くこちらを見据え、大きく開いた口には無数の牙が並んでいる。
「牙兎じゃ! 周囲を警戒せぇ!!」
ダンが叫ぶと同時に、数匹の牙兎が飛び掛かってくる。ものすごい脚力から生み出される跳躍で、まるで砲弾のように突っ込んでくる巨体は、それだけで脅威だった。
奇襲を受けて、集団は混乱の中にあった。
「ヒサヤ! 剣を抜いて目の前のヤツを牽制せい!! 飛び掛かられたら、ただじゃ済まん!!」
自分が剣を抜いて構えた次の瞬間、スドンと大きな音と共に脇を大きな塊が通り抜けていった。風圧と、ほんの数センチ横を通過した質量に驚き、思わず体が強張ってしまう。
「ヒサヤ! 後ろだ! まだ次がくるぞ!!」
ダンが叫び、ヒサヤが振り返ろうとしたとき、牙兎は既に跳躍の体勢をとり、獲物に突進を開始していた。
ドンと大きな音が、ヒサヤの目の前で聞こえた次の瞬間、甲高い叫び声と共に鮮血が飛び散る。
目線を移した先には、肩から片腕を失った男が、地べたをのたうちまわっていた。
牙兎は、バリバリとその腕を咀嚼すると、草むらに跳び去る。
「なにを呆けとる!! さっさと武器を構えんか! 奴等、草むらから様子を窺っとるぞ!」
呆然と、その場に立ち尽くしてしまっていた自分に、負傷者の止血を行っていたダンが叫び、ようやく剣を構え直したが、その剣は小刻みに震え続けていた。